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番外編③ バイト訪問 カフェ編
カフェに入ると、美琴さんと同じ亜麻色の髪の男性が声をかけてきた。
「いらっしゃ……あぁ!結城くん!ありがとう!早めに来てくれたんだね!助かるよ。今日、突然、キッチンの子が病欠しちゃってさ。代わりの子が見つからなくて……」
「え!じゃあ、俺、今日、キッチンできます?」
「え?それは無理だよ。結城くんがキッチンに入ったら今度こそこの店は燃えるね」
「……さ、流石にそんなことにはならないと思いますけど」
「いいや。キッチンを丸焦げにされたときは怒りよりも不安の方が大きかったよ。火事が起きたらこの子のせいだなって。それに結城くんにキッチンなんか任せたら心配で店どころじゃなくなるから止めくれ。結城くんには私の代わりにホールをやってほしくて呼んだんだよ。だから、いつも通り食事を運ぶ、食器を片付ける以外は極力キッチンには近づかないでくれ」
「……オーナー、それ、来るたびに言いますけど……俺ってそんなに信用ないんですか?」
「いいや!そんなことはないよ!結城くんは大人気だからね!怪我でもされたら大変だ!結城くんが入ってから女性客が増えたし結城くんがシフトに入っている日は売り上げも右肩上がりで大満足さ!」
その言葉に私は大虎くんを睨む。
大虎くんは私の視線を感じたのか目を合わせないようにしていた。
苦笑しながら大虎くんが口を開く。
「そ、それは何よりです。あ、軽く食べてから出勤でも良いですか?」
「それはもちろんだよ!事務所で食べるか?」
「いや、連れもいるんで店内で。適当に座っても大丈夫ですか?」
「いいよーじゃあ、決まったら呼んでくれ」
「ありがとうございます」
大虎くんは私の手を引いて端の席に座った。
「三時間だけだからここで時間潰してて。好きなの頼んでいいからね」
「……帰ったらゆっくり話せる?」
「……分かった。そんなに睨まないでよ。知らなかったんだって」
「……大虎くんは無自覚に誘惑するのね」
「誘惑って……俺、もう、中入るけど勝手に帰ったりしないでね。何か注文があったら俺に言って。分かった?」
大虎くんの言葉にふんっとそっぽを向く。
「……あぁ、そういう態度取るんだ?じゃあ、もういいよ。好きにしたら?」
大虎くんはそういうと店の奥に入って行った。
大虎くんの姿が完全に見えなくなってから私はテーブルの上に突っ伏す。
そして、頭を抱えた。
「(あぁっ!私、可愛くない!最低!大虎くんはお仕事で関わっているだけなのに!ヤキモチ焼くなんて……みっともない!)」
罪悪感に苛まれていると店内がざわつき始める。
どうやら今からプチイベントが始まるらしい。
気になって顔を上げるとさっきのオーナーさんが取り仕切っていた。
そして、驚く言葉を告げる。
「お客様、お待ちかね!月に一度の好きな店員を独占できちゃうかも!?イベント始まりまーす!今回は三人が参加!そして、何と!人気一、二を争う結城くんが参加です!彼の無敗記録を打ち破れ!参加方法は簡単!独占したい店員の今日のオススメケーキセットを頼むだけ!その店員との勝負に勝てば独占できちゃいます!さぁ、お客様!今から三分間のオーダーで参加受付時間終了ですよ!こぞってご参加ください!」
その掛け声で他のお客さん(女性客が多い)が我先にと注文が殺到。
あっという間に三分が経ち私は見事に出遅れた。
「はーい!ここで一度オーダーストップさせていただきます!イベント参加者様にケーキセットを届け終えたらオーダー再開します!」
そのイベントをただ見ているだけしかできないのでこれ以上、大虎くんと気まずくなりなくない。
私はしぶしぶ立ち上がって帰ろうとすると不意に腕を掴まれる。
「えっ?」
驚いて掴まれた腕を見るとウエイター姿の結城くんが注文していないケーキセットを持っていた。
「……好きにしたらとは言ったけど帰っていいとは一言も言ってない」
