甲賀忍者、甲子園へ行く【地方予選編】

山城木緑

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薄幸の伊賀者 魂の滋賀学院

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 9回裏。

 滋賀学院の二番打者が打席に入る。才雲の交代で入った控え野手だ。胸にしまった御守りを強く握り締めている。

「こおおぉぉぉい」

 大きく口を開け、球場中に響く声で二番打者は気合いを入れた。スタンドからブラスバンドの一層大きな声が響き渡る。

「負けられっかよ。才雲や川野辺たちに頼りっきりで、俺らは負けらんねえ」

 滝音はその二番打者を見上げた。控えで出てきて、普通なら結人のボールは打てないだろう。だが、そんなデータでは表せない熱気と魂がこの控え野手に宿っている。これが伊香保が言っていた甲子園の魔物なのだろうか。

 野球部に入って初めて、野球というスポーツが人々に愛される理由を知った気がした。

 ボーーーール! フォアボール!

 これか、魔物というのは。滝音はごくりと唾を飲んだ。

 圧倒的な力の差であったのに、根負けした白烏は先頭の二番打者をフォアボールで歩かせてしまった。

 次は川野辺だ。ゆっくりと打席へ向かってきた。

「甲賀さん、俺らは死んでも甲子園へ行く。負けねえぞ」

 打席に入った川野辺が滝音にそう告げた。滝音は頷くことも返事することもできなかった。不思議な感覚だった。打たれる。間違いなく打たれる。滝音はそう確信した。

 川野辺はじっくりと白烏のボールを見ていた。際どいコースも見極め、3ボール1ストライクとする。

 徐々に制球を乱す白烏に対し、簡単に打つよりフォアボールの方が効果的だと分かっていた。この土壇場でその冷静な判断ができる川野辺は見事としか言いようがない。

 そして……。

 キィィィィィン!!

 フォアボールだけはまずいと判断した白烏と滝音が選択したストレートを川野辺は美しく流し打った。綺麗なバウンドが副島の前で弾む。

 ノーアウト一、二塁。川野辺が9回表の甲賀と全く同じ状況を作ってみせた。この日一番の音量でブラスバンドが鳴り響く。

 まだ試合は終わらない。終わらせない。徐々に球場がそんな空気を纏い始めた。


「……強いね。滋賀学院、すごいチームだ」

 桔梗が伊香保に呟いた。

「うん、私たちより甲子園に行くために3年間頑張ってきたチーム。当然よね……。祈るしか、応援するしかないわ」

 桔梗と伊香保が手を組んで祈った。
 祈る先に汗を拭う白烏がいる。目を移すと、神妙な面持ちで打席に入る滋賀学院の西川の姿が見えた。相手も四番。道河原の打席とあまりにも酷似している。

 普通ならば、ホームランを意識して当然だ。だが、西川は仲間を信じた。確率の低いホームランを狙うより、確実なヒッティングを選んだのだ。

 白烏が投じた初球を西川は狙っていた。おそらく長打警戒のボールになる。外角へ放ってくるのは間違いない。西川の冷静な判断が勝った。
 大きく振るのではなく、コンパクトにボールを見ながらスイングする。

 キィン!

 しぶとくバットに乗せた白烏のスライダーをライト前へ運ぶ。西川は拳を握り締めて一塁へ向かった。悲鳴にも似た歓声がますます大きくなった。

 セカンドランナーは本塁へ返れなかったが、これでノーアウト満塁。滋賀学院側のスタンド、ベンチはもう総立ちだ。

 西川と二塁上の川野辺が共に目を合わせ、大きく頷きあった。やはり、この二人を迎え、簡単には終わらせてくれない。

 ただ、川野辺、西川、才雲以外には、白烏は全く打たれていない。ノーアウト満塁とはいえ、ここからの五番打者からは甲賀バッテリーの方が有利かと思えた。
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