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第45話 対談
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ニジニ国の使者との面会は、城の迎賓館で行われることになった。
イカレ王様と、いつの間にか合流しているクズ王子が先導して移動する。白侍女シェロブがぴったりと、椿の側に張り付いてくれている。先程、この国の先王であることが発覚したお爺ちゃんは、最後尾を女神官スターシャを伴って付いてくる。
やっぱり多い蔓草の意匠が盛り込まれた柱や壁が続く廊下を進む。神都と呼ばれるだけあって、女神像や随神の彫刻も多い。蔓草は何のモチーフなのだろうか、絵本には蔓草の話はなかった。勉強ついでに、聖書みたいなものがあるなら読んでみよう。
男性陣のエスコートがないまま、まるっきり連行される形で大きな部屋に案内された。扉を開けるのは、ロムトスの兵だ。チラチラ視線を投げてくる。君たち、仕事に集中しなさい。
部屋の内部は、扉の大きさに比例して広い。その部屋の右手の壁には、ニジニの兵がびっしりと並んでいた。これ、許しちゃうのか。凄い数だよ、ほとんど占領じゃないか。迎えるロムトス側は、要処にだけ兵を配置している。モブっぽくない、精鋭に見える騎士然とした兵達だ。実際に、騎士なのかもしれない。この世界には馬も居るし。
すでに対話する数人が見て取れる。ニジニの要人をもてなすのは、王妃だろう。その対面には、3人が居住まいも優雅に腰掛けている。王妃と主に言葉を交わすのは、眼鏡のイケメンだ。そして、残りのふたりは見間違えるはずもない人物だった。
王妃の側までやってきた椿を見て、椅子を跳ね除けるように立ち上がった人物が声を上げる。
「※※、※※※※※※※※※!」
うわー…… 相変わらずだ。懐かしき糞王子が、客分として迎えてくれた王族の前で、腰の剣に手をかける蛮行を見せてくれた。つか、持ち込みを許したのか。どんだけ甘いんだイカレ王様よ。迎えるイカレ王もクズ王子も丸腰だと言うのに。あれか、わざとか? 失態狙いか?
シェロブが明らかに殺気立っているので、慌てて手で制した。あちらも眼鏡のイケメンが王子を制しようとするが……
振り切っちゃった。そして、糞がこちらに向かってくる。
すぐに王様を庇う位置に立つ。シェロブが空かさず、王妃を連れ後方へ下がる。クズ王子と、糞王子の怒号が飛び交う中、ついに剣を抜いた糞が、椿に斬りかかってきた。
あの日と違い、今日の椿は何の混乱もない平常心だ。糞に付入る隙きはない。へっぽこな袈裟斬りを右足を引くだけで避けると、そのまま糞の脇腹に肩を入れ、腕を取ってひっくり返した。あとは、肘を極めると、足で踏んづける形で制圧が完了だ。この糞は、ゴブリンの部隊長より弱い。
『スターシャ、折角勉強したのに、こいつの言葉が分からなかったよ』
『ニジニ語ですよ、海外のお客様ですから』
『えぇ~…… 外国語があるのか……
また勉強するの?』
『要らないでしょう、ニジニの言葉なんて』
一瞬、あっけにとられていたニジニの兵達だが、糞王子の扱いに怒りを覚えたらしい。一斉にこちらに向かってくる。すぐさま、ロムトスの騎士たちが椿の前を塞ぐ。あらら、一触即発ですよ。
「※※※※、※※!!」
眼鏡のイケメンが一括すると、ニジニの兵達がピタリと動きを止め壁際に戻る。王子がぶん投げられても、身じろぎひとつしない堂々とした振る舞い。兵士達をひと声で落ち着かせる貫禄、実はこっちが王子なんじゃあ?
