永遠に忘れられない人

香織

文字の大きさ
6 / 6

第五話 誓いの羽音

しおりを挟む
それから間もなく、フィリップとキャサリンの結婚が発表された。

フィリップとキャサリンの結婚式は、宮殿の広間で華やかに執り行われた。王族らしい厳かな雰囲気の中、貴族たちが集まり、輝く装飾が会場を彩った。
しかし、その日のフィリップの心は、どこか遠くに、そして深い闇の中に漂っているようだった。

キャサリンは美しかった。彼女の白いドレスは、彼女の優雅さと品位を際立たせていた。その微笑みは、まさに王族の妻にふさわしいものであり、フィリップが母に求められた通り、彼女と共に生きることを決心した証だった。
誓いの言葉を交わす瞬間、彼はただ無意識に頷いた。だが、心の中では別の人の姿が浮かび上がっていた。

「私たち、これからずっと一緒に」キャサリンの穏やかな声が響く。
フィリップは少し遅れて返事をし、手を握った。

だが、その手のひらに感じる温もりは、彼の胸に波紋を広げるだけだった。

夜になると、フィリップは宮殿の一室で一人、静かに座っていた。部屋の隅に飾られたランプの明かりだけが彼を照らす中、彼の心は深い闇に包まれていた。
結婚式の華やかさやキャサリンの優しさが、ますます彼にとって重荷となり、心の中で無力感が広がっていく。

フィリップは、ふとため息を漏らした。

クレア ――自由に風を受けて、どこまでも高く舞い上がる彼女の姿。それはあまりにも美しく、そして儚いものだった。
彼女が別れの言葉を告げたあの日、彼女にとって自分は足枷でしかなく、愛することで彼女を縛ることはできないと知った。

フィリップは庭に出ると、月の光を浴びた蝶が風に乗って舞うのを見た。その羽は金色に輝き、まるでクレアが再び舞い戻ってきたかのように感じられた。
蝶は自由に空を舞い、どこまでも遠くへ飛び去っていく。その姿を見つめるフィリップは、胸が痛くなるのを感じた。

「君のような人は、決して僕のものにはならなかったんだな」

彼は小さく呟いた。蝶の羽がひらひらと舞い、彼の目の前で一瞬静止した。フィリップはその瞬間に、彼女の姿を重ねて見た。

そして、彼は思う。もし彼女がこの場所にいたら、今のように静かに心を閉ざすことはなかっただろう、と。
クレアはきっと、彼に何かを教えてくれたに違いない。愛することの真の意味を。

「君を愛したことは、無駄じゃなかった」そう呟きながら、フィリップは蝶が去るのを見送る。その心は、少しだけ軽くなったような気がした。
彼女を思い続けることが、今も彼の中で生き続けている。そのことを他の誰にも言えないまま、彼はそれを受け入れつつあった。

一方、キャサリンはそんなフィリップの心の葛藤に気づくことはなかった。彼女は優しさに満ちた女性であり、フィリップの苦しみを理解しようとしていたが、彼の心には届かない。
彼女の瞳には、フィリップが未だにクレアを思い続けていること、そして抱えている想いの重さがまったく見えていなかった。

彼女の心は、フィリップの本当の気持ちに気づき始めるだろうか。それとも、彼の愛が完全に彼女に向けられる日が来るのだろうか。フィリップはその答えを今はまだ知らない。

しかし、月明かりの下で舞う蝶を追いかけるかのように、フィリップの心は、いつまでもクレアに惹かれ続けるのだった。


第1章 完
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

セラフィーネの選択

棗らみ
恋愛
「彼女を壊してくれてありがとう」 王太子は願った、彼女との安寧を。男は願った己の半身である彼女を。そして彼女は選択したー

初恋だったお兄様から好きだと言われ失恋した私の出会いがあるまでの日

クロユキ
恋愛
隣に住む私より一つ年上のお兄さんは、優しくて肩まで伸ばした金色の髪の毛を結ぶその姿は王子様のようで私には初恋の人でもあった。 いつも学園が休みの日には、お茶をしてお喋りをして…勉強を教えてくれるお兄さんから好きだと言われて信じられない私は泣きながら喜んだ…でもその好きは恋人の好きではなかった…… 誤字脱字がありますが、読んでもらえたら嬉しいです。 更新が不定期ですが、よろしくお願いします。

