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第一章 怪異の妖術譚
狐とお目付役
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ふぅ、と一息ついて、むくりと起き上がる。どうやら猫又さんが創り上げた空想世界というのは、魂を引っこ抜いて行ける世界らしいので、現実世界に取り残された俺の体は無残な姿で横たわっていた。
「おお、帰って来たか。おつかれじゃったな、依月、猫又殿。」
既に用を済ませていた紗世さんが、カウンター机のそばに立っている。によによと笑っていて何だか不気味だ。何を考えているのか全く読めない。
「成果の程は?」
「妖力の感知と、盾の妖術を一つ覚えました。」
「ふむ、この短い時間でよくそこまで成長したのう。その調子だぞいっ!」
元々細長い目をさらに細めて、満足そうに紗世さんは微笑んだ。人間の姿をしているとはいえ、半分は狐の姿なので、初めて見た時よりも動物感が増している。
「猫又殿もさぞ疲れておるじゃろう?奥の部屋に食いものを用意してあるからくつろいで行ってくれ」
「悪いわね、いつも。」
静かに奥の部屋へ向かった猫又さんは、訝しげに紗世さんの様子を見ていた。その姿を紗世さんは見た素振りをしたが、特に何も言わず何もせず。その一連の流れは俺に冷や汗をかかせるには充分だった。しかし何をしようとしているのか、分からないままだ。
「依月が学んだと言っていた盾の妖術は、『防壁』のことかのう?」
「そうです。まだ完全に使いこなせる訳ではないと思いますけどね…はは」
後頭部をがしがしと掻いて、気まずさのような気持ちを晴らす。紗世さんのことが怖くて、嫌いな訳ではないが、あまり一対一で話したくはない相手だ。表情や声色から感情を読むことが出来ないし、こちらの全てを見透かされているようで恐ろしい。
本人の目の前で失礼なことを心の中で語っていると、目の前から何やら赤いものが飛んできた。
「……ッ!!?」
反射的に顔の前に腕を出し、ガードをしようと試みるが、腕と腕の間から見えたのは炎だった。赤いものの正体が炎だと分かった途端、思考が一瞬止まる。
…なんで木造建築の家に飛んでくる火が!?燃え移ったらどうするつもりなんだよ!!いや、そんなことよりも、俺の身が危ない。このままだと火傷して病院送りの可能性が高い!
身の危険があると分かった俺の指は、脳よりも早く円を描いていた。
「第壱妖術『防壁』!!」
こんな危機的状況にも関わらず、円状の盾はぽわんと気の抜けた音を発しながら出現する。危機一髪で炎が俺に当たるよりも早く盾が防ぎ、火傷することはなかった。それにしても、炎を飛ばしてきたのは紗世さんだろうし、どんな目的でやったのかが分からない。それに、妖術ならば詠唱をしないといけないはずなのに、全く言葉を発していなかった。
「…まさか防ぐとは。」
「はぁ…はぁ…やっぱり紗世さんだったんですね…」
「いやぁ、特訓の成果をこの目でしっかり見たかったんじゃ。」
悪びれもなさそうにすまんすまんと謝ってくる紗世さん。正直、信じられない。
「というか、どうして詠唱もなしに炎を放てたんですか?」
「猫又殿も言っていたであろう?‘‘詠唱は妖力を安定させるために唱えるもの‘‘だと。つまり裏を返せば、威力のいらない、攻撃する気がない妖術の場合、詠唱はなくてもオッケーじゃ。相手に当たる前に消滅するしの。」
紗世さんはニッコニコと嬉しそうに語る。しかも人指し指と親指をくっつけて出す、オッケーサインもおまけで付いている。
「な、なるほど…それにしても、猫又さんが言っていたって、なんで知ってるんですか?」
「お主の体には目をつけておったからの。」
…へ?
いや、それってどういう意味ですかね紗世さん!?やらしい意味なの?え、どういうつもり…!?