『許される事ではありませんが、
ひとまずこの場はお収め願いたい』
『収めよう、早く話を進めたいしね。
殿下の評判は聞いていたんだよね、気にしないよ』
流石のイカレ王様はクズ王子を抱えるだけあって、それを世話する苦労人に理解が深い。普通は、外交問題だよ。戦争だよ。この世界の情勢は分からないけど、多分間違ってないはず。まあ王的には、バカでかい借りを作って良しとするのだろう。
眼鏡イケメンは、ロムトスの言葉を話せるらしい。有能だね。
「橘さん、殿下を許して上げてください」
眼鏡メンの後ろに控えていた女の子が椿に声を掛ける。懐かしい日本語だ。茜ちゃん、無事だったのね。良かった。
だが糞は許さん。
椿は茜に目配せだけで応えると、後ろのイカレ王達に振り返る。
『取り敢えず、ニジニの兵の方は味方に付けておきたいんですけど。
いいですか?』
椿が何を、とは口に出さずに提案してみると、シェロブがすぐに同意する。
『見せておくのですね。
良い考えだと思います、お嬢様』
ニジニは信心深いお国柄だと聞いている。つまり、白い魔力に無条件に敬服するはずだとシェロブは言っていた。イカレ王やお爺ちゃんが頷いたのを確認した椿は、糞を組み伏せたまま魔力を練る。
十分な魔力で発展型の強化魔法を編み込んだ。この半年で、強化の展開は当初と比べ物にならないほど早くなった。すぐに、椿は白い魔力に満たされ、髪の先まで白くなる。
眼メンと茜ちゃんを始めとするニジニ勢にどよめきが走る。
そうです、私が聖女です。
それ、敬え~!
糞王子を解放するとと同時に、強化も解いておく。糞にだけ見せないのがミソなのだ。ついでに糞の剣は本人の眼の前で、使い物にならなくしておいた。王族の剣だから、いつぞやの魔法銀なんじゃないかって期待していたが、ただの鋼だったようだ。篭めた強化の魔力を解くと崩れてしまった。
茜ちゃんが糞に肩を貸して後ろに下がる。
イカレ王は何事もなかったように席に着き、皆にも着席を促す。ニジニの兵達も壁際で居住まいを正す、ハッタリの効果は覿面だ。
『さて、挨拶も済んだ事だし、始めようか』
糞は憎々しげに椿を睨み、まだ何かを言いたそうだったが、意外にも大人しく席に着いた。体験した力の差くらいは、理解できるらしい。しかし、ここまでやばい人間はそうは居ない。某インターネット掲示板の中でなら、しょっちゅう見かけるレベルだが、現物になどそうそう出会えるものではない。
ニジニがコレを危険な渡航に出したのは、よかったら事故で片付いて欲しいからなんじゃないかと、邪推してしまうレベルだ。
イカレ王が議長を務め、話し合いが始まった。
椿は席に着かず、シェロブやスターシャと共に壁際に陣取った。しかし、お爺ちゃんに睨まれたので、仕方なく端っこに腰を据える。
『さて、改めて訪問の目的を伺いたい』
『聖女召喚の儀の経過を確かめたいと考えております』
受け答えは眼メンがすべて引き受けていた。普通は双方に通訳を置いて、互いに母国語を用いて会談をするものなのだが。通訳を置かないのは、糞王子が下手に情報を得られなくする意図があったのかもしれない。お爺ちゃんに確かめると、ロムトス側に通訳を置かないようニジニ側から申し出があったそうだ。眼メンの苦労と根回しは、お爺ちゃんの同情を多いに誘ったようだ。
驚くことに、眼メンは国の内情とも言える、ニジニ国において行われた召喚の儀の様子を余さず伝えてきた。召喚の儀を執り行ったのは眼メンだったのだそうだ。そう言えば、あの場では眼鏡の男が倒れていたな、彼だったのか……
召喚の儀でふたりの女性が現れたことは、これまでになかったらしい。
茜ちゃんが白い魔力を持たないことが分かったとき、大変な騒ぎになったらしい。当たり前の話だが、二分の一が外れたとき、もう一方が当たりなんだから。聖女を殺した、と相当な突き上げがあったらしい。糞王子が関わっているのは、何と、奴が召喚の儀の責任者だからなのだそうだ。ウケる。
糞ことアレッサンドロス殿下は、ニジニ王の嫡子であらせられる。彼には大変優秀な弟が居る、殿下の王位継承権が第二位である事が、弟の優秀さを物語っている。聖女召喚の儀の責任者を買って出たのも、協定を破って強行したのも、実績が欲しかったからなのだ。
