甲賀忍者、甲子園へ行く【地方予選編】

山城木緑

文字の大きさ
210 / 243
決勝 遠江戦 甲賀者極まる

4

しおりを挟む
 大野は150kmを超えるストレートとカットボール、それに落差のあるフォークを得意としている。特にプロのスカウトにとって評判が良いのは、どの球種も球速差を設けて打ち取れる点だ。無理に三振を狙うことはしない。タイミングを外して打ち取ることで、消耗を少なくすることも意識している。極めてプロ向きと言える。

 初回。バットに当てられると厄介な犬走には150kmを超えるストレートを中心に、普段はあまり使わないカーブ、そしてフォークと、バットに当てにくい配球を大野は選択した。

 必死に当てにいくも、犬走はタイミングを完全に外され、かすることすらさせてもらえなかった。

 対して、パワーに劣る月掛には打てると見せかけたカットボールで芯を外し、敢えて打たせた。ストレートと思って振りにいったところを、月掛は芯を外されて平凡な内野フライに打ち取られる。

 要注意バッターとしていた桐葉へも入念であった。試合を通して打ち取るために、ストレート、フォークだけで三振に切り取った。

 桐葉は唇を噛んだ。ストレートもフォークも全力で投げてこなかったのだ。「見る」ことに専念する第一打席で、大野は「見せてこなかった」のだ。

 淡々と三者凡退に抑えられた初回は、大野の大人勝ちといったところか。伊香保は思わずうーんと唸った。

 これは投手戦になりそうだわ。伊香保は一点をどうやってもぎ取るべきか、頭の中で方策をシミュレーションしてみる。

 大野は打たせないコツを知っていて、それをちゃんとミスなく投げられる能力が備わっている。打たれたとしても連打を許さない。そんなピッチングができる投手である。

 得てして、高校野球では情熱や想いという力が普段以上の能力を引き出してくれる時がある。だが、それは諸刃の剣とも言える。想いが強くなることで、ピッチングが単調になることもある。真っ向勝負は見ていて気持ちが良いが、打者はタイミングを合わせやすい。

 大野にはそれがない。極めて大人のピッチングをしてくる。

 そんな時は機動力だ。伊香保は犬走と月掛を呼んだ。

「このまま淡々とゲームが進むのは怖いわ。次に回ってきた時は、二人で揺さぶってみよう」

 二人は頷いたが、これは杞憂に終わることとなる。


 二回。
 試合が小さく動く。打席にはエースで四番の大野。ゆっくりと打席に向かった。

 滝音は伊香保のアドバイスを頭で反芻していた。

「遠江は隙の無いチームで、そこに大きな幹がある感じなの。もちろんその大きな幹はエースで四番の大野くん。投げては防御率0点台、打ってはここまで5本のホームランに5試合で打点18。この大野くんの前にランナーを出さないことが鍵になるわ」

 まずはその課題をクリアできている。ノーアウトでランナーなしならば、おそらく一発を狙ってくるはずだ。

「もし、ランナー無しで大野くんを迎えることができたならば、あとは長打警戒。高めの球は持っていかれるから白烏くんのコントロールにかかってる。低めの球も打つのが上手いけど、長打にはなりにくいから」

 よし、結人。低め徹底でいくぞ。

 りょーかい。

 ワインドアップで投げられるのが白烏は嬉しい。高々と腕を上げ、踏み出した左足が力強く土をえぐる。振り下ろされた腕から放たれたボールは低めいっぱいに心地よい音で滝音のミットへ収まった。

 ストライクッ!

『低めへの素晴らしいストレートが決まって1ストライクです。解説の山下さん。この甲賀高校の白烏くんのピッチングいかがでしょうか?』

『いやあ、素晴らしいですね。今のボールも151kmですか。しかも低めへの抑えの効いたお手本のようなストレートです』

『この白烏くん。まだ野球を初めてたった3ヶ月とのことです』

『えぇ? いやはや信じられませんな』

 この実況席の声が聞こえた訳ではないだろうが、大野は白烏を睨み付けた。邪魔な存在だとばかりに。

「あいつ、睨みやがった。気合い負けしないように睨んだんじゃねえ。本気で睨んできやがった」

 白烏は大野を睨み返したが、それに気付いた滝音が白烏を落ち着ける。大きく両手を広げ、白烏が気付いたところで、落ち着け落ち着けと両手を下に向けてゆっくりと動かした。白烏が睨みをやめて頷く。

 気持ちを落ち着けて、しっかりと指にかけて投じたストレートは更に厳しいコースへ突き刺さった。

 ストライィィィク!!

 ピクリとバットを動かすものの、大野は際どいコースに手が出ない。大野は眉間に皺を寄せた。このピッチャーの評価を上げるわけにはいかない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

女帝の遺志(第二部)-篠崎沙也加と女子プロレスラーたちの物語

kazu106
大衆娯楽
勢いを増す、ブレバリーズ女子部と、直美。 率いる沙也加は、自信の夢であった帝プロマット参戦を直美に託し、本格的に動き出す。 一方、不振にあえぐ男子部にあって唯一、気を吐こうとする修平。 己を見つめ直すために、女子部への入部を決意する。 が、そこでは現実を知らされ、苦難の道を歩むことになる。 志桜里らの励ましを受けつつ、ひたすら練習をつづける。 遂に直美の帝プロ参戦が、現実なものとなる。 その壮行試合、沙也加はなんと、直美の相手に修平を選んだのであった。 しかし同時に、ブレバリーズには暗い影もまた、歩み寄って来ていた。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

処理中です...