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第63話 休暇

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 一行は神都へ向かう。

 霊穴に向け衛星都市フーリィパチを発った頃合いと異なり、あれだけ溢れるように存在した亜人を見つけることはできなかった。霊穴を塞いだ効果なのだろうか? それとも次の霊穴を守るため、すべてこの大陸から引き上げたのだろうか?
 どちらにせよ、ニジニ国の霊穴で更なる精鋭が守り人として待ち受けていることは想像に難くない。霊穴の状況を魔王(?)側が観察している可能性が高いからだ。

 カザンと言う強力な手札が加わったが、すでにその手の内はつまびらかにしてしまった。次は魔王側が、カザンに対抗する強力で恐ろしい札を切ってくるだろう。

 ……考えても仕方ないか、ロムトスから亜人が消えたのなら良しとしよう。

 果たして、神都で休みは貰えるだろうか。貰ったとしても、お爺ちゃんとポーション作りして終わってしまう予感がするが、そんな過ごし方も良いかもしれない。本音を言うと、フーリィパチでカミラとイチャイチャして過ごしたかったが。



 亜人は姿を消したし、軍隊に襲いかかる馬鹿な盗賊たちも居ない。なんの障害もなく神都まで辿り着いた。
 耳長達とは、大樹の森で別れている。現地解散と言うやつだ。ケレなんとか氏が、改めてロムトス王に礼を述べにくるとか言っていたが、椿と関わる事はもうないだろう。

 存在ごと忘れていたが、ロムトス国のイカレ王ことフォールガ・ロムトスまで報告に向かうこととなった。途中で抜け出そうとしたが、マーリンとカザンに捕まってしまった。私は、お爺ちゃんに報告するし、と逃げ口上を打つも、シェロブがもう報告済みだと言う。逃げ道をみんなして塞いでくるとか、酷いな……

 そも、報告済みなら尚更じゃないか、イカレ王には会いたくない。
 引きずられるように連れて行かれた食堂に、それは居た。仮にも王様、なんでこんな所で魚のフライを食べているんだ…… つか、魚もあるんじゃないか。

『やあ聖女殿、大活躍だったそうじゃないか』

 開口一番これだ、嫌味か! ズタボロにされただけだと言うに。

 通り一遍の曖昧な労いを受けたあと、イケメン眼鏡のマーリンが報告を引き継いでくれた。このマーリン様は、霊穴を塞ぐ手段を椿しか持たなかったと断言した。素晴らしい、こいつだけだよ、私の価値を評してくれるのは。
 ……いや、待て! ただの宣言ではないか、霊穴を塞ぐのに椿が必要だから、ニジニの霊穴を塞ぐために連れて行くって方便だ! 糞眼鏡め! 連れて行くなら守り人を始末してからにしてくれ!

 あれよあれよと、ニジニに向かう段取りが成されていく。約束通りに3日程の休暇があるのは良い。が、茜が疲れているから休息を挟みたいとの進言だったのが気に食わない。私も労えよー!



 結局、イカレ王は眼鏡の気が済むまで段取りに付き合った。待ちきれない様子には見えなかったが、終わった途端にガラリと様子を変えて、椿の側に控えていた男に視線を向ける。

『カザン、久しいな。
 フーリィパチからも逃れたと聞いたぞ』

『優秀なヴィクトール殿下の元は退屈でして』

『まあ構わんさ。
 必要な時に、必要な事をしてくれればよい。
 ちょうど今、それを果たしてくれている』

 なんか、含みのあるやり取りを交わす王とカザン、椿に向ける表情とは少し違って見える。年の頃も近いし、幼い頃はお友達だった系ではなかろうかと妄想する。
 続く二人の会話から拾う限り、カザンはニジニ国にも付いてきてくれるようだ。それは助かる。カザン以上が来るかもしれないのだ、カザンは最低必要条件だ。

 そんな椿の表情を読んだのか、イカレ王が椿に話を振ってくる。

『ニジニの亜人は手強いぞ』

 剣を持って打ち合うなんて馬鹿のする事だ、とまで言うイカレ王さま。そんなにかよ……
 そこにマーリンが補足を入れる。

『ニジニの魔法使い達が間接攻撃を好む
 理由がそこにあるんです』

『私が雷の魔法なんて発想に至ったのも
 アレに対抗するためだったんです』

 茜まで加わって椿を脅してくる。茜が雷の魔法を編み出した遠因が、アレとか言う亜人らしい。つまり、茜はすでにソレと邂逅してるのだな。

『豚頭の巨人だ』

 イカレ王が視線だけ天を仰いで言う。

 出た、オークか! え、斬り合うの止めた方がいいレベルなの? えぇ…… そいつが守り人として出てきたら、どうやって勝てばいいんだ?