「え?でも、これからイベント……」
「そうだよ。本当は参加したくないけど今日はヘルプで入ってるから参加せざるを得なくて。だから、莉恵さんも巻き込むね?」
「ま、待って!どういうこと!?」
私が慌ててそう聞くと大虎くんはにっこり笑ってケーキセットをテーブルに置く。
「お待たせいたしました、お客様。イベント参加ありがとうございます。俺の今日のオススメケーキセットはいちごのミルフィーユにダージリンになります。頑張って俺に勝ってくださいね?」
その笑顔が営業スマイルだと気づいて私も思わず愛想笑いをした。
そして、どうやらイベントに参加する店員がイベントに参加するお客全員にケーキセットを運ぶらしい。
無事運び終えたのか再びオーナーの声が響き渡った。
「オーダー再開します!そして、これよりイベント開始です!たくさんのご参加ありがとうございます!一番手は……」
イベントが始まる。
まぁ、ただのじゃんけん大会だったけれど。
あいこと負けた人はその時点で負け。
最後になってやっと大虎くんの番になる。
「さぁ、今日はなかなか強豪揃いですね!最後の一人は無敗の結城くんです!参加者の皆さん!準備は良いですか?行きますよー!じゃーんけーん!」
私は恥ずかしい思いをしながらも参加した。
大虎くんはじゃんけんが強いみたいでどんどん負かしていく。
そして、その結果……
「おめでとうございまーす!見事、無敗の結城くんを打ち破られました!どうぞお客様が満足されるまで独占してください!」
周りからは拍手と羨ましいと言う声。
そして、目の前には満面の笑みで座る大虎くん。
その顔にはしてやったりと書かれている。
イベントが終わると数分で落ち着いた雰囲気に戻った。
「……わざと負けたでしょ?」
「何のこと?莉恵さんが俺よりじゃんけん強かっただけでしょ?」
大虎くんはそういうとミルフィーユを食べやすい大きさに切り私の口元に持って来る。
「はい、あーん」
「……」
恥ずかしさと申し訳なさと嬉しさが入り交じりじっと見つめるが止める気はないらしい。
私は素直にパクッと食べた。
「美味しい?」
「~~!すごく美味しい!」
「なら良かった。俺もそれ大好きなんだ」
「そうなの?じゃあ、食べる?」
私がそういうと大虎くんは苦笑する。
「嬉しいし食べたいけど一応、仕事中だから止めとく。それに莉恵さんに食べてほしくて注文しておいたんだから莉恵さんが食べて?」
「……私、すごく嫌な態度取っていたわよ?」
「そりゃあ、ちょっとイラッてしたけどよくよく考えたらただのヤキモチじゃん?可愛いなぁって思って。黙ってた俺も悪いしお詫びにね」
「可愛いっ!?どこが!?」
「だって、莉恵さんのことだから自分最低とか思って落ち込んだでしょ?それ想像したら何か甘やかしたくなった」
「え?甘やかす……?」
何となく嫌な予感がして首を傾げると大虎くんはニコニコ笑ってメニューを開いた。
「とりあえず、このままだとただのサボりになるから見といて。注文してもいいよ」
そういった直後にサボりがバレて仕事に戻る大虎くん。
大虎くんは女性客に何度も呼び止められていた。
そんな大虎くんに複雑な気持ちを抱きながら大虎くんの仕事ぶりを眺める。
流石は大虎くんと言うべきかすごくウエイターが様になっていて人気があるのもうなづけた。
そろそろ三時間が経つ頃にまた注文していないホットサンドとミルクレープセットを大虎くんが持って来る。
「……大虎くん?私、頼んでないわよ?」
「うん。俺が食べたくて頼んだ。もう終わるし着替えてくるからもう少し待ってて。あ。食べたいなら食べてもいいよ?」
そう言い残して大虎くんはお先に失礼しますと他の店員に言いながら店の奥に入って行った。
しばらくすると大虎くんが着替えて戻ってくる。
大虎くんは私の向かいに座ると口を開いた。
「……で、どうだったの?」
「え?何が?」
「俺が仕事戻ってからずっと見てたでしょ?」
そう言いながホットサンドを食べ始める大虎くん。
