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第1話:部活動 お悩み相談クラブ(1)
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春過ぎ独特の、暑くあるが夏と違ってカラッとした乾きが混じった空気にすっかり当てられてボーっとしてしまった僕は、今となっては思い出すことができない何かしらのきっかけによって唐突に現実世界へと引き戻された。
正直言って僕は、この時節の空気が苦手である。
どんなに屈強な意思を以って「寝ない、寝ないぞ!」と意気込んでみても、ひとたびそれに捕まったら最後、半ば強制的に夢の世界のゲートをくぐらされてしまう。
そのせいで先生に注意されて、挙句の果てには級友の大半から笑いの的にされるのだからこちらとして冗談ではない。
だが運が良いことに、終礼が粗方終わり今日の日直が起立の号令をかける前にまどろみから抜け出すことができた。
立ち上がって担任に向かってクラス全員で礼すると、それまで一塊になっていたクラスの纏まりが、2、3個ほどの集団へと分散された。
その集団たちは大まかに2つの種類にカテゴライズされる。
1つは友人同士で学校終わりの買い食いやショッピングをして大いに学校外を楽しむ者たち。
もう1つにクラブ活動や予備校で勉学や技能の研鑽を積む者たちだ。
かつて、といっても2週間ほどしか経っていないが、僕もその例に漏れず後者の分類の1人だった。
しかし、今となっては違う。
所属していた吹奏楽部で人間関係に関して大きなパラダイムシフトが起きたことで退部し、それから、最低限しか他者と交流をもたなくなった僕はいずれのグループにも属さない、言うなれば『1人で真っ直ぐ家路に着く生徒。』の仲間入りになった。
最初の内は、高校生活2年目を迎えて部活漬けの毎日から解放された反動から、本屋やCDショップ等に寄り道をしていたが、それも1、2日で尽きて道草せずに我が家へと帰ったら夕飯までベッドで寝転がってスマホを眺めるか、ゲームに興じるばかりの傍から見たら怠惰かつ単調な日々ばかり過ぎていた。
でも、これでいい。
他の誰かと繋がったら痛い目を見るだけだと痛感された身としては、こうやって誰とも関わらずにいる現在の境遇が性に合っているのだ。
リュックサックに教科書類をしまって、肩にかけた僕は今日はどうやって暇を潰そうか色々思考しながら教室を後にしようとした。
「あっ、ちょっと櫟くん待って。」
教室を出ようとした僕を、担任の野村 眺先生が呼び止めた。
「はい。何でしょう?」
「あのさ、ちょっと頼みたいことがあるんだけどいい?」
「ええ、何ですか?」
僕は眺先生からの用件を聞くため、ほんの少し集中力を高めた。
「と、その前に。櫟くん、さっき終礼で寝てたでしょ?」
「・・・・・・。わ?」
僕は眺先生との会話に予想外の前段階が飛び入りしたことに思考が一瞬フリーズした。
「いやだから、さっき終礼の時にウトウトしてたでしょって。」
「なっ、何のことでごぜぇましょうか?あっしは居眠りなんかこけてないで候ですよ。」
あまりのパニックに日本語乱れまくったが僕はこの場をすっとボケることにした。
「えぇ~ウッソだぁ~!私には見えたんだからね。櫟くんが春うららの空気に晒されて座ったまま爆睡ちゃんカマしてるとこぉ~♪」
眺先生の自身満々なニヤケ面のせいで、僕の更に余裕が削ぎ落された。
「いやだからワタクシは寝てなんかいなかったですからねっ!!そんなに自信があるんだったら証拠出して下さいよぉぉぉぉぉぉぉ!!」
テンプレ極まりない台詞に、我ながら「他に言うことないのかよ」と思った・・・
「証拠?」
「はい!お願いしますっ」
眺先生は腕を組んで、「う~ん」と天井を見上げて、考え込む仕草をした。
ほら見ろ!そんな態度取るってことは、そんなモンどこにもないってことだよな!
僕は心の中で勝利を確信した。
検察の証拠不十分で僕は無罪放免だ!!
