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第四十話 「失って初めて」
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ターヴァ領主館・大広間。
暖炉の火がぱちぱちと音を立てるだけの、凍りついた沈黙。
中央に据えられた長テーブルの片側に、アデリアが静かに腰掛けている。
銀金色の髪は少し伸び、故郷の風にさらわれて柔らかく波打っていた。
淡い青の瞳は穏やかで、しかしどこまでも澄んでいる。
その向かいに、王国からの使者団が立っていた。
先頭に立つのは王弟クレイン・ローデン。
かつての少年らしい面影は消え、目の下に濃い隈を浮かべ、肩も落ちている。
隣にはラウラ派の重鎮・ガイード子爵と、記録官の老書記。
クレインが一歩前に出る。声が震えていた。
「アデリア……殿下」
アデリアは小さく首を横に振る。
「殿下とはお呼びにならないでください。私はもう王家の者ではありません」
その声音は優しいが、決して揺るがなかった。クレインは唇を噛み、額に汗を浮かべながら続けた。
「……お願いがあります。どうか、どうか王都へお戻りください。国はもう……あなたなしでは立ち行かなくなっています」
ガイード子爵が横から口を開く。声が高く、どこか威圧的だ。
「前王妃殿下におかれましては、国の危機に際し、責任を持って内政を再建していただかねばなりません。陛下も、妃ラウラ様も、皆があなたを待っています」
アデリアは静かに目を伏せた。
「……責任、ですか」
ぽつり、と呟く。
「私が王宮にいた五年間、誰よりも早く起きて、誰よりも遅くまで働き、薬を調合し、結界を維持し、孤児院を回し、農政を立て直し、それでも『王妃らしくない』『出しゃばりすぎだ』と笑われ続けた日々を、あなた方はご存知ですか?」
室内の空気がさらに冷える。クレインが膝を震わせながら、必死に言葉を紡ぐ。
「それは……兄上も私を含めた皆も、間違っていました!あなたがどれほど国を支えていたか、失って初めて……」
「失って初めて、ですね」
アデリアはゆっくりと立ち上がる。
白いドレスの裾が揺れ、暖炉の火を受けて淡く輝く。
彼女はテーブルの上に、折りたたまれた一枚の羊皮紙を置いた。
それは離縁状だった。
国王ユリウスの署名と印璽が、はっきりと押されている。
「これを見てください。『王妃の資格なし』『即日、婚姻を破棄する』と、陛下ご自身がお書きになったものです」
クレインの顔が真っ白になる。
「私はこの紙一枚で、王宮から追い出されました。荷物は最低限、侍女たちにも満足に別れを告げる時間すら与えられず、馬車の中で初めて泣きました」
彼女の声は最後まで静かだった。
怒鳴らない。涙もない。ただ、静かに、確実に、過去を切り捨てる。
「だから、もう結構です」
アデリアは微笑んだ。優しく、しかし決定的に。
「私はターヴァの娘に戻りました。ここに私の居場所があります。王都に、私の居場所はもうどこにもありません」
ガイード子爵が顔を真っ赤にして声を荒げ、使者団の中からも声が上がる。
「な、何を言われる!国が滅びかかっているのに、私情で拒むおつもりか!」
「国が危機に瀕している!お前が戻らねば民が死ぬ!それでもいいのか!」
「王命だぞ!」
その瞬間。大広間の外から、どよめきが湧き起こった。
暖炉の火がぱちぱちと音を立てるだけの、凍りついた沈黙。
中央に据えられた長テーブルの片側に、アデリアが静かに腰掛けている。
銀金色の髪は少し伸び、故郷の風にさらわれて柔らかく波打っていた。
淡い青の瞳は穏やかで、しかしどこまでも澄んでいる。
その向かいに、王国からの使者団が立っていた。
先頭に立つのは王弟クレイン・ローデン。
かつての少年らしい面影は消え、目の下に濃い隈を浮かべ、肩も落ちている。
隣にはラウラ派の重鎮・ガイード子爵と、記録官の老書記。
クレインが一歩前に出る。声が震えていた。
「アデリア……殿下」
アデリアは小さく首を横に振る。
「殿下とはお呼びにならないでください。私はもう王家の者ではありません」
その声音は優しいが、決して揺るがなかった。クレインは唇を噛み、額に汗を浮かべながら続けた。
「……お願いがあります。どうか、どうか王都へお戻りください。国はもう……あなたなしでは立ち行かなくなっています」
ガイード子爵が横から口を開く。声が高く、どこか威圧的だ。
「前王妃殿下におかれましては、国の危機に際し、責任を持って内政を再建していただかねばなりません。陛下も、妃ラウラ様も、皆があなたを待っています」
アデリアは静かに目を伏せた。
「……責任、ですか」
ぽつり、と呟く。
「私が王宮にいた五年間、誰よりも早く起きて、誰よりも遅くまで働き、薬を調合し、結界を維持し、孤児院を回し、農政を立て直し、それでも『王妃らしくない』『出しゃばりすぎだ』と笑われ続けた日々を、あなた方はご存知ですか?」
室内の空気がさらに冷える。クレインが膝を震わせながら、必死に言葉を紡ぐ。
「それは……兄上も私を含めた皆も、間違っていました!あなたがどれほど国を支えていたか、失って初めて……」
「失って初めて、ですね」
アデリアはゆっくりと立ち上がる。
白いドレスの裾が揺れ、暖炉の火を受けて淡く輝く。
彼女はテーブルの上に、折りたたまれた一枚の羊皮紙を置いた。
それは離縁状だった。
国王ユリウスの署名と印璽が、はっきりと押されている。
「これを見てください。『王妃の資格なし』『即日、婚姻を破棄する』と、陛下ご自身がお書きになったものです」
クレインの顔が真っ白になる。
「私はこの紙一枚で、王宮から追い出されました。荷物は最低限、侍女たちにも満足に別れを告げる時間すら与えられず、馬車の中で初めて泣きました」
彼女の声は最後まで静かだった。
怒鳴らない。涙もない。ただ、静かに、確実に、過去を切り捨てる。
「だから、もう結構です」
アデリアは微笑んだ。優しく、しかし決定的に。
「私はターヴァの娘に戻りました。ここに私の居場所があります。王都に、私の居場所はもうどこにもありません」
ガイード子爵が顔を真っ赤にして声を荒げ、使者団の中からも声が上がる。
「な、何を言われる!国が滅びかかっているのに、私情で拒むおつもりか!」
「国が危機に瀕している!お前が戻らねば民が死ぬ!それでもいいのか!」
「王命だぞ!」
その瞬間。大広間の外から、どよめきが湧き起こった。
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