「そ、そりゃあ、そうよ……大虎くんの仕事ぶりを見に来たんだもの。でも、あんなにたくさん女性客に声かけられといて人気があるなんて知らなかったなんてことはないんじゃない?」
私がそういうと大虎くんは口に入っているものを飲み込んでから口を開く。
「いや、俺より人気のある人いるからね?それに俺、彼女持ちって公言しているからそんなに人気ないと思ってたんだよ」
「……さっきのイベントは大虎くんが一番人気だったけれど?」
「あー……イベントは確かに俺が一番人気だけどそれは俺が滅多に参加しないからだよ。ヘルプのときにしか参加しないからレアになってるみたい。でも、オーナーは老若男女問わずすごい人気。ハーフで物腰も柔らかいし話も面白いからオーナー目当ての客が多いんだよね」
「そうなの?そういえば、美琴さんと同じ髪色よね」
「美琴の伯父さんだからね。美琴はクォーターで顔立ちも良いからさ、女装しててもしてなくてもナンパされまくり。実は俺よりモテるんだよ。あの性格だから女装してないと男らしくてカッコいいらしいし。だから、美琴と二人で会うときはちゃんと女装してるときに会ってね。俺もいるときはどっちでもいいけど」
「え?どうして?」
「どうして?ついうっかり惚れられたら堪ったもんじゃないからに決まってるでしょ?」
「……私、そんなに惚れっぽくないわ」
「言ったね?絶対、ちゃんと男の格好してる美琴を見てもときめかないでよ?」
「そもそも美琴さんが女装しないことなんてあるの?」
「この店の一番人気がウエイター姿の美琴だから。伯父さんには女装してること言ってないんだってさ。だから、ここで働くときは普通に男の姿だよ。ちょうどいいから見てく?もう出てくると思うよ」
「えっ!?美琴さん、来てたの!?気づかなかったけど……」
「普段は従業員専用の裏口から入るからね。気づく訳がない。あぁ、ほら。噂をすれば」
大虎くんの視線を辿るとそこには綺麗な亜麻色の長い髪を一つに束ねてさっきまで大虎くんが着ていたウエイター服に身を包んだ男の子。
なんかどこかの国の王子様みたいな雰囲気を醸し出していて思わず見惚れてしまう。
すると、その男の子と目が合った。
男の子はニコッと微笑むとこちらに向かってくる。
私が大虎くんの方を向くとそれはそれは大層ご立腹な笑顔でニコニコしている大虎くんがいた。
思わず言い訳しようと立ち上がろうとした瞬間、声をかけられた。
「お客様?長時間のご滞在はご遠慮願います」
「まだ三十分も経ってないですけど?」
大虎くんがそう返すとニコニコ笑いながら聞き覚えのある声で店員が耳打ちしてくる。
「見世物じゃないんだけど?ヘルプ終わったんだからとっととデートでも何でもしてきなよ。トラ」
「!?ほ、本当に美琴さん!?」
「?そうですけど?え、気づかなかったんですか?」
「はい……王子様みたいな雰囲気な人だなぁって……」
私がそういうとますます機嫌が悪くなる大虎くんとは裏腹に美琴さんはフッと笑いクイッと私の顎を持ち上げた。
「ありがとうございます、お姉さん。僕が王子ならお姉さんはお姫様ですね。とても美しいですよ、姫。注文はいかがなさいますか?」
「えっ!?あ、じゃあ……本日のオススメケーキセットを……」
「かしこまりました。お飲み物はいかがされますか?僕のオススメで宜しければそちらをお持ちしますが」
「じ、じゃあ、オススメで……」
「はい、かしこまりました。少々お待ちください」
美琴さんはそういって笑顔で去っていく。
戻っていく間にも色んな女性客に声をかけられる美琴さん。
普段見ない笑顔で対応している。
まさに王子様のような身のこなしに私は思わず赤くなった顔を手で扇いだ。
そして、今までニコニコ笑いながら黙って一部始終見ていた大虎くんが口を開く。
「……嘘つき。めちゃくちゃときめいてるじゃん。しかも、俺のときは注文入れなかったくせに美琴のときは注文入れてさー……俺、ちょっと傷づいた」
「ご、ごめんなさい!悪気があった訳じゃないのよ!?つい、乗せられたというか……」
