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リトライ・ブーケ

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※村娘視点



クエンラの隅に位置する人工500人程度の小さな村、ミードリーノ村に私は生まれました

かつてゴブリンの被害に悩まされていたこの村は農作物が荒らされたり若い娘が連れ去られたりとやられたい放題でした


苦肉の策とギルドにクエストを依頼したのですが小さな村なので出せる報酬はほんの僅か
下手をすれば移動費やら備品の補充なんかで溶けてしまう額でした

そんな報酬ではもちろん冒険者は動きません


依頼を出してからあっという間に1ヶ月
1ヶ月以上放置されてるクエストはこれから先も掲示板の肥やしになるだけだと大人達が頭を抱え始めた頃、絶望は畳み掛けてきました


村の外に薪を集めに行った私は後頭部に衝撃を受け、そのまま気絶すると次に目を覚ました時には薄暗い洞窟の中に居ました

どうやら私はゴブリン達に拐われたようでした


それからは酷い有り様です
衣類を引き裂かれ、抵抗すら出来ない私の身体をゴブリン達に好き放題弄ばれました

地獄というのはこんなにも身近に潜んでいたのかと驚愕する私は悲しむ余裕すら無く、ただひたすらに逃げる事だけを考えていましたがゴブリンがそうあっさりと苗床を逃がしてくれるはずがありません


