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SMILE-PUNK
SMILE-PUNK.ep2:Kid reach the top of the Yocohama he met with her
しおりを挟むヨコハマ・シティ。
分厚い雲に覆われた薄ら灰色の空が犯罪都市に朝を告げる。
セントラル区マウント・ガス・ストリートのとあるアパート。
ソファーベッドに横たわるヴィックはカーテンの隙間から差し込む鈍い光を避けるために寝返りを打った。
が、中途半端に意識が覚醒したヴィックはドアの向こうの喧騒を聞いて完全に目を覚ました。
薄い扉越しのくぐもった高笑いがヴィックの耳を突く。
ヴィックは呻きながら身を起こし、アザだらけの体を擦りながら生傷まみれの顔を歪めた。
「あぁ・・・、痛ってぇ・・・」
ヴィックは深く溜め息を吐き、昨晩の出来事を思い返した。
何度か繰り返した“キッドの悪い遊び”。そのツケが回って来たのか、この街を仕切る超大型犯罪組織『SMILE-PUNK』の幹部達と戦う破目になり、結果はボロカス。
しかしそれはスカウト行為の一環であり、キッドもろとも『SMILE-PUNK』への加入を迫られたのだった。
-昨晩-
目が×印になっているスマイルマークの覆面を被った集団、『SMILE-PUNK』の下級戦闘員“スマイリーズ777”が数人で世話しなく片付けをする“PUNKY GOO!GOO!”の店内、その二階テラスのボックス席にヴィック達はいた。
「それじゃあ夜も遅いし、キッドは僕が家まで送って行こう」
キッドの肩を掴む身長190cm超えの大男“サード・アイ”ことエド。
「おう、頼んだぜエド。キッド、『ありがと』は?」
“レッド・ドラゴン”ことケンはエドの背中を叩き、キッドの頭を突いた。
「あぁ・・・、うん、あざまーす・・・」
キッドは呆けた表情のままエドの顔を見上げて首を少し縮めた。
エドを伴って店をあとにするキッドを見送ると、ケンは残るヴィックの方へ向き直った。
「さ・て・と・・・」
ヴィックはゆっくりと近付いて来るケンに対し、二、三歩後退る。
「なーんだよ、ビビんなって。もう殴らねぇから」
ケンはけらけら笑いながらヴィックの腕を軽く叩いた。
「チョットおはなしスルだけだヨ♪」
気付くといつの間にか“シャドウ・チェイサー”ことタビーが背後に回っていた。
「コーヒー・・・、淹れたよ・・・」
“シザーハンズ”ことリグが一階からの階段を登って来た。ティーカップが四つとコーヒーのポッド、砂糖の瓶が乗ったお盆を手に持っている。
「まぁ、とりあえず座ろうぜ」
ケンとタビー、リグの三人はテラス中央に置いてある広めの四人掛けテーブルに着いた。
「ほら、来いよヴィック」
ケンに手招かれるまま、ヴィックもテーブルに着く。
ヴィックの横にリグ。リグの向かいにタビー。その横、ヴィックの向かいにはケンが座っている。
「さて・・・、にしてもしばらく見ねぇうちにデカくなったなぁ、お前」
気さくな話題を切り出しながらサングラス越しにヴィックを見据えるケン。
「あの・・・、話って、やっぱさっき言ってた・・・?」
ヴィックがおずおずと尋ねると、リグがコーヒーを注いだカップをヴィックの前に差し出した。
「どうぞ・・・」
「あ、どうも」
ヴィックはリグに軽く会釈してからすぐにまたケンの方へ向き直る。
「あの、『SMILE-PUNK』に入るか入らないかっていう?」
「入らねぇなんて選択肢あんのか?」
肩を揺らし、笑い混じりに聞き返すケン。
「え?逆に他に選択肢あるんですか?」
「今日入るか、明日入るか、明後日入るか、とかかな」
「それ“入る”の一択です・・・」
「いいか・・・?」
ケンはリグに差し出されたカップを取り、コーヒーを一口すすってから再びサングラス越しにヴィックを見据える。
「今回は相手が悪かった。まぁ、俺らのことだけど。だからこんなしょーもねぇ結果に終わったわけだが、はっきり言ってお前らは普通に強ぇ。『SMILE-PUNK』でも最前線でやってける腕っぷしなのは確かだ。マジで、なんなら、“俺んとこ”に欲しいぐらいだ」
レッド・ドラゴンはセントラル区で最も大きな地下格闘技試合団体『闘龍門』の胴元兼不動のチャンピオンとしても有名だった。
「あと、そう・・・、お前が入らねぇと俺がキッドの“お目付け役”にされそうだし」
苦笑し小さく溜め息を吐きながら店の出口の方を親指で指し示すケン。
「でも、俺・・・、今の仕事があるし・・・」
カップをくるくると回しながらボソボソ喋るヴィック。
「今の仕事っテ、クルマ屋さん?」
「整備士です」
首を傾げるタビーに間髪入れず訂正を加えるヴィック。
「確実に言えることは、その整備工場より『SMILE-PUNK』の方が給料は高い。あと、車いじりなら『SMILE-PUNK』でもできるぜ。ボスが古い車大好きだから」
「いや、そういう問題じゃ・・・」
「ボスの愛車は1977年式ポンティアック・トランザムだ」
「え?」
ヴィックはカップから視線を上げ、ケンの顔を凝視した。
「200年近く前のアンティークだが、ボスのお気に入りでな。他にも1967年式バラクーダ、キャデラック三代目ドゥビル、初代のビュイック・リヴィエラ、叔父さんのガレージは車好きにとってはディズニーランドだぜ」
ヴィックは生唾を飲んだ。
(1977年式トランザム!?1967年式バラクーダ!?三代目ドゥビル!?初代ビュイック・リヴィエラ!?そんなのディズニーランドどころかジュラシック・パークだ!!見たい!!めちゃめちゃ見たい!!エンジン見たい!!触りたい!!音聞いてみたい!!)
