23 / 32
第三章 学校の霊異譚
描き足される絵
しおりを挟む
「美術室は職員室と同じ階にあります。戻ることになるけど、一番近い…かな?」
「昔とは作りが変わっておるので分からぬ。お主に任せるぞい」
すっ…と一歩下がり、紗世さんは俺の後ろについた。丸投げをする前兆だったことに気が付き、頭が痛くなる。
「美術室には‘‘描き足される絵‘‘があります。元は風景画だったらしいけど、血が付いてたりするらしいですよ。まあ、単なる噂なんで合ってるかは知りませんけど…」
「ふむ…聞いたことがあるぞい。もしや、夕暮れ時の街の風景ではなかったかのう?」
「さあ?俺も見たことないんで、実物を発見しない限りは…」
俺たちは話しながらも順調に足を進める。徐々に美術室が近付いているのと呼応して、鳥肌がぞわっと立つ。嫌な予感、というよりかは寒気がする、という方が正しいだろうか。
廊下の曲がり角を曲がると、そこは美術室だ。大きな長机が三つと、それを囲うように置いてある椅子が他の教室にはない特徴だ。美術室の隣には美術準備室があり、雑多な画材や彫刻が置いてある。インクの匂いと絵具の匂いが入り混じっていて、絵を描くのが苦手な俺はどうしても眉を顰めてしまう。
がらっと美術室の扉を開き、ひそりと足を踏み入れた。
黒板には、先生が消し忘れている授業内容の文字や絵が残されている。
【人の顔を描___、円柱と___】
ところどころ擦れていて、読解するのは難しそうだ。
「うへぇ…あんまり来たくなかったなぁ」
「お主は美術が苦手なのかえ?」
「はい…いや、画伯にはなれますね」
小学生の頃から幻獣を生み出し続けた俺なら、ワンチャン画伯への道を進めるかもしれない。ピカソ的なアレである。
ぶつくさと言い訳やら自分を擁護する言葉やらを並べていると、紗世さんの驚く声が鼓膜に届いた。
「おおっ…依月、絵とはあれではないか?」
紗世さんが指を差した方向は、黒板とは逆の方向にある位置。美術準備室程ではないが、彫刻像が並べられた棚の隣だ。
俺の身長程あるキャンバスが立て掛けられており、そのキャンバスには画面いっぱいの赤が描かれていた。赤の中には古い建造物が建っており、どこか田舎のような雰囲気を放っていた。背景には森も描かれている。
…あれ、この光景見たことあるような?
「…紗世さんの、空想世界」
ぼそりと呟くと、紗世さんは納得したように俺の顔を覗きこんだ。
「言っておくが、儂は描いてないぞい。どうしてこの風景画がここにあるんじゃ…?」
やはり、謎は全て解けている訳ではないらしい。紗世さんは頭いっぱいにハテナマークを浮かべている。
「俺にはもっと分かりません」
むーん…と頭を抱えていると、美術室の入り口の方からふわりと風が吹いてきた。驚いて振り返ると、そこには落ち着いた雰囲気の女の子が立っていた。そして、ゆっくり、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。
「わたしの…絵…」
鈴の様な声が、静かな美術室に響く。耳触りがよく、いつまでも聞いていられそうだ。
「ごめんなさい。そこを退いてくれる?」
先程吹いてきた風と同じ様に、女の子はふわりと微笑んで退くことを願った。逆らえる気にもなれず、俺は大人しく絵から下がる。
女の子はパレットをどこからか出し、そして床に落ちていた筆と絵具を拾い上げて絵を描き始めた。夕焼け空の赤が深められ、奥行きが出始めた。建物の陰影も先程より強められ、はっきりとした絵になってきた。
「…これが、七不思議の正体か」
普通の人間だったことに驚きつつ、やはりまだ不可解そうな顔を浮かべた紗世さんは、女の子に近付く。
「お主、何故こんな夜の学校で絵を描いておるのじゃ?自宅で描けばよいであろう」
「…ここじゃないと、ダメなんです」
女の子は集中を切らすことなく、ぼそりと自白するように呟いた。
