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異世界

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俺が俺として、二回目の加賀郎志として産まれ落ちてから17年の月日が流れた


17年でわかった事はそんなに多くはないが腕に刻まれたこの¥マークはどうやらとんでもない力を秘めているらしい

わかった事1
このマークは俺以外には見えない

わかった事2
基本脳内だけで操作可能だが最終確認だけは口答しなければならない

わかった事3
使用したら経過を省き結果だけがすぐに反映される


そんな事を淡々と説明したところでよくわからないと思うだろう

例えば俺が鉛筆が欲しいと念じるとすると必要経費が脳内で提示され、最後に俺が声で「はい」とか「それでいい」なんて言葉で了承したら手元に鉛筆が現れる

そんな仕組みだ

一応使った分の振興が引かれて確認も出来るが5京円なんて大金一生かけても使いきれる訳がないので気にした事はない


こんな風にオッサンがくれたこの¥マークは凄く便利だが多用はしてない
17年で15回も使用してないんじゃないか?

最初は親父の借金こそ返したが後はさほど贅沢もしてない

借金を返せば家はそこらへんの普通の家庭と変わりなかったし高校にも普通に進学出来た

遊んで暮らすのも悪くないのかもしれないが、どうも俺の性に合わないらしく今でもバイトをして自分の小遣いは労働で稼いでいる

そもそも俺だけこんな取って付けられたような力でのうのうと生きるなんて世の中の労働者達に失礼だろう


前世(?)の呪いかどうかは知らんが若白髪と落ちる事のない隈は残ったままだが俺は今それなりに高校生活を満喫している


「ろーじ!昨日の巨人戦観たか!?すげーホームランだったな!!」

前世からの幼馴染み、野球小僧の津田《つだ》 球治《きゅうじ》が朝から興味の無い野球の話を振ってくる
これはもう習慣だ

「おー、すごかったなー(棒)」

「おーい、適当な返事すんなってー!」

一時限目の現国の小テスト対策をしてた俺の頬を球治が引っ張る

「やへろー」

「邪魔してやるなって」

「痛っ!」

もう1人の幼馴染み、結城《ゆうき》 悠《ゆう》の助けが入る
坊主頭にチョップを食らった球治は頭を押さえながら笑っておはようと言った


こんな些細な日常がおそらく普通の幸せってやつなんだろう

平凡で山も谷も無い毎日こそが俺が喉から手が出るほど欲しいものだった


17年経った今更
俺が何故物語を進め始めたのか

それはこの愛すべき日常が前触れも無く崩れるからである



一限のチャイムが鳴って全生徒が席につく中、いつもなら時間きっちりのはずの現国教師がいつまで経っても現れない

5分が過ぎ痺れを切らした生徒がダベり出しはじめるとパンっと1つ手を叩く音が聞こえた


「遅くなりました、授業をはじめます」

音と共に教卓の前に現れたのは教師ではなく17年前に会ったあの優男

その姿を見た瞬間俺の心臓がピクりと跳ねた

「説明は面倒だからしないよ」

教室の床が白く輝き
どうしようもないほど嫌な予感がする

異様な光景に取り乱した生徒が数名教室から出ようとするが引けども押せども扉も窓も開くことはなかった

「無駄な事はしないほうがいい、疲れるだけだよ?」

優男の崩さない微笑みに不気味さを感じる

ざわざわと不安と恐怖に支配されていく教室
テロリストとかドッキリとかそんな言葉が混ざりあっているが俺だけはハッキリとわかる
これはそんなちゃちな物では決してない


「五月蝿くなってきたしさっさと終わらせようか」

ざわつく教室に指を鳴らす音が響く

その瞬間、俺は目の前が真っ暗になって机に打ち付けた額の痛みを淡く残しつつ意識を失った





「勇者達よ、起きたまえ」


RPGの始まりみたいな台詞と共に頭に電流のようなものが走り意識が覚醒した

目を開けると広くて豪華な広間の真ん中でクラスメイト達が倒れていた

教室の机に突っ伏していたはずなのに今は背中に柔らかな絨毯の感触が心地良い
もう少し寝ていたい


「白髪の者よ、あとはそなただけだ」