ヴィックは逸る気持ちを抑えつけ、努めて冷静にコーヒーをすすった。
「Güey?、ヴィッキー、入んないノ~?」
ふとタビーがテーブルに身を乗り出しヴィックの方を見詰めて来た。
今まで派手な装飾の民族衣装にばかり気を取られていたが、改めて見てみるとタビーはなかなかにグラマラスな胸の持ち主だった。
それが身を乗り出したことでテーブルに乗っかって強調され、さらに褐色肌に映える橙色の大きな瞳がヴィックを見詰めて来る。
「あ、えっと・・・」
ヴィックはカップを置き、視線を逸らした。
が、逸らした先には扇情的な網タイツを纏う肉付きのいい太股があった。
すぐに顔を上げると、リグと目があった。
遠目に見るとグレーだったリグの瞳は、近くで見ると何故か不思議な青紫色に光っていた。
「入らないの・・・?」
「入ります」
蠱惑的に光るリグの瞳に見詰められたヴィックは自分でもよくわからかい内に即答していた。
そんな昨晩の出来事を思い、ヴィックはもう一度深い溜め息を吐いた。
そして再びドアの向こうのくぐもった高笑いがヴィックの耳を突く。
ヴィックは寝癖の付いた頭を掻いてソファーベッドから立ち上がり、笑い声のする方へ向かう。
ドアを開けると廊下の向こうにダイニングのテーブルに着く高笑いの主の後ろ姿がちらりと見えた。
少し長めの金髪を後ろで一つに結った黄色いジャージの小柄な少年、キッド・ジョー・スマイリーだ。
「・・・朝から人ん家で何してんだよ」
ヴィックは自分の家で朝食を摂りながら大笑いしている幼馴染みの後頭部を軽く叩いた。
「痛てっ」
キッドは笑うのをやめてヴィックを見た。
「おう!やっと起きたかボケねぼすけ!」
「語呂が悪いぞ、それ」
ヴィックは目を細めてキッチンの掛け時計を見る。
「まだ七時半じゃねぇか」
「いいじゃねぇかよ、早起きは・・・、なんか得すんだぜ」
砂糖のたっぷり乗った白パンのトーストを頬張りながらヘラヘラと笑うキッド。
「あらトーリャ、起きたの?」
キッチンから恰幅の良い大柄な女性がやって来た。手にはジュージューと唸るフライパン。フライパンの上にはパチパチと油を弾くベーコンが四切れ乗っている。
「二本足で立ってんだぞ、寝てるように見えるか?」
「朝っぱらから口の減らない子だね。朝ご飯できてるから早く食べちゃいな。キッドちゃんはもう食べてるよ」
そう言ってフライパンのベーコンをテーブルの皿の上に掻き出す大柄な女性。
「あのな、お袋、全部見りゃわかるっての」
ヴィックは苛立ちを見せながら椅子に座り、テーブルの上に置いてあったフォークを取ってベーコンの皿を引き寄せた。
「おいおい、朝からずいぶん不機嫌だな」
そう言ってニヤニヤ笑うキッド。キッドの顔もヴィック同様にアザだらけだ。
「トーリャ、アンタも“グレンキ”食べる?」
ヴィックの母ミラナが皿に重ねたトーストを持って来た。
「いや、ベーコンだけでいい」
ヴィックはフォークでベーコンを突つきながら呟いた。
「あ!俺食べる!」
自分の分のトーストを平らげたキッドが元気良く手を挙げた。
「はぁい、キッドちゃんはよく食べるねぇ♪おばちゃんも作った甲斐があるよ」
ミラナは笑顔でキッドの前にトーストを重ねた皿を置く。
ヴィックはその様子を眺め、眉間にシワを寄せた。
「ってか、お前はなんで俺ん家で朝飯食ってんだ?」
「はつゅすゅっきんらからむかえにひは」
ベーコンを飲み込んでから尋ねるヴィックにキッドはトーストを頬張りながら答えた。
「・・・は?」
眉をひそめて聞き返すヴィック。
キッドはトーストの皿の脇に置いてあるミルクの入ったコップを取り、一息に煽って口の中のトーストを胃に流し込んだ。
「うぶぅ・・・、初出勤だから迎えに来たの」
「それはなんとなく聞き取れたよ。俺が気になったのは、だとしたら早すぎんだろ?ってことだよ」
「なにが?」
「なにが?って・・・」
ヴィックは目尻を揉んで寝起きの目をほぐしながら溜め息を吐いた。
「ケニーさんは夕方五時頃に“スマイル・ランド”に来いって言ってたぞ」
旧山下埠頭港湾地帯を丸ごとリゾート開発した東洋のラスベガス『スマイル・ランド』。
最高級ホテルと豪華カジノが軒を連ねる欲望にまみれた背徳の楽園。
ヨコハマ最強組織『SMILE-PUNK』の本拠地であると同時に主な資金源でもある。
