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薄幸の伊賀者 魂の滋賀学院
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パァンと滝音がミットを鳴らした。直球勝負! 自信をもって投げてこいという白烏への合図だった。
毎日毎日、指に重りをつけながら手裏剣を投げてきた。物心ついたときから、神経を研ぎ澄ませて的を狙っていた。時には自分の父親めがけて手裏剣を投げてきたのだ。自信を持て。白烏はそう自分に言い聞かせて、投球モーションに入った。
滋賀学院の六番バッターには、白烏の姿がまるで巨人のように映った。先程までと雰囲気が違う。
それでも、六番バッターは白烏の豪速球に対して必死に食らいついた。唸り来る豪速球を何とかバットに当てる。何とか当てたのが幸いし、打球はボテボテのゴロとなった。
打った六番バッターは必死に前傾姿勢をとった。内野安打にできる。六番バッターはその手応えを感じて、一塁へ急いだ。
これを防いだのは、蛇沼だった。
まるでそこに打球が来ると予測していたかのように、蛇沼は素早くボテボテのゴロが転がる位置へダッシュしていた。ボールを拾い上げると、すさかず二塁へ。そのボールを月掛がしっかりと受け止め、華麗にジャンプしながら、一塁へ転送する。
六番バッターが一塁へヘッドスライディングする。土煙が上がる。道河原はしっかりと月掛からの送球を収めていた。
アウトッ!!
最後は蛇沼のファインプレーによるダブルプレーで、粘る滋賀学院の息の根を止めた。
蛇沼は入部が早く、副島と藤田との三人で練習する時間が長かった。その際に打球音だけでどこにボールが来るかまで読めるようになっていた。ゆえのファインプレーであった。
滋賀学院の応援席からブラスバンドが止んだ。悲鳴とため息が交差し、一塁へ滑り込んだまま立ち上がれない六番バッターの姿を皆が見つめていた。
ついに、激闘となった甲賀対滋賀学院の試合が、終了した。
「……整列しよう。な?」
川野辺が一塁上で立ち上がれなかった仲間の肩を抱いた。ダブルプレーに倒れた六番バッターは顔を両手で覆い、嗚咽しながら一人では歩くことができなかった。その肩を抱きながら笑みを溢す川野辺を、球場全体が拍手で讃えた。
両チームが整列すると、球審は両チームの一人一人の顔を見つめた。滋賀学院の大半は涙を止められず、下を向いていた。球審は異例の言葉を発した。
「滋賀学院高校諸君、前を向きなさい。君たちは素晴らしかった。両軍、素晴らしい試合を見せてくれた。両チームともこの試合を誇りに思ってほしい。……では、4対3にて、甲賀高校の勝ち!」
ありがとうございましたーー!
ありがとうございましたっ!!
白烏と川原は固く手を握り合った。川原は泣いていた。泣きながらも先に川原が白烏を称えた。
「ナイスピッチング」
「いや、川原くんこそ。……彼は……霧隠くんは、大丈夫か?」
「ああ、病院に直行した。たぶん、大丈夫だと信じてる。……遠江を倒して、甲子園行ってくれ」
「ああ」
道河原と西川も握手を交わしていた。
「勉強をさせてもらった。滋賀学院の分、必ず明日勝ってくる」
「ああ、応援している。頼むぞ」
キャプテン同士、川野辺と副島はずっと固い握手を交わしていた。
「甲子園、行ってくれな」
「ああ、必ず。素晴らしい試合をありがとう。強かった」
「君たちの方が強かった。悔いはない」
「君のキャプテンシーは俺の理想や」
「ああ……ありがとう…」
川野辺はそう言い終えると、膝から崩れ落ちた。
もう、キャプテンではなくなるのだ。
もう、あんなに目指した甲子園へは行けないのだ。
もう、高校野球が終わったのだ。
そう実感すると、涙が滝のように溢れ、足に力が入らなくなった。そのまま叫ぶように川野辺は泣いた。
そっとずっと、副島がその背中をさすっていた。肩を抱くことはしなかった。副島は少しでも長く、川野辺をホームベースの近くに居させてあげたかった。
両チームがお互いの応援席前に整列し、挨拶をした。
滋賀学院側では、いつまでも鳴り止まない拍手の中、グラウンドに突っ伏す選手たちの姿があった。
甲賀側はお祭り騒ぎだった。全員の名前が怒号のように連呼される中、副島の合図で深く感謝の礼をした。余韻に浸るようにゆっくりと甲賀ナインがベンチへ戻っていく。
副島は一際大きな身体の四番と、まだ熱気に包まれたエースの背中を叩いた。
「お前らが昨日の夜中に練習してへんだら、この試合負けてたわ」
同時に振り返った道河原と白烏が、これまた二人同時に副島へ応えた。
「見てたんかよ」
「見てたんかよ」
副島が笑う。
「当たり前やろ、キャプテンやぞ」
「へっ、どうせ忘れ物して取りに帰ってきたとかだろ?」
道河原が鼻で笑って、三人笑いながらベンチへ入っていく。
この準決勝、これまで活躍を見せなかった白烏と道河原の大活躍が光った。これで、甲賀高校の野球部は一つのチームとして完成した。
激闘を労うように、ぎらつく太陽を薄い雲が隠した。雲から漏れた太陽光が地上にきらきらと優しく降り注いでいた。
甲賀4-3滋賀学院
甲賀高校、決勝進出。
毎日毎日、指に重りをつけながら手裏剣を投げてきた。物心ついたときから、神経を研ぎ澄ませて的を狙っていた。時には自分の父親めがけて手裏剣を投げてきたのだ。自信を持て。白烏はそう自分に言い聞かせて、投球モーションに入った。
滋賀学院の六番バッターには、白烏の姿がまるで巨人のように映った。先程までと雰囲気が違う。
それでも、六番バッターは白烏の豪速球に対して必死に食らいついた。唸り来る豪速球を何とかバットに当てる。何とか当てたのが幸いし、打球はボテボテのゴロとなった。
打った六番バッターは必死に前傾姿勢をとった。内野安打にできる。六番バッターはその手応えを感じて、一塁へ急いだ。
これを防いだのは、蛇沼だった。
まるでそこに打球が来ると予測していたかのように、蛇沼は素早くボテボテのゴロが転がる位置へダッシュしていた。ボールを拾い上げると、すさかず二塁へ。そのボールを月掛がしっかりと受け止め、華麗にジャンプしながら、一塁へ転送する。
六番バッターが一塁へヘッドスライディングする。土煙が上がる。道河原はしっかりと月掛からの送球を収めていた。
アウトッ!!