ここまで赤裸々に話しちゃう眼メンに、イカレ王にまで同情が混じった呆れの表情が浮かぶ。
『君は祖国を危機に陥れたいのかね』
『世界が滅ぶよりマシでしょう』
『やれやれ……
アミダス王には、君の助命嘆願を書き付けておこう。
ここまでバカをやる国はない、私が貴国を責めても他国は信じまいよ』
そこからは、会談と言うより情報交換の場に変わっていく。ニジニでの召喚は、眼メンが軽く一週間は昏睡するほどの負荷があったそうだ。なんせ、ふたりも引っ張ってきたのだ、これは分かる。ロムトスでは豊富な魔力を有する人材がなく、10人近い陣営で儀式に当たったそうだ。召喚を取りまとめた宮廷魔術師の筆頭は、翌日から喜々として研究に没頭しだしたそうだ。驚くほど少ない魔力で召喚が為された点について調べているらしい。
椿が刺した初老の男は、目論見通りその筆頭だったようだ。……生きていたのか。良かったような、残念だったような。
『アカネには、ハッキリと女神の加護が表れています。
良ければツバキ殿の鑑定も執り行いたいのですが』
『それは、彼女の同意が必要だ』
突然、話を振られる。
『え? 嫌ですよ気持ち悪い』
拒絶する椿を無視して、周りは鑑定の話に向かっていく。同意の必要性はどこに行った。野次馬根性が勝っているじゃないか。
眼メンが眼鏡を中指でクイッと持ち上げながら曰く、鑑定では本人も気付かない才能が判ったりするらしい。才能とは、女神の祝福そのものらしい。勿論、才能がなくても努力で得た手腕で、第一線級の活躍をする人も居る。そのような人達は、女神からその努力に技能と言う称号を送られるらしい。女神の表彰かよ、俗っぽくなってきた。
さっきまでの空気は何処に言ったのか、糞王子まで加わって自分にはこんな才能があっただの、こういった技能を授かっただので盛り上がり始めた。壁際では、ニジニの兵達も談笑を始めている始末だ。椿が考えているより、ずっと一般的に親しまれている行為なのかもしれない。
最後は茜の「私も受けたんですよ、椿さんのも見てみたいです」の言葉で椿が折れる形となった。
異世界人の鑑定では、珍しい才能や技能が良く出るらしい。記録には残っていたが、なんせ異世界人を鑑定する機会なぞまず無い。茜に続き、2度もその機会に恵まれる眼メンの興奮も、その顔に出るほどだ。
そして、執り行われた鑑定は、対面の眼メンが占い師のおばさんの如く椿の顔を眺めながら、手元にメモを書きつけるだけのものだった。そして、その結果に皆の注目が集まる……
ツバキ カキツバタ
才能:
技能:
『何もありませんね……』
眼メンが独りごちる。
『ツバキ殿、抵抗されていませんよね?』
『名乗っておらんツバキの姓を知り得ておる。
ちゃんと発動はしておるだろう』
お爺ちゃんの言葉が鑑定の結果を確かなものと位置づける。
才能なしなのか、地味にショックだ……
努力して習得した身体強化魔法とか、技能に入らないのか? これは何を見る魔法なのだ、協力したのが馬鹿みたいではないか。
白い魔力とは何だったのか。
この項目の中に「特技」とかあれば「白く光る」とか書かれていたかもしれない。
『椿の槍術は、短剣術の技能を持つ神殿侍女を凌駕するほどであったぞ』
『先程も説明しましたが……』
才能とは女神の祝福、つまり須(すべか)らく女神によってもたらされる物らしい。その女神の影響の片鱗を垣間見るのが鑑定の魔法なのだと眼メンは言う。
『つまり、ツバキには女神から与えられたものがないと?』
『お嬢様の槍術は、この世界のものではないから、では?』
今度は、なぜ椿には女神の祝福がないのかの大討論会が始まってしまった。
『あの駄女神は、私を無責任に呼び出しっ放しにしたと……』
椿のボヤキにも誰も反応をくれない。周りは勝手に盛り上がっているが、終いに椿は飽きてくる。
椿が巡らした視線の先で、同じように話について行けない茜がボンヤリとしていた。手招きをすると、ハッとした茜が嬉しそうに椿の隣に移動してきた。
茜ちゃんの格好は、凛々しい若武者だ。体型にぴったり誂えた板金鎧は、ファンタジー世界に相応しい意匠だ。なんと可愛らしくも凛々しい感じがする。糞王子の趣味なのだろうか、それとも眼メンの方か。心なしか、体も締まっており、武装の上からでも分かる。そうとう鍛えたんじゃなかろうか。
身体に満ちる魔力も強い、シェロブに匹敵している印象だ。これは眼メンの方が鍛えたに違いない、糞王子なぞ片手で捻れるだろう。
「茜ちゃん、相当鍛えたでしょ」
「分かるんですか? 嬉しいです。
あの王子から何時でも距離を置けるようにしたかったんです。
マーリンさん、あの眼鏡の方ですが、色々と気を使って頂いたんです。
学校にも通わせてくれて、剣術や魔法を習ったんですよ」
ほー、ファンタジー小説みたいな事をやっていたのか、羨ましい。
「私なんて全裸の黄色い小人と殺し合いしたり、
青い巨人と殺し合いしたりしてたよ。
人の頭した鳥とか、耳の長い美形が問答無用で襲ってきたり……」
「……なんか、ごめんなさい」
お互いに、拉致られてからの愚痴を一通り零しておく。お代わりのお茶がまた冷める頃、再び剣術と魔法の話に戻ってきた。なんせ、ここでは身を護る術の有無が死活問題になるのだ。
「剣術なら、私も教えてあげられるよ。
魔法は無理だけど。私には使えなかったから。
後ろの白い侍女の格好した子と、笑顔が気持ち悪い神官の服を着た子も、私が指導してるんだ。まあ、祖父のマネごとレベルだけどね」
「剣道って、実戦で役に立つんですか?」
「茜ちゃん? それ競技者に言ったら駄目だからね?
……まあ、何もしてない人よりかは遥かに良いと思うよ」
この世界では、魔法も合わせて戦うらしく、茜ちゃんは随分と筋が良いと褒められ育てられたようだ。ちょっと天狗になっているのだろうか。今度、熊モードで扱いてあげよう。
……けど、手に負えなかったら恥ずかしいな。
などと考える椿を、茜の言葉が更なる深みに突き落とす。
「私、教会から『勇者』の肩書を貰ったんです」
なんでも、すべての属性の魔力を持つものをそう呼ぶらしい。絵本にあった魔王と勇者のあれか。
うーん、茜ちゃんが勇者?
最近になって白い魔力だ聖女だと持ち上げられてきたが、天狗になっていたのは椿の方だったのだろうか。なんせ、なんの才能もなかった訳だし……
勇者、強そうだな。
イカレ王様と、いつの間にか合流しているクズ王子が先導して移動する。白侍女シェロブがぴったりと、椿の側に張り付いてくれている。先程、この国の先王であることが発覚したお爺ちゃんは、最後尾を女神官スターシャを伴って付いてくる。
やっぱり多い蔓草の意匠が盛り込まれた柱や壁が続く廊下を進む。神都と呼ばれるだけあって、女神像や随神の彫刻も多い。蔓草は何のモチーフなのだろうか、絵本には蔓草の話はなかった。勉強ついでに、聖書みたいなものがあるなら読んでみよう。
男性陣のエスコートがないまま、まるっきり連行される形で大きな部屋に案内された。扉を開けるのは、ロムトスの兵だ。チラチラ視線を投げてくる。君たち、仕事に集中しなさい。
部屋の内部は、扉の大きさに比例して広い。その部屋の右手の壁には、ニジニの兵がびっしりと並んでいた。これ、許しちゃうのか。凄い数だよ、ほとんど占領じゃないか。迎えるロムトス側は、要処にだけ兵を配置している。モブっぽくない、精鋭に見える騎士然とした兵達だ。実際に、騎士なのかもしれない。この世界には馬も居るし。
すでに対話する数人が見て取れる。ニジニの要人をもてなすのは、王妃だろう。その対面には、3人が居住まいも優雅に腰掛けている。王妃と主に言葉を交わすのは、眼鏡のイケメンだ。そして、残りのふたりは見間違えるはずもない人物だった。
王妃の側までやってきた椿を見て、椅子を跳ね除けるように立ち上がった人物が声を上げる。
「※※、※※※※※※※※※!」
うわー…… 相変わらずだ。懐かしき糞王子が、客分として迎えてくれた王族の前で、腰の剣に手をかける蛮行を見せてくれた。つか、持ち込みを許したのか。どんだけ甘いんだイカレ王様よ。迎えるイカレ王もクズ王子も丸腰だと言うのに。あれか、わざとか? 失態狙いか?