腕と脚の関節にナイフを刺され、逃げるどころか身動きすら取れなくなるとゴブリン達は私を別の空間に連れて行きました


連れて行かれた場所には先に拐われた二人の女性が居ました
人工500人の小さな村に知らない人など居ません、もちろん知り合いでしたがその姿は変わり果てていました

ナイフを刺されたまま放置された手足は腐ってしまったのか…既に捥取られており、お腹はぽっこりと膨らんでいました

その表情にも一切の感情はありません
彼女達はただの人形のようでした

泣くことすら許されないか…もしくはもう枯れてしまったのか

どうであれ私はその光景を目の当たりにして背筋がゾッとしました


それから数日
私も二人と同じように涙が枯れてきた頃、忘れかけていた希望はフラリと突然訪れました



「悪いな、少し遅かったか」

血色の悪い白髪の男性に声をかけられましたが私に返事を返す体力は残っていませんでした

男は私達三人に大きな布を被せると怪我が酷い順に治癒魔法で治していきます

しかし怪我を治したところで先の二人はもう人形です
表だけ治せても内側はもう修復不可能、心は既に死んでいます


「こりゃ重症だな…」

男が溜め息を吐くと一気に空気が冷たくなるのを感じました


『理念暴食《グラトニーイデア》』

男は人形と化した二人に口付けを交わすと黒い何かを吸出して膝を付きます

「重《ヘヴィ》だな…胃もたれしそうだ」

黒い何かを吸い出された二人は安らかな顔で目を閉じて眠ってしまいました


彼が何をしたのかわかりませんが私にはそんなことどうでもよかった

何もかも全部
もうどうでもいい

彼はきっと私達を助けに来たのでしょうけど、私はもう生きているのも辛いです


とにかく早く楽になりたい

このまま五体満足で帰ったとしても心の傷は残ったまま…

周りからは哀れみの目で見続けられる人生

そんなの耐えられません



助けて助けて助けて
助けて…助けて…
…助けて助けて…
助けて………



「…………殺して(たすけて)」


私が最後の涙と共に捻り出した言葉は
紆余曲折しましたが、救いを求める言葉と同義です

だって…それこそが私の救いなのですから


「…………」

冒険者さんは無言のまま私の身体を抱きしめました

そのまま締め殺してくれませんか…?
大丈夫です、恨んだりしません
神に誓います

誓いますから…


どうかもっと力を入れてください

そんな…羽虫も殺せないような力で私を包まないで


「悪いな嬢ちゃん、二人分食ったら腹一杯になっちまった…」

意味はわかりませんでしたが説明されても聞く余裕がありません

「この腹のもんが消化出来たら迎えにくるからよ…それまでもう少し頑張ってくれ」

ただただ暖かい
これが人の温もり

心の籠った包容が私が人間だという事を思い出させてくれる


「今日は色々立て込んでんだ…今はゆっくり眠ってな」

うなじを撫でられると強い微睡みが襲い、私はそのまま眠りに落ちました


次に目覚めた時には私達は村長の家に居て、家族が泣きながら抱き締めてくれたのですが…あの冒険者の姿はどこにもありません

お礼を言えるような精神状態でもありませんでしたが、淡い名残惜しさを感じてました

父曰く、冒険者は私達三人を担いで帰ってくると礼を言う隙さえ与えずに「急いでるから」と去っていったそうです



突風に吹かれたような一瞬の救出劇にしばらく呆然としていると他の二人も目を覚まし、多少落ち着いた脳がようやく仕事をし始めました

目覚めた二人はどっちも「何もされなかった」と証言し、安堵に満ちた表情を作るのです

私よりも遥かに長く地獄の日々を味わったというのにその記憶は綺麗さっぱり無くなっていたのですから私は驚きました


忘れるはずが…忘れられるはずがないのに…
