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第一章 怪異の妖術譚
狐を追って
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とん、とん、とん…
ローファーの音はリズムよく、坂を登る俺の足に付いてきた。
坂は予想していたよりも随分と長い。角度は緩やかで足に負担はないが、あまりの長さにうんざりとする。体感時間はもうすぐで15分だ。同じ様な景色が続いていて、さすがに飽きる。
「紗世さんなら、どろんって目的地に着けるんだろうなぁー…」
忍者のように消えるあの妖術が羨ましくて、声に出してみた。今度そういった術を教えてもらおう。
そうやって文句をぶつくさ言って坂を登っていると、紗世さんの妖気が強くなっているのを感じた。ぴりぴりとしていて、人を寄せ付けないような鋭い妖気だ。俺たちに本音を悟らせない性格にとても似ている。
なんだか可愛くて、鼻から抜けた笑い声を漏らした。
歩を進めて行くと、やがて大きな森が目と鼻の先に広がるようになった。古びたお地蔵が苔と共にこちらを見ていた。蔦が這っていて、人を寄せ付けなさそうな雰囲気を出している。
あまり気乗りはしなかったが、紗世さんの妖気を強く感じるので、草や蔦を掻き分けて森に踏み入れる。ちょっとでも気を抜いたらつまづいて転んでしまいそうだ。
本当にこの先にいるのか?と疑問を抱きつつも、辿ってみることにする。森の中は仄暗く、獣の遠吠えも微かに聞こえる。薄気味悪く、肝試しにでも来ているかのようだ。
「…怖いな。とりあえず、明かりだけは付けておきたいし…第一妖術『狐火』」
さっき習得したばかりの妖術の名を唱え、光を自分の周りに出現させる。炎に変える方法は先程と同じで、夕焼け空と同じになるように赤いものを加えていく。だんだんと熱を帯び、やがて狐火となった。
狐火は、俺が消えろ、と言うまでは消えない。だから、命令はしないことにした。今は不意打ちではなくて、行燈に使いたいのだ。
思惑通り木々は照らされ、足元も多少見えるようになった。鬱蒼とした森林がさらに恐怖感を与える。
…これなら、照らさない方が良かったんじゃ?
ぞくぞくっと背筋が凍る。幽霊の類には恐怖を感じないが、獣に襲われるのが怖い。この空想世界で食い殺されても実際は傷一つないのだろうけれど、精神が深く抉られそうだ。
恐る恐る足を進めていくと、今までとは比べ物にならない、強い妖気をこの身いっぱいに感じた。ぴりぴりという表現では済まされない。下手したら、身が裂けそうなくらいだ。ピアノ線が張り巡らされていて、その中に無防備で飛び込んで行くような印象だ。
森を抜けると、開けた平地になっていた。その平地には、丸太が組まれて形を成している秘密基地のような家が建っていた。二階建てで、埃でくすんだ大きな窓が屋根裏部屋らしき部屋に取り付けてあるが、宿木が丸太に寄生しているため開く様子はない。階段が外に付けられているので、きっと一階の部屋に階段はないだろう。
妖精や妖怪が住んでいそうな雰囲気に、ごくりと生唾を飲み込む。
小学生の時、友だちと森に秘密基地を作っていたのを思い出した。あの時は結局崩れたんだっけ__。
感傷らしき感情に浸っていると、丸太の家の扉がぎぎぎっと音を立てて開いた。
立て付けが悪そうな扉の影から顔を出したのは、木洩れ日で輝く金髪の女性だった。その女性を俺はよく見たことが合った。だって、紗世さんなのだから。
「____依月よ、何故ここに来た。」
キッと俺の顔を睨む妖狐。とても警戒していて、近づけない。紗世さんの妖気が痛かったのは、警戒していたからというのもあるみたいだ。
「何故って…紗世さんがどっか行っちゃうからじゃないですか」
「…お主が来れぬように、線を張っていたはずなんじゃがな」
ピアノ線の様に感じた妖気は、妖気ではなく妖術のようだ。正直、体が裂けそうだったが、それも想定済みだったかのような口ぶりに、冷や汗が出る。
「どうしてそんなこと…」
「念のためじゃよ。彼奴らに妖力を与えに来て、お主に吸収されていては如何だろう?」
紗世さんは秘密基地に目線を飛ばす。すると、何かが扉の隙間からひょこっと出てきた。紗世さんに似た金色の毛を生やしているものもいれば、猫又さんのように白い毛並みを生やしたものもいる。とても小さかったので、一見しただけでは分からなかったが、出てきたのは狐だ。
