あやかし屋店主の怪奇譚

真裏

文字の大きさ
上 下
13 / 32
第二章 人魚の恋慕譚

紗世さんの伝手

しおりを挟む
「要に好きな人が出来るとは…」

授業が終わり、現在は放課後。風が紅葉を運んでくる季節柄、日が傾くのが多少早くなった気がする。四時半にも係らず、赤いカーテンが道路に下り始めている。俺は少し肌寒い中、あやかし屋への道のりを歩んでいる。

それにしても…と呟き、先程の言葉を続けた。
恋愛を楽しめるようになったのはいいけれど、その表情や態度を読みとれなかったことに腹が立つ。何も考えていないアホだと思っていたのに、ショックだ。

「高梨さんかぁ。クラスカースト上位の女子だけど、アイツ大丈夫か…?」

要が恋をしている相手は、可愛くて優しくて文武両道な女子の鑑みたいな人だ。当然ながら、誰に対しても平等に接しられる彼女は男子からも女子からも人気がある。モテモテだ、モッテモテ。
白雪のように儚い肌は、ぷっくりとした赤い果実みたいな唇を映えさせており、セミロングの色素が薄い髪はとても良い匂いがすると噂されている。

…まあ、俺は興味ないけどね、うんうん。そりゃあモテたいとは思うけど、恋愛に関わりないし。

実のところ、恋人が居たこともあったが自然消滅で終わった。どうやら自分の恋愛は無関心になってしまう性格らしい。他人の恋愛話はすごく興味あるけどね。

そういえば、要は女性を助けたって言ってたな…。99%くらいで人魚さんの可能性があるけれど、もしかしたら他の人かも知れない。あ、いやでも、普通の女性だったら裸で道端にいないよね、さすがに。
とにかく事情聴取だ。





■■■




「えぇぇぇ!!?榊原君、好きな相手がいたの!?」

キィィィンと鼓膜が悲鳴を上げる。思わず耳に手を押し当てる。
目の前に居る人魚さんはあんぐりと口を開け、驚天動地と言わんばかりに目を見開く。

「は、はい…聞いてきましたよ、ちゃんと。」

今日は人魚らしい姿で、人魚さんは座っていた。といっても、半魚人が陸で生活出来る訳がなく、大人一人が入れそうなくらいの大きな水槽に入っていた。きっと、下半身の魚部分を人の脚に変える妖術を使っていないから普通に声が出せるんだろう。
人魚=ローレライという都市伝説通り、彼女は驚くくらいの美声を持っていた。叫ぶと濁ってしまうので、残念ではあるが。

「うぅ…い、いや!頑張ればなんとか…!!」

「そ、それは何とも言えないですけど…」

「そういえば、どこでどう出会ったのか聞きたがってたよね?」

「はい」

んーっとねぇ、と埃が輝く天井を見上げながら唸る人魚さん。しばらくそうして、また俺の目に目線を合わせた。

「ウチが陸に上がろうとして、下半身を人間の脚に変えたんだよねー。でも、服がないことに気が付いて困ってる時に、上着をくれたの!だから…そこの海岸かな?会ったのは」

ふーむ、ほぼほぼ予想と同じだ。

「いやぁ、本当に優しい人だよ、榊原君は」

「ええ、まぁ…はい」

言いたいことは分からなくもない。しかし、目の奥がハートになっている人魚さんに同調するのはちょっと…って感じだ。


「どうすれば距離を縮められると思う?依月くーん」

「さぁ?話す機会を増やせばいいんじゃないんですかね」

だが、妖怪と人間だ。要は人魚さんのことが見えたが、それは人間に変化しているからだと推測している。普通に話す為には人魚の状態でいないといけないんだ。会える機会もない上に話せないとなると、一気に難易度が上がる。

「お嬢も学校に通えばいいんじゃなかろうか?」

ひょこっと奥の部屋から紗世さんが顔を出し、爆弾発言を落とす。
…いやいや、妖怪がいる学校とか怖いですって!七不思議じゃなくて八不思議になっちゃうし!
それに、入学手続きとか諸々、クソ面倒じゃないか?

「望ヶ丘の校長には貸しがあっての、その気になれば妖怪の一人や二人くらい入学させられるぞい」

「うへぇ…あやかし屋すごい」

「いいんですか!やったぁ!これで榊原君のことずっと見ていられる」

うふふふふ…と不気味な笑い方を響かせた人魚さんからは、いわゆるヤンデレに近いものを感じた。怖い…。

「依月、お主と榊原とやらの組はどこじゃ?」

「一年三組ですけど…」

「ん、控えたぞい。それじゃあ明日には通えるように手続きを回しておく。お嬢はここに泊まって行っての」


やる気に満ち溢れた顔で黒電話に手を掛ける。とにかく、やる気になったときの紗世さんの仕事の速さは尋常ではない。先週もこんなことがあったなぁ…とうんざりしつつ、俺は明日の学校生活を思って胃を痛めるのだった。
しおりを挟む

処理中です...