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意外に親切

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「この距離だと猫ちゃんに気付いて貰えそうにないなあ……猫ちゃん、あの中に飼い主はいるか?」
「ミャアン(いないよー)」
 ルークさまに問われ、私は訓練場の騎士たちからふいっと顔を背けてみせた。飼い主と言われるとちょっと微妙な気持ちになるけど、父さまも母さまも騎士じゃないもんね。
「見えてないんじゃないのか。猫の視力は、人間の十分の一くらいって聞いたことがあるぞ」
 ハンスさまが猫知識を披露した。
 猫ってその程度の視力しかないの? 私、猫状態でも人間の時と同じ感じに見えるんだけど。猫の中では相当目がいいことに? まあ、それでもこの距離では顔の判別はつかない。


 わたしの目的はトリウさまなので、見るべきは観客席の令嬢たちである。見学客の人数はさほど多くないのだが、広い観客席の中でばらけていて探しにくい。
 トリウさまは体格も髪の色も長さもごくごく平均的な方なので、遠目だと途端に判別が難しくなる。
「ミャミャン(ちょっと見てくるね)」
 近付いて令嬢たちの顔を確認してこようと、私はルークさまの肩掛け鞄から飛び降りた。
「あ、どこ行くんだ、訓練場に入ると危ないんだぞ」
 いくらも歩かないうちにルークさまに抱え上げられる。
「ミャミャミャンミャン(観客席を一周してくるだけだからあ)」
 離して、と訴えていると、観客席の後ろにいた騎士の一人が歩み寄ってきた。
「君、飼い猫を連れてきてしまったのか?」
 困ったような顔で問われる。猫同伴で見学という想定はされていないのだろう。
「えっと、俺の猫じゃないんですけど……」
 ルークさまも困ったような顔になる。飼い猫ではないが、連れてきたという意味では合っている。


「迷い猫です。騎士団という言葉に反応したので、こちらに飼い主がいるかもしれないと思って連れてきました」
 ぐだぐだになっているルークさまと騎士の間に、ロイドさまが、さっと入ってくる。大変頼もしい。
「迷い猫?」
 聞き返されて、ロイドさまは頷いた。
「二日前の夕方、川を流れて橋に引っ掛かっているところをルークが……そちらの彼が拾ってきました。人懐っこく、よく躾けられていますので、飼い猫だと思います。どなたか心当たりのある方がいないか、騎士の方々に聞いてみてはいただけないでしょうか?」
 聞き込み依頼まで始めた。有能すぎる。
「分かった、少し待っていてくれ。訓練参加者に聞いてみよう」
 騎士は、もう一人の騎士に何か耳打ちをしてから、訓練場に下りて行った。
「聞いてみてくれるんだ……親切だな」
「ミャミャミャン(ほんとに)」
 ルークさまの呟きに、私は相槌を打つ。
 騎士団、意外にフレンドリー。
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