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ありちゃんのマンションに行こう!
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「ありちゃん、このマンションでいいのか?」
たかしは顔を上げる。
灰褐色の棺桶のようなマンションは外から見える窓のほとんどが黒く、人気がないのか曰くがあるのかはわからないものの不気味な印象を受けた。
「……」
「ありちゃん?」
「うっす……うぐ……ここっす……」
「??……わかった」
たかしは背中にいるありちゃんの様子をちらりと見やる。
(……もしかしてありちゃんは何かを恐れているのか?)
先ほどまでの騒ぎの余韻はどこへやら、酔いが醒めないのか、はたまた気分が悪いのか、それとも何かに怯えているのか。
ありちゃんは大きな図体を丸めながら、たかしを離さないとばかりに首に腕を回しぐいぐいと体を密着させてくる。
たかしは仕方なく彼女をしがみつかせたまま玄関口の階段を昇り、エントランスホールへと入っていく。
特に目を見張るようなものはない。
十数メートル程で広さの天井の低い、狭苦しい作りの広間だ。
正面にはエレベーターのドアがどっしりと構えており、内装も外と同じくらい金がかかっておらず安っぽい。
壁面から塗りこめたモルタルにグリッドを刻んだシンプルなもので、テクスチャなどは貼られておらず、所々に染みがこびりついている。
照明は薄暗く、反射する光は水に濡れたら転んでしまいそうなコンクリートの床面をおどろおどろしく照らしている。掲示板やポスター、観葉植物の類が一切ないのもどこか非現実的な環境だと思わせる一因となっていた。
「せ、せ、先輩!うっす!」
「えっ」
ありちゃんが腕の力をさらに強くし、体の芯から怯えるようにがたがたと震え出す。
あの彼女がここまで怯えるとは……尋常ではない。
(一体どうした……)
たかしはそっと目を泳がせながら周囲を警戒する。
だが、夜の空気と冷たい照明に塗りつぶされた無機質なエントランスホールにそれらしき気配はない。
しかし、ありちゃんは人狼だ。
たかしには感知出来なくても、何らかの気配を彼女が感じ取っていても不思議ではないだろう。
「……ありちゃん、何もいないようだが」
たかしがそう言った途端、薄暗いエントランスホール内にエレベーターの到着を知らせる「ちーん」というベルの音が鳴り響く。同時にドアが開き、中から青白い顔にマスクをした長い黒髪の女がふらりと姿を現した。
「ん……」
真っ赤なロングコートを身にまとい、黒ずみのこびりついた薄汚れた鉈を右手に持った、背の高く痩せた体の女だ。
長い髪の毛の隙間から睨みつけるような黄色い瞳と視線が合い、たかしは一瞬言葉を失ってしまう。
たかしは思う。
(……かなり鍛えあげているようだな)
ロングコートの下に隠されているその猫科の猛獣のようなしなやかな筋肉は一朝一夕では作り上げることは出来ないものだった。
恐らく彼女は特別な訓練に日々明け暮れているのだろう。その初動を気取られない動きも相当数の実戦の中で磨き上げ、洗練されたものだと想像できる。
いや、そうじゃない。
ありちゃんはしがみついている両腕と両脚に力を込めるとぐいと首を伸ばし、女の顔を覗き込もうとする。しかしそこはたかし、彼はすぐに完璧な笑顔を浮かべると自然な口調で呼び掛けていた。
「こんばんは」
すると女はぎろりと目を見開いたかと思うと、彼の柔らかな微笑みの前で頬を染めて恥ずかしそうに視線を逸らしてしまった。
「えっ、えっ、うそでしょ……やばっ……」
女が小さく声を返すと、ありちゃんがたかしの背中からエントランスホールのガラスにヒビが入りそうな大声で女に挨拶する。
「うっす!こんばんはっす!」
「こんばんは……」
「先輩!このお姉さんは郊外に作られた家庭菜園で夜な夜なヨトウムシを退治しておられるらしいっす!お茄子とトマトをもらったことがあるっす!」
「そうなのか、後輩がいつもお世話に……」
「い、いえ……わたし、そんな全然……びっくりさせちゃってごめんなさい……」
女はびくっと体を震わせると、コートを広げて、手に持っていた鉈を中にしまい込もうとする。
「いえいえ、そんなことありませんよ。真夜中までご苦労様です」
「い……いえっ、それでは、失礼します!」
エレベーターのドアが閉じて、ごうんと鈍い音が響くと、女はおよそ農作業には似つかわしくない赤いヒールをカツカツと鳴らしながら、足早にエントランスホールから走り去ってしまった。
「優しい人でよかったね」
「うっす」
「……」
「……」
「えーと……ありちゃん、それじゃあ今日はここで……」
たかしが呼び掛けると、それに応えるようにありちゃんの巨体が再び震え出す。
いつか図鑑で見たシュレーゲルモリアオガエルのようなポーズでたかしに抱き着いたまま、ありちゃんは離れようとしない。
「せ……先輩……ぐすっ」
「どうしたんだい?もう誰もいないよ?」
ありちゃんがここまで怯えるなんて……今度こそ何かあるのかもしれない!