ニュクスの眠りに野花を添えて

獅子座文庫
恋愛
過去のトラウマで人前で声が出せなくなった伯爵令嬢ラニエラ・アンシルヴィアは辺境の男爵、オルテガ・ルファンフォーレとの政略結婚が決まってしまった。 「ーーあなたの幸せが此処にない事を、俺は知っています」 初めて会った美しい教会で、自身の為に一番美しく着飾った妻になる女の、真っ白なヴェールを捲る男は言う。 「それでもあなたには此処にいてもらうしかない」 誓いの口づけを拒んだその口で、そんな残酷なことを囁くオルテガ。 そしてラニエラの憂鬱な結婚生活が始まったーーーー。

リアンの白い雪

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
その日の朝、リアンは婚約者のフィンリーと言い合いをした。 いつもの日常の、些細な出来事。 仲直りしていつもの二人に戻れるはずだった。 だがその後、二人の関係は一変してしまう。 辺境の地の砦に立ち魔物の棲む森を見張り、魔物から人を守る兵士リアン。 記憶を失くし一人でいたところをリアンに助けられたフィンリー。 二人の未来は? ※全15話 ※本作は私の頭のストレッチ第二弾のため感想欄は開けておりません。 (全話投稿完了後、開ける予定です) ※1/29 完結しました。 感想欄を開けさせていただきます。 様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。 ただ、皆様に楽しんでいただける場であって欲しいと思いますので、 いただいた感想をを非承認とさせていただく場合がございます。 申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。 もちろん、私は全て読ませていただきます。 ※この作品は小説家になろうさんでも公開しています。

誕生日前日に届いた王子へのプレゼント

アシコシツヨシ
恋愛
誕生日前日に、プレゼントを受け取った王太子フランが、幸せ葛藤する話。(王太子視点)

王太子殿下との思い出は、泡雪のように消えていく

木風
恋愛
王太子殿下の生誕を祝う夜会。 侯爵令嬢にとって、それは一生に一度の夢。 震える手で差し出された御手を取り、ほんの数分だけ踊った奇跡。 二度目に誘われたとき、心は淡い期待に揺れる。 けれど、その瞳は一度も自分を映さなかった。 殿下の視線の先にいるのは誰よりも美しい、公爵令嬢。 「ご一緒いただき感謝します。この後も楽しんで」 優しくも残酷なその言葉に、胸の奥で夢が泡雪のように消えていくのを感じた。 ※本作は「小説家になろう」「アルファポリス」「エブリスタ」にて同時掲載しております。 表紙イラストは、雪乃さんに描いていただきました。 ※イラストは描き下ろし作品です。無断転載・無断使用・AI学習等は一切禁止しております。 ©︎泡雪 / 木風 雪乃

(完結保証)大好きなお兄様の親友は、大嫌いな幼馴染なので罠に嵌めようとしたら逆にハマった話

のま
恋愛
大好きなお兄様が好きになった令嬢の意中の相手は、お兄様の親友である幼馴染だった。 お兄様の恋を成就させる為と、お兄様の前からにっくき親友を排除する為にある罠に嵌めようと頑張るのだが、、、

幼馴染の許嫁

山見月 あいまゆ
恋愛
私にとって世界一かっこいい男の子は、同い年で幼馴染の高校1年、朝霧 連(あさぎり れん)だ。 彼は、私の許嫁だ。 ___あの日までは その日、私は連に私の手作りのお弁当を届けに行く時だった 連を見つけたとき、連は私が知らない女の子と一緒だった 連はモテるからいつも、周りに女の子がいるのは慣れいてたがもやもやした気持ちになった 女の子は、薄い緑色の髪、ピンク色の瞳、ピンクのフリルのついたワンピース 誰が見ても、愛らしいと思う子だった。 それに比べて、自分は濃い藍色の髪に、水色の瞳、目には大きな黒色の眼鏡 どうみても、女の子よりも女子力が低そうな黄土色の入ったお洋服 どちらが可愛いかなんて100人中100人が女の子のほうが、かわいいというだろう 「こっちを見ている人がいるよ、知り合い?」 可愛い声で連に私のことを聞いているのが聞こえる 「ああ、あれが例の許嫁、氷瀬 美鈴(こおりせ みすず)だ。」 例のってことは、前から私のことを話していたのか。 それだけでも、ショックだった。 その時、連はよしっと覚悟を決めた顔をした 「美鈴、許嫁をやめてくれないか。」 頭を殴られた感覚だった。 いや、それ以上だったかもしれない。 「結婚や恋愛は、好きな子としたいんだ。」 受け入れたくない。 けど、これが連の本心なんだ。 受け入れるしかない 一つだけ、わかったことがある 私は、連に 「許嫁、やめますっ」 選ばれなかったんだ… 八つ当たりの感覚で連に向かって、そして女の子に向かって言った。

処理中です...