「おいろーじ、なんか話が進まないから早く起きろって」

俺は球治に腕を掴まれ無理矢理起こされる
モフモフの絨毯に別れを告げ最初の声の方を見るとテンプレ的な王様が玉座に座っていた

宝石を鏤めた王冠
生地の良いマントに逞しい髭

ただ座ってるだけなのに圧倒的な存在感


「私はグランダス・フォン・ファルノーツ、ファルノーツ王国の国王だ」

予想通り王様だった
むしろそうでないとおかしい

「そなた達には冷静さを保つための魔法をかけている、落ち着いて聞くがよい」

言葉通り、動揺こそするものの騒いだりする奴はいない
魔法という単語にも驚きもせず逆に興奮する奴がいる始末

いやいや…現代っ子だからってアニメやゲームのし過ぎだろ

俺はというと相変わらずそこらへんには無頓着である


「そなたらは第五次勇者転移に選ばれた者である」


悪質なバラエティ番組なのかとも思うがこれだけの人数を拉致するのは大変だし法に触れる

カメラも無いしスタッフも居ない
エキストラっぽい甲冑を身に付けた大人達は二十数名いるもののマイクでも照明でもなく剣に槍といった武器ばかり

これはそんな子供騙し…あるいは大人騙しでも、そもそも嘘や虚実や冗談の類じゃない

朝起きたら消える夢でも幻でも何でもない


優男が教室に現れた時から本当は薄々気付いてはいる


これは紛れもなく本物だ

本物の王に本物の国
本物の兵に本物の城なのだろう

非現実的な存在である俺のお墨付きだ


「選ばれし者達よ、そなたらの目標はただ1つ、魔王を殲滅すること」


「一つ聞いていいか?」

サッカー部の山崎が挙手する
普段チャラチャラしてるぶんお偉いさんにも切り込み方が鋭い

不躾だがこういう人材も一人は居てもいいと思う

「魔王を倒せば俺達を元の世界に返す、って感じか?」

「いかにも」

「ただの学生集団に倒せる魔王ならあんたらだけでも出来るだろ、それ」

山崎が本気なのかおちょくってるのかはわからない

しかし王は真剣な面持ちで答える

「転移者には特別な加護…もとい特技《スキル》が施される、それはどれも常人には計り知れない力ばかりだ」

王はステータスオープンの仕方を教えてくれた

頭の中で「ステータスオープン」と念じるだけだが、言われた通りにして驚く有象無象は本当に馬鹿みたいだ

そして俺もまた馬鹿の一人



加賀郎志
勇者
level.15

力.132
早.64
守.105
魔.82
運.41
技.376

固有特技.金渡使徒《マネーウォーカー》


どうやらこれが俺のステータスらしい
基準がわからないから一概に言えないが前回の労働人生が功を奏してか技術のステータスが一際高い気がする

「なんかゲームみたいで面白いな!ろーじ!お前はどうだった?」

俺の目の前に浮かぶウィンドウはどうやら他人には見えないようだ
球治がわざわざ確認してくるのもそうだが俺も今表示されてるであろう球治のステータスが見えない

「どうだったって言われてもよくわからんわ」

「固有特技に逆境者《ピンチヒッター》って書かれてんだけどなんなんだろうなこれ!?」

「だから知らねーって、まぁでもお前らしくていいんじゃねーの?」

ピンチヒッターという響きにテンションを上げる球治を他所にどこか不安そうな悠の肩をたたいた

「何ビビってんだ、らしくねえ」

「だって訳わかんないじゃんこんなの…二人とも何でそんな冷静なの?」

震える肩を優しく包んでやりたいのはやまやまだが前回も今回も俺にそんな資格はない

前回から絶賛片想いではあったが悠を幸せに出来るビジョンが今も見えないし、こいつにはもう他に好きな奴が居るのを俺は知っている

「いや、お前と違って俺ら馬鹿だから…状況がまだ把握出来てねーだけだよ」

俺が出来るのは何の励ましにもならない空の言葉を柔らかくして投げ付ける事だけだ


「各々ステータスを確認したようだな、しかしまだその数字の羅列にどんな意味があるのかは解らんじゃろう」

50を越えれば優秀
100を越えれば天才
150を越えれば国のトップレベル

職業《ジョブ》によって異なるらしいがlevelも城内勤めの兵で10前後、近衛で15から20、戦士長とか騎士団長クラスで三十代前半とのことだが
ハッキリ言ってピンとこない

