麗紗ちゃんは最狂メンヘラ

吉野かぼす

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私、やっと分かったんだよ麗紗

尊みの集合体恐怖症

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「た、大変です!!!」
「どうしました!? 琥珀に何かありましたか!?」

 血相を変えて走って来た医師に、連路は咄嗟に座っていた椅子から立ち上がった。

「実は……琥珀さんが……居なくなって……」

「なっ……!? どういう事ですか!?」
「えっ……」

 医師の言葉に二人は混乱した。
 意識を失っていたはずの琥珀が、何故居なくなるのかと。

「とっ、とにかく来て下さい!」
「は、はい!」

「え、ええ!」

 二人は医師と共に琥珀の病室に入った。

 そこで二人が目にしたのは、空のベッドと――病室の壁に空いた巨大な風穴だった。

「なんだ……これは……」
「えっ……」

 二人はただただ絶句した。



「ここの病院で合ってるわ……」
「あやまらなきゃ……あやまらなきゃ……」

 千歳と麗紗は琥珀が入院している病院に辿り着いた。

「まずは私が行ってくるから、あなたはここで待ってて」
「わかったわ……」

 そうして、千歳が病院の中に入ろうとした時だった。

「ね、ねえ千歳! あ、あそこに琥珀先輩が……!」
「えっ!?」

 麗紗が、ふらふらと彷徨う琥珀の姿を見つけたのは。

「なんであんな所に……入院したんじゃ……」
「と、とにかく……千歳!」

「わ、分かったわ!」

 千歳は慌てて琥珀を追い掛ける。

「ちょっと! 琥珀ちゃん! 待って!」
「……」

 糸の切れた凧のような足取りの琥珀の肩を、千歳は両手で少し強引に捕まえる。

 しかし琥珀は生気のない顔を浮かべたままだった。

「琥珀ちゃん! 何でこんな所にいるの!? 何か言ってよ! お願い!」
「……」

 千歳は琥珀に必死に呼び掛けるが、琥珀は人形のように口を閉ざすだけ。

「麗紗の事は本当に悪かったわ……! 私がもっと警戒していれば……! ごめんなさい……!」

「れい……し……ゃ……?」

 縋りつくように謝る千歳の言葉に、琥珀が微かに反応する。
 喉の奥から、掠れるような声で。

「えっ……琥珀……ちゃん……?」

「れ、れ、れ、れ、れ、れ、れ、れ、れ、れ、れ、れ、れ、れ、れ、れ、れ、れ、れ、れ、れ、れ、れ、れ、れ、れ、れ、れ、れ、れ、れい、し、ゃ」

「……っ!?」

 壊れたラジオのように音を羅列する琥珀に、千歳はひどく不気味さを感じた。

 そんな千歳の事も視界に入っていない琥珀は、まるで初めて言語を使った子供のように言葉を発する。

「すき」

「すきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすき」

「……ぇ!?」

 それは、宿すべき感情が一切宿っていない“好き”だった。
 琥珀は、感情のない虚ろな目で言葉だけを零していく。

「どこどこどこどこにいるのわたしのれいしゃすきすきすきはやくあいたいあいたいああああみつけなきゃみつけなきゃみつけなきゃ」

「あぁ……っ!」

 そこで千歳は悟った。
 琥珀はもう壊れてしまったのだと。

 もう一緒に笑う事も、謝る事も出来ないのだと。

「ごめんなさい琥珀ちゃん……! 私……っ!」

 届かないと分かっていても、千歳は言葉を口にしてしまう。

「――!?」

 刹那。
 何かに気付いた琥珀は突然千歳に背を向け走り出した。

「なっ……!?」
「えっ!?」

「レイ、紗ぁ!」

 物陰に隠れていた、麗紗の方へと。
 琥珀は、麗紗の前に立ち、その細い体を抱きしめた。

「あいたかったよぉ! 私、寂しかったんだからぁ!」
「えっ……ええ!?」

「ど、どういう事なの……!? まさか……」

 あまりの出来事に二人は目を疑った。

「な、なんで……? 私は琥珀先輩にひどい事を……」
「ひどい事ってなーに? 麗紗が私にそんなことする訳ないじゃん! 当たり前でしょ!」

「も、もう何がなんだか分からないわ!」

 暗い顔の麗紗に、琥珀は明るい調子でそう言った。
 千歳は目の前の状況を処理しきれずに頭を抱える。

