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決勝 遠江戦 甲賀者極まる
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大野は150kmを超えるストレートとカットボール、それに落差のあるフォークを得意としている。特にプロのスカウトにとって評判が良いのは、どの球種も球速差を設けて打ち取れる点だ。無理に三振を狙うことはしない。タイミングを外して打ち取ることで、消耗を少なくすることも意識している。極めてプロ向きと言える。
初回。バットに当てられると厄介な犬走には150kmを超えるストレートを中心に、普段はあまり使わないカーブ、そしてフォークと、バットに当てにくい配球を大野は選択した。
必死に当てにいくも、犬走はタイミングを完全に外され、かすることすらさせてもらえなかった。
対して、パワーに劣る月掛には打てると見せかけたカットボールで芯を外し、敢えて打たせた。ストレートと思って振りにいったところを、月掛は芯を外されて平凡な内野フライに打ち取られる。
要注意バッターとしていた桐葉へも入念であった。試合を通して打ち取るために、ストレート、フォークだけで三振に切り取った。
桐葉は唇を噛んだ。ストレートもフォークも全力で投げてこなかったのだ。「見る」ことに専念する第一打席で、大野は「見せてこなかった」のだ。
淡々と三者凡退に抑えられた初回は、大野の大人勝ちといったところか。伊香保は思わずうーんと唸った。
これは投手戦になりそうだわ。伊香保は一点をどうやってもぎ取るべきか、頭の中で方策をシミュレーションしてみる。
大野は打たせないコツを知っていて、それをちゃんとミスなく投げられる能力が備わっている。打たれたとしても連打を許さない。そんなピッチングができる投手である。
得てして、高校野球では情熱や想いという力が普段以上の能力を引き出してくれる時がある。だが、それは諸刃の剣とも言える。想いが強くなることで、ピッチングが単調になることもある。真っ向勝負は見ていて気持ちが良いが、打者はタイミングを合わせやすい。
大野にはそれがない。極めて大人のピッチングをしてくる。
そんな時は機動力だ。伊香保は犬走と月掛を呼んだ。
「このまま淡々とゲームが進むのは怖いわ。次に回ってきた時は、二人で揺さぶってみよう」
二人は頷いたが、これは杞憂に終わることとなる。
二回。
試合が小さく動く。打席にはエースで四番の大野。ゆっくりと打席に向かった。
滝音は伊香保のアドバイスを頭で反芻していた。
「遠江は隙の無いチームで、そこに大きな幹がある感じなの。もちろんその大きな幹はエースで四番の大野くん。投げては防御率0点台、打ってはここまで5本のホームランに5試合で打点18。この大野くんの前にランナーを出さないことが鍵になるわ」
まずはその課題をクリアできている。ノーアウトでランナーなしならば、おそらく一発を狙ってくるはずだ。
「もし、ランナー無しで大野くんを迎えることができたならば、あとは長打警戒。高めの球は持っていかれるから白烏くんのコントロールにかかってる。低めの球も打つのが上手いけど、長打にはなりにくいから」
よし、結人。低め徹底でいくぞ。
りょーかい。
ワインドアップで投げられるのが白烏は嬉しい。高々と腕を上げ、踏み出した左足が力強く土をえぐる。振り下ろされた腕から放たれたボールは低めいっぱいに心地よい音で滝音のミットへ収まった。
ストライクッ!
『低めへの素晴らしいストレートが決まって1ストライクです。解説の山下さん。この甲賀高校の白烏くんのピッチングいかがでしょうか?』
『いやあ、素晴らしいですね。今のボールも151kmですか。しかも低めへの抑えの効いたお手本のようなストレートです』
『この白烏くん。まだ野球を初めてたった3ヶ月とのことです』
『えぇ? いやはや信じられませんな』
この実況席の声が聞こえた訳ではないだろうが、大野は白烏を睨み付けた。邪魔な存在だとばかりに。
「あいつ、睨みやがった。気合い負けしないように睨んだんじゃねえ。本気で睨んできやがった」
白烏は大野を睨み返したが、それに気付いた滝音が白烏を落ち着ける。大きく両手を広げ、白烏が気付いたところで、落ち着け落ち着けと両手を下に向けてゆっくりと動かした。白烏が睨みをやめて頷く。
気持ちを落ち着けて、しっかりと指にかけて投じたストレートは更に厳しいコースへ突き刺さった。
ストライィィィク!!