シェロブが明らかに殺気立っているので、慌てて手で制した。あちらも眼鏡のイケメンが王子を制しようとするが……
振り切っちゃった。そして、糞がこちらに向かってくる。
すぐに王様を庇う位置に立つ。シェロブが空かさず、王妃を連れ後方へ下がる。クズ王子と、糞王子の怒号が飛び交う中、ついに剣を抜いた糞が、椿に斬りかかってきた。
あの日と違い、今日の椿は何の混乱もない平常心だ。糞に付入る隙きはない。へっぽこな袈裟斬りを右足を引くだけで避けると、そのまま糞の脇腹に肩を入れ、腕を取ってひっくり返した。あとは、肘を極めると、足で踏んづける形で制圧が完了だ。この糞は、ゴブリンの部隊長より弱い。
『スターシャ、折角勉強したのに、こいつの言葉が分からなかったよ』
『ニジニ語ですよ、海外のお客様ですから』
『えぇ~…… 外国語があるのか……
また勉強するの?』
『要らないでしょう、ニジニの言葉なんて』
一瞬、あっけにとられていたニジニの兵達だが、糞王子の扱いに怒りを覚えたらしい。一斉にこちらに向かってくる。すぐさま、ロムトスの騎士たちが椿の前を塞ぐ。あらら、一触即発ですよ。
「※※※※、※※!!」
眼鏡のイケメンが一括すると、ニジニの兵達がピタリと動きを止め壁際に戻る。王子がぶん投げられても、身じろぎひとつしない堂々とした振る舞い。兵士達をひと声で落ち着かせる貫禄、実はこっちが王子なんじゃあ?
『許される事ではありませんが、
ひとまずこの場はお収め願いたい』
『収めよう、早く話を進めたいしね。
殿下の評判は聞いていたんだよね、気にしないよ』
流石のイカレ王様はクズ王子を抱えるだけあって、それを世話する苦労人に理解が深い。普通は、外交問題だよ。戦争だよ。この世界の情勢は分からないけど、多分間違ってないはず。まあ王的には、バカでかい借りを作って良しとするのだろう。
眼鏡イケメンは、ロムトスの言葉を話せるらしい。有能だね。
「橘さん、殿下を許して上げてください」
眼鏡メンの後ろに控えていた女の子が椿に声を掛ける。懐かしい日本語だ。茜ちゃん、無事だったのね。良かった。
だが糞は許さん。
椿は茜に目配せだけで応えると、後ろのイカレ王達に振り返る。
『取り敢えず、ニジニの兵の方は味方に付けておきたいんですけど。
いいですか?』
椿が何を、とは口に出さずに提案してみると、シェロブがすぐに同意する。
『見せておくのですね。
良い考えだと思います、お嬢様』
ニジニは信心深いお国柄だと聞いている。つまり、白い魔力に無条件に敬服するはずだとシェロブは言っていた。イカレ王やお爺ちゃんが頷いたのを確認した椿は、糞を組み伏せたまま魔力を練る。
十分な魔力で発展型の強化魔法を編み込んだ。この半年で、強化の展開は当初と比べ物にならないほど早くなった。すぐに、椿は白い魔力に満たされ、髪の先まで白くなる。
眼メンと茜ちゃんを始めとするニジニ勢にどよめきが走る。
そうです、私が聖女です。
それ、敬え~!