「…前、学校で絵を描いていたら、男子に破り捨てられたんです。頑張ったのに、すごく悔しかった。ここなら、毎日描き足される絵なんて気味が悪くて、イタズラする人なんていませんし」
表情を一切崩すことなく、女の子は語り続ける。
「だから昼間じゃダメなんです。それに、家で絵を描いていたら母親に怒られるんです。勉強しろって」
「だからって、わざわざ夜に学校に来てまで…」
俺が思わず口を挟むと、女の子は諦めたような笑みを見せた。
「…この絵が完成したら、夜に通うのは控えます。あと少しなので、勘弁していただけませんか?」
本当はもっと描きたいものがあるのだろう。この生活に終わりが近付いていることを元から知っていたみたいな口ぶりだったことから、過去に注意されたことがあったのかもしれない。
「わかった。これは人間の仕業だと記憶しておくぞい。…それにしても、その風景はどこで見たものなんじゃ」
紗世さんが、罪人を糾弾するような強さで彼女に尋ねた。やはりこういった脅しには怯まないのか、表情一つ変えず、質問に対して応答し始めた。
「分かりません。気が付いたら手が動いていました。本能のままに、理性なんかなくて…でも、この絵の出来にはとても満足しています」
「…そうか」
謎は解けていないが、紗世さんは自分の世界が褒められたような気がしたのか、小さく笑みを浮かべた。
「では、気を付けるのじゃぞ。夜道は危ないからのう。いつ妖怪が出てきても可笑しくないんじゃ」
「ふふっ、そうですね。今も出会っていますもん」
「んなっ!お主、なぜ分かったんじゃ!?」
「綺麗な狐耳が覗いていますよ」
女子トークのようななにかが花開くのを感じて、俺は一足先に美術室から出ることにした。俺に追い付いてきた紗世さんは、自分が妖怪だとバレたことや、気が抜けていたことがショックだったようで、口数が物凄く減った。
…まあでも、顔は嬉しそうだったしいっか。
「昔とは作りが変わっておるので分からぬ。お主に任せるぞい」
すっ…と一歩下がり、紗世さんは俺の後ろについた。丸投げをする前兆だったことに気が付き、頭が痛くなる。
「美術室には‘‘描き足される絵‘‘があります。元は風景画だったらしいけど、血が付いてたりするらしいですよ。まあ、単なる噂なんで合ってるかは知りませんけど…」
「ふむ…聞いたことがあるぞい。もしや、夕暮れ時の街の風景ではなかったかのう?」
「さあ?俺も見たことないんで、実物を発見しない限りは…」
俺たちは話しながらも順調に足を進める。徐々に美術室が近付いているのと呼応して、鳥肌がぞわっと立つ。嫌な予感、というよりかは寒気がする、という方が正しいだろうか。
廊下の曲がり角を曲がると、そこは美術室だ。大きな長机が三つと、それを囲うように置いてある椅子が他の教室にはない特徴だ。美術室の隣には美術準備室があり、雑多な画材や彫刻が置いてある。インクの匂いと絵具の匂いが入り混じっていて、絵を描くのが苦手な俺はどうしても眉を顰めてしまう。
がらっと美術室の扉を開き、ひそりと足を踏み入れた。
黒板には、先生が消し忘れている授業内容の文字や絵が残されている。
【人の顔を描___、円柱と___】
ところどころ擦れていて、読解するのは難しそうだ。
「うへぇ…あんまり来たくなかったなぁ」
「お主は美術が苦手なのかえ?」
「はい…いや、画伯にはなれますね」
小学生の頃から幻獣を生み出し続けた俺なら、ワンチャン画伯への道を進めるかもしれない。ピカソ的なアレである。
ぶつくさと言い訳やら自分を擁護する言葉やらを並べていると、紗世さんの驚く声が鼓膜に届いた。
「おおっ…依月、絵とはあれではないか?」
紗世さんが指を差した方向は、黒板とは逆の方向にある位置。美術準備室程ではないが、彫刻像が並べられた棚の隣だ。
俺の身長程あるキャンバスが立て掛けられており、そのキャンバスには画面いっぱいの赤が描かれていた。赤の中には古い建造物が建っており、どこか田舎のような雰囲気を放っていた。背景には森も描かれている。
…あれ、この光景見たことあるような?