ピクリとバットを動かすものの、大野は際どいコースに手が出ない。大野は眉間に皺を寄せた。このピッチャーの評価を上げるわけにはいかない。
初回。バットに当てられると厄介な犬走には150kmを超えるストレートを中心に、普段はあまり使わないカーブ、そしてフォークと、バットに当てにくい配球を大野は選択した。
必死に当てにいくも、犬走はタイミングを完全に外され、かすることすらさせてもらえなかった。
対して、パワーに劣る月掛には打てると見せかけたカットボールで芯を外し、敢えて打たせた。ストレートと思って振りにいったところを、月掛は芯を外されて平凡な内野フライに打ち取られる。
要注意バッターとしていた桐葉へも入念であった。試合を通して打ち取るために、ストレート、フォークだけで三振に切り取った。
桐葉は唇を噛んだ。ストレートもフォークも全力で投げてこなかったのだ。「見る」ことに専念する第一打席で、大野は「見せてこなかった」のだ。
淡々と三者凡退に抑えられた初回は、大野の大人勝ちといったところか。伊香保は思わずうーんと唸った。
これは投手戦になりそうだわ。伊香保は一点をどうやってもぎ取るべきか、頭の中で方策をシミュレーションしてみる。
大野は打たせないコツを知っていて、それをちゃんとミスなく投げられる能力が備わっている。打たれたとしても連打を許さない。そんなピッチングができる投手である。
得てして、高校野球では情熱や想いという力が普段以上の能力を引き出してくれる時がある。だが、それは諸刃の剣とも言える。想いが強くなることで、ピッチングが単調になることもある。真っ向勝負は見ていて気持ちが良いが、打者はタイミングを合わせやすい。
大野にはそれがない。極めて大人のピッチングをしてくる。
そんな時は機動力だ。伊香保は犬走と月掛を呼んだ。
「このまま淡々とゲームが進むのは怖いわ。次に回ってきた時は、二人で揺さぶってみよう」
二人は頷いたが、これは杞憂に終わることとなる。
二回。
試合が小さく動く。打席にはエースで四番の大野。ゆっくりと打席に向かった。
滝音は伊香保のアドバイスを頭で反芻していた。
「遠江は隙の無いチームで、そこに大きな幹がある感じなの。もちろんその大きな幹はエースで四番の大野くん。投げては防御率0点台、打ってはここまで5本のホームランに5試合で打点18。この大野くんの前にランナーを出さないことが鍵になるわ」
まずはその課題をクリアできている。ノーアウトでランナーなしならば、おそらく一発を狙ってくるはずだ。
「もし、ランナー無しで大野くんを迎えることができたならば、あとは長打警戒。高めの球は持っていかれるから白烏くんのコントロールにかかってる。低めの球も打つのが上手いけど、長打にはなりにくいから」
よし、結人。低め徹底でいくぞ。
りょーかい。
ワインドアップで投げられるのが白烏は嬉しい。高々と腕を上げ、踏み出した左足が力強く土をえぐる。振り下ろされた腕から放たれたボールは低めいっぱいに心地よい音で滝音のミットへ収まった。
ストライクッ!
『低めへの素晴らしいストレートが決まって1ストライクです。解説の山下さん。この甲賀高校の白烏くんのピッチングいかがでしょうか?』
『いやあ、素晴らしいですね。今のボールも151kmですか。しかも低めへの抑えの効いたお手本のようなストレートです』
『この白烏くん。まだ野球を初めてたった3ヶ月とのことです』
『えぇ? いやはや信じられませんな』
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気持ちを落ち着けて、しっかりと指にかけて投じたストレートは更に厳しいコースへ突き刺さった。
ストライィィィク!!
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