「バカ野郎、それは俺もエディさんから聞いたっての」
「時間を知った上で九時間も早く俺ん家に来て朝からアホみたいに大笑いしながら砂糖まみれのパン食ってんのか。昨日相当ヤられたみたいだな」
呆れたように頭を指差して見せるヴィック。
「ハッハー!言ってくれるねぇヴィッキー!調子出てんじゃん!」
パンを齧りながら高笑いを上げるキッド。
「うるせぇ・・・。声でけぇんだよ朝から・・・」
「実はな・・・」
キッドは小声になり、ヴィックの方へ身を乗り出した。
「“ダリー”達にも声かけようと思ってさ」
それを聞いたヴィックは数秒間キッドの顔を凝視したあと、唸るように低く深く長い溜め息を吐いた。
「お前、マジで頭大丈夫?」
しかし、その反応を予測済みだったのか、キッドは得意気な顔でヴィックを見据えて鼻を鳴らした。
「親父が言ってたんだよ。『他にも誘いたい奴いたら誘っていいよ』って」
「それで“ダリー”に声かけんのかよ?」
未だヴィックは訝しげな表情だ。
「“エマ”と“ボバ”にも声かけるぜ」
「・・・もう好きにしろ」
ヴィックはニコニコと笑うキッドから視線を外し、冷めかけたベーコンに向き直る。
「なーに?二人してぇ。ヒソヒソ話?」
ミラナがキッチンから自分の分のトーストとベーコンを持ってやって来た。
「ん、『SMILE-PUNK』入るのに“ダリー”達も誘うって話」
「バカっ!!お前っ!!」
しれっと喋るキッドに対し、ヴィックは慌てて肩に掴みかかる。
「あら、そうなの。仲良し五人で楽しそうねぇ」
ミラナは笑顔でベーコンに塩を振る。
「あ、おばさんにはさっき俺から言っといたぜ」
「お前・・・」
あっけらかんとするキッドと未だ肩を掴んだまま顔をしかめるヴィック。
「いいじゃないねぇ。あんな小さな工場で働くより、よっぽど稼ぎもいいだろうし」
「ヤコフ叔父さんには絶対そんな言い方すんなよ」
ヴィックは自身が所属している自動車整備工場を営む叔父を想って頭を抱えた。
「だいたい、『SMILE-PUNK』は犯罪組織だぞ?いいのか?息子が犯罪者で」
それを聞き、ミラナはベーコンを咀嚼しながら眉をつり上げた。
「トーリャ・・・、アンタそれ誰に言ってるつもり?」
不敵に微笑むミラナの顔を見てヴィックは再び深い溜め息を吐いた。
「・・・元『FUNNY-FUNK』幹部の“ファイアー・ストーム”さんです」
強力な“発火能力”を有するミラナ・ブラギンスカヤはかつて、トツカ区に拠点を置くヨコハマ四大組織の一角『FUNNY-FUNK』で幹部を務めていた強者だった。
「そうよぉ。あたしに言わせれば、息子が四大組織に入るなんて嬉しい限りよ」
ベーコンを飲み込んだミラナはヴィックの肩を叩いた。
「しっかりやりなさいね。ナメられるんじゃないわよ?」
ミラナはニヤリと口元に笑みを浮かべトーストを齧った。
朝食後、三時間ほどヴィックの部屋で駄弁った後、二人はヴィックの車に乗り込んでヨコハマの街を走っていた。
「・・・なにが“迎えに来た”だよ。結局俺が運転手じゃねぇか」
ヴィックは愛車のダッジ・ラム・バンのハンドルを握って文句をたれた。
「ぶつくさ言ってんなよ、運転好きだろ?」
「うるせぇ」
ヘラヘラと笑うキッドに対し、ハンドルを切りながら吐き捨てるヴィック。
「あ!ヴィック!『ココ・カフーナ』!『ココ・カフーナ』寄ってこうぜ!」
信号待ちの際、キッドはすぐそばにあるハワイアンバーガーの店を見つけて指差した。
ヴィックはバーガーショップの看板を一瞥し、うんざりしたように溜め息を吐いた。
「砂糖まみれのパンあんだけ食ってまだ足りないのか?第一今からバーガーショップ行くんだろうが」
「甘いものは別腹って言うじゃん!それに“バンピー”はメキシカンバーガーだろ!あの・・・、なんか・・・、目玉焼きみたいの入ってるハワイアンバーガーが食いたい!」
「あ~、残念、青信号に変わりました~」
「おい、ヴィック!!!」
車はゆっくりと進み出し『ココ・カフーナ』の前を通り過ぎて行った。
マウント・ガス・ストリートのヴィックの自宅から車で五分、ホンモク・アベニュー・セカンド・ブロックにあるファストフード店『バンピー・バーガー』。
その店の目の前にダッジ・ラム・バンが停まり、助手席からキッドが飛び出した。