平然とした二人を見て恐怖すら覚えてしまいます


たった数日で私が凌辱の限りを尽くされたのに…1ヶ月以上拘束されてた二人が無事な訳がありません

小さな村とは言えゴブリンの被害がどのようなものか知らないほど無知な村でも辺境の村でもないはずなのに…

村の皆は私達の健康状態と精神状態から二人の話を鵜呑みにし、信じてしまいました


「奇跡だ」なんてのたうちまわる輩も出る始末ですが、奇跡なんてそう簡単に起こりません



仮初めの平和
私にはどこか歪んで見えましたが…本当に歪んでしまったのはたった1人、真実を知る私の方なのかもしれません


そんな平和を壊さないように
私は口裏を合わせるしかありませんでした



それから私は半年ほど塞ぎ混み、引きこもりがちでしたが何とか人生の目標を定めて一念発起しました

今の私の目標は2つ
どちらも高望みではありますが目標は高いに越したことはありません

1つは私のような被害者を減らすために彼のような冒険者になること

そしてもう1つは…


…それは後述ということにさせてください



とにかく、目標を定めた私は今や元の元気な村娘に戻っていました

親の畑作業を手伝う合間に冒険者になるための鍛練
前よりも逞しくなった私を見て両親も安心してくれています


そんな毎日を送っていると冒険者さんに助けられた日からあっという間に1年以上が過ぎていました


今でも一つ気掛かりなのは
あの日冒険者さんが言っていた「迎えにくる」という一言

1年以上放置されていて今更期待もしません…
もしかしたら私を元気付けるための方便だった可能性もありますし…


でも、今ならはっきりとお礼が言えるので
出来ればもう1度会いたいところではありますね



もし、私が冒険者になれたなら
彼を探して旅に出るのも悪くないかもしれません

そんなことを考えていたある日の夜
微睡む田舎の静かな夜


「よっ」

「っ!!?」

ベッドに入っていた私は飛び起きました

「ずいぶん元気になったじゃねーか、よかったよかった」

慌てる私を見て笑うのは私を助けてくれた冒険者さんでした

「え、あの、何処から?」

「何処から戸もなく」

それはそうなんですが聞きたいのはそういうことじゃなく…

「約束通りあんたのトラウマ食いにきた」

「それは有難いんですが…その前にお名前を聞いてもいいですか?」


私は恩人の名前も知らなかった
心残りって程ではありませんが、それがとてもモヤモヤしていました


「それは別に知る必要は無い、今から忘れちまうんだからな」

「じゃあトラウマの件はもういいので名前だけでも教えてください」

「変な奴だな…でも俺は仕事に妥協はしないから断る」

「だったらせめて私を抱いてください」

「…………は?」

恩人は私の突拍子もない発言に間の抜けた声を上げた

そして大きな溜め息を吐くとあの時と同じように私を優しく包み込む


「おーよしよし、辛かったなー…俺が直ぐ対処しなかったばっかりに…病んじまったのか…?」

「子供扱いしないでください、私は病んでません」

私は病んでる訳でも気が触れてる訳でもない
ふざけてもないし至って真面目だ


「病んでないならあまり困らせないでくれ…嬢ちゃんの戯言に付き合う気はないんだ」

「戯言とは失礼ですね、せっかく処女幕も治してもらったんで恩人にあげようかと思ったんですよ」

「え、そんなとこまで治したつもり無いんだけど…怖っ」

怖いと言いつつ彼は冷静にメモを取り始める

「何してるんですか?」

「いや…同じ失敗を繰り返さないように未来の自分のためにメモを」

教訓からの反省は人間として素晴らしいと思いますが本人の前で「失敗」とは些《いささ》か不躾なんじゃないでしょうか…?


