あやかし屋店主の怪奇譚

真裏

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閑話章 鏡娘の家族譚

9年後の帰宅

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私は、金髪の妖怪から助けられた後、九年ぶりの岐路を歩いていた。

鏡の中の世界__妖怪の国の末端は恐ろしく寒く、寂しく、生きた心地がまったくしなかった。自分をこんな目に遭わせた女子たちを呪うのと同時に、この事件の引き金となってしまった自分の顔が鬱陶しかった。

何度だって命を絶ってしまおうと思った。思って思って、苦しいくらいに思って…でも、私の命が尽きることはなかった。髪も爪も伸びなかったから、あの空間自体がこっちの世界と時間の流れが違うのかもしれない。だから老いることもなくて、疲れることもなかった。

不老不死になりたい、と願ったことも一度だけあったけれど、あんな生きた心地のしない人生は二度と送ろうとは思わない。家族にも友だちにも会えず、助けなんてこない人生を誰が送りたいと思えるのだろう。

だからこそ、私は今、生きた心地を味わっている。閉塞感はなく、非常に自由な気持ちが心に広がっている。今なら翼を生やして夜空へ飛び出せそうだ。
冷たい空気を肺いっぱいに吸い込み、そしてその空気を肺から空っぽにした。

「お母さん、お父さん…今、何してるんだろう」

急に、家族のぬくもりが懐かしくなった。鼻の奥がツンとして、外でなければ泣いていた。親の腕に抱かれたくて、さっきよりも早足で家へ向かった。





■■■





「ただ…いま…」

自宅の玄関をがちゃりと開けると、橙色の光に包まれた廊下が視界に入った。ライトは九年前と全く変わっていなくて、妙に安心感が胸を襲った。
私の声がちゃんとリビングに届いていたのか、バタバタと誰かが玄関に向かってくる音が聞こえる。
…お母さんかな、お父さんかな。

久しぶりに会う人と顔を合わせるのはなんだか気まずくて、恥ずかしくて、思わず顔を伏せてしまう。
そんな情けない顔を見られたくなくて、来ないで、という思いもあるが、やはり会いたいという思いが強かった。

廊下とリビングを繋ぐ扉が勢いよく開けられた。扉は勢いに負けて壁にドンっとあたり、そのまま開いたままになった。

慌てて廊下に現れたのは、九年前の姿と比べると大分痩せこけてしまったお母さんだった。私の全身を見るなり、目に涙を湛えてその場にくずれ落ちる。

「佳奈…佳奈ぁ!!」

お母さんは突然立ち上がり、私に抱きついてわんわんと泣き始めた。その泣き声につられて、私もわんわんと泣き声を上げてしまう。大粒の涙が廊下を濡らしていく。いつもは水やジュースを零すと怒鳴り散らすお母さんも、今だけはそんなの関係ないと泣き続ける。

「どこ行ってたのよ!!心配したんだから!!」

「ごめんなさい…ごめんなさいお母さん…」

懐かしい怒声がどうも心に刺さる。刺さった先からじわりと温かみが広がり、その温かみが涙として溢れてくる。

私たちの泣き声を不思議に思ったのか、二階の書庫からお父さんが出てきた。お父さんも私の姿を見ると、階段を踏み外す勢いで駆け寄ってきた。

「なんっ…佳奈は…失踪したはずじゃ…」

「帰って来たよぉお父さん…心配かけてごめんなさいぃ…」

お父さんは私を抱きしめるよりも先に、警察に電話をし始めた。きっと、私とお母さんがずっと抱き合っているから遠慮したんだ。

「…はい……帰って来ました、佳奈が、突然……はい…はい…ありがとうございます」

警察には、明日説明に行くことになったらしい。私も強制連行されるだろう。少しだけ気が重い。

「…佳奈、なに食べたい?なんでも言え、父さんが作ってやる」

自分の気持ちを伝えるのが少々苦手なお父さんは、私に目線を合わせることなく話した。いつもはぶっきらぼうな顔をしたお父さんは今日もそれを気どっているようだったが、嬉しさが溢れている。少なくとも私にはそう見えた。

「…オムライス!それから、ハンバーグとからあげと…」

妖怪の国に居る時は何も口にすることが出来なかったので、ここぞとばかりに注文をする。お父さんは、「お前は九年経っても変わらないな」と苦笑いをし、キッチンへと向かった。

「私…失踪する前は16歳だったよね?今って…もう成人してるって扱いだよね」

「そうね」

泣きやんだお母さんが、冷静に答えを返して来た。
…そうか、体は全然成長してないけど、もう25歳になったんだ。

「それにしても、今までどこ行ってたの?」

「…鏡の中に、閉じ込められてた」

「…は?」

お母さんは、意味がわからないというように片眉を上げ、もう一度私に問い質した。

「本当に、閉じ込められてたの。学校の七不思議に‘‘職員室前の鏡‘‘っていうのがあって、友だちに騙されて鏡の前に立たされたの。それで、気がついたら閉じ込められてた」

私の説明を、お母さんは口をあんぐりと開けて聞いていた。私だってお母さんの立場だったら信じられないし、気でも狂ったのかと疑ってしまう。だけど、お母さんは優しく微笑んで、こう言うだけだった。

「そうなのね。警察には都合のいいように言っておくから、アンタは何にも心配しなくていいよ」

母さんは、少し皺が入った手で私の頭を撫でた。猫のようにその手にすりつくと、お母さんはまた泣きそうになっていた。

「おーいかあさーん、手伝ってくれー」

キッチンの方からお父さんの声が聞こえる。料理の数が多すぎて一人の手には負えないのだろう。母さんは「はいはい」と呆れながらキッチンへ向かった。



金髪の妖怪がいなかったら、この光景を見れなかったかもしれない。
今度会ったら、たくさんお礼を言おう。感謝をしよう。

「佳奈ーそろそろ出来るわよー」というお母さんの声が聞こえたので、私はリビングに一歩踏み入れた。
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