「ん……」
ふと、たかしの超人的聴覚が微かな気配を捉える。
何かがとんでもないスピードでこちらに迫ってきているようだ。
(速いな、だが細身で矢のような体つき……そしてこの走り方、犬か?)
そして次の瞬間、エントランスホールのドアが開き、勢いよく何かが飛び込んできた。
「ばおんっ!」
「うっす!」
「……これは」
たかしは息を飲む。
(人の顔を持つ犬だと……?)
仙人のように白髭を蓄えた犬が刺すような眼光をたかしに向けているのだ。
「はっ、はっ、はっ……」
全身が白く、柔らかく渦を巻いた毛に、しなやかに動く細い四肢、そして毛むくじゃらの老人のような不気味な顔……。
それはまるで彷徨える死者の魂を狩る霊界からやってきた猟犬のようだった。
しかしそこはやはりたかし。
瞬時にしてにこやかな表情に戻ると、彼は犬を刺激しないようにゆっくりとしゃがみ込む。
「こんばんは」
「くうん」
「いい子だ」
美青年にそっと顎の下を撫でられ、犬は鼻を甘えるように鳴らし、嬉しそうに尻尾を振る。
「先輩!そいつはシースルーのザッシュとかいう犬らしいっす!いつもはマンションの駐車場の近くでごろごろしてるっす!」
「そうなのか」
「うぉんっ!」
「うっす!」
犬はありちゃんとたかしに軽くと吠えてみせるとその場でくるりと回り、ちゃたちゃたと軽快な足音を鳴らしながらエントランスから歩き去ってしまった。
……何をしに来たんだあいつ。
いや、あの犬はここの番犬で、俺の様子でも見に来たのかもしれない。
(まあ、それはいいとしてだ……)
さて、どうしたものか。
特にこれと言っておかしな所は何もないようだし、今日はもうこの辺で……とたかしが考え込んでいると、再び「ちーん」と音が鳴る。
ごとんと音を立ててエレベーターのドアが開いたかと思うと、無機質な照明の白い光が薄暗いエントランスホールを押し退けるように伸びていく。
そしてぼさぼさとした白い髪の毛が光の中でひるがえった瞬間、「ぱあんっ」という空気を引き千切るような音と共に、ボロボロの布をまとった人影がエレベーターの中からエントランスホールへと猛烈な勢いで飛び出してきた。
たかしは顔を上げる。
灰褐色の棺桶のようなマンションは外から見える窓のほとんどが黒く、人気がないのか曰くがあるのかはわからないものの不気味な印象を受けた。
「……」
「ありちゃん?」
「うっす……うぐ……ここっす……」
「??……わかった」
たかしは背中にいるありちゃんの様子をちらりと見やる。
(……もしかしてありちゃんは何かを恐れているのか?)
先ほどまでの騒ぎの余韻はどこへやら、酔いが醒めないのか、はたまた気分が悪いのか、それとも何かに怯えているのか。
ありちゃんは大きな図体を丸めながら、たかしを離さないとばかりに首に腕を回しぐいぐいと体を密着させてくる。
たかしは仕方なく彼女をしがみつかせたまま玄関口の階段を昇り、エントランスホールへと入っていく。
特に目を見張るようなものはない。
十数メートル程で広さの天井の低い、狭苦しい作りの広間だ。
正面にはエレベーターのドアがどっしりと構えており、内装も外と同じくらい金がかかっておらず安っぽい。
壁面から塗りこめたモルタルにグリッドを刻んだシンプルなもので、テクスチャなどは貼られておらず、所々に染みがこびりついている。
照明は薄暗く、反射する光は水に濡れたら転んでしまいそうなコンクリートの床面をおどろおどろしく照らしている。掲示板やポスター、観葉植物の類が一切ないのもどこか非現実的な環境だと思わせる一因となっていた。
「せ、せ、先輩!うっす!」
「えっ」
ありちゃんが腕の力をさらに強くし、体の芯から怯えるようにがたがたと震え出す。
あの彼女がここまで怯えるとは……尋常ではない。
(一体どうした……)
たかしはそっと目を泳がせながら周囲を警戒する。
だが、夜の空気と冷たい照明に塗りつぶされた無機質なエントランスホールにそれらしき気配はない。
しかし、ありちゃんは人狼だ。
たかしには感知出来なくても、何らかの気配を彼女が感じ取っていても不思議ではないだろう。
「……ありちゃん、何もいないようだが」
たかしがそう言った途端、薄暗いエントランスホール内にエレベーターの到着を知らせる「ちーん」というベルの音が鳴り響く。同時にドアが開き、中から青白い顔にマスクをした長い黒髪の女がふらりと姿を現した。
「ん……」
真っ赤なロングコートを身にまとい、黒ずみのこびりついた薄汚れた鉈を右手に持った、背の高く痩せた体の女だ。
長い髪の毛の隙間から睨みつけるような黄色い瞳と視線が合い、たかしは一瞬言葉を失ってしまう。