「なるほど、妖力を集めていたのはこの子たちの為だったんですね」
「彼奴らだけに、という訳ではないがの」
小さい狐は紗世さんの足にすり寄ると、撫でて撫でてと上目遣いをした。うっ、あざといやつめ。
紗世さんは愛おしそうに小さい狐の頭を撫でると、今度は俺に目線を合わせた。俺が話し始めようと息を吸ったからだ。
「…俺が、妖力を吸収するって、どういうことですか?」
「そのまんまの意味じゃよ」
そのまんまだと言われても、そのまんまが分からないから結局理解できていない。もう少し説明をください、と目で訴えると、面倒そうに溜息をつき、説明を始めた。
「お主、元々の妖力は勿論強い。しかし、それだけではないのをこの身で感じたのじゃ。お主と共に居ると、自分の力が吸い込まれていく。今日儂の空想世界にやって来たのは、お主に妖術を教える目的もあったが、それよりもこの狐めに妖力を渡したかったんじゃ。」
それなら、俺が紗世さんに近づくのを止められる理由も納得できた。しかし、それは先に言ってくれてもよかったのではないか?おかげで体が裂けそうになったのだ。探しに来た俺も軽率だったけど…。
「まあ、その目的も達成した。お主が『狐火』を習得しているのも確認した。さあ、ここには用はないぞい。」
ぱぁっと大きく手を広げ、自分は無実だと言わんばかりの顔を、紗世さんは浮かべた。
俺がピアノ線の妖術をくぐり抜けたことに焦っているのか、紗世さんの額では薄い汗が輝いていた。
「なんか、苦労させちゃったみたいなんで…俺もこの狐たちに妖力を差し上げますよ」
「…程々にな」
どうやら、与えすぎると体の方が持たなくなってしまうらしい。
流れ過ぎないように蓋を開け、狐に触れて妖力を与える。与えている間は、触れている部分が淡く光り幻想的だ。
少し元気がないように見えた幼い狐も、どんどん目に活力が増していく。
「きゅぅ~…」
幼い狐は、甘えたような声を喉のあたりから出す。うん、可愛い。可愛いは正義だね。
胸の奥がぎゅうっと苦しくなって、我慢出来ずに狐を抱きしめる。金糸雀色の毛並みが肌をくすぐり、自然と笑い声が漏れる。
狐は俺の顔を見ると、満足し目を細め、ありがとうと言っているようだった。
「……紗世さん」
「……なんじゃ」
「週一でいいのでここに来ても良いですか?」
「時と場合とお主の態度次第じゃな」
一生かかっても来れない気がするのは俺だけだろうか。
胸につっかかりを感じながら空想世界を抜け、現実世界に戻った。
ローファーの音はリズムよく、坂を登る俺の足に付いてきた。
坂は予想していたよりも随分と長い。角度は緩やかで足に負担はないが、あまりの長さにうんざりとする。体感時間はもうすぐで15分だ。同じ様な景色が続いていて、さすがに飽きる。
「紗世さんなら、どろんって目的地に着けるんだろうなぁー…」
忍者のように消えるあの妖術が羨ましくて、声に出してみた。今度そういった術を教えてもらおう。
そうやって文句をぶつくさ言って坂を登っていると、紗世さんの妖気が強くなっているのを感じた。ぴりぴりとしていて、人を寄せ付けないような鋭い妖気だ。俺たちに本音を悟らせない性格にとても似ている。
なんだか可愛くて、鼻から抜けた笑い声を漏らした。
歩を進めて行くと、やがて大きな森が目と鼻の先に広がるようになった。古びたお地蔵が苔と共にこちらを見ていた。蔦が這っていて、人を寄せ付けなさそうな雰囲気を出している。
あまり気乗りはしなかったが、紗世さんの妖気を強く感じるので、草や蔦を掻き分けて森に踏み入れる。ちょっとでも気を抜いたらつまづいて転んでしまいそうだ。
本当にこの先にいるのか?と疑問を抱きつつも、辿ってみることにする。森の中は仄暗く、獣の遠吠えも微かに聞こえる。薄気味悪く、肝試しにでも来ているかのようだ。
「…怖いな。とりあえず、明かりだけは付けておきたいし…第一妖術『狐火』」
さっき習得したばかりの妖術の名を唱え、光を自分の周りに出現させる。炎に変える方法は先程と同じで、夕焼け空と同じになるように赤いものを加えていく。だんだんと熱を帯び、やがて狐火となった。
狐火は、俺が消えろ、と言うまでは消えない。だから、命令はしないことにした。今は不意打ちではなくて、行燈に使いたいのだ。
思惑通り木々は照らされ、足元も多少見えるようになった。鬱蒼とした森林がさらに恐怖感を与える。
…これなら、照らさない方が良かったんじゃ?
