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第23話:3年1組 心堂 凰陽(9)

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僕は今、自分に憑いていた心堂会長を学校に送り届け、帰宅の途についていた。

心堂会長から、弟の澪彦さんが姉の死をただ見ていることしか出来なかった幼少の時分を激しく悔やみ、そのあまり他人を平気で踏石にするまで冷酷に染まり切ったという話を聞いた時、僕達はどう声を掛けたらいいか分からなかった。

賽原だけが何とか、「澪彦さんがそこまでするってことは、彼がまだ心堂さんのことをすごく愛してることじゃないですか!」と言ったが、心堂会長は虚無感に満ちた表情でこう返した。

「あんなミオを見るくらいなら、わたくしは忘れ去られた方が良かった・・・」

その時の彼女の悲しみに暮れた顔が、僕の頭にまるで焼印のように残っていて、未だ消えない。

図らずも、心堂会長と弟の再会は、このような望まぬ形となってしまったので、本人からの申し出で今回の依頼は一旦保留ということに収まった。

僕はこのまま、彼女が相談内容を白紙に戻してしまうことが恐ろしく不安だ。

だって、ようやく叶った唯一の肉親との再会が、こんな後味の悪い結果に終わってしまったら、心堂会長が、文字通り浮かばれないじゃないか。

弟を一目見ることをあんなにも、心待ちにしていたというのに・・・

彼女の力になってあげたい。

しかし、僕は優れたコネも隠れた力もない、ただの高校2年の小僧。

大グループの会長に、ましてやもうこの世にはいない姉のことなんかどうやって伝えればいいっていうんだよ。

考えれば考えるほど、眉間が熱を帯びて、キリキリと痛む。

クソ、一体、どうすれば・・・

「ちょっと縁人!聞いてる!?」

え?

気が付くと、母が顔を赤くさせて2階の引き戸の前で仁王立ちしていた。

「なっ、何?」

「何じゃないでしょ!いくら土曜だからといっていくら何でも遅過ぎるんじゃないの?今もう8時過ぎてんのよ!」

どうやら考え込むあまり、うらの空で帰宅し、うわの空のままお説教を受けていたようだ。

なんか僕、注意力無さすぎないか最近?

「ちょ、ちょっと部活の休日活動で・・・」

「だったら事前にL○NEなりなんなりしなさいよねっ。何かあったんじゃないかって心配だったんだから~」

「ごっ、ごめん・・・」

「まぁまぁ母さんそれくらいにしてやれよ。縁人も別に遊び歩いてワケじゃないんだから。」

一足先に食卓でビール片手につまみを食べる父が母を諭した。

こういう時何かと冷静になって僕の味方をしてくれるのだから心強い。

「そうだよ母さん。縁兄ちゃんもこうして清水の舞台からダイブしそうなくらい反省してるんだからさ!」

妹よ、悪いが兄はそこまで反省してなければ、そんな度胸も持ち合わせていない。

2人に諌められた母は「次から気を付けるように!」というと僕の分の食事を用意しに台所に引っ込んで行った。

僕は妹の隣に座り、テーブル前のテレビの電源を付けた。

「それでは今夜の最初のニュースです。今日昼過ぎ、○○川県○○市で行われたSHG新施設のオープン式典で、参加していた数名が壇上に上がった同グループの会長、心堂 澪彦氏にデモ活動を行い、一時騒然となりました。心堂氏は同施設の建設予定地であった賃貸マンションの土地を買収する際に、住民に対し強引な立ち退きをさせた疑いがあり、デモを行なったのは以前のマンションの住民だったと見られ・・・」

夜のニュースで、今日目の当たりにした光景がセンセーショナルに取り上げられていた。

「いくら新しい事業を始めるからって、人から無理矢理住んでるところ取り上げんのはな~」

父の批判を聞いて、僕は心苦しくなる。

件の澪彦さんは、別に金や名声に目が眩んでしたのではない。

ただ、死に別れた身内を想うあまり、周りが見えなくなってしまっただけなんだ。

「・・・・・・・。なぁ、父さん。」

「ん?」

「父さんってさ、母さんや僕、真叶と離れ離れになって久しぶりに会ってみたら、とんでもないことしでかしてらどうする?」

「どったの急に?」

「いや別に。ただ何となく。」

やっぱ急にこんなこと聞いたら答えに困るよな。

だが父の返答は、全く予想外のものだった。

「どうするも何も、

え、何だって?

「え~何々!?なんかちょっと面白そうっ」

真叶がワクワクしていると父は小っ恥ずかそうな顔で話しだした。

「あんな、父さんと母さんって遠距離恋愛だっただけどさ、久しぶりに母さんに会いに行くと一緒に来てた母さんの友達がなんかよそよそしそうにしてんだよ。で、その日の終わりに知ったんだけど、母さん友達に"私の彼に手ェ出したら○す"って事前に詰め寄ってたんだよ!あん時は"俺の知らないところでコイツ何やってんだよ~"って思ったね、マジで!!」

まさか若かりし日の母にそんなヤンデレ感溢れるエピソードがあったなんて・・・

「で、それで父さんは母さんに何してあげたの!?」

真叶の問いに父は少しのヒゲが生えた口元をかいて答えようとしない。

「早く!早く教えてよ!!」

「う~ん、いや、その・・・」

「3日後にビデオレター送ってきたんだよね、あなた。」

「ばっ、それは言うなって・・・」

「何々!?どんなだったのそれ!?」

「めちゃくちゃ歯の浮くセリフ言ってたよwww"愛してるのは君だけだ。"とか、"俺は騎士で守る姫はこの世で君一人。"とか、"君が友達を失ったら僕まで悲しみという谷底に落ちる。"とか、"たとえ死んだとしても僕は君だけを愛す。"とか・・・もう思い出しただけで・・・あははははははははははははははははははははは!!」

「頼むから俺を今すぐ○してくれー!!」

壮絶な黒歴史をお披露目されて悶絶する父と爆笑する母と妹。

だが僕だけは、彼等とは全く違った感情だった。

「そっ、!!」

「え、ナニが?」

「ありがと!!父さんのお陰!!」

僕は父の額に自分の額をグリグリ擦り付けると、出された夕飯をガツガツ食べ始めた。

父と母はキョトンとし、真叶は「父さんのアホなセリフで縁兄ちゃんがおかしくなった!?」と驚愕していた。(その瞬間、父のライフはゼロになった。)

父の黒歴史を聞いて今しがた思い付いたが上手くいく保証なんてどこにもない。

だけどこれに賭けなければ、僕は一生後悔することになる。

僕は根拠なく、そう直感した。
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