「早くしろよヴィック!」
キッドに急かされ運転席から降りるヴィック。
店のドアを開けると、昼前だと言うのにカウンターには長蛇の列が出来ていた。
「・・・あとにした方がよくねぇか?」
ヴィックがこそこそと耳打ちするとキッドは鬱陶しそうに首を横に振りカウンターへ向かった。
「ボバぁ!!ボバいるー!?」
行列を押し退け、顰蹙を買いながらキッドはカウンターに乗り出し調理場に向かって大声で呼び掛ける。
「ボーバー!!ボニファシオーー!!」
「うるさいよ!!今忙しいんだけど!!」
キッドの大声に、脚立に乗って調理場に立つ身長が一メートルにも満たない小柄なヒスパニックの少年が負けじと大声で応えた。
「よぉ!ボバ!朗報だぜ!」
「何!?手伝ってくれんの!?」
「ちっげえよ!逆!逆!こんな小っちぇえ店辞めて組織で働けってこと!」
「はぁ!!?」
ボバは油の滲み出る肉厚パテをひっくり返しながらキッドの方へ振り返った。
「お前ん家バーガーショップじゃないだろ!?」
「バーガーショップぐらい作ればいいじゃん!俺ん家『SMILE-PUNK』だぜ!?」
キッドのその一言に店内中の客や従業員は一斉に静まり返り、カウンターに乗り出すキッドに視線が集まった。
ヴィックは慌ててキッドをひょいと持ち上げカウンターから降ろした。
「・・・それぐらい金持ちなんだもんな!!『SMILE-PUNK』ぐらい金持ちだからバーガーショップぐらい作れるんだよな!!」
ヴィックは全力の作り笑いで誤魔化しながら店内中に行き渡る声で叫んだ。
「お前、何言ってんの?」
ヴィックの手を振り払い怪訝な顔を向けるキッド。それに対し、厳めしい面持ちで睨み付けるヴィック。
「黙ってろ・・・」
そしてヴィックは再び作り笑いでカウンターからボバの方を覗く。
「ボバぁ、俺らあっちで待ってるから休憩入ったらさ、ちょっと顔貸してくれよ。話あるから」
笑いながらキッドを抱えて店内の一番奥のテーブル席へそそくさと逃げて行くヴィック。
ボバは二人を見届けると怪訝な表情でパテを焼く作業に戻った。
二時間後、キッドとヴィックが談笑するテーブルへボバがやって来た。
キッドと向かい合っていたヴィックは立ち上がり、チャイルド・チェアを持ってきてボバをそこに座らせ、キッドの横へ移った。
「・・・その顔どしたの?」
ボバは腕を組んで痣だらけの二人の顔を交互に見た。
「いろいろあってさ・・・」
ヴィックは項垂れて呟いた。
「ふぅん。まぁ、いいや。じゃ、さっきのはどうゆうことなの?」
「俺とヴィック、今日から親父んとこで働くからボバも一緒にどうよ?」
キッドは自分とヴィックを交互に指差し、最後にボバを指差した。
「キッドのとこで働くと何でバーガーショップが作れるの?」
「うちの組織は金がある。バーガーショップの一つや二つ作んのなんて、赤子の首を捻るようなもんだぜ」
空になったジュースのストローを弄りながらヘラヘラと笑うキッド。
「たぶん使い方間違ってるぞ」
ヴィックは横目にその様子を眺めながら淡々と指摘した。
「・・・それ、僕の店になるの?」
首を傾げてキッドを見据えるボバ。
「オーナーは俺!料理長はボバ!」
「オッケー、やる」
ボバは真剣な表情でキッドに右手を差し出した。
「いいねぇ、そう来なくっちゃ」
キッドはボバの小さな手を握った。
「即断過ぎじゃね?もうちょっと考えた方が・・・」
「考えるまでもないね」
ボバはヴィックの言葉を遮るとキッドの手を離しチャイルド・チェアから飛び降りてカウンターへ向かった。
「店長!店長ー!」
調理帽をカウンターの上へ投げつけるボバ。
「僕、今日限りで店辞めまーす!」
「えぇ!!?」
調理場の奥から細身のヒスパニック系中年男性が顔を出し、カウンターに置かれた調理帽を見るなり急いで飛び出して来た。
「ボニファシオくん!?どういうこと!?」
慌ててカウンターから身を乗り出す店長。
ボバはキッドとヴィックを伴い、今にも店から出るところだった。
「店辞めるってことですよ。それじゃ」
ボバは小さく手を振って自動ドアをくぐり店を出た。
「じゃなオッサ~ン!フォースと共にあれよ~!」
キッドもヘラヘラと笑いながら手を振って店を出る。
ヴィックは店長に無言で会釈をしてボバとキッドに続いた。
店のすぐ目の前に停めていたダッジ・ラム・バンに乗り込む三人。
