女ー男じゃない!

コスモ

文字の大きさ
11 / 11

レモン

しおりを挟む
 昼休みを告げる正午のチャイムが鳴ると同時に、グラウンドの空気が少しだけ緩んだ。
 照り返しは相変わらず強いけれど、さっきまで張りつめていた緊張が、ふっとほどける。
「はー……生き返る……」
 私はパイプ椅子に腰を下ろし、水筒の麦茶を一口飲んだ。中でぶつかった氷が、からん、と心地よい音を立てる。小さくなった氷ひとかけらをカリッと奥歯で溶かすように噛み砕く。
 中学生3年の頃、母と水筒を買いに行った時の事を思い出す。
「最近の真空波…動ダンボール…?ボル…ボト…?なんとかって……とにかくすごいんだってよ!夕方になっても氷が残ってるんですって」
 今思い出しても笑ってしまう。最後は自分でも何を言っているのか分からなくなったようで、笑いながら諦めていた。このボトルは今でもお気に入りだ。

 「――そろそろ傷やへこみもあるし、新しいの買ったら?」
「いいの、このピンク色とキリンのメーカーロゴが可愛いの!」
 母と離れて寮生活の今、あの時に買い替えなくて良かったな、としみじみ思う。

 一息ついたところで、保冷バッグからタッパーを取り出す。中身は、昨夜仕込んだレモンのはちみつ漬け。
 部活動の冷蔵庫を借りられないか佐藤先生に相談したら「それくらいなら構いませんよ」と、あっさり職員室の冷蔵庫を貸してくれた。
 正直、許可なしに持ち込むことについて何か言われないかと、いつもの冷静沈着な先生を前にして一瞬身構えたのだけれど。
「小泉さんは、気が利きますね。東側に来て苦労も多いでしょうに。早くクラスに馴染んでくれて嬉しいです」
 私が西側の人間だから合わせてくれているのだろうか。そう言って浮かべた柔らかい微笑みが、教室では見たことのない表情で――親戚のお姉ちゃんみたい、と思った。……これは流石に先生に言ったら怒られるかも。

「菜月ちゃん、なにそれ?」
 近くにいた女子が、ひょいと覗き込む。
「レモンのはちみつ漬け。定番のやつ!」
 ぱちん、と蓋を開けると、甘酸っぱい香りがふわっと広がった。
「みんなも!ほら、私たちも応援で汗かいたでしょ?」
 そう言って紙コップを配り始めると、周りが一気にざわついた。
「僕たちもいいの?」 「もち!女子だって声出すのも体力いるんだから!」

 そこへ、競技を終えた男子たちが戻ってきた。
「なにそれ?」  「差し入れ? 神では?」

「はい、夏樹ちゃん」
 私は当然みたいに紙コップを差し出した。
「……え、いいの?」
「当たり前でしょ。午前中ずっと動いてたじゃん」
 一瞬だけ戸惑った顔をしてから、夏樹は受け取った。
 ひと口。
「……っ!」
「すっぱ!!」 「顔!! 顔やばいって!」
 クシャッとしたその顔に、周囲が一斉に笑う。
 でも次の瞬間
「……でも、これ、なんか目覚める」
「でしょ~?」
 他の男子も次々に手を伸ばす。
「スッパうまい!」 「す、すっぺえええ!!」
 砂埃まみれの輪の中で、甘酸っぱい香りと笑い声が混じる。
 暑さも汗も疲労も、一瞬どこかへ置き去りにされたみたいだった。
 少し離れたテントで、志織がその様子を見ている。
 端末は手に持ったまま、だけど画面は見ていない。
 レモンを一切れ、口に運ぶ。
「……ふふ、酸っぱい」
 
 やがて、午後の準備を促す放送が流れる。
「そろそろ行こっか」
 私は立ち上がり、歩き出そうとして――ふと思い立って、立ち止まった。
 振り返る。
 夏樹が、何事かとこちらを見ている。
 私は何も言わず、片手を上げた。
 夏樹は一瞬、きょとんとする。
「……?」
 それから、少し遅れて、同じように手を上げた。
 パチン。
 乾いた音が、昼の空気に心地よく響く。
「午後も頑張って!」
「……うん」
 照れたように短く返す。
「なに今の」 「普通にいいじゃん」
 からかいでも、冷やかしでもない声が、周りから自然に飛ぶ。
 私はそのまま笑って、グラウンドへ向き直った。
 午後は、もっと激しい。
 でも今は――
 この一瞬だけで、十分だった。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

処理中です...