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第36話:1年3組 初風 絆(7)

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翌朝、起床した僕と初風はリビングで簡単な朝食を済ませた。

しばらくしたら真叶が降りてきて、「昨日静かだったけど、できなかったの?」とかなんとか抜かしてきたので引っぱたいた。

それに便乗して初風も、「縁人先輩リードがド下手でやる気失せましたよぉ~。」とニヤつきながら冗談カマしたのでまとめて処してやろうと思ったが、初風は霊なのでできないから断念した。

歯を磨いて着替えると、徹夜明けの両親が一旦自宅に帰る時に鉢合わせにならないように早々に登校することにした。

「ではこれで。お邪魔しました、真叶ちゃん。」

「初風さん、また気が向いたらいつでも来てくださいね♪」

「うん、また一緒にご飯食べようね!」

なんかこの2人妙に馬が合ったなぁ、この一夜で。

「ねぇねぇ、縁兄ちゃん・・・。」

「なんだよ?」

「あたしの将来のお姉ちゃんになるかもしれない人、大事にすんだよ♡」

「なっ!?ばっ、バカお前・・・!!」

「ん?どうしたんですか?2人でひそひそと。」

「なっ、なんでもないって!じゃ、行ってきます!」

「は~い♪行ってらっしゃい、ご両人♡」




◇◇◇




登校して、その日の授業を全てこなすと、僕と初風は魅守部長と賽原の2人と落ち合うためにいったん部室へと寄った。

「おお~!縁人君。絆君とのご同伴、ご苦労だったね。」

「魅守部長、ホント疲れましたよぉ・・・。」

「そんなこと言ってぇ、櫟先輩、結構楽しめたんじゃないんですかぁ?」

「いやマジで大変だったんだからさぁ・・・。」

実は今日一日、僕と初風は2人ペアになって行動をともにしていた。

HR、授業中、休み時間・・・。

僕の今日のスケジュールには、初風が隣について、事あるごとに口を挟んでくるのでキツかった。

「授業中なんかも、“縁人先輩そんな問題も分かんないなんてよくそれで高2が務まりますよね。”ってめっちゃダメ出しされたんだから・・・。」

「それは櫟先輩が初風さんが横から文句を言うほどに脳ミソの知識のストレージが足りないってことじゃないですか?」

「私もそう思います。」

「ううっ!?なんだよ2人して!僕だって頑張ってるんだかんな!!」

「まぁまぁ。縁人君の頭の至らなさは際置いておいて、早いところ出発しようじゃないか!」

「“頭の至らなさ”って・・・。魅守部長・・・。」

魅守部長のように、傷つく言葉をサラッとストレートに言い放てる人が一番苦手だと、僕は骨身に染みて理解した。

僕はガクッと項垂れながら、学校近くのバス停までみんなで行き、5分くらい経って来た『新天橋開発地区』行きのバスに乗車した。

窓際の席に座った僕は、窓の外の移り変わる景色をただボッーと眺めていた。

この景色が夕日に照らされれば少しは絵になるかもしれないが、今は梅雨真っ盛りなので、外は小雨が降る曇り空だった。

「櫟先輩。」

隣に座る賽原が不意に話しかけてきたので、僕は少しビクッとなった。

「何黄昏てるんですか?」

「別に黄昏てなんかないよ。ただ・・・。」

「ただ?」

の、いつぶりだろうなぁって思っただけだよ。」

「どういうことですか?」

「小3の頃まで住んでたんだよ、あの街に。」

そう。。何故僕が新天橋開発地区に音楽ホールがあるのか知っていたのいうと、小学3年の夏前まで住んでいたからだ。

なので僕は、昔の故郷におよそ7年振りに足を踏み入れるのだ。

「な~るほどぉ、つまり櫟先輩は昔住んでたところにまた行くからおセンチになってるんですね。」

「いけないか?」

「いけないですね。」

「ちょっと待て!そこは普通“いえ、別にそんなことはないですよ”って優しく言うもんだろうが!!」

「櫟先輩のようなブ男が“ああ俺、またここに戻って来ちまったのか。”ってクールに決め込むのは、身の程知らず意外の何物でないですから。笑いを通り越して怒りすら覚えます。」

そっ、そこまで言わなくたっていいんじゃないの・・・?

僕だって、昔住んでた街に戻って、物思いに耽たいんだよ。

「謝って下さい、櫟先輩。」

「謝るって何を・・・?」

「“顔に見合わず渋くキメました”って私に謝罪して下さい。」

「なんでそうなんだよ!?」

その時、『次は新天橋開発地区、新天橋開発地区。終点です。』とバス内にアナウンスが流れ、窓から景色を見ると、景色が住宅地からビルやマンションが立ち並ぶのに変わっていた。

やがてバスはゆっくりスピードを落としながらロータリーに侵入すると、そこにポツンと立っている看板の横について停車した。

バスから降りた僕達は、持っていた傘を差すと邪魔にならないところで取り敢えず集合した。

「ここが新天橋開発地区かぁ・・・。」

「なんか、殺風景なところですね。」

周りを見ると、中途半端に建てられたビルや、外壁が剥がれかけているマンションばかりで空模様と相まって全く活気が感じられなかった。

新天橋開発地区。

およそ30年前に作られた埋立地。

当初はここを、東京の台場とならぶ巨大な臨海都市にするために、商業ビルや大型マンションなど様々な建物を建設し、人を呼び込もうとした。

ところが予算不足のせいでプロジェクトは早々に打ち切り。

建設中の建物は工事の途中で放棄され、完成したビルやマンションには少数のテナントや入居者しか集まらず、とは名ばかりのほとんどゴーストタウンに近かった。

最近になって、建設途中だったり人が全く入らなくなった建物を解体する動きが見られたので、この街の終焉がゆっくりとだが確実に近づいているように感じられる。

「それで縁人君、件の音楽ホールは何処にあるのかね?」

「えっーとスマホの地図によると、ここから西に10分ほど歩いたところにありますね。」

「分かった。それでは行こうか。」

僕達が音楽ホールに向けて歩き出そうとした時、賽原だけが立ち止まって西の方角の海を黙って見ていることに気が付いた。

「何やってんだよ賽原。早く行・・・。」

その時の賽原の顔は、まるで、思い出したくない記憶をつい思い出してしまったかのような険しさであり、眉間にシワを寄せながら灰色に染まる水平線を睨みつけていた。

「さい、はら・・・?」

「へっ?櫟先輩?」

「大丈夫かお前?」

「何がですか?」

「いや、なんでもないんだったらいいんだけど・・・。みんなとはぐれるから、早く来いよ。」

「私は迷子になんかならないですよ、方向感覚カッスカスの櫟先輩と違ってね。」

「なっ、何を~!!待ちやがれよテメェ!!」

「へへ~ん♪捕まえられるもんならやって下さいよぉ~!」

辛辣なボケにカチンとした僕は、ケタケタと笑う賽原を捕まえようと傘を差しながら走った。

・・・・・・・。

・・・・・・・。

僕はこの時、想像だにしていなかったのだ。

賽原が、どれほど恐ろしく、そして悲しい過去を、頭に思い浮かべていたのか・・・。
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