「でもよかったのか?こんな風に急に店辞めたりして」
後部座席に座るボバに対し、ルームミラー越しに尋ねるヴィック。
「いいんだよ。僕のおかげでやってるようなもんなのに、未成年だからとか言うくだらない理由でチーフ昇格先送りとかぬかす店だよ。やってられるかっつーの」
ボバは腕を組んで後部座席の真ん中に座り、小柄な体躯とは裏腹にドッシリと構えつつ、ルームミラー越しにキッドを見た。
「これから『SMILE-PUNK』に行くの?」
「いや、こらからダリーのとこに行く」
「ダリー?なに?『SMILE-PUNK』伝統のタトゥーでも入れに行くの?」
「ちげーよ、ダリーも誘うんだよ」
「あぁ、そういうことね」
ボバは納得して頷いた。
途中、再び信号待ちの際、キッドは交差点の斜め対岸で同じく信号待ちをする日系の若い女性に目を留めた。
「おっ!!めっちゃ美人!!ヴィック!!見ろ、めっちゃ美人いる!!斜め前!!」
すかさずキッドの指差す方を見るヴィック。ボバも二人の座席の間から顔を覗かせた。
そこには遠目にもわかるほど顔立ちの整った二十代中頃の女性が立っていた。
「おぉ、マジじゃん。すげー美人」
「ホントだね。日系人ってあんまり好みじゃないけど、あのお姉さんは綺麗だね」
目測でも160cm前後と女性としては背が高く、長い黒髪に肌は白い、濃い茶色の瞳を持つ清楚な印象の美人を眺め、顔を寄せ合う若者三人。
「ヴィック!あっちに車寄せろ!声かけて来る!」
「バカ野郎、今から右折車線には入れねえよ。今回は諦めろ」
信号が変わり前進を始めるダッジ・ラム・バン。
「あぁっ!!おい!!ヴィック!!ふざけんな!!Uターン!!Uターン!!」
「無理だな、左車線だ」
「じゃ車停めろ!!今すぐ停めろ!!」
「駄目だな、後続車がいる」
「ふーざーけーんーなーよー!!これから犯罪組織に入ろうってヤツが何言ってんだよ!!?」
喚き散らしながら助手席で暴れるキッド。
「犯罪者だからって道交法を守っちゃいけない、なんてルールは無いだろ?俺は『SMILE-PUNK』に入ったとしても交通マナーを尊重する」
そう言ってほくそ笑みながら車を左折させるヴィック。
「てめぇ憶えとけよなぁ」
キッドは座席に深々と座り込んで腕を組み、横目にヴィックを睨み付けた。
「キッドってホントに日系の女の人好きだよね」
後部座席のボバが身を乗り出して運転席と助手席の間から顔を出した。
「プラス年上好きだ。趣味が偏ってんだよな」
ヘラヘラしながらハンドルを切るヴィック。
「お前ら、わかってねぇんだよ」
うんざりした様子で車窓を眺めるキッド。
「日系の女ってのはな、スゲー頭良いんだぜ、しっかりしてんだよ。性格良いのが多いしな。尽くすタイプ、みたいな?見た目だって良い。髪ツヤは良いし、顔立ちはあっさりしてて飽きない。なにより品がある。あと年上の方が年下よりずっといい。だってよ、俺らより年下って言ったらただのガキだぜ?非常識なクソガキより、賢い年上お姉さんだろ?普通に考えてよ。それに、日系女には年下の白人好きが多いんだぜ?つまり、俺みたいな白人男が年上の日系女を好むのは必然なんだよ。わかるか?」
嘲笑気味にヴィックやボバを睨み付けながら滔々と語るキッド。
「つまり特殊性癖の話か?」
「そういうことだね」
呆れた様子でハンドルを切るヴィックと座席の間から頭を引っ込めるボバ。
「やっぱ、お前らわかってねぇな」
キッドは再びうんざりした様子で車窓を眺めた。
車で走ること七分、不衛生な肉や盗品を捌く店が入っている錆びたコンテナハウスが立ち並ぶ港湾地帯、ブロケード・アベニュー。
その一角に鮮やかな塗装を施された二段重ねのコンテナハウスがあり、看板には『タトゥー・ショップ・ヴォドゥン』とある。
「ダリー!!俺だぜ!!」
コンテナの重いドアを開け、無遠慮に踏み込んで叫ぶキッド。
中の広さは六畳ほど。
二段のコンテナハウスは半分が吹き抜けになっていて壁伝いに取り付けられた簡易的な階段で上にあがれるようになっている。
壁中にタトゥーの見本となるイラストの紙が貼られており、トライバルやヤクザの紋々、漢字の熟語や聖書の一節を引用した文章などが並んでいる。
「うるせぇな・・・」