「初期levelから15というのは高いのでしょうがそれだけでは僕達をわざわざ勇者として呼び出した理由としては不充分です」

クラス委員長兼生徒会副会長の小瀧が眼鏡を拭きながらもっともな事を言う

確かにそれだけじゃ理由としては弱い

「理由なら山程あるが一番は伸び代じゃな」

「伸び代?」

「いかにも、儂が聞き及ぶ話だと100levelに到達し見事魔王の一人を討ち倒した者が居たという」

そのステータスは全てが1000を越えていたらしいが確認した者は居ないらしい

「今魔王の一人と言いましたが魔王は複数居るのですか?」

「うむ、今は18人居ると聞くが…確かな事は言えん」

「僕達はその全てを倒さないといけないんですか?それとも一人だけでも?」

「全員倒せば世界の理により勇者は全員帰れるが一人だけだと一人しか帰れん」

「それは…何故?」

「詳しい話は大臣がするであろう、そなた達には三日ほどかけてこの世界の常識を教える、その後に軍資金を譲渡し旅立ってもらう予定だ……ゴホッゴホッ!!」


王は咳き込むと家臣の一人に黄金の杯を貰い中の液体を飲み干した

「すまんが儂はこれにて失礼する、後の事は任せた」

護衛を二人連れて玉座の奥の扉から出ていく王

「では勇者様達、場所を移すか」

残された俺達は一際恰幅のいい男に案内され別室に連れていかれた

「俺はベッツ・プラント、一応この国の戦士長をしてる。気軽にベッツと呼んでくれ」

長い机の上には食事が並ぶ
王室の食事は見た目は豪華だがそれだけだ

「まぁ飯でも食いながら聞いてくれ」

スープは薄いしサラダの野菜はカッサカサ、新鮮さの欠片もない
肉は硬いし魚は臭みが取れてない

前世じゃ育ち盛りの妹に安くて美味くて栄養バランスのいい飯を作っていた俺からすると大変粗末なもんだ

スポーツ男子共は気にせずガッツいているが女子達は二口三口でフォークを置く始末


「あー…やっぱり異世界の女性はグルメですねぇ」

分厚い教典を持った中年がこの惨状を見て苦笑いで溜め息を吐く

「こっちは大臣のオルトロ・バニール、あんた達の教育係だ」

「以後お見知りおきを」


その後は長くてつまらない話が淡々と続いた
各国の情勢とか
貨幣価値と物価とか
宗教とか
種族とか
貴族とかエトセトラエトセトラ…


気が付けば話を聞いてるだけで日が落ちて外はすっかり暗くなっていた

俺達には一人一人に部屋が用意されていて、俺は案内された部屋のベッドに寝そべっていた


なんだか面倒なことに巻き込まれたもんだ



しかし俺はこうなる事をずっと前から知っていた


前世で起きた高校生集団神隠し事件
その被害者が今回のメンバーだ

そして前回、俺が生きてる内にその被害者が見つかる事は遂ぞなかった


これからどうなるかは神のみぞ知るところかもしれないがせめて球治と悠だけでも帰してやりたい


まぁ、やれるだけやってみるか



俺は眠気により薄れゆく意識の中で声を聞く


『金渡使徒を自動操作《オートモード》で起動してよろしいですか?』



よくわからんがOKだ

『今回かかる費用は22兆7259億4105万5250Gになりますがよろしいですか?』

「んー?…はいはい……了解了解」


適当に返事してしまったがこの判断がとても重要だった事を俺はまだ知らない



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