糞王子を解放するとと同時に、強化も解いておく。糞にだけ見せないのがミソなのだ。ついでに糞の剣は本人の眼の前で、使い物にならなくしておいた。王族の剣だから、いつぞやの魔法銀なんじゃないかって期待していたが、ただの鋼だったようだ。篭めた強化の魔力を解くと崩れてしまった。
茜ちゃんが糞に肩を貸して後ろに下がる。
イカレ王は何事もなかったように席に着き、皆にも着席を促す。ニジニの兵達も壁際で居住まいを正す、ハッタリの効果は覿面だ。
『さて、挨拶も済んだ事だし、始めようか』
糞は憎々しげに椿を睨み、まだ何かを言いたそうだったが、意外にも大人しく席に着いた。体験した力の差くらいは、理解できるらしい。しかし、ここまでやばい人間はそうは居ない。某インターネット掲示板の中でなら、しょっちゅう見かけるレベルだが、現物になどそうそう出会えるものではない。
ニジニがコレを危険な渡航に出したのは、よかったら事故で片付いて欲しいからなんじゃないかと、邪推してしまうレベルだ。
イカレ王が議長を務め、話し合いが始まった。
椿は席に着かず、シェロブやスターシャと共に壁際に陣取った。しかし、お爺ちゃんに睨まれたので、仕方なく端っこに腰を据える。
『さて、改めて訪問の目的を伺いたい』
『聖女召喚の儀の経過を確かめたいと考えております』
受け答えは眼メンがすべて引き受けていた。普通は双方に通訳を置いて、互いに母国語を用いて会談をするものなのだが。通訳を置かないのは、糞王子が下手に情報を得られなくする意図があったのかもしれない。お爺ちゃんに確かめると、ロムトス側に通訳を置かないようニジニ側から申し出があったそうだ。眼メンの苦労と根回しは、お爺ちゃんの同情を多いに誘ったようだ。
驚くことに、眼メンは国の内情とも言える、ニジニ国において行われた召喚の儀の様子を余さず伝えてきた。召喚の儀を執り行ったのは眼メンだったのだそうだ。そう言えば、あの場では眼鏡の男が倒れていたな、彼だったのか……
召喚の儀でふたりの女性が現れたことは、これまでになかったらしい。
茜ちゃんが白い魔力を持たないことが分かったとき、大変な騒ぎになったらしい。当たり前の話だが、二分の一が外れたとき、もう一方が当たりなんだから。聖女を殺した、と相当な突き上げがあったらしい。糞王子が関わっているのは、何と、奴が召喚の儀の責任者だからなのだそうだ。ウケる。
糞ことアレッサンドロス殿下は、ニジニ王の嫡子であらせられる。彼には大変優秀な弟が居る、殿下の王位継承権が第二位である事が、弟の優秀さを物語っている。聖女召喚の儀の責任者を買って出たのも、協定を破って強行したのも、実績が欲しかったからなのだ。
ここまで赤裸々に話しちゃう眼メンに、イカレ王にまで同情が混じった呆れの表情が浮かぶ。
『君は祖国を危機に陥れたいのかね』
『世界が滅ぶよりマシでしょう』
『やれやれ……
アミダス王には、君の助命嘆願を書き付けておこう。
ここまでバカをやる国はない、私が貴国を責めても他国は信じまいよ』
そこからは、会談と言うより情報交換の場に変わっていく。ニジニでの召喚は、眼メンが軽く一週間は昏睡するほどの負荷があったそうだ。なんせ、ふたりも引っ張ってきたのだ、これは分かる。ロムトスでは豊富な魔力を有する人材がなく、10人近い陣営で儀式に当たったそうだ。召喚を取りまとめた宮廷魔術師の筆頭は、翌日から喜々として研究に没頭しだしたそうだ。驚くほど少ない魔力で召喚が為された点について調べているらしい。
椿が刺した初老の男は、目論見通りその筆頭だったようだ。……生きていたのか。良かったような、残念だったような。
『アカネには、ハッキリと女神の加護が表れています。
良ければツバキ殿の鑑定も執り行いたいのですが』
『それは、彼女の同意が必要だ』
突然、話を振られる。
『え? 嫌ですよ気持ち悪い』
拒絶する椿を無視して、周りは鑑定の話に向かっていく。同意の必要性はどこに行った。野次馬根性が勝っているじゃないか。
眼メンが眼鏡を中指でクイッと持ち上げながら曰く、鑑定では本人も気付かない才能が判ったりするらしい。才能とは、女神の祝福そのものらしい。勿論、才能がなくても努力で得た手腕で、第一線級の活躍をする人も居る。そのような人達は、女神からその努力に技能と言う称号を送られるらしい。女神の表彰かよ、俗っぽくなってきた。
さっきまでの空気は何処に言ったのか、糞王子まで加わって自分にはこんな才能があっただの、こういった技能を授かっただので盛り上がり始めた。壁際では、ニジニの兵達も談笑を始めている始末だ。椿が考えているより、ずっと一般的に親しまれている行為なのかもしれない。