 椿がこの世界で初めて見かけた野生動物が『豚』らしい、ようは「猪」だ。
 奇しくも、例の国民的ロールプレイングゲームに登場するオークと似たビジュアルなのかもしれない。巨躯に分厚い毛皮をまとうのであれば、生半可な物理攻撃は効くまい。日本人なら、ヒグマに格闘で挑めと言われても無理だと解かるだろう? ニジニでの、それがオークなのだ。

 カザンに視線を送るも、はぁん? 見たいな顔をされて終わった。豚がどうしたって様子だ。この男はどうにかできるんだろうか。こちらとしては、熊モードであれば抵抗できる事を祈るのみだ……



 取り敢えず、もらった休暇をありがたく消化することにする。半年も暮せば、これだけ広い神都でも勝手が分かってくると言うもの。馴染みの住人達に、戻ってきたか、無事だったのか、などと近所付き合い特有の良かった良かった攻勢を頂きつつ進む。異世界でも、おっちゃん、おばちゃんの行動は変わらないらしい。

 消耗した文具や、着替えなどを買い込み、ついでに買い食いしながら、当たり前のようにイリヤお爺ちゃんのアトリエに向かった。

 いつものように店先で、調合の片手間に本を読むお爺ちゃんが見えた。
 先王であるこの老人は椿を囲い、言葉を教えてくれた恩人である。そのおかげで、ロムトス国、教会、耳長などの勢力から切り離され、言葉の習熟に専念できた。
 衛星都市フーリィパチで行く宛のない椿を泊め置き、魔力の使い方とポーション作りを教えてくれたカミラの師であると知ったときは、偶然にしては出来すぎだと思ったものだ。椿はふたりとも好きである。彼らに共通する優しい人柄に惹かれたのかもしれない。

 ただいまと声を掛ける椿に、おかえりと返すお爺ちゃん。いつも難しい顔をしているが、今日はほんの少し柔らかく見える。奥に入る椿に、夕飯はすぐできるから、荷物を置いたら降りておいでと声を掛けてくれた。

 椿の部屋はそのままだった。もっとも、棚に鞄とその中身をぶちまけていただけで、家具などは元からあったものを使っていたからだが。ひとつだけ変化があるとすれば、スターシャの部屋の隣りに、ポーシャの部屋が増えていたことくらいか。
 あとで、扉が開かないように板を打ち付けておこう。

 3馬鹿は当然のように合流し、しかも夕食の支度まで終えている。召喚されたての頃にくらべて、随分と騒がしくなったものだ。ありがたいけど。


・・・・・


 翌日、お爺ちゃんとポーションづくりに勤しむ。

『お爺ちゃん、なぜ「ヨモギ」を乾燥させるの?』

 久々にゆっくりお爺ちゃんとお話ができる。どうせならと、カミラに教わった手順の中で疑問に思っていた事を確認してみることにした。お爺ちゃんはカミラの師匠なんだし、ちょうど良いでしょ。

『なんじゃ?
 ヨモギの事か、より細かく砕くのに
 乾燥している方が都合が良いとされている』

 ん~? 乾燥が甘くても、すり潰して濾したものでポーションはできた。お爺ちゃんも前に、椿がそうしてのを見ているはず。そもそも、魔力を通して初めて完成するのだ。そこに疑問を持つ人間は居ないのかな。

『どういう事かね』

 お爺ちゃんは、椿の疑問が理解できない様子だ。

『普通、モノには魔力を通せないって聞いたんです。
 でもみんな、ポーションには魔力を通してますよね?』

『……うむ。
 確かに、気にしたことがなかったな』

 大昔からポーションの製法は変わっていないらしい、もう常識として定着したものに誰も疑問を抱かないのだろうか。

 他に、魔力が流せるものはなんだろう? 例の魔法銀で作られたサーベルは魔力を流す前提の作りであった。魔力を流したら蔓草の意匠が浮かび上がったあたり、間違いないだろう。これも、魔力が流せるものとして定着しているようだ。

 次は心石か。流すと言うより「貯めて出す」だろうか。心臓の役割を持ち、魔力を全身に巡らす器官らしいし。まあ、魔力が流れて当然なのかもね。心石を通した魔力には、個人が持つその特性に応じた色が着く。固有魔法の発現には、総じて故意に心石を通した魔力が用いられている。
 椿が自分の身体強化魔法を固有魔法ではない、と認識しているのもこれが理由だ。椿に心石は、恐らくない。茜の雷も、厳密には固有魔法ではないはず。強いて言えば、異世界人だから、はじめから色が付いているのかも。

 ではポーションは? 完成品に魔力が流れるなら解かる。しかしだ、さっきも述べた通り、ポーションは魔力を流して完成なのだ。ポーションに魔力が流せるのではない。

 以前、カミラに教わった通りにポーションを作ろうとして、ふと疑問に思った事がある。なぜ乾燥させたヨモギが必要なのか、乾燥させたことで起きるヨモギの変質が必要なのか。その時は完成さえすれば良かったので、同じ手順なら問題ないだろうと、深く考えるのを止めてしまっていた。
 もう一度よく考えてみよう。やはり必要なのは乾燥して起こるヨモギの変質ではなかろうか。乾燥したヨモギには白くカビが付く、実際はポーションの効果に必要なのはこっちだったりして。