「参ったな~櫟くんには自分から観念してほしかったんだけど・・・」
そう言って眺先生はポケットからあるものを取り出した。
それはスマホ。
画面に映るのは、下半分が教卓の淵と思しきこげ茶のラインと、上半分が眉間にシワを寄せて腕を組んでいるが明らかに白目を剥いている僕のアホ面・・・
眺先生は僕の居眠りをこともあろうにスマホで隠し撮りしていた。
「え、これって・・・」
「スマホの写真ってLIVEモードにするとシャッター音が聞こえなくて便利だよね。ほら、こうやって画面を長押しすると・・・」
眺先生が画面を押し続けると、険しい顔をしながら鳩の如く首を「カクッ、カクッ」と縦降りさせる僕がいた。
「これでもまだ無罪を主張する?」
「・・・・・・。ゴメンナサイ・・・」
「次からは終礼はちゃんと聞くことっ」
今にして思えば、公立高校の教師が勤務中にケータイをいじってることの方がよっぽど問題だったのだろうが、その時は罪悪感と羞恥心で頭がいっぱいになってとても指摘できなかった。
眺先生は大学を卒業して今年度の今学期に、この学校に赴任してきたのだが、新人とは思えないほどに生徒を見る観察眼に優れた女性だった。
去年の教員実習の際も、その才能を遺憾なく発揮し、その功績を称えられて若くして担任を任せられていたのだ。
僕は時たま、この若き女教師が末恐ろしく思えてしまう。
「それで、その・・・頼みたいことっていうのは?」
「櫟くんってさ、吹部辞めてたよね。」
「はい。そうですが・・・」
「実はさ、今年できた新しい部活があって、後もう一人部員が欲しいみたいなんだけど正直そこが中々人が集まらなくて困ってるの。それで、もしよかったら櫟くんどうかなって。」
僕はうんざりした。
人間関係で一悶着あって吹部を辞めて、もう二度と部活なんか入りまいと決心していたのに、何故再びあの環境に身を置かねばならないのだ。
僕は眺先生の要請を却下することにした。
「すいません。僕これからは部活じゃなくて勉強に時間を使おうと思ってるので断らせてもらいます。」
「そんなこと言わずにさぁ~!もうホント、体験入部でもいいから今日だけでも行ってみてくれない?」
両掌を「パン!」と叩いて頼み込む眺先生だったが、僕の心は微動だにしなかった。
「イヤ本当、勘弁してくださいってば。それじゃ、僕これから帰って物理の勉強やるので。」
そそくさと立ち去ろうとする僕を見て、眺先生の口元がムッとなった。
「あっそ分かった!!櫟くんがそう言うんだったら、今日から私が物理みっちり教えてあげる。」
僕は「ゲッ!!」となって急いで眺先生に駆け寄った。
早いとこ何とか言いくるめなければ・・・
そうだ!!
「すいませんけど僕が興味あるのはカオス理論とか相対性理論とかの専門的な分野になるので、いくら先生が物理の教師だからってそんなの教えられるワケないですよ。」
「高校の物理は全学年オール5、大学は“秀”より下取ったことないから。あと高1から大学3回生まで塾で講師のバイトもしてたから教える腕もピカ1ですよお客さんっ。」
この人は今日僕をこの場から逃がさないために生まれ出た存在かなんかか・・・
眺先生の超人過ぎる自己PRに観念して、僕は体験入部申し込みの書類にサインすることにした。
かくして、眺先生の説得にあっけなく敗れ去った僕は、今日この放課後、2週間ぶりの部活動として、この『お悩み相談クラブ』に体験入部するに至った。
正直言って僕は、この時節の空気が苦手である。
どんなに屈強な意思を以って「寝ない、寝ないぞ!」と意気込んでみても、ひとたびそれに捕まったら最後、半ば強制的に夢の世界のゲートをくぐらされてしまう。
そのせいで先生に注意されて、挙句の果てには級友の大半から笑いの的にされるのだからこちらとして冗談ではない。
だが運が良いことに、終礼が粗方終わり今日の日直が起立の号令をかける前にまどろみから抜け出すことができた。
立ち上がって担任に向かってクラス全員で礼すると、それまで一塊になっていたクラスの纏まりが、2、3個ほどの集団へと分散された。
その集団たちは大まかに2つの種類にカテゴライズされる。
1つは友人同士で学校終わりの買い食いやショッピングをして大いに学校外を楽しむ者たち。
もう1つにクラブ活動や予備校で勉学や技能の研鑽を積む者たちだ。
かつて、といっても2週間ほどしか経っていないが、僕もその例に漏れず後者の分類の1人だった。
しかし、今となっては違う。
所属していた吹奏楽部で人間関係に関して大きなパラダイムシフトが起きたことで退部し、それから、最低限しか他者と交流をもたなくなった僕はいずれのグループにも属さない、言うなれば『1人で真っ直ぐ家路に着く生徒。』の仲間入りになった。
最初の内は、高校生活2年目を迎えて部活漬けの毎日から解放された反動から、本屋やCDショップ等に寄り道をしていたが、それも1、2日で尽きて道草せずに我が家へと帰ったら夕飯までベッドで寝転がってスマホを眺めるか、ゲームに興じるばかりの傍から見たら怠惰かつ単調な日々ばかり過ぎていた。
でも、これでいい。
他の誰かと繋がったら痛い目を見るだけだと痛感された身としては、こうやって誰とも関わらずにいる現在の境遇が性に合っているのだ。
リュックサックに教科書類をしまって、肩にかけた僕は今日はどうやって暇を潰そうか色々思考しながら教室を後にしようとした。
「あっ、ちょっと櫟くん待って。」
教室を出ようとした僕を、担任の野村 眺先生が呼び止めた。
「はい。何でしょう?」
「あのさ、ちょっと頼みたいことがあるんだけどいい?」
「ええ、何ですか?」
僕は眺先生からの用件を聞くため、ほんの少し集中力を高めた。
「と、その前に。櫟くん、さっき終礼で寝てたでしょ?」
「・・・・・・。わ?」
僕は眺先生との会話に予想外の前段階が飛び入りしたことに思考が一瞬フリーズした。
「いやだから、さっき終礼の時にウトウトしてたでしょって。」
「なっ、何のことでごぜぇましょうか?あっしは居眠りなんかこけてないで候ですよ。」
あまりのパニックに日本語乱れまくったが僕はこの場をすっとボケることにした。
「えぇ~ウッソだぁ~!私には見えたんだからね。櫟くんが春うららの空気に晒されて座ったまま爆睡ちゃんカマしてるとこぉ~♪」
眺先生の自身満々なニヤケ面のせいで、僕の更に余裕が削ぎ落された。
「いやだからワタクシは寝てなんかいなかったですからねっ!!そんなに自信があるんだったら証拠出して下さいよぉぉぉぉぉぉぉ!!」
テンプレ極まりない台詞に、我ながら「他に言うことないのかよ」と思った・・・
「証拠?」
「はい!お願いしますっ」
眺先生は腕を組んで、「う~ん」と天井を見上げて、考え込む仕草をした。
ほら見ろ!そんな態度取るってことは、そんなモンどこにもないってことだよな!
