あやかし屋店主の怪奇譚

真裏

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第二章 人魚の恋慕譚

失恋の泡

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「…よかった。普通に動けるみたい」

水上國さんを海へ戻しに、海岸まで高梨さんとやって来た。水上國さんは、文字通り水を得た魚のように笑顔を取り戻し始めた。大事にならなくて本当によかった。
今は、さくらスーパーへの道を歩いている。疲れた俺たちを余所に、太陽だけが嬉しそうに輝いている。

「…あの、依月君。これってどういう…」

高梨さんは、目の前で起こり続けた異変の説明を俺に促した。ここまで来たら言うしかない。

「実は……」


俺は、水上國さんが要に恋をし、人間となって一年三組に入学してきた人魚だということ。この世の中には妖怪が蔓延っているということ。そして、俺の妖力がずば抜けて強く、妖怪相手に商売をしていることを高梨さんに伝えた。高梨さんは、やはり信じられないという表情を浮かべたが、「幽霊もいるんだから妖怪ぐらいいるか」と謎の納得をしてくれた。

「だから、水が必要だったんだね」

「うん…人魚の姿じゃないと声も出ないし、治癒速度が遅れるらしい」

「…今まで、不便な生活を送ってたんだね、蒼沙ちゃん」

高梨さんは申し訳なさそうに眉を下げて、微笑みに近い表情をした。

「…もしかしたら、もう来なくなっちゃうかな」

「さあ?恋が叶うまでは通うんじゃないかな」

冗談混じりに、少しだけ軽い口調で話してみたが、高梨さんは面白くなさそうに表情を曇らせた。

「…だったら、尚更」

「ん?それってどういう…」

「私ね、要君のことが好きなの」

女の子らしく、高梨さんは頬を赤く染めて秘密を白状した。
…ああ、そうか。この二人は両想いだったのか。
友人の恋が実ったことは勿論嬉しいが、水上國さんの努力や気持ち、覚悟を見てきたので複雑な気持ちになる。

「今日、告白しようと思っていたの」

「…?なんで今日なの?」

「ふふっ、やっぱり知らなかったんだ。私、四月の終わりの頃から要君のことが好きなの。そろそろ片想いが辛くなったから、要君の気持ちも知りたいなって思って。」

「そ…だったんだ…」

そんなに長く要のことを想っていただなんて知らなかった。高梨さんの口ぶりからして、周りの人は知っていたのだろう。俺だけ疎外されたみたいで、どうも気に食わない。

「…告白したら、蒼沙ちゃん、学校来なくなっちゃうかな」

確かに、高梨さんの恋が実ろうが実らなかろうが、水上國さんからしては大ニュースである。要が高梨さんのことを好きではなかったとしても、これから親睦を深めていって両想いになる可能性だってあるし。
とにかく、高梨さんが要に告白するという事実は、水上國さんにショックを与えることになる。
でも…

「水上國さんは、恋する乙女ではあるけど、それ以上に友だち想いの人だよ。突然いなくなるってことはないと思う」

単なる推測でしかないが、俺は根拠のない推測を信じている。水上國さんなら戻ってくる。そう信じるしかないのだ。

「なら、いいんだけどね」

高梨さんはへにゃっとした笑顔を俺に向けた。やっぱりこの人は可愛い顔をしている。要が惚れるのも無理もないな、と思ったが、それは心の奥に閉じ込めた。





■■■





「私、あなたのことが好きです、要君。付き合って下さい」

「え!?お、俺も…俺も好きだよ、高梨さん!」

壁越しに、そのような会話が聞こえた。
今、俺は吉沢と水上國さんと共に、高梨さんの告白の様子を観察していた。恋愛事に首を突っ込むのは野暮だが、要に「ついてきてほしい」と言われたからにはついて行くしかない。

お互いに涙を浮かべて笑い合う二人は、とても幸せそうに見えた。キラキラしていて、星みたいで、手は届かない。あれは二人の世界だ。
そんな、幻想的とも取れる光景を見ていた水上國さんの瞳から、大粒の涙が溢れだした。

「……!!」

声は出ていないけれど、大きな口を開けて叫んでいる。きっと、声を当てるのなら、うわぁぁぁって感じだろう。
人の恋が実る陰では、誰かの恋が破れている。そんな当たり前のことに、初めて気が付いたんだ。

吉沢が、幼子をあやすように水上國さんの背中をさすっている。そのお陰なのか、次第に水上國さんから零れる涙の量が減ってきた。よかった、泣きやんでくれた、と思った瞬間、視界が光の粒で埋もれた。その光の発生源は隣にいた水上國さんだった。

「え!な、なにこれ!?」

俺と吉沢の声が重なる。その問いかけに応じるように頷いた水上國さんが、光の粒と共に消えていく。

『人魚はね、失恋をすると泡になって消えるの。最後に、榊原君の幸せそうな顔が見れてよかった!ウチが頑張って高梨ちゃんを守ったおかげだね、えへへ…』

ふにゃりと笑っているのに、その瞳は哀しみでいっぱいだ。自分が失恋した訳じゃないのに、目からは涙がぽたぽたと落ちる。水上國さんは、泣かないで、と俺の目元を拭った。

『もう、みんなには会えないかもしれないけど、忘れないでほしいな』

体の半分が消えかかった水上國さんは、ふわふわと空中を泳ぐように移動し、高梨さんと抱き合っている要の元へ降り立った。

『ウチに恋を、希望を、楽しみをくれてありがとう、榊原要君』

くるりと後ろを向いて、今度は高梨さんの頬にキスをした。
それを最後に、彼女の姿はこの世から消えた。罪人が天に召されるように、天使が天界へ戻って行くように。
人魚が出した光の粒は、雲で覆われていた空を晴らした。






■■■





「…そうか、お嬢は泡となったか。おつかれだったの、依月」

「はい…すみません」

「謝らなくてもよいぞ。確かに仕事には失敗したが、人魚の恋は叶わぬものなのじゃよ」

「だったらなんで…」

紗世さんは、うーんと唸って考え、そして俺の目を見て話を続ける。

「あのお嬢には希望を持たせてみた方が、よいかと思っての。それに、お主の経験も積まねばならぬしな」

「はい…?」

あまり納得のいかない説明だったが、紗世さんはそういう妖怪だ。もう今更気にしていられない。

「そういえば、これがあやかし屋の前に置いてあったんですけど、紗世さんのですか?」

俺は、ポケットの中にしまっていた、瑠璃色の貝殻を取り出し、紗世さんに見せた。間違って落としていってしまったお客様のものだったら困るのだ。

「ふむ…?……儂のじゃないぞい。お主が持ってればいいんじゃなかろうか?」

紗世さんは、その貝殻に手を翳すと、何かを読みとったのかそんな判断を下す。持ち主が見つからなかったのだろうか。でも、今までそんなことはなかったはず…

「お守りにしておくと、善いことがあるかもしれんな」

「そ、そうですか?じゃあ、紐をつけて首にかけておきますね」

あやかし屋の引き出しをがらっと引き、麻の紐を取り出す。貝殻の先の方に紐をつけて、どの位置がいいのか測り、もう片方の紐を同じ場所につければ貝殻のネックレスの完成だ。
瑠璃色の貝殻は、海底を塗ったように深いが、星をちりばめたような輝きがちらほら見える。

「…これ、水上國さんみたいですね」

「ふふ、そうじゃな。大事にするんだぞい、依月」

紗世さんは妙に優しく、綺麗に微笑んだ。
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