「……まぁ、アレが美琴の売りだから仕方ないんだろうけどさ。はぁ……やっぱり、莉恵さんも俺より男姿の美琴がいいんだね」
「そ、そんなこと……!」
「ないって言うつもり?説得力ないからね?あんなに見惚れてた挙句、顔まで赤くしといて何言ってるの?」
「……」
ムスッとしながらそういう大虎くんに何も言い返せない。
俯いているとため息が聞こえる。
思わず顔を上げると大虎くんは頬杖をつきながら楽しそうに笑っていた。
「言っておくけど、怒ってないからね?美琴が人気なことに悪い気はしないし予想通りの反応だったから」
「じ、じゃあ、何で怒っているときの顔で責めたの!」
「しょんぼりしてる莉恵さんが見たくてつい。ごめんね?」
大虎くんが顔の前に両手を合わせて首を傾げてくる。
その行動についうっかりときめいた私はふんっとそっぽを向いた。
大虎くんはクスクス笑っている。
「その照れ隠しも可愛いよ」
「!!」
思わず顔を赤くすると突然目の前にケーキの箱と紅茶を置かれた。
「お客様ー?ケーキはお持ち帰り用にしたので紅茶飲んだら帰ってもらえますー?」
「えー?今、口説いてる最中なんですけど。邪魔しないでもらえますー?」
そんなやり取りをしつつ、紅茶を飲む。
すごく美味しかった。
飲み終えると大虎くんが伝票を持って立ち上がるがその伝票をヒョイッと美琴さんが奪う。
「今日は僕が奢ってあげる。浮いたお金でデートでもすれば?」
「えっ!?わ、悪いですよ!ちゃんと私が払いますから!」
私がそういうと大虎くんは私の手を掴んだ。
「じゃあ、遠慮なく。ご馳走様」
そういってお店から出た。
美琴さんは手を振って見送ってくれる。
文句をいう暇もなく色々な所に連れて行ってくれる大虎くん。
家に帰って寝ようとしたときに文句を言おうと思っていたことを思い出した。
けれど、大虎くんはすでに隣でスヤスヤと寝ている。
「……今日もお疲れ様。大虎くんは私だけの王子様だからね」
大虎くんの寝顔に満足した私は結局、一言も文句を言えないまま大虎くんと眠りに落ちたのだった。
END
「いらっしゃ……あぁ!結城くん!ありがとう!早めに来てくれたんだね!助かるよ。今日、突然、キッチンの子が病欠しちゃってさ。代わりの子が見つからなくて……」
「え!じゃあ、俺、今日、キッチンできます?」
「え?それは無理だよ。結城くんがキッチンに入ったら今度こそこの店は燃えるね」
「……さ、流石にそんなことにはならないと思いますけど」
「いいや。キッチンを丸焦げにされたときは怒りよりも不安の方が大きかったよ。火事が起きたらこの子のせいだなって。それに結城くんにキッチンなんか任せたら心配で店どころじゃなくなるから止めくれ。結城くんには私の代わりにホールをやってほしくて呼んだんだよ。だから、いつも通り食事を運ぶ、食器を片付ける以外は極力キッチンには近づかないでくれ」
「……オーナー、それ、来るたびに言いますけど……俺ってそんなに信用ないんですか?」
「いいや!そんなことはないよ!結城くんは大人気だからね!怪我でもされたら大変だ!結城くんが入ってから女性客が増えたし結城くんがシフトに入っている日は売り上げも右肩上がりで大満足さ!」
その言葉に私は大虎くんを睨む。
大虎くんは私の視線を感じたのか目を合わせないようにしていた。
苦笑しながら大虎くんが口を開く。
「そ、それは何よりです。あ、軽く食べてから出勤でも良いですか?」
「それはもちろんだよ!事務所で食べるか?」
「いや、連れもいるんで店内で。適当に座っても大丈夫ですか?」
「いいよーじゃあ、決まったら呼んでくれ」
「ありがとうございます」
大虎くんは私の手を引いて端の席に座った。
「三時間だけだからここで時間潰してて。好きなの頼んでいいからね」
「……帰ったらゆっくり話せる?」
「……分かった。そんなに睨まないでよ。知らなかったんだって」
「……大虎くんは無自覚に誘惑するのね」
「誘惑って……俺、もう、中入るけど勝手に帰ったりしないでね。何か注文があったら俺に言って。分かった?」
大虎くんの言葉にふんっとそっぽを向く。
「……あぁ、そういう態度取るんだ?じゃあ、もういいよ。好きにしたら?」
大虎くんはそういうと店の奥に入って行った。
大虎くんの姿が完全に見えなくなってから私はテーブルの上に突っ伏す。
そして、頭を抱えた。
「(あぁっ!私、可愛くない!最低!大虎くんはお仕事で関わっているだけなのに!ヤキモチ焼くなんて……みっともない!)」
罪悪感に苛まれていると店内がざわつき始める。
どうやら今からプチイベントが始まるらしい。
気になって顔を上げるとさっきのオーナーさんが取り仕切っていた。
そして、驚く言葉を告げる。
「お客様、お待ちかね!月に一度の好きな店員を独占できちゃうかも!?イベント始まりまーす!今回は三人が参加!そして、何と!人気一、二を争う結城くんが参加です!彼の無敗記録を打ち破れ!参加方法は簡単!独占したい店員の今日のオススメケーキセットを頼むだけ!その店員との勝負に勝てば独占できちゃいます!さぁ、お客様!今から三分間のオーダーで参加受付時間終了ですよ!こぞってご参加ください!」
その掛け声で他のお客さん(女性客が多い)が我先にと注文が殺到。
あっという間に三分が経ち私は見事に出遅れた。
「はーい!ここで一度オーダーストップさせていただきます!イベント参加者様にケーキセットを届け終えたらオーダー再開します!」
そのイベントをただ見ているだけしかできないのでこれ以上、大虎くんと気まずくなりなくない。
私はしぶしぶ立ち上がって帰ろうとすると不意に腕を掴まれる。
「えっ?」
驚いて掴まれた腕を見るとウエイター姿の結城くんが注文していないケーキセットを持っていた。
「……好きにしたらとは言ったけど帰っていいとは一言も言ってない」
「え?でも、これからイベント……」
「そうだよ。本当は参加したくないけど今日はヘルプで入ってるから参加せざるを得なくて。だから、莉恵さんも巻き込むね?」
「ま、待って!どういうこと!?」
私が慌ててそう聞くと大虎くんはにっこり笑ってケーキセットをテーブルに置く。
「お待たせいたしました、お客様。イベント参加ありがとうございます。俺の今日のオススメケーキセットはいちごのミルフィーユにダージリンになります。頑張って俺に勝ってくださいね?」
その笑顔が営業スマイルだと気づいて私も思わず愛想笑いをした。
そして、どうやらイベントに参加する店員がイベントに参加するお客全員にケーキセットを運ぶらしい。
無事運び終えたのか再びオーナーの声が響き渡った。
「オーダー再開します!そして、これよりイベント開始です!たくさんのご参加ありがとうございます!一番手は……」
イベントが始まる。
まぁ、ただのじゃんけん大会だったけれど。
あいこと負けた人はその時点で負け。
最後になってやっと大虎くんの番になる。
「さぁ、今日はなかなか強豪揃いですね!最後の一人は無敗の結城くんです!参加者の皆さん!準備は良いですか?行きますよー!じゃーんけーん!」
私は恥ずかしい思いをしながらも参加した。
大虎くんはじゃんけんが強いみたいでどんどん負かしていく。
そして、その結果……
「おめでとうございまーす!見事、無敗の結城くんを打ち破られました!どうぞお客様が満足されるまで独占してください!」
周りからは拍手と羨ましいと言う声。
そして、目の前には満面の笑みで座る大虎くん。
その顔にはしてやったりと書かれている。
イベントが終わると数分で落ち着いた雰囲気に戻った。
「……わざと負けたでしょ?」
「何のこと?莉恵さんが俺よりじゃんけん強かっただけでしょ?」
大虎くんはそういうとミルフィーユを食べやすい大きさに切り私の口元に持って来る。
「はい、あーん」
「……」
恥ずかしさと申し訳なさと嬉しさが入り交じりじっと見つめるが止める気はないらしい。
私は素直にパクッと食べた。
「美味しい?」
「~~!すごく美味しい!」
「なら良かった。俺もそれ大好きなんだ」
「そうなの?じゃあ、食べる?」
私がそういうと大虎くんは苦笑する。
「嬉しいし食べたいけど一応、仕事中だから止めとく。それに莉恵さんに食べてほしくて注文しておいたんだから莉恵さんが食べて?」
「……私、すごく嫌な態度取っていたわよ?」
「そりゃあ、ちょっとイラッてしたけどよくよく考えたらただのヤキモチじゃん?可愛いなぁって思って。黙ってた俺も悪いしお詫びにね」
「可愛いっ!?どこが!?」
「だって、莉恵さんのことだから自分最低とか思って落ち込んだでしょ?それ想像したら何か甘やかしたくなった」
「え?甘やかす……?」
何となく嫌な予感がして首を傾げると大虎くんはニコニコ笑ってメニューを開いた。
「とりあえず、このままだとただのサボりになるから見といて。注文してもいいよ」
そういった直後にサボりがバレて仕事に戻る大虎くん。
大虎くんは女性客に何度も呼び止められていた。
そんな大虎くんに複雑な気持ちを抱きながら大虎くんの仕事ぶりを眺める。
流石は大虎くんと言うべきかすごくウエイターが様になっていて人気があるのもうなづけた。
そろそろ三時間が経つ頃にまた注文していないホットサンドとミルクレープセットを大虎くんが持って来る。
「……大虎くん?私、頼んでないわよ?」
「うん。俺が食べたくて頼んだ。もう終わるし着替えてくるからもう少し待ってて。あ。食べたいなら食べてもいいよ?」
そう言い残して大虎くんはお先に失礼しますと他の店員に言いながら店の奥に入って行った。
しばらくすると大虎くんが着替えて戻ってくる。
大虎くんは私の向かいに座ると口を開いた。
「……で、どうだったの?」
「え?何が?」
「俺が仕事戻ってからずっと見てたでしょ?」
そう言いながホットサンドを食べ始める大虎くん。
「そ、そりゃあ、そうよ……大虎くんの仕事ぶりを見に来たんだもの。でも、あんなにたくさん女性客に声かけられといて人気があるなんて知らなかったなんてことはないんじゃない?」
私がそういうと大虎くんは口に入っているものを飲み込んでから口を開く。
「いや、俺より人気のある人いるからね?それに俺、彼女持ちって公言しているからそんなに人気ないと思ってたんだよ」
「……さっきのイベントは大虎くんが一番人気だったけれど?」
「あー……イベントは確かに俺が一番人気だけどそれは俺が滅多に参加しないからだよ。ヘルプのときにしか参加しないからレアになってるみたい。でも、オーナーは老若男女問わずすごい人気。ハーフで物腰も柔らかいし話も面白いからオーナー目当ての客が多いんだよね」
「そうなの?そういえば、美琴さんと同じ髪色よね」
「美琴の伯父さんだからね。美琴はクォーターで顔立ちも良いからさ、女装しててもしてなくてもナンパされまくり。実は俺よりモテるんだよ。あの性格だから女装してないと男らしくてカッコいいらしいし。だから、美琴と二人で会うときはちゃんと女装してるときに会ってね。俺もいるときはどっちでもいいけど」
「え?どうして?」
「どうして?ついうっかり惚れられたら堪ったもんじゃないからに決まってるでしょ?」
「……私、そんなに惚れっぽくないわ」
「言ったね?絶対、ちゃんと男の格好してる美琴を見てもときめかないでよ?」
「そもそも美琴さんが女装しないことなんてあるの?」
「この店の一番人気がウエイター姿の美琴だから。伯父さんには女装してること言ってないんだってさ。だから、ここで働くときは普通に男の姿だよ。ちょうどいいから見てく?もう出てくると思うよ」
「えっ!?美琴さん、来てたの!?気づかなかったけど……」
「普段は従業員専用の裏口から入るからね。気づく訳がない。あぁ、ほら。噂をすれば」
大虎くんの視線を辿るとそこには綺麗な亜麻色の長い髪を一つに束ねてさっきまで大虎くんが着ていたウエイター服に身を包んだ男の子。
なんかどこかの国の王子様みたいな雰囲気を醸し出していて思わず見惚れてしまう。
すると、その男の子と目が合った。
男の子はニコッと微笑むとこちらに向かってくる。
