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第13話:1年7組 悠里 唯誓(4)

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あれから、僕は魅守部長の『お詫びの人生相談』に延々2時間強付き合わされた。

初めの内は「受験勉強をどうやったらいいか分からない。」、「希望の大学を決める上で何を参考にしたらいいかあやふや。」など、結構内容が詰まった相談だったのだが、魅守部長が「もっと聞いてほしい。」というものだから、搾り出していく内にどんどんどうでもいいものになってしまった。

中でも、「最近裏庭で見かけるアオドウガネ(コガネムシの仲間の深緑色の甲虫)が気になってしょうがないがどうしたらいい?」と聞いた時には彼女の顔は口と目が糸状になって何だか平坦な造形になっていた。

それで、前話でも言ったと思うが、魅守部長との相談会は19時に差し掛かった頃に終わりを迎え、今ちょうど家に着いたところだ。

玄関のドアを開けて中に入ると、家の中は昨日と同じように静寂と暗闇に包まれていた。

2階に続く階段の灯りをつけて、上がって引き戸を開けると、妹の真叶がソファに寝そべって真顔でゲーム機の画面と睨み合いをしていた。

「あれ、父さんと母さんは?」

「2人とも残業だって。帰るの22時ぐらいになるから適当に何か頼めってさ。」

「ふうん。そっか~」

僕の父と母は同じ職種に就いており、その職業柄たまに2人揃って残業する時がある。

そういう時は、テーブルの上のガラス瓶の中に入っている、母が小銭を貯めに貯めたお金(5000円相当)から2人合わせて2000円以内で何か出前を頼むように言われている。

僕はリュックを引き戸の横に置いて、真叶が横になっているソファの座面の側面を背もたれにする姿勢で座り込んだ。

「う~ん・・・」

「何、どったの?」

思わず声に出てしまった唸り声に、真叶が不思議そうに反応した。

「いやぁ、ちょっと今日あった事が気になってさ・・・」

「多分違うと思うよ。」

「まだ何も言ってないんだが・・・」

「どうせ、“クラスで今気になってる〇〇ちゃんが僕にシャーペン貸してくれた!!きっとアイツ、僕に気があるんだぁ~♪”でしょ?縁兄ちゃん、儚い望みは、自分を傷つける一種の凶器だよ?それが砕かれた時、縁兄ちゃんは底知れぬに取り憑かれてしまうんだよ?」

「上手いこと言いなさんな!!」

洒落を織り交ぜながら全く見当違いの推測をする中一の妹に、僕は疲れを忘れ盛大にツッコんだ。

「そういうんじゃなくってさぁ~その・・・何って言うか・・・真叶。お前ってさ、自分が成仏した後で、どうなるか不安になったりしない?」

「何その質問!?何でそんなスピリチュアル全開なクエスチョンかますワケ?まさか・・・縁兄ちゃん、死ぬのが怖くて、永遠の命を・・・」

「違う違うそうじゃない!!」

賽原といい、魅守部長といい、我が妹子といい・・・

どうして女子ってこうも勘違いが過ぎるんだろう・・・?

「今日!!死んだ後天国に行けて、自分の生まれ変わりたいものになれるかどうかって!」

本当はクラスじゃなくて部活、なんだが・・・

「なんか変わってるね、その人。」

なんせ死者、だからな。

生きてる人間が真剣にそんなこと聞いてきたら僕でもリアルに引くよ・・・

「それで、どうなの?」

「あたしはそんなこと不安になったりしないよ~」

そりゃあそうでしょね。

「ああでも・・・」

「ん?」

「イザその時が来たら、不安で不安で仕方なくなっちゃうと思う。」

「どうして?」

「だってさ、成仏した後のことなんて、どうしたってもう巻き返しがきかないもん。受験とか就活とかだったらさ、失敗したってなってもまた頑張ればそれを取り戻すことができるから。志望校に落ちたら浪人して再チャレンジすればいいし、希望の会社に就職できなかったらその分野でバイトして、よく勉強すれば今度はしっかり入る見込みがあるかもだしさ。でもさ、それができなかったらくよくよしまくって次に進むことなんかまずできないはずだよ?」

言われてみればそうだった。

悠里さんは、成仏した後の自分が天国に行けて、クジラという昔から生まれ変わりたいと望んでいたものに果たして転生できるのか、その確証が持てなかったから11年もの間、成仏することができなかった。

それは、一旦成仏してしまえば、もう再チャレンジすることなんてできないと確信していたからだ。

生きていれば、何度だってやり直しがきく。

でも死んでしまったら、やり直すことができない。

しかしながら、未来は平等に訪れる。

生者にも、死者にも・・・

僕はここでようやく、悠里さんが抱えている未練なやみは、僕の進路に関する心配事よりも、何十倍、何百倍、何千倍、何万倍、下手すると何億倍も深刻なものだと理解した。

そして、それを分かっていなくて悠里さんに安易なことを吹き込んでしまった自分がどうしようもなく情けなくなる。

やっぱり、明日会った時、もう一度きちんと謝ろう・・・

「縁兄ちゃんどうしたの?さっきからめっちゃド深刻な顔しちゃって。」

「え?ああ、いや。何でもない!自分の中で色々とスッキリしたってだけ。」

「ふぅ~ん。まっ、縁兄ちゃんがそう思うってんだったらいいケド。それに・・・」

「それに?」

「あたしは生まれ変わったら、また縁兄ちゃんの妹でありたいな・・・」

なっ、何だよコイツ?

急にしんみりしたこと言っちゃって・・・

「多分、ムリだと思うけどさ・・・」

「そっ、そんなことないって!!僕と真叶は生まれ変わってもまた兄妹なれるって!!何だったら、そうなるように僕から神様に直談判してやるよ!」

「へへっ。ありがと。」

どこか寂し気な微笑を見せる妹を、僕は珍しくドキっとした。

おっと、イカンイカン。血の繋がった家族にそんなこと思っちゃ。

「さっ、湿っぽい話はここで止めて、いい加減そろそろなんか頼もうぜ。もうお腹ペッコペコでさぁ。」

壁に掛かった鳩時計を見ると時刻は既に20時前であり、一般的な家庭が夕飯を迎える時間帯のギリギリだった。

「さっきのお礼に、今日は縁兄ちゃんの好きな〇コス頼んでいいよ。」

「マジで!?ちょうど期間限メニューがデリバリーの対象になったんだよなぁ~妹よ、時には粋な計らいをするじゃないか!」

「ゴメン、ウソ。」

「へ?」

「実は兄ちゃんが帰って来る前にピ〇ハット頼んでたんだ。後1、2分したら着くんじゃないかな。」

「お前・・・」

胸に抱いた期待が一瞬で潰えて肩を落とす僕に、真叶は中腰になりながら人差し指をピンっと立てて言った。

「ほらね。儚い望みは自分自身を傷つけるんだぞっ♪」

僕は今、己に宿る狂気を、この憎たらしくて堪らない愚妹にぶつけるべきなのだろうか。
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