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6.俺らがいるからな
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祐吾は綺麗に竹を切り揃えて、墓標をこしらえた。尖らせた先を土に差し、ぐいっと力を入れて深くに埋め込んだ。
「なんだろうな、これ? って思うか? これはな、お墓っていうんだ。シェンシェンのお母さんが天国でゆっくり見守れるようにな」
シェンシェンは首を傾げるようにして、祐吾と墓標を交互に見つめていた。
陽が沈んだ。
真っ暗闇に空に浮かぶ月ひとつ。辺りはさらさらと静かな夜の音を奏でている。
シェンシェンは疲れて寝てしまった。母親に寄り添って眠っている。母親は動かない。それでも嬉しそうに目を閉じているシェンシェンを見ると、涙が滲む。
さすがに疲労が濃い。
リュックにタオルを巻き、枕にしてシェンシェンと母親の横にお邪魔させてもらう。鬱蒼と茂る竹の隙間から静かに三日月が顔を出している。
静かだ。シェンシェンの故郷に来た意味はあった。シェンシェンの過ごしていた一日を想像できる。一日中この山で遊んで、こうして静かに竹の葉がさらさら鳴るなか眠っていたのだろう。
目を閉じると、いっそう死臭が立ち込めた。母親から放たれる匂いはシェンシェンの心をどう傷つけたろう。自分なら……想像もできない。せめて、この匂いをずっと忘れてはいけない。そのまま目を深く閉じ、深呼吸をした。
疲れたな、シェンシェン。おやすみ。
シェンシェンに引っ張られて目を覚ました。
さすがに身体中が軋むように痛い。運動は欠かさずしてきたつもりだが、歳にはなかなか勝てないもんだ。高地のせいか、肺の中までチクチクする。
見上げているシェンシェンは遊ぼうとでも言っているようだ。あんなに怖がっていたのに、住み慣れた地がそうさせるのか、母親の存在がそうさせるのか、違和感なく祐吾に向かって舌を出している。はっはっ、とシェンシェンの甘えたい息遣いが伝わり祐吾の口もとは緩んだ。
日が高くなるまでシェンシェンの遊び相手をした。母親はどうやって遊んであげていたのか、それを想像しながらシェンシェンの背中を押したり引いたり、棒を投げたりいろいろとやってみた。シェンシェンはそのたびに嬉しそうに転げまわった。その後は昨日のように母親に竹の葉を集めたり、母親の周りを何度もくるくる回ったりしていた。
おそらく、これが日常だったのだろう。シェンシェンが甘えながら母親を起こし、遊んでもらってからご飯を与えてもらっていたのだろう。たくさん甘えていたのだろう。母親はたくさん愛情を注いでいたのだろう。
ほんのささやかな日常だ。それが目の前で奪われている。祐吾は母親にたかる蝿を幾度も払った。
もいだ竹の葉をそっと差し出すと、シェンシェンはじっと見つめていた。目の前に置くと、ちらりちらりとこちらを伺いながら、ひょいと取って食べた。
「はは、盗むように食べなくていいぞ。ほれ」
目の前に置くと、ひょい。また目の前に置くと、ひょいと遠慮がちに竹の葉を取って食べていく。
また、夜が来た。
月が雲に隠れたり顔を出したりと忙しい夜空だった。
祐吾はこのままこの竹林にいさせてあげるのが良いのか、連れて帰るのが良いのか、判断に悩んでいた。保身を考えれば連れて帰るのだが、祐吾には保身などの考えはいっさい無い。
いずれ朽ち果てる母親のそばにいさせるのは良くないと思っている。ただ、シェンシェンは母親を認識している。生きていると思っているのかもしれない。それならば、また引き離して悲しませることは祐吾にはできなかった。
母親に寄り添って寝るシェンシェンを見ながら、なかなか寝つくことはできなかった。
「なんだろうな、これ? って思うか? これはな、お墓っていうんだ。シェンシェンのお母さんが天国でゆっくり見守れるようにな」
シェンシェンは首を傾げるようにして、祐吾と墓標を交互に見つめていた。
陽が沈んだ。
真っ暗闇に空に浮かぶ月ひとつ。辺りはさらさらと静かな夜の音を奏でている。
シェンシェンは疲れて寝てしまった。母親に寄り添って眠っている。母親は動かない。それでも嬉しそうに目を閉じているシェンシェンを見ると、涙が滲む。
さすがに疲労が濃い。
リュックにタオルを巻き、枕にしてシェンシェンと母親の横にお邪魔させてもらう。鬱蒼と茂る竹の隙間から静かに三日月が顔を出している。
静かだ。シェンシェンの故郷に来た意味はあった。シェンシェンの過ごしていた一日を想像できる。一日中この山で遊んで、こうして静かに竹の葉がさらさら鳴るなか眠っていたのだろう。
目を閉じると、いっそう死臭が立ち込めた。母親から放たれる匂いはシェンシェンの心をどう傷つけたろう。自分なら……想像もできない。せめて、この匂いをずっと忘れてはいけない。そのまま目を深く閉じ、深呼吸をした。
疲れたな、シェンシェン。おやすみ。
シェンシェンに引っ張られて目を覚ました。
さすがに身体中が軋むように痛い。運動は欠かさずしてきたつもりだが、歳にはなかなか勝てないもんだ。高地のせいか、肺の中までチクチクする。
見上げているシェンシェンは遊ぼうとでも言っているようだ。あんなに怖がっていたのに、住み慣れた地がそうさせるのか、母親の存在がそうさせるのか、違和感なく祐吾に向かって舌を出している。はっはっ、とシェンシェンの甘えたい息遣いが伝わり祐吾の口もとは緩んだ。
日が高くなるまでシェンシェンの遊び相手をした。母親はどうやって遊んであげていたのか、それを想像しながらシェンシェンの背中を押したり引いたり、棒を投げたりいろいろとやってみた。シェンシェンはそのたびに嬉しそうに転げまわった。その後は昨日のように母親に竹の葉を集めたり、母親の周りを何度もくるくる回ったりしていた。
おそらく、これが日常だったのだろう。シェンシェンが甘えながら母親を起こし、遊んでもらってからご飯を与えてもらっていたのだろう。たくさん甘えていたのだろう。母親はたくさん愛情を注いでいたのだろう。
ほんのささやかな日常だ。それが目の前で奪われている。祐吾は母親にたかる蝿を幾度も払った。
もいだ竹の葉をそっと差し出すと、シェンシェンはじっと見つめていた。目の前に置くと、ちらりちらりとこちらを伺いながら、ひょいと取って食べた。
「はは、盗むように食べなくていいぞ。ほれ」
目の前に置くと、ひょい。また目の前に置くと、ひょいと遠慮がちに竹の葉を取って食べていく。
また、夜が来た。
月が雲に隠れたり顔を出したりと忙しい夜空だった。
祐吾はこのままこの竹林にいさせてあげるのが良いのか、連れて帰るのが良いのか、判断に悩んでいた。保身を考えれば連れて帰るのだが、祐吾には保身などの考えはいっさい無い。
いずれ朽ち果てる母親のそばにいさせるのは良くないと思っている。ただ、シェンシェンは母親を認識している。生きていると思っているのかもしれない。それならば、また引き離して悲しませることは祐吾にはできなかった。
母親に寄り添って寝るシェンシェンを見ながら、なかなか寝つくことはできなかった。
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