たかしは思う。
(……かなり鍛えあげているようだな)
ロングコートの下に隠されているその猫科の猛獣のようなしなやかな筋肉は一朝一夕では作り上げることは出来ないものだった。
恐らく彼女は特別な訓練に日々明け暮れているのだろう。その初動を気取られない動きも相当数の実戦の中で磨き上げ、洗練されたものだと想像できる。
いや、そうじゃない。
ありちゃんはしがみついている両腕と両脚に力を込めるとぐいと首を伸ばし、女の顔を覗き込もうとする。しかしそこはたかし、彼はすぐに完璧な笑顔を浮かべると自然な口調で呼び掛けていた。
「こんばんは」
すると女はぎろりと目を見開いたかと思うと、彼の柔らかな微笑みの前で頬を染めて恥ずかしそうに視線を逸らしてしまった。
「えっ、えっ、うそでしょ……やばっ……」
女が小さく声を返すと、ありちゃんがたかしの背中からエントランスホールのガラスにヒビが入りそうな大声で女に挨拶する。
「うっす!こんばんはっす!」
「こんばんは……」
「先輩!このお姉さんは郊外に作られた家庭菜園で夜な夜なヨトウムシを退治しておられるらしいっす!お茄子とトマトをもらったことがあるっす!」
「そうなのか、後輩がいつもお世話に……」
「い、いえ……わたし、そんな全然……びっくりさせちゃってごめんなさい……」
女はびくっと体を震わせると、コートを広げて、手に持っていた鉈を中にしまい込もうとする。
「いえいえ、そんなことありませんよ。真夜中までご苦労様です」
「い……いえっ、それでは、失礼します!」
エレベーターのドアが閉じて、ごうんと鈍い音が響くと、女はおよそ農作業には似つかわしくない赤いヒールをカツカツと鳴らしながら、足早にエントランスホールから走り去ってしまった。
「優しい人でよかったね」
「うっす」
「……」
「……」
「えーと……ありちゃん、それじゃあ今日はここで……」
たかしが呼び掛けると、それに応えるようにありちゃんの巨体が再び震え出す。
いつか図鑑で見たシュレーゲルモリアオガエルのようなポーズでたかしに抱き着いたまま、ありちゃんは離れようとしない。
「せ……先輩……ぐすっ」
「どうしたんだい?もう誰もいないよ?」
ありちゃんがここまで怯えるなんて……今度こそ何かあるのかもしれない!
「ん……」
ふと、たかしの超人的聴覚が微かな気配を捉える。
何かがとんでもないスピードでこちらに迫ってきているようだ。
(速いな、だが細身で矢のような体つき……そしてこの走り方、犬か?)
そして次の瞬間、エントランスホールのドアが開き、勢いよく何かが飛び込んできた。
「ばおんっ!」
「うっす!」
「……これは」
たかしは息を飲む。
(人の顔を持つ犬だと……?)
仙人のように白髭を蓄えた犬が刺すような眼光をたかしに向けているのだ。
「はっ、はっ、はっ……」
全身が白く、柔らかく渦を巻いた毛に、しなやかに動く細い四肢、そして毛むくじゃらの老人のような不気味な顔……。
それはまるで彷徨える死者の魂を狩る霊界からやってきた猟犬のようだった。
しかしそこはやはりたかし。
瞬時にしてにこやかな表情に戻ると、彼は犬を刺激しないようにゆっくりとしゃがみ込む。
「こんばんは」
「くうん」
「いい子だ」
美青年にそっと顎の下を撫でられ、犬は鼻を甘えるように鳴らし、嬉しそうに尻尾を振る。
「先輩!そいつはシースルーのザッシュとかいう犬らしいっす!いつもはマンションの駐車場の近くでごろごろしてるっす!」
「そうなのか」
「うぉんっ!」
「うっす!」
犬はありちゃんとたかしに軽くと吠えてみせるとその場でくるりと回り、ちゃたちゃたと軽快な足音を鳴らしながらエントランスから歩き去ってしまった。
……何をしに来たんだあいつ。
いや、あの犬はここの番犬で、俺の様子でも見に来たのかもしれない。
(まあ、それはいいとしてだ……)
さて、どうしたものか。
特にこれと言っておかしな所は何もないようだし、今日はもうこの辺で……とたかしが考え込んでいると、再び「ちーん」と音が鳴る。
ごとんと音を立ててエレベーターのドアが開いたかと思うと、無機質な照明の白い光が薄暗いエントランスホールを押し退けるように伸びていく。
そしてぼさぼさとした白い髪の毛が光の中でひるがえった瞬間、「ぱあんっ」という空気を引き千切るような音と共に、ボロボロの布をまとった人影がエレベーターの中からエントランスホールへと猛烈な勢いで飛び出してきた。
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