コンテナハウス一階の金属製応接テーブルに足をかけて低いソファーでくつろぐキッドと同じぐらいの歳の白人の少女がつまらなそうに爪を磨ぎながら舌打ちして呟いた。
「よぉ!エマ!」
応接テーブルを挟んでエマの正面にどかりと座るキッド。
後からボバとヴィックもコンテナハウスに入って来た。
「やぁ、エマ、元気?」
「おぉ、おはようエマ」
気さくに手を振るボバとヴィック。
「・・・なんだお前ら?揃いも揃ってゾロゾロと。ってか、キッドとヴィック、お前ら顔どうした?」
眉根を吊り上げ三人の顔を目線だけで順繰りに追った後、キッドとヴィックの二人を交互に見比べるエマ。
「いろいろあってさ・・・」
ボバの時と同じく項垂れるヴィック。
「ダリーいるか?」
キッドはエマと同様にテーブルに足をかけて腕を組んだ。
「んなこといちいちアタシに訊くなよ。上にいるに決まってんだろうが。呼びゃあ起きるよ」
短く溜め息を吐き、めんどくさそうに首を傾けるエマ。
「呼ばれなくても聞こえてるっての」
上階から応える声を受け、エマ以外の三人は吹き抜けを見上げた。
ゆっくりと階段を降りて来たのは黒人の青年。
ティーシャツの袖から出る太い腕にはびっしりとタトゥーが彫られ、両耳に大量のピアスを空けた、いかにも不良といった風体だった。
「よぉ、ダリー!ハッハー!」
眠そうに目を擦るダリーに対し、嬉しそうに手を振るキッド。
「いいか?K.J。うちの開店は夕方の五時だ。・・・まだ十二時過ぎだぞ」
「客として来たわけじゃねぇよ」
ニヤニヤと笑いながら怪訝そうなダリーの顔を見上げるキッド。
「今日はヘッドハンティングで来たんだ」
「「はぁ?」」
二人揃って首を傾げるダリーとエマ。
「なに?お前、タトゥーショップでも開くの?」
右の目尻にこびりついた目脂を擦り落としながら尋ねるダリー。
「そうじゃないけど、それでもいい」
「お前、何言ってんの?」
エマはテーブルから足を下ろし、両膝に肘を着いて身を乗り出した。
「タトゥーショップをやるのもいいぜ、って言ってんの」
「ちょっとキッド!バーガーショップの話は!?」
三人の会話に割って入るボバ。
「大丈夫、わかってる。バーガーショップもやるから落ち着けよ、な?」
鷹揚な態度で手を振ってボバをなだめるキッド。
「おいキッド・・・」
ヴィックは一歩前へ出てキッドの肩を掴んだ。
「ちゃんと説明した方がいいぞ」
「つまり、俺らを『SMILE-PUNK』に勧誘してるわけか?」
「そういうわけだ」
腕を組み、要点を確認するダリーと笑顔で頷くキッド。
「・・・タトゥーショップをやってもいいってのはどこまで本気だ?」
「一から百まで全部本気だ」
「バーガーショップの件は?」
「それも本気」
ダリーとボバの両方から詰め寄られるも、キッドは鷹揚な態度を崩さない。
ダリーは片手で肘をおさえ、もう片方の手で顎を撫でながら、テーブルに足をかけるキッドを眺め、ゆっくりと視線をヴィックに移した。
ヴィックはダリーと目が合うと肩をすくめて苦笑した。
それを受け、再びキッドに視線を戻すダリー。
「・・・新しい機材が欲しい」
そう言ってコンテナハウスの二階を指差した。
「今使ってんのはかなり古い。もともと中古で壊れかけてたのをいじってなんとか使えるようにしたやつだからな。だから新品が欲しい」
「そんなもん二台でも三台でも買えるっての!」
「場所も変えたい。ここに来る客は貧乏人ばっかだから安っぽいワンポイントしか入れてかないんだ。ゴールデン・ストリートとか、あの辺がいい」
「全部俺に任しとけって」
自信満々に足を組み変えるキッド。
ダリーはしばしそんなキッドを黙って見据えた後、フッと短く笑ってキッドに歩み寄り右手を差し出した。
「乗ったよ」
「ハッハー!オッケー!そうこなくっちゃ!!」
素早く立ち上がり差し出された右手を強く握り締め満面の笑みを浮かべるキッド。
「エマは?」
ダリーとの握手を解き、先ほどから話を静聴していたエマに手を差し出す。
「みんなが入んならアタシも入るよ」
エマは座ったままキッドの握手に応じた。
「決まりだな!俺ら五人、今日から『SMILE-PUNK』だ!」
キッドは握手を解いて再びソファーにどかりと座った。
「みんななんでそんな簡単に決めちゃうんだよ・・・」
全員の顔を見渡して小さく溜め息を吐くヴィック。