「勘違いをしているな、その顔は。安心せい、お主みたいな軟弱な男に興味はないぞ。目を付けていたというのは…こういうことじゃ」
彼女は滅茶苦茶呆れた顔をして弁解し、俺の首筋に指先を当てる。少しこそばゆくて眉を顰めてしまう。
「第参妖術『お目付役』。相手の体に自分の目を付けておけるんじゃ。ここからお主らのことは見張っておった。」
紗世さんの指先についていたのは、とても目には見えない黒い点だった。こんなの、分かる訳ないよ…。
目を付けておいた、とは表現の一種じゃなかったことに少しばかり驚いた。
「妖術って…なんか色々ありなんですね」
少しだけ肩を竦めて笑ってしまった。その様子を不思議そうに見ていた紗世さんだが、追及するのが面倒なのか、軽く溜息を吐いた。そして、独り言を呟くように、俺にこう言った。
「よく見させてもらったぞい。努力家なお主なら、色んな妖術を覚えていけるんじゃろな。」
俺は誇らしくなって、その日は胸を張って帰った。
「おお、帰って来たか。おつかれじゃったな、依月、猫又殿。」
既に用を済ませていた紗世さんが、カウンター机のそばに立っている。によによと笑っていて何だか不気味だ。何を考えているのか全く読めない。
「成果の程は?」
「妖力の感知と、盾の妖術を一つ覚えました。」
「ふむ、この短い時間でよくそこまで成長したのう。その調子だぞいっ!」
元々細長い目をさらに細めて、満足そうに紗世さんは微笑んだ。人間の姿をしているとはいえ、半分は狐の姿なので、初めて見た時よりも動物感が増している。
「猫又殿もさぞ疲れておるじゃろう?奥の部屋に食いものを用意してあるからくつろいで行ってくれ」
「悪いわね、いつも。」
静かに奥の部屋へ向かった猫又さんは、訝しげに紗世さんの様子を見ていた。その姿を紗世さんは見た素振りをしたが、特に何も言わず何もせず。その一連の流れは俺に冷や汗をかかせるには充分だった。しかし何をしようとしているのか、分からないままだ。
「依月が学んだと言っていた盾の妖術は、『防壁』のことかのう?」
「そうです。まだ完全に使いこなせる訳ではないと思いますけどね…はは」
後頭部をがしがしと掻いて、気まずさのような気持ちを晴らす。紗世さんのことが怖くて、嫌いな訳ではないが、あまり一対一で話したくはない相手だ。表情や声色から感情を読むことが出来ないし、こちらの全てを見透かされているようで恐ろしい。
本人の目の前で失礼なことを心の中で語っていると、目の前から何やら赤いものが飛んできた。
「……ッ!!?」
反射的に顔の前に腕を出し、ガードをしようと試みるが、腕と腕の間から見えたのは炎だった。赤いものの正体が炎だと分かった途端、思考が一瞬止まる。
…なんで木造建築の家に飛んでくる火が!?燃え移ったらどうするつもりなんだよ!!いや、そんなことよりも、俺の身が危ない。このままだと火傷して病院送りの可能性が高い!
身の危険があると分かった俺の指は、脳よりも早く円を描いていた。
「第壱妖術『防壁』!!」
こんな危機的状況にも関わらず、円状の盾はぽわんと気の抜けた音を発しながら出現する。危機一髪で炎が俺に当たるよりも早く盾が防ぎ、火傷することはなかった。それにしても、炎を飛ばしてきたのは紗世さんだろうし、どんな目的でやったのかが分からない。それに、妖術ならば詠唱をしないといけないはずなのに、全く言葉を発していなかった。
「…まさか防ぐとは。」
「はぁ…はぁ…やっぱり紗世さんだったんですね…」
「いやぁ、特訓の成果をこの目でしっかり見たかったんじゃ。」
悪びれもなさそうにすまんすまんと謝ってくる紗世さん。正直、信じられない。
「というか、どうして詠唱もなしに炎を放てたんですか?」
「猫又殿も言っていたであろう?‘‘詠唱は妖力を安定させるために唱えるもの‘‘だと。つまり裏を返せば、威力のいらない、攻撃する気がない妖術の場合、詠唱はなくてもオッケーじゃ。相手に当たる前に消滅するしの。」
紗世さんはニッコニコと嬉しそうに語る。しかも人指し指と親指をくっつけて出す、オッケーサインもおまけで付いている。
「な、なるほど…それにしても、猫又さんが言っていたって、なんで知ってるんですか?」
「お主の体には目をつけておったからの。」
…へ?
いや、それってどういう意味ですかね紗世さん!?やらしい意味なの?え、どういうつもり…!?
「勘違いをしているな、その顔は。安心せい、お主みたいな軟弱な男に興味はないぞ。目を付けていたというのは…こういうことじゃ」
彼女は滅茶苦茶呆れた顔をして弁解し、俺の首筋に指先を当てる。少しこそばゆくて眉を顰めてしまう。
「第参妖術『お目付役』。相手の体に自分の目を付けておけるんじゃ。ここからお主らのことは見張っておった。」
紗世さんの指先についていたのは、とても目には見えない黒い点だった。こんなの、分かる訳ないよ…。
目を付けておいた、とは表現の一種じゃなかったことに少しばかり驚いた。
「妖術って…なんか色々ありなんですね」
少しだけ肩を竦めて笑ってしまった。その様子を不思議そうに見ていた紗世さんだが、追及するのが面倒なのか、軽く溜息を吐いた。そして、独り言を呟くように、俺にこう言った。
「よく見させてもらったぞい。努力家なお主なら、色んな妖術を覚えていけるんじゃろな。」
俺は誇らしくなって、その日は胸を張って帰った。
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