「…紗世さんの、空想世界」
ぼそりと呟くと、紗世さんは納得したように俺の顔を覗きこんだ。
「言っておくが、儂は描いてないぞい。どうしてこの風景画がここにあるんじゃ…?」
やはり、謎は全て解けている訳ではないらしい。紗世さんは頭いっぱいにハテナマークを浮かべている。
「俺にはもっと分かりません」
むーん…と頭を抱えていると、美術室の入り口の方からふわりと風が吹いてきた。驚いて振り返ると、そこには落ち着いた雰囲気の女の子が立っていた。そして、ゆっくり、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。
「わたしの…絵…」
鈴の様な声が、静かな美術室に響く。耳触りがよく、いつまでも聞いていられそうだ。
「ごめんなさい。そこを退いてくれる?」
先程吹いてきた風と同じ様に、女の子はふわりと微笑んで退くことを願った。逆らえる気にもなれず、俺は大人しく絵から下がる。
女の子はパレットをどこからか出し、そして床に落ちていた筆と絵具を拾い上げて絵を描き始めた。夕焼け空の赤が深められ、奥行きが出始めた。建物の陰影も先程より強められ、はっきりとした絵になってきた。
「…これが、七不思議の正体か」
普通の人間だったことに驚きつつ、やはりまだ不可解そうな顔を浮かべた紗世さんは、女の子に近付く。
「お主、何故こんな夜の学校で絵を描いておるのじゃ?自宅で描けばよいであろう」
「…ここじゃないと、ダメなんです」
女の子は集中を切らすことなく、ぼそりと自白するように呟いた。
「…前、学校で絵を描いていたら、男子に破り捨てられたんです。頑張ったのに、すごく悔しかった。ここなら、毎日描き足される絵なんて気味が悪くて、イタズラする人なんていませんし」
表情を一切崩すことなく、女の子は語り続ける。
「だから昼間じゃダメなんです。それに、家で絵を描いていたら母親に怒られるんです。勉強しろって」
「だからって、わざわざ夜に学校に来てまで…」
俺が思わず口を挟むと、女の子は諦めたような笑みを見せた。
「…この絵が完成したら、夜に通うのは控えます。あと少しなので、勘弁していただけませんか?」
本当はもっと描きたいものがあるのだろう。この生活に終わりが近付いていることを元から知っていたみたいな口ぶりだったことから、過去に注意されたことがあったのかもしれない。
「わかった。これは人間の仕業だと記憶しておくぞい。…それにしても、その風景はどこで見たものなんじゃ」
紗世さんが、罪人を糾弾するような強さで彼女に尋ねた。やはりこういった脅しには怯まないのか、表情一つ変えず、質問に対して応答し始めた。
「分かりません。気が付いたら手が動いていました。本能のままに、理性なんかなくて…でも、この絵の出来にはとても満足しています」
「…そうか」
謎は解けていないが、紗世さんは自分の世界が褒められたような気がしたのか、小さく笑みを浮かべた。
「では、気を付けるのじゃぞ。夜道は危ないからのう。いつ妖怪が出てきても可笑しくないんじゃ」
「ふふっ、そうですね。今も出会っていますもん」
「んなっ!お主、なぜ分かったんじゃ!?」
「綺麗な狐耳が覗いていますよ」
女子トークのようななにかが花開くのを感じて、俺は一足先に美術室から出ることにした。俺に追い付いてきた紗世さんは、自分が妖怪だとバレたことや、気が抜けていたことがショックだったようで、口数が物凄く減った。
…まあでも、顔は嬉しそうだったしいっか。
0
あなたにおすすめの小説
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる