アンチ・リアル

岡田泰紀

文字の大きさ
11 / 34

アンチ・リアル 11

しおりを挟む
「アンチ・リアル」 11

日出郎は、今、自分が抱えている案件が終わったら、山盛との仕事でスタジオを一時的に離れることを、深田薫に言えずにいた。

スタジオの社長にも、早目に言わなくてはならないのだが、それもまた先送りにしている。

曖昧な自分に、気持ちに焦りを覚えながらも、踏み切れない迷いに居心地が悪い。
それもこれも、自分の性格の成せる技なのだから、甘んじる以外にできることはない。

そんな中、日出郎は、スタジオの社長から話があると呼び出された。
深夜の残業の時は、薫が仮眠する社長室皮張りのソファーに腰掛けながら、この男が話があるというのは、ろくな話ではないなと警戒した。

「井上君、折り入って話があるんだが、悪い話じゃないよ」

それを決めるのは俺なんだがと思いつつ、いきなり本題に入る相手に不信感がいや増した。

「私はずっとやりたかったんだが、これから当社で輸入住宅を手掛けようと思っているんだ。

私の友人の設計士に、専属で建築設計は依頼し、デザイン、コーディネイトは私が仕切って当社で行う。
そのための監理業務を、井上君に担ってもらいたいんだ。

悪くない話だろ?」

いや、悪いだろ。

「それはちょっと…
元々、図面一本でいきたかった僕を、発注から現場監理までやらないかと言われたのは社長です。
確かに、それで、フリーランスとして売上の目処は立ちましたし、そのことは感謝していますが、僕は建築内装しか知りません。

いくら住宅といえ、建築はムリですよ。」

日出郎は本当に、いくらなんでもと思った。
大体、施工監理技能士の資格すら持っていない。

社長は、年に一件程度、その建築士と組んで、戸建ての住宅を自ら手掛けていた。
地元の大工に請け負わせて建てるのだが、上手いこと言いくるめて安くやらせるので、一度やった大工は二度とやらない。
しかも金払いが悪いから、追加工事から逃げてしまい、最後はスタジオのスタッフや日出郎が尻拭いに駆り出されるのがお決まりだった。

尻拭いでもかなわないのに、大工が逃げるやつを、俺ができる訳がない。

「君は以前、月に最低50万は欲しいと言っていたじゃないか?」
社長は、日出郎がためらうことなど折り込み済みだ。
「ということは、月に200万の物件を手掛けないといけないが、ウチだっていつも安定した売上がある訳じゃないし、君が出来高を多めに請求するのも認めているじゃないか?

住宅は単価が違うんだよ。
1件やるだけで、今、君が抱えているフルリモデリングの倍の売上になるんだから、君にだっていい話じゃないか?」

出来高を多めに請求するのは、オマエのインチキな奴隷契約のせいで生活も楽じゃないからだろうと思いながら、日出郎は、この海千山千の男にどうも反論ができない。

本当はとっととやめたいけど、薫がいるから我慢してるだけだ。
そう思って、日出郎は、ハッとした。

あんまり、いい考えじゃないな。

「しばらく考える時間をください。

急な話なので、ちょっと頭の中が整理できません」

日出郎は社長にそう答えると、社長室を後にした。
スタジオを一時離れる話どころの話でなくなってしまった。

ショールームの接客カウンターで、iMacを使ってプランを起こしていた薫の横に座ると、日出郎は溜め息をついた。
薫も、日出郎が社長に呼ばれたことを気にしている。

「何だったの?」

「もしかしたら、薫ちゃんと一緒にここをやめることになるかもな。

昼飯でも行こうか」

そう言うと、日出郎は釣った魚にエサをやる気分で、薫を誘った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

処理中です...