僕は心の中で勝利を確信した。
検察の証拠不十分で僕は無罪放免だ!!
「参ったな~櫟くんには自分から観念してほしかったんだけど・・・」
そう言って眺先生はポケットからあるものを取り出した。
それはスマホ。
画面に映るのは、下半分が教卓の淵と思しきこげ茶のラインと、上半分が眉間にシワを寄せて腕を組んでいるが明らかに白目を剥いている僕のアホ面・・・
眺先生は僕の居眠りをこともあろうにスマホで隠し撮りしていた。
「え、これって・・・」
「スマホの写真ってLIVEモードにするとシャッター音が聞こえなくて便利だよね。ほら、こうやって画面を長押しすると・・・」
眺先生が画面を押し続けると、険しい顔をしながら鳩の如く首を「カクッ、カクッ」と縦降りさせる僕がいた。
「これでもまだ無罪を主張する?」
「・・・・・・。ゴメンナサイ・・・」
「次からは終礼はちゃんと聞くことっ」
今にして思えば、公立高校の教師が勤務中にケータイをいじってることの方がよっぽど問題だったのだろうが、その時は罪悪感と羞恥心で頭がいっぱいになってとても指摘できなかった。
眺先生は大学を卒業して今年度の今学期に、この学校に赴任してきたのだが、新人とは思えないほどに生徒を見る観察眼に優れた女性だった。
去年の教員実習の際も、その才能を遺憾なく発揮し、その功績を称えられて若くして担任を任せられていたのだ。
僕は時たま、この若き女教師が末恐ろしく思えてしまう。
「それで、その・・・頼みたいことっていうのは?」
「櫟くんってさ、吹部辞めてたよね。」
「はい。そうですが・・・」
「実はさ、今年できた新しい部活があって、後もう一人部員が欲しいみたいなんだけど正直そこが中々人が集まらなくて困ってるの。それで、もしよかったら櫟くんどうかなって。」
僕はうんざりした。
人間関係で一悶着あって吹部を辞めて、もう二度と部活なんか入りまいと決心していたのに、何故再びあの環境に身を置かねばならないのだ。
僕は眺先生の要請を却下することにした。
「すいません。僕これからは部活じゃなくて勉強に時間を使おうと思ってるので断らせてもらいます。」
「そんなこと言わずにさぁ~!もうホント、体験入部でもいいから今日だけでも行ってみてくれない?」
両掌を「パン!」と叩いて頼み込む眺先生だったが、僕の心は微動だにしなかった。
「イヤ本当、勘弁してくださいってば。それじゃ、僕これから帰って物理の勉強やるので。」
そそくさと立ち去ろうとする僕を見て、眺先生の口元がムッとなった。
「あっそ分かった!!櫟くんがそう言うんだったら、今日から私が物理みっちり教えてあげる。」
僕は「ゲッ!!」となって急いで眺先生に駆け寄った。
早いとこ何とか言いくるめなければ・・・
そうだ!!
「すいませんけど僕が興味あるのはカオス理論とか相対性理論とかの専門的な分野になるので、いくら先生が物理の教師だからってそんなの教えられるワケないですよ。」
「高校の物理は全学年オール5、大学は“秀”より下取ったことないから。あと高1から大学3回生まで塾で講師のバイトもしてたから教える腕もピカ1ですよお客さんっ。」
この人は今日僕をこの場から逃がさないために生まれ出た存在かなんかか・・・
眺先生の超人過ぎる自己PRに観念して、僕は体験入部申し込みの書類にサインすることにした。
かくして、眺先生の説得にあっけなく敗れ去った僕は、今日この放課後、2週間ぶりの部活動として、この『お悩み相談クラブ』に体験入部するに至った。
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