最後は蛇沼のファインプレーによるダブルプレーで、粘る滋賀学院の息の根を止めた。
蛇沼は入部が早く、副島と藤田との三人で練習する時間が長かった。その際に打球音だけでどこにボールが来るかまで読めるようになっていた。ゆえのファインプレーであった。
滋賀学院の応援席からブラスバンドが止んだ。悲鳴とため息が交差し、一塁へ滑り込んだまま立ち上がれない六番バッターの姿を皆が見つめていた。
ついに、激闘となった甲賀対滋賀学院の試合が、終了した。
「……整列しよう。な?」
川野辺が一塁上で立ち上がれなかった仲間の肩を抱いた。ダブルプレーに倒れた六番バッターは顔を両手で覆い、嗚咽しながら一人では歩くことができなかった。その肩を抱きながら笑みを溢す川野辺を、球場全体が拍手で讃えた。
両チームが整列すると、球審は両チームの一人一人の顔を見つめた。滋賀学院の大半は涙を止められず、下を向いていた。球審は異例の言葉を発した。
「滋賀学院高校諸君、前を向きなさい。君たちは素晴らしかった。両軍、素晴らしい試合を見せてくれた。両チームともこの試合を誇りに思ってほしい。……では、4対3にて、甲賀高校の勝ち!」
ありがとうございましたーー!
ありがとうございましたっ!!
白烏と川原は固く手を握り合った。川原は泣いていた。泣きながらも先に川原が白烏を称えた。
「ナイスピッチング」
「いや、川原くんこそ。……彼は……霧隠くんは、大丈夫か?」
「ああ、病院に直行した。たぶん、大丈夫だと信じてる。……遠江を倒して、甲子園行ってくれ」
「ああ」
道河原と西川も握手を交わしていた。
「勉強をさせてもらった。滋賀学院の分、必ず明日勝ってくる」
「ああ、応援している。頼むぞ」
キャプテン同士、川野辺と副島はずっと固い握手を交わしていた。
「甲子園、行ってくれな」
「ああ、必ず。素晴らしい試合をありがとう。強かった」
「君たちの方が強かった。悔いはない」
「君のキャプテンシーは俺の理想や」
「ああ……ありがとう…」
川野辺はそう言い終えると、膝から崩れ落ちた。
もう、キャプテンではなくなるのだ。
もう、あんなに目指した甲子園へは行けないのだ。
もう、高校野球が終わったのだ。
そう実感すると、涙が滝のように溢れ、足に力が入らなくなった。そのまま叫ぶように川野辺は泣いた。
そっとずっと、副島がその背中をさすっていた。肩を抱くことはしなかった。副島は少しでも長く、川野辺をホームベースの近くに居させてあげたかった。
両チームがお互いの応援席前に整列し、挨拶をした。
滋賀学院側では、いつまでも鳴り止まない拍手の中、グラウンドに突っ伏す選手たちの姿があった。
甲賀側はお祭り騒ぎだった。全員の名前が怒号のように連呼される中、副島の合図で深く感謝の礼をした。余韻に浸るようにゆっくりと甲賀ナインがベンチへ戻っていく。
副島は一際大きな身体の四番と、まだ熱気に包まれたエースの背中を叩いた。
「お前らが昨日の夜中に練習してへんだら、この試合負けてたわ」
同時に振り返った道河原と白烏が、これまた二人同時に副島へ応えた。
「見てたんかよ」
「見てたんかよ」
副島が笑う。
「当たり前やろ、キャプテンやぞ」
「へっ、どうせ忘れ物して取りに帰ってきたとかだろ?」
道河原が鼻で笑って、三人笑いながらベンチへ入っていく。
この準決勝、これまで活躍を見せなかった白烏と道河原の大活躍が光った。これで、甲賀高校の野球部は一つのチームとして完成した。
激闘を労うように、ぎらつく太陽を薄い雲が隠した。雲から漏れた太陽光が地上にきらきらと優しく降り注いでいた。
甲賀4-3滋賀学院
甲賀高校、決勝進出。
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