 なんせ異世界のカビだ、何か特別な働きをしそう。

 そんな椿の話を聞いたお爺ちゃん、面白そうだと特にカビが多くついたヨモギの葉を選り集める。茶色く変色し、一面が真っ白にカビた葉などが積まれていく。

 まずは、お爺ちゃんがポーション作りの要領で、カビの葉へ直に魔力を流してみる。

『ふむ、何も起こらんか』

 うん? 何も起こってないように見える。でも、何かが起こっているように感じる。魔法に敏いシェロブも気付いたようだ。素の葉の状態でも、魔力を帯びているのが分かる。

 ポーション作りの工程に湯煎がある、温めてみてはどうか。

『手で挟んで魔力を篭めるのか?』

 しばらく温めるように手のひらで挟んだ葉に、お爺ちゃんが再び魔力を篭める。
 やはり正解だ、今度ははっきり分かる、ちゃんと魔力が葉に残っている。

『この感じ、ポーションと変わりませんね』

 シェロブも興味がでてきたようだ。お爺ちゃんの手のひらから葉を摘んで観察しだした。まるで完成品のポーションのように、ヨモギの葉から魔力の輻射を感じるようになった。

 よし、もっと魔力を籠めてみよう。

 手だけに編んだ熊モードをアイロンのようにして葉を押さえ、魔力を籠めてみる。すると、カビが発光を始めた。それと同時に葉は縮んでいく、まるで火が出ないまま燃えているようだ。

 まさかと思うが、カビが魔力を循環させているのではないか?

『心石も魔力を篭めると光るよね?』

『心石の中を循環するんです』

 つまりだ、このカビは魔力を操ることができるのだ。製作者の籠めた魔力を自身で、または側に居る仲間と協力して循環させている。循環させ続けている。そして、ヒトやらの傷付いた体に同化して命を繋ぐ。同化する過程で魔力を使うのかもしれない。カビが魔法を使っている訳だ。
 ヨモギの煮汁はカビの食料だ。時間を置くと、ポーションはその効力を失うらしいし、この説明は可能性が高い。ヨモギ溶液の栄養を食らい付くしたカビが死んで、その効果を失っているんじゃないかな。

 まあ、なぜカビがヒトの体を修復するような事をするのかは置いておいたとしても、そんな感じじゃない?

『面白い、辻褄もあっとる。
 薬効が違うポーションは、カビの種類が違う訳だ』

 ワクワク顔を隠せないお爺ちゃん。光る粉のようになったカビをセッセと集めていく。そしてそれぞれを、水だけの容器と、魔力を籠めていない未完成のポーションに加えていく。未完成のポーションとはつまり、ヨモギの煮汁だ。
 この行為の意味は、煮汁がカビの食料というところの確認だ。

 この結果は割と間を置かずに知ることとなる。ニジニ行きのために、追加のポーションを作成しているだけの時間で、光るカビ達に変化が現れたのだ。

 水だけの容器のカビは光らなくなり、ヨモギの煮汁は光ったまま。

 光らない程度に押さえたカビで試したところ、煮汁が透き通るような青色に変化していくのを観察できた。どうやら湯煎で温めると、カビが活性化して魔力を受け取りやすくなるみたい。

『ツバキの仮定で間違いないようだ』

 うむ、ポーションの正体を見たり。魔法を使う異世界カビだ。

 椿の白い魔力が他の魔法を阻害するのに、カビの魔法なら大丈夫なのか? って疑問も湧く。それも、カビが椿の魔力で魔法を行使しているのなら問題ない。現に覗き魔女のポーシャは、椿の魔力で魔法を放ったことがある。
 白い魔力に、魔法は効かない。白い魔力で、魔法は使える。そう言うことだ。

 椿の作るポーションで異常な効果が得られるのも単純な理由が考えられる。
 単に、籠めた魔力の量が多いのだ。それは、カビ達が行使できる魔法の規模に直結する。どうやらカビは、大量の魔力を扱える才能があるらしい。

 熟達のイリヤお爺ちゃんも、手のひらから滲む程度の魔力をポーションに流すのみで、それ以上は注ぎ込めない。魔法の達者なシェロブでさえ、魔力の巡りは彼女の身体の内に限られている。外には出せない。
 そもそも熊モードとして魔力を体外に留めたり、これほど大量の魔力を放出する使い手は居ないようだ。マーリンや茜が飛ばす攻撃も、魔力が加工された結果が放出されているものなのだ。未加工の魔力をザブザブ放出できるのは、椿くらいらしい。

 ニジニ行きを前にして、一際強力なポーションを作れるかもしれないな。

 この歳で新しい発見に出会えるとは、などと興奮しきりのお爺ちゃん。カミラも呼んでやりたいなどと言う。激しく同意するが、カミラが休暇の間にこちらに移動できるはずもない。
 などと考えていたら、シェロブがカミラを連れてきた。カミラほどの体重なら、難なく壁を超えることができるらしい。嬉しいけど複雑な気持ち。

 昼のお茶の時間を惜しんで、カビの研究に没頭するお爺ちゃんとカミラ、似たもの師弟だ。

 ポーションの秘密も分かったし、残りの休暇はカミラ付きだ。
 豚頭とやらに苦しめられる前に、精々ゆっくりさせてもらうことにしようか。
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