ぞくぞくっと背筋が凍る。幽霊の類には恐怖を感じないが、獣に襲われるのが怖い。この空想世界で食い殺されても実際は傷一つないのだろうけれど、精神が深く抉られそうだ。
恐る恐る足を進めていくと、今までとは比べ物にならない、強い妖気をこの身いっぱいに感じた。ぴりぴりという表現では済まされない。下手したら、身が裂けそうなくらいだ。ピアノ線が張り巡らされていて、その中に無防備で飛び込んで行くような印象だ。
森を抜けると、開けた平地になっていた。その平地には、丸太が組まれて形を成している秘密基地のような家が建っていた。二階建てで、埃でくすんだ大きな窓が屋根裏部屋らしき部屋に取り付けてあるが、宿木が丸太に寄生しているため開く様子はない。階段が外に付けられているので、きっと一階の部屋に階段はないだろう。
妖精や妖怪が住んでいそうな雰囲気に、ごくりと生唾を飲み込む。
小学生の時、友だちと森に秘密基地を作っていたのを思い出した。あの時は結局崩れたんだっけ__。
感傷らしき感情に浸っていると、丸太の家の扉がぎぎぎっと音を立てて開いた。
立て付けが悪そうな扉の影から顔を出したのは、木洩れ日で輝く金髪の女性だった。その女性を俺はよく見たことが合った。だって、紗世さんなのだから。
「____依月よ、何故ここに来た。」
キッと俺の顔を睨む妖狐。とても警戒していて、近づけない。紗世さんの妖気が痛かったのは、警戒していたからというのもあるみたいだ。
「何故って…紗世さんがどっか行っちゃうからじゃないですか」
「…お主が来れぬように、線を張っていたはずなんじゃがな」
ピアノ線の様に感じた妖気は、妖気ではなく妖術のようだ。正直、体が裂けそうだったが、それも想定済みだったかのような口ぶりに、冷や汗が出る。
「どうしてそんなこと…」
「念のためじゃよ。彼奴らに妖力を与えに来て、お主に吸収されていては如何だろう?」
紗世さんは秘密基地に目線を飛ばす。すると、何かが扉の隙間からひょこっと出てきた。紗世さんに似た金色の毛を生やしているものもいれば、猫又さんのように白い毛並みを生やしたものもいる。とても小さかったので、一見しただけでは分からなかったが、出てきたのは狐だ。
「なるほど、妖力を集めていたのはこの子たちの為だったんですね」
「彼奴らだけに、という訳ではないがの」
小さい狐は紗世さんの足にすり寄ると、撫でて撫でてと上目遣いをした。うっ、あざといやつめ。
紗世さんは愛おしそうに小さい狐の頭を撫でると、今度は俺に目線を合わせた。俺が話し始めようと息を吸ったからだ。
「…俺が、妖力を吸収するって、どういうことですか?」
「そのまんまの意味じゃよ」
そのまんまだと言われても、そのまんまが分からないから結局理解できていない。もう少し説明をください、と目で訴えると、面倒そうに溜息をつき、説明を始めた。
「お主、元々の妖力は勿論強い。しかし、それだけではないのをこの身で感じたのじゃ。お主と共に居ると、自分の力が吸い込まれていく。今日儂の空想世界にやって来たのは、お主に妖術を教える目的もあったが、それよりもこの狐めに妖力を渡したかったんじゃ。」
それなら、俺が紗世さんに近づくのを止められる理由も納得できた。しかし、それは先に言ってくれてもよかったのではないか?おかげで体が裂けそうになったのだ。探しに来た俺も軽率だったけど…。
「まあ、その目的も達成した。お主が『狐火』を習得しているのも確認した。さあ、ここには用はないぞい。」
ぱぁっと大きく手を広げ、自分は無実だと言わんばかりの顔を、紗世さんは浮かべた。
俺がピアノ線の妖術をくぐり抜けたことに焦っているのか、紗世さんの額では薄い汗が輝いていた。
「なんか、苦労させちゃったみたいなんで…俺もこの狐たちに妖力を差し上げますよ」
「…程々にな」
どうやら、与えすぎると体の方が持たなくなってしまうらしい。
流れ過ぎないように蓋を開け、狐に触れて妖力を与える。与えている間は、触れている部分が淡く光り幻想的だ。
少し元気がないように見えた幼い狐も、どんどん目に活力が増していく。
「きゅぅ~…」
幼い狐は、甘えたような声を喉のあたりから出す。うん、可愛い。可愛いは正義だね。
胸の奥がぎゅうっと苦しくなって、我慢出来ずに狐を抱きしめる。金糸雀色の毛並みが肌をくすぐり、自然と笑い声が漏れる。
狐は俺の顔を見ると、満足し目を細め、ありがとうと言っているようだった。
「……紗世さん」
「……なんじゃ」
「週一でいいのでここに来ても良いですか?」
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