「私は……わたしは……」

「ああ昼間のあれのこと? 最初はちょっとびっくりしちゃったけど、麗紗は私の事を心の底から愛してるんだよね! だからあれをやったんでしょ? 私は全然怒ってないよ」

「えっ……」
「な、何なのよ……」

 まるで麗紗が何もしていないかのように平然と振舞う琥珀に、二人は唖然とさせられる。

「ねえ……私、やっと分かったんだよ麗紗」

 そして、琥珀は、光を失った目で満面の笑みを浮かべ。

「私、あなたの事が大好きだって! 好きで好きでたまらないって! 顔も声も性格もぜんぶぜんぶ好きっ! 存在自体が尊いっ! かわいい! かわいいの化身! いやもうかわいいの概念そのものだね! しょっちゅうキスを求めてくるのがかわいい! 私への愛をひしひしと感じるよ愛らしいよいとおしいよ! しかもキスで妊娠するって勘違いしてたのが純粋で超かわいい! どれだけ私との子供が欲しかったの!? 私は最低人類を全部私達の子孫だけにするくらいは欲しいかな! まあそこは麗紗に任せるよ! 私は何人でもいいからね? ああ~麗紗をこうして抱きしめているだけで尊死しそうだよ! 成仏させられちゃいそうだよ! あああ! 私は今ここで死ぬの!? 体が尊みに耐えられなくなって死ぬの!? 尊みの集合体恐怖症になって完全浄化されちゃうの!? ああ! こんな尊い存在の前ではすべてが浄化されてしまう! 全てが圧倒的な聖属性の力によってぶっ壊れファーストになっちゃうぅぅぅ! 私のからだがぁ! わたしのからだがとけていくぅ! もう……もう尊過ぎて私おかしくなりゅぅぅぅぅぅ! ――はっ! 危ない! 死んじゃう所だった死んじゃったらもう麗紗の事愛せないじゃん何やってんだよ私ィ! 死んじゃったら……死んじゃったらもう何もかもがおしまいになるんだぞぉ! いや待てよあの世で一緒になればいいのかあはははは! 私って天才! 麗紗ほどじゃないけど天才! 私と麗紗はずっと一緒だもんね! ずっとずっとずっとずっと! 愛してるよ麗紗! 麗紗同担拒否だよ誰にも原子一粒触れさせないよ! 好きだよ麗紗! 好きすぎてもう私あたまのなかぐっちゃぐちゃだよ! 尊いよ麗紗! あまりに尊いから……なんか……きゅんきゅんするよ! いい匂いだよ麗紗! ああっ……この香りの香水が欲しい! 言い値で買おう! 愛してくれなきゃ私どうなっちゃうか分かんないよ麗紗! 私、完全にあなたのガチ恋勢になっちゃった! すき! すき! すき! すき! すき! すき! すき! すき! すき! すき! すき! すき! すき! すき! すき! すき! すき! すき! すき! すき! すき! すき! すき! すき! すき! すき! すき! すき! すき! すき! すき! すき! すき! すき! すき――」

 そう呟き続けた。
 言葉を零し続けるその姿は、誰かによく似ていた。

 二人は、琥珀から異様なものを感じ微動だに動けない。
 そんな琥珀の胸から、黒い瘴気が火花と共に迸る。

 瘴気は琥珀の全身を包み込み、漆黒に染め上げる。

「だから……麗紗……私と一緒に死んでぇ! 私、私以外の人間にあなたのかわいい顔を見せたくないのぉ! あなたの尊さを私以外の人間に感じさせたくないのぉ!」

「ひっ……!?」

 麗紗はあまりの異様さに咄嗟に琥珀から離れた。

 琥珀、いや、かつて琥珀だったものはそれに気付いているのかいないのかは定かではないが、両手を前に突き出し瘴気を凝縮し、一本の剣を象った。

 それは、何よりも暗い闇。
 全ての色が、この色に塗り替えられてしまうだろう。

「ガチ恋セイバー♡」

 あまりにも似つかわしくない名の付いたその剣は、歯医者のドリルのような不快な金切り声を上げながら振るわれた。

「――ぁ」
「えっ……」

 ぼとりと、千歳の首が地面に跳ねる。

「これで……あなたは私のもの……麗紗は私のもの……! あはははははははははははははははははははははははっ!!!」

 かつて琥珀だったものは、地面に落ちた首をとてもいとおしそうに眺める。

「いっ……いやあああああああああああああああああああああっ!!!」

 麗紗は、怯えて叫ぶ事しか出来なかった。






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