「それで…やっぱりダメなんですか?」

「あのなぁ…君はすれ違っただけの人に「金貸して」とか言われて貸せんのか?」

「…嫌です」

ジャンルは違くともわかりやすい例え話だった
彼の中ではそのくらい「ありえない」ことなんだろう

元々私の中だけで膨らんでいた話
彼の気持ちを微塵も考えていなかった


「で、でも大丈夫です!」

「何が?」

「体だけの関係でいいので!」

「…………はぁ」

呆れと哀れみが飽和した溜め息を吐いた彼は少しだけ抱きしめる力を強くしました


「何も大丈夫じゃない……もっと他に無いのか、この1年で見付けた答えは?…出来るだけ健全なやつで」

「強いて言うなら…私も貴方みたいな冒険者になりたい」

「そうそう、最初からそういう真っ当なやつが聞きたかったんだよ」


恩人が安心したように胸を撫で下ろすと以前感じたことのある冷たい空気が周りに漂いはじめた

「でもそれも今更関係無いけどな…何もかも忘れて普通の村娘として一生を終える、それが君にとって一番健全で真っ当だ」

彼の口から黒い霧の様な物が出てきてユラユラと私に近付いてくる

「気にするな、夢と同じで起きたらすぐ忘れるから」


『理念暴…

私は近付く恩人の顎《あご》を両手で思い切り突き上げた

カチンと良い音を鳴らしながらベッドから落ちた彼は直ぐに起き上がり訝《いぶか》しげに顎を擦る


「俺の顎はカスタネットじゃねーぞ…」

カスタネットが何なのか知りませんが彼が少々苛立っているのは見てとれました

「じ、自己防衛です!他意はありません…!」

慌てて言い訳をする私の頭を撫でると彼は「別に怒ってない」と嘘を付く


「もういい、萎えた…元々報酬も少ないしここまでしてやる義理も無ぇや」

私に背を向けた彼は右手をヒラヒラと振ると体を徐々に透かしていきます

一瞬、冒険者の技《スキル》の多さに感心してしまいましたが我に帰り彼の無防備な左手を掴みました


「あ、あの…また会えますか?今度はちゃんとお礼を…」

「バカンで店を開いてる、気が向いたらおいで」

虚ろな目を向ける彼は鼻から溜め息を逃がして言いました

「俺の失態だからな、まぁ面倒くらいは見てやるよ…聞き分けの無い嬢ちゃん」

「絶対に行きます…!あと私はブーケ、ブーケ・アグリスタです!」

「覚えておく、じゃあな」


私の手を丁寧にほどいた彼は跡形も無く消え、また田舎の静かな夜が戻ってきます

聞こえるのは風が草を揺らす音と私の高鳴る鼓動の音のみ


呆けていた私はしばらくして部屋から飛び出すと父と母が眠る寝室に向かいます




「お父さん、お母さん、私明日からバカンに行くから!!」


私は夜の内に身支度を整え、次の日の昼には村を旅立ちました

同じ方向に行く商人の馬車に乗せてもらって手荷物の短剣を磨きながら鼻歌を歌っていると初老の商人が微笑みかけてきます


「若いってのはいいねえ、何をするにも希望に満ち溢れてる」

そう、私はまだ若い
何度転んで挫けそうになったってまた立ち上がれる

いくらだってやり直せる


今回は恩人さんに手を引いてもらったけど
いつかは自分の足でちゃんと起き上がれるように強くなりたい


「ところでおじさんは商人なんですよね?買いたいものがあるんですけど」

「ああ、この馬車に乗ってるものなら売るよ」

「じゃあ…」


最後に改めておさらいしておきましょう

私の人生の目標は2つ
1つは恩人さんみたいな強い冒険者になること

そしてもう1つ…



「え…!?あるにはあるけど…」

「じゃあとりあえず一箱ください」

「……まいど」



旅立ちにはもってこいの快晴の空の下




私は驚く商人さんに微笑み返し
買い取った避妊具を鞄に大事に仕舞った



.



《後書き》



私が故郷の村を出てからちょうど一週間
目的地のバカン領に到着しました


さて、ここからが本題です

結局名前を教えてもらえなかったので
手掛かりは見た目の特徴だけ

私の村の何百倍の人達を相手に地道に聞き込みするしかありません


先が思いやられる…


かと思ったのですが
血色の悪い白髪の冒険者というワードを出せば情報がで出てくる出てくる

もはやちょっとした有名人くらい情報収集が容易かったです

聞き込みの結果、皆口を揃えて「ロージ」という名を出すので恩人さんの名前はロージさんでほぼ確定でしょう


しかし恩人さんの情報…というか噂はどれも聞けば聞くほど浮世離れしてるというか…

領主の娘さんと聖女様が家に入り浸ってるとか…
あの伝説の勇者、デルドレ様といつも口喧嘩してるとか…
超絶アイドルのコトラちゃんと共演したとか…

ギルドの受付嬢さんの話に至ってはSランク冒険者への推薦をここ数ヶ月ずっと断ってるとのことでした


元々只者ではないと思ってましたが武勇伝の数と質が尋常じゃありません

そんな凄い人が何故安いゴブリン退治を引き受けたのか…謎は深まるばかりですが考えても仕方ないのでもう気にしないことにしました

無駄な長考をするより本人に聞いた方が早いです



慣れない都会に右往左往しながらようやく目的地の前まで辿り着く

そして何故か漂う甘い香りに困惑しながら私は扉を開けた



「いらっしゃい、意外と早かったな」

中にはロージさんの他に柄の悪い男性と美人だけど目付きの悪い女性と…なんかふよふよと宙に浮いた不気味な女性が居ました

あれ、間違えて魔の巣窟にでも足を踏み入れてしまったんでしょうか…?


とりあえず私はその場の皆さんにペコリと会釈すると鞄から例の物を取り出す


「ロージさん!大人のエチケットとして…っ!?」

最後まで言う前に持っていたそれをロージさんにファイヤーボールで消し炭にされました

「ラッキーなことに丁度おやつ時だ、お前も食え」

何事も無かったかのようにニコニコと言う彼の心境は計り知れません…ただただ圧を感じるばかり

私はただ黙って頷くことしか出来ませんでした


「おい…今その娘が持ってたもんなんだ?説明しろ」

ロージさんよりも更に凄い圧で彼を問い質す美人さん
するとロージさんの顔に冷や汗が+(プラス)されました


「いや…誤解だ」

「まだなんも言ってねーけど…?」


私は修羅場を運んできてしまったようです

これはこれは…恩人さんなのに逆に悪い事をしてしまいました


「…歯ぁ食いしばれ」

彼女が拳をぶつけ合うとまるで鉛《なまり》どうしが擦れ合うような音がします


「待て…話せば解る…!」

不謹慎ですが昔お父さんが浮気した時のことを思い出しました

彼女はあの時のお母さんの顔にそっくりで
きっとこの後はロージさんの悲鳴が街に木霊すのでしょう




どうやら私の恩返しの道程はまだまだ遠く険しいようです







私は恩人の絶叫を聞きながら

心の中で何度も謝った



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