私が大虎くんの方を向くとそれはそれは大層ご立腹な笑顔でニコニコしている大虎くんがいた。
思わず言い訳しようと立ち上がろうとした瞬間、声をかけられた。
「お客様?長時間のご滞在はご遠慮願います」
「まだ三十分も経ってないですけど?」
大虎くんがそう返すとニコニコ笑いながら聞き覚えのある声で店員が耳打ちしてくる。
「見世物じゃないんだけど?ヘルプ終わったんだからとっととデートでも何でもしてきなよ。トラ」
「!?ほ、本当に美琴さん!?」
「?そうですけど?え、気づかなかったんですか?」
「はい……王子様みたいな雰囲気な人だなぁって……」
私がそういうとますます機嫌が悪くなる大虎くんとは裏腹に美琴さんはフッと笑いクイッと私の顎を持ち上げた。
「ありがとうございます、お姉さん。僕が王子ならお姉さんはお姫様ですね。とても美しいですよ、姫。注文はいかがなさいますか?」
「えっ!?あ、じゃあ……本日のオススメケーキセットを……」
「かしこまりました。お飲み物はいかがされますか?僕のオススメで宜しければそちらをお持ちしますが」
「じ、じゃあ、オススメで……」
「はい、かしこまりました。少々お待ちください」
美琴さんはそういって笑顔で去っていく。
戻っていく間にも色んな女性客に声をかけられる美琴さん。
普段見ない笑顔で対応している。
まさに王子様のような身のこなしに私は思わず赤くなった顔を手で扇いだ。
そして、今までニコニコ笑いながら黙って一部始終見ていた大虎くんが口を開く。
「……嘘つき。めちゃくちゃときめいてるじゃん。しかも、俺のときは注文入れなかったくせに美琴のときは注文入れてさー……俺、ちょっと傷づいた」
「ご、ごめんなさい!悪気があった訳じゃないのよ!?つい、乗せられたというか……」
「……まぁ、アレが美琴の売りだから仕方ないんだろうけどさ。はぁ……やっぱり、莉恵さんも俺より男姿の美琴がいいんだね」
「そ、そんなこと……!」
「ないって言うつもり?説得力ないからね?あんなに見惚れてた挙句、顔まで赤くしといて何言ってるの?」
「……」
ムスッとしながらそういう大虎くんに何も言い返せない。
俯いているとため息が聞こえる。
思わず顔を上げると大虎くんは頬杖をつきながら楽しそうに笑っていた。
「言っておくけど、怒ってないからね?美琴が人気なことに悪い気はしないし予想通りの反応だったから」
「じ、じゃあ、何で怒っているときの顔で責めたの!」
「しょんぼりしてる莉恵さんが見たくてつい。ごめんね?」
大虎くんが顔の前に両手を合わせて首を傾げてくる。
その行動についうっかりときめいた私はふんっとそっぽを向いた。
大虎くんはクスクス笑っている。
「その照れ隠しも可愛いよ」
「!!」
思わず顔を赤くすると突然目の前にケーキの箱と紅茶を置かれた。
「お客様ー?ケーキはお持ち帰り用にしたので紅茶飲んだら帰ってもらえますー?」
「えー?今、口説いてる最中なんですけど。邪魔しないでもらえますー?」
そんなやり取りをしつつ、紅茶を飲む。
すごく美味しかった。
飲み終えると大虎くんが伝票を持って立ち上がるがその伝票をヒョイッと美琴さんが奪う。
「今日は僕が奢ってあげる。浮いたお金でデートでもすれば?」
「えっ!?わ、悪いですよ!ちゃんと私が払いますから!」
私がそういうと大虎くんは私の手を掴んだ。
「じゃあ、遠慮なく。ご馳走様」
そういってお店から出た。
美琴さんは手を振って見送ってくれる。
文句をいう暇もなく色々な所に連れて行ってくれる大虎くん。
家に帰って寝ようとしたときに文句を言おうと思っていたことを思い出した。
けれど、大虎くんはすでに隣でスヤスヤと寝ている。
「……今日もお疲れ様。大虎くんは私だけの王子様だからね」
大虎くんの寝顔に満足した私は結局、一言も文句を言えないまま大虎くんと眠りに落ちたのだった。
END
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