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エンジェルダスト 7
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「エンジェルダスト」 7
山田の携帯に井上から連絡があったのは、「茨」が終わってからはじめてだった。
ああ、連絡がきたのだなと、山田は思った。
秋田が、井上に呼ばれて会ってきたことを聞いていたからだ。
「どうしましたか?」
「ちょっと、会って話がしたいのですが、山田さんはいかがですか?」
山田はもちろん、秋田のように、ずけずけと喋ったりはしない。
「井上さんがお望みでしたら、いつでもお会いしますよ」
背後に秋田の視線を感じながら、山田はフラットな感情でしか話はしない。
「では、楽しみにしております」
それは、井上と会うことなのか、会って聞く話のことなのか、山田は曖昧な余韻のままに通話を終えた。
「山ちゃん、今、あんまり金ないだろう」
秋田は話し終えた山田に、一万円札を出した。
「たまには、一杯やってきなよ」
山田は断りはせず、それを受け取った。
「ありがとうございます。お釣と領収書をお持ちしますね」
「それには及ばんよ」
秋田は笑って、断った。
数日後、池下の錦通を少し入った場所にある、カフェのようなダイニングバーに山田は赴いた。
小さな店の奥のテーブルには、すでに井上が待っている。
「お久しぶりです」
山田はにっこりと微笑んで挨拶した。
「今日はすいません。わざわざありがとうございます」
井上の表情は、少し硬く見えなくもない。
ほの暗い店の照明が、それを冗長しているのかもしれない。
井上は珍しくハイボールをオーダーした。
「ちょっとつまみたいから、今日は特別ですね」
それを聞いて山田は、いつもと同じように、相手と同じものをオーダーした。
適当に幾品かを注文すると、乾杯した。
山田はやはり、自分から話はしない。
「秋田から聞いてるかもしれないけど…」
井上は、躊躇うように、言葉を選びながら続けた。
「日菜子と、微妙な関係にある」
山田は、黙って聞いている。
「…日菜子は、俺に恋愛感情を持っている」
「井上さんは、日菜子さんに恋愛感情はあるのですか?」
山田の問に、井上は困惑したような表情で、頷いた。
「だから、どうしていいのか、答えが出ない。
日菜子と距離を置くのが、多分二人にとって最良の選択だとはわかっている。
でも、頭で理解できることが、感情として最良の選択かという疑問に、誰も答えられないのではないですか?
道義的であることが、俺には正しいとは思えない。
でも、道義的でなければ、俺たちは、過ちの渦に落ちて、もう戻ることはできないんですよ。
兄妹じゃないですか。兄妹で、いたいんです」
山田は、しばらく黙った後、井上に聞いた。
「兄妹で、いたいのですね。
恋人では、いたくないのですか?
僕には、片方だけの選択ではない気がします」
「どういうことですか?」
井上は、意外だという表情で山田を見た。
「日斗志君は、井上さんが親権を持って、親子で暮らしています。
でも、別れた奥さんと、定期的に会ってますよね。
離婚しても、日斗志君には、二人はお父さんとお母さんです。
それで、よくないですか?
そういうことです」
井上は、やはり困惑している。
「そんな風にはならないですよ。男女の仲なら」
「井上さんにとって、恋愛感情って何ですか?」
山田はあらためて聞いた。
予想外の質問に、しばらく考えていた井上は、何か苦み走っているように感じられた。
「やさしくなることです。
人は人を好きになれば、やさしくなるのです」
「これは、あまりいい質問ではありませんから、答えたくなかったらスルーしてください。
日菜子さんを、抱きたいですか?」
随分と長い時間、井上は黙っていた。
山田から逸らした視線は、店の向こう側の、見えるはずもない通りを見つめているようにも見えた。
「今から話すことは、聞かなかったことにしてください」
井上は、絞り出すような声で、呟いた。
「好きな女を抱きたくない訳がない。
例え、妹だとしても…」
山田は、井上の苦悩を見つめながら、やっぱりこの人はやさしい人なのだなと思った。
山田の携帯に井上から連絡があったのは、「茨」が終わってからはじめてだった。
ああ、連絡がきたのだなと、山田は思った。
秋田が、井上に呼ばれて会ってきたことを聞いていたからだ。
「どうしましたか?」
「ちょっと、会って話がしたいのですが、山田さんはいかがですか?」
山田はもちろん、秋田のように、ずけずけと喋ったりはしない。
「井上さんがお望みでしたら、いつでもお会いしますよ」
背後に秋田の視線を感じながら、山田はフラットな感情でしか話はしない。
「では、楽しみにしております」
それは、井上と会うことなのか、会って聞く話のことなのか、山田は曖昧な余韻のままに通話を終えた。
「山ちゃん、今、あんまり金ないだろう」
秋田は話し終えた山田に、一万円札を出した。
「たまには、一杯やってきなよ」
山田は断りはせず、それを受け取った。
「ありがとうございます。お釣と領収書をお持ちしますね」
「それには及ばんよ」
秋田は笑って、断った。
数日後、池下の錦通を少し入った場所にある、カフェのようなダイニングバーに山田は赴いた。
小さな店の奥のテーブルには、すでに井上が待っている。
「お久しぶりです」
山田はにっこりと微笑んで挨拶した。
「今日はすいません。わざわざありがとうございます」
井上の表情は、少し硬く見えなくもない。
ほの暗い店の照明が、それを冗長しているのかもしれない。
井上は珍しくハイボールをオーダーした。
「ちょっとつまみたいから、今日は特別ですね」
それを聞いて山田は、いつもと同じように、相手と同じものをオーダーした。
適当に幾品かを注文すると、乾杯した。
山田はやはり、自分から話はしない。
「秋田から聞いてるかもしれないけど…」
井上は、躊躇うように、言葉を選びながら続けた。
「日菜子と、微妙な関係にある」
山田は、黙って聞いている。
「…日菜子は、俺に恋愛感情を持っている」
「井上さんは、日菜子さんに恋愛感情はあるのですか?」
山田の問に、井上は困惑したような表情で、頷いた。
「だから、どうしていいのか、答えが出ない。
日菜子と距離を置くのが、多分二人にとって最良の選択だとはわかっている。
でも、頭で理解できることが、感情として最良の選択かという疑問に、誰も答えられないのではないですか?
道義的であることが、俺には正しいとは思えない。
でも、道義的でなければ、俺たちは、過ちの渦に落ちて、もう戻ることはできないんですよ。
兄妹じゃないですか。兄妹で、いたいんです」
山田は、しばらく黙った後、井上に聞いた。
「兄妹で、いたいのですね。
恋人では、いたくないのですか?
僕には、片方だけの選択ではない気がします」
「どういうことですか?」
井上は、意外だという表情で山田を見た。
「日斗志君は、井上さんが親権を持って、親子で暮らしています。
でも、別れた奥さんと、定期的に会ってますよね。
離婚しても、日斗志君には、二人はお父さんとお母さんです。
それで、よくないですか?
そういうことです」
井上は、やはり困惑している。
「そんな風にはならないですよ。男女の仲なら」
「井上さんにとって、恋愛感情って何ですか?」
山田はあらためて聞いた。
予想外の質問に、しばらく考えていた井上は、何か苦み走っているように感じられた。
「やさしくなることです。
人は人を好きになれば、やさしくなるのです」
「これは、あまりいい質問ではありませんから、答えたくなかったらスルーしてください。
日菜子さんを、抱きたいですか?」
随分と長い時間、井上は黙っていた。
山田から逸らした視線は、店の向こう側の、見えるはずもない通りを見つめているようにも見えた。
「今から話すことは、聞かなかったことにしてください」
井上は、絞り出すような声で、呟いた。
「好きな女を抱きたくない訳がない。
例え、妹だとしても…」
山田は、井上の苦悩を見つめながら、やっぱりこの人はやさしい人なのだなと思った。
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