最後は茜の「私も受けたんですよ、椿さんのも見てみたいです」の言葉で椿が折れる形となった。
異世界人の鑑定では、珍しい才能や技能が良く出るらしい。記録には残っていたが、なんせ異世界人を鑑定する機会なぞまず無い。茜に続き、2度もその機会に恵まれる眼メンの興奮も、その顔に出るほどだ。
そして、執り行われた鑑定は、対面の眼メンが占い師のおばさんの如く椿の顔を眺めながら、手元にメモを書きつけるだけのものだった。そして、その結果に皆の注目が集まる……
ツバキ カキツバタ
才能:
技能:
『何もありませんね……』
眼メンが独りごちる。
『ツバキ殿、抵抗されていませんよね?』
『名乗っておらんツバキの姓を知り得ておる。
ちゃんと発動はしておるだろう』
お爺ちゃんの言葉が鑑定の結果を確かなものと位置づける。
才能なしなのか、地味にショックだ……
努力して習得した身体強化魔法とか、技能に入らないのか? これは何を見る魔法なのだ、協力したのが馬鹿みたいではないか。
白い魔力とは何だったのか。
この項目の中に「特技」とかあれば「白く光る」とか書かれていたかもしれない。
『椿の槍術は、短剣術の技能を持つ神殿侍女を凌駕するほどであったぞ』
『先程も説明しましたが……』
才能とは女神の祝福、つまり須(すべか)らく女神によってもたらされる物らしい。その女神の影響の片鱗を垣間見るのが鑑定の魔法なのだと眼メンは言う。
『つまり、ツバキには女神から与えられたものがないと?』
『お嬢様の槍術は、この世界のものではないから、では?』
今度は、なぜ椿には女神の祝福がないのかの大討論会が始まってしまった。
『あの駄女神は、私を無責任に呼び出しっ放しにしたと……』
椿のボヤキにも誰も反応をくれない。周りは勝手に盛り上がっているが、終いに椿は飽きてくる。
椿が巡らした視線の先で、同じように話について行けない茜がボンヤリとしていた。手招きをすると、ハッとした茜が嬉しそうに椿の隣に移動してきた。
茜ちゃんの格好は、凛々しい若武者だ。体型にぴったり誂えた板金鎧は、ファンタジー世界に相応しい意匠だ。なんと可愛らしくも凛々しい感じがする。糞王子の趣味なのだろうか、それとも眼メンの方か。心なしか、体も締まっており、武装の上からでも分かる。そうとう鍛えたんじゃなかろうか。
身体に満ちる魔力も強い、シェロブに匹敵している印象だ。これは眼メンの方が鍛えたに違いない、糞王子なぞ片手で捻れるだろう。
「茜ちゃん、相当鍛えたでしょ」
「分かるんですか? 嬉しいです。
あの王子から何時でも距離を置けるようにしたかったんです。
マーリンさん、あの眼鏡の方ですが、色々と気を使って頂いたんです。
学校にも通わせてくれて、剣術や魔法を習ったんですよ」
ほー、ファンタジー小説みたいな事をやっていたのか、羨ましい。
「私なんて全裸の黄色い小人と殺し合いしたり、
青い巨人と殺し合いしたりしてたよ。
人の頭した鳥とか、耳の長い美形が問答無用で襲ってきたり……」
「……なんか、ごめんなさい」
お互いに、拉致られてからの愚痴を一通り零しておく。お代わりのお茶がまた冷める頃、再び剣術と魔法の話に戻ってきた。なんせ、ここでは身を護る術の有無が死活問題になるのだ。
「剣術なら、私も教えてあげられるよ。
魔法は無理だけど。私には使えなかったから。
後ろの白い侍女の格好した子と、笑顔が気持ち悪い神官の服を着た子も、私が指導してるんだ。まあ、祖父のマネごとレベルだけどね」
「剣道って、実戦で役に立つんですか?」
「茜ちゃん? それ競技者に言ったら駄目だからね?
……まあ、何もしてない人よりかは遥かに良いと思うよ」
この世界では、魔法も合わせて戦うらしく、茜ちゃんは随分と筋が良いと褒められ育てられたようだ。ちょっと天狗になっているのだろうか。今度、熊モードで扱いてあげよう。
……けど、手に負えなかったら恥ずかしいな。
などと考える椿を、茜の言葉が更なる深みに突き落とす。
「私、教会から『勇者』の肩書を貰ったんです」
なんでも、すべての属性の魔力を持つものをそう呼ぶらしい。絵本にあった魔王と勇者のあれか。
うーん、茜ちゃんが勇者?
最近になって白い魔力だ聖女だと持ち上げられてきたが、天狗になっていたのは椿の方だったのだろうか。なんせ、なんの才能もなかった訳だし……
勇者、強そうだな。
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