「で、具体的にはどうすればいいんだ?その・・・、入隊?入団?とにかく、組織に入る手続き?とか・・・」
ダリーは近くの丸椅子に腰掛け腕を組んでキッドとヴィックとボバを順に見渡した。
「僕に訊かないで。話を持ってきたのはキッドとヴィックだ」
エマの隣に座り肩をすくめるボバ。
ヴィックもキッドの隣に座り、ダリーとエマとボバの顔を順に見渡した。
「なんか、ヨコハマの犯罪組合みたいのがあって、そこに登録とかするらしいんだけど、そういうのはエディさん・・・、あの・・・、『SMILE-PUNK』のサード・アイが全部やってくれるって」
「会ったの?サード・アイに?」
ソファーから身を乗り出してヴィックを見据えるエマ。
「会ったぜ!サード・アイだけじゃねぇ!レッド・ドラゴンとシャドウ・チェイサーの二人と戦り合ったし、シザーハンズに膝枕してもらった!」
「なんだよそれ!?」
「それ聞いてない!」
最後の一文に過剰なほどの食い付きを見せるダリーとボバ。
「シザーハンズの膝枕って、あの網タイツ越しにかよ!?それ福利厚生の一環か!?『SMILE-PUNK』入ったら俺もしてもらえるやつか!?」
「柔らかかった!?良い匂いした!?っていうかそこに至るまでの経緯が知りたい!!ヴィックもしてもらったの!?」
「いや、俺はチャンス逃した・・・」
「まぁまぁ、話すと長いからよ、また今度な」
項垂れて深く溜め息を吐くヴィックとヘラヘラしながら手を振るキッド。
「・・・てめぇらキモいな」
エマは一切の感情を持たない表情で吐き捨てた。
キッド、ヴィック、ボバ、エマ、ダリーの五人を乗せたダッジ・ラム・バンはヨコハマの街を軽快に走っていた。
「いいね~♪やっぱドライブミュージックは“ボウイ”だなぁ♪」
キッドはカーオーディオから流れる旧時代的なロック・ミュージックに身を揺らしながらしみじみと呟いた。
「音が古すぎる。いつの曲だよ」
最後部で一人、前席の背もたれに脚をかけて車窓を眺めながらぼやくエマ。
「ざっと150年ぐらい前かな」
スピードを緩めてウィンカーを出しながらそれに答えるヴィック。
「アタシ生まれてねぇ~」
エマは笑いながら脚を組み変えた。
「当たり前だろ。その頃に生まれたやつはみんな死んでる」
エマの脚を鬱陶しそうに手で避けるダリー。
「おい、アタシの美脚に触んならワンタッチ五千円だぞ~」
「ふざけんな。五千円あればな、ゴールデン・ストリートでもっとすげぇことできるっつの」
「ハッ!アタシの足下にも及ばねぇようなブスばっかだろ、どうせ」
「そんなことねぇよ、なぁボバ」
「うん、結構可愛い娘いるよ。人種も豊富だし。白人、黒人、スラブ系、ヒスパニック、東洋系・・・」
「マジ!?東洋系の店あんの!?」
キッドは音楽に乗るのをやめ、即座に振り向いてボバを見た。
「あるよ。東洋系の中でも細かくタイプ分けがあるよ。日系、中華系、朝鮮系、モンゴル系、選り取り見取りだよ」
「マジかよ!今度行く時誘えよな!」
「無理だな」
真後ろに座るダリーはキッドの頭を押し戻した。
「なんでだよ?」
「お前は見た目が子供過ぎる。ボバはパワー使えば問題無ぇけど、お前が一緒にいたんじゃ年齢確認されて門前払い喰らっちまう」
「んんだコラ!!Fuck!!ダリー、てめぇ、ぶちのめすぞ!!」
ダリーの手を押し退けて後部座席に向かって拳を突き出すキッド。
「おいキッド!助手席で暴れんな!」
ヴィックは声を荒らげてキッドを制す。
「ホントのことだろ。そんなキレんなって」
ニヤニヤしながらキッドの頭をおさえて拳を払うダリー。
「ちょっと二人ともやめてくれる!?ホントに危ないんだけど!」
とばっちりを避けるようにドア際に寄るボバ。
「アハハハハハハ!いいじゃん!なんとかボーイ聴いてるよか全然いいよ!」
背もたれにかけた足をばたつかせて笑うエマ。
「“デヴィッド・ボウイ”だ!腐れアバズレ・・・っ!?」
直後、五人は突如車内を襲った浮遊感に押し黙った。
五人を乗せたダッジ・ラム・バンは宙を舞い、空中で一回転して地面に叩き付けられた。
「Fuck!!クッソ!!どうゆう運転してんだヴィック!!」
「バカ野郎!!俺のせいじゃねぇ!!」
「俺のせいでもねぇぞ。助手席で暴れたのはK.Jだ」
「その原因を作ったのはダリーでしょ。僕は二人を止めたよ」
「痛ってぇ・・・。誰かアタシの靴知らない・・・?」
五人は悪態を吐いたり責任を擦り付け合ったりしながらごそごそと車の外へ出た。
「スゲーな。ちゃんと車の形保ってるぜ」
凹みや傷はあるものの未だ車としての原形を留めているダッジ・ラム・バンを見てキッドは感嘆した。
「当たり前だ。俺がリペアしたんだ。フレームもサスもその辺のスタントカーよりタフだぞ。あぁ、でも、この凹みは板金じゃどうにもならないなぁ・・・。年代物だし特注すんの高いんだよなぁ・・・」
傷付いた愛車を見て肩を落とすヴィック。
「おい、みんな、アレ・・・」
ダリーが指差す方を見る四人。
その時、他の四人は初めて周囲の人々が悲鳴を上げながら逃げ惑っていることと、車が空中で一回転した理由に気付いた。
ダリーの指差す先にいたのは、全身が機械で覆われた体長10mはあろうかという巨人だった。
「ワオ・・・、これは・・・、なんつーか・・・」
立ちすくみ機械巨人を凝視するエマ。
「デカいね。僕よりデカい」
機械巨人を見上げてダリーの影に隠れるボバ。
「それに機械だ。しかもデカい」
呆けた表情で頭を抱えるダリー。
「・・・ちょいちょい車っぽいパーツがあるな、あの辺とか、あの辺も・・・」
ヴィックは機械巨人の気になった部位を指差した。
「スゲー!ロボットじゃん!スゲー!」
手を叩いたり飛び跳ねたりしながらはしゃぐキッド。
機械巨人はダッジ・ラム・バンから出てきた五人の顔を赤く光る二つの目で順繰りに見回すと両肩の噴気口から排気ガスを噴出させた。
〔ボニファシオ・バルビエリとそれを連れて行った二人組ってのはどいつとどいつとどいつだ?〕
「うーわ!!喋ったぜ!!ハッハー!!」
はしゃぐキッド。
「なんだよ、狙いはボバ達か?それじゃ俺ら関係無ぇよな。こちら、どうぞお納めください」
そう言ってボバを抱え上げ、機械巨人に差し出すダリー。
「二人組ってのはたぶんコイツらっす。アタシ関係無いっす」
エマはキッドとヴィックの背後から二人を指し示した。
「お前らクズか・・・?」
「二人とも軽蔑するよ」
ダリーとエマの言動に驚愕するヴィックとボバ。
「死ぬのに比べればお前らに軽蔑されるぐらいどうってことねぇよ」
「アタシもそう思う」
卑屈な笑みを浮かべて互いに顔を見合わせるダリーとエマ。
〔『バンピー・バーガー』の店長からの依頼でな。ボニファシオ・バルビエリを連れ戻し、連れて行った二人組をぶちのめせってよ。仲間がいるならついでだ、黒人と小娘もぶちのめす〕
機械巨人は巨大な金属の拳を構え、臨戦態勢に入った。
「事情が変わった!皆で力を合わせてこの場を切り抜けるぞ!」
そう言ってダリーはボバをゆっくりと地面に下ろし、握り締めた拳を勇ましく機械巨人に向けた。
「アタシら五人を敵に回したことを後悔させてやろうぜ!」
エマは一歩前へ出てキッドとヴィックの間に立った。
「・・・スゲーな、お前ら」
「逆に尊敬するよ」
ダリーとエマの言動に再び驚愕するヴィックとボバ。
「ハッハー!いいじゃん!」
キッドは笑いながら前へ出た。
「あのバーガー屋のヒョロいおっさん、ロボット用心棒なんか雇ってたのか、見直したぜ!とんでもなくエキサイティングだ!人型戦闘ロボットにお目にかかれるとはな!いやー!今、俺、最っっ高に昂ってるぜ!ハッハーハハハハハー!」
高らかに笑い声を上げて腰に差していたシースからサバイバルナイフを抜くキッド。
「でもここで一つ残念なお知らせです!」
キッドは機械巨人に向かって中指を立てて見せた。
「実はお前は目的を達成することができないのです!」
柄に付いたリングに指を入れてナイフをくるくると回しながら他の四人と機械巨人との間をうろうろするキッド。
「なぜなら、ここにいる俺を含めた五人は全員、とんでもなく強力な“能力”を持った“奇人”だからだ鉄くずゴリラ!スクラップにして頭だけ俺の部屋に飾ってやるからそのつもりでな!ハッハーハハハハハハ!」
そんなキッドに冷たい視線を向ける四人と機械巨人。
「なんでアイツって明らかに自分より強そうな相手におもっくそ強気なんだ?」
腕を組んで首を傾げるダリー。
「そもそも前提として僕らに頼る気満々だよね」
同じく腕を組むボバ。
「んーで手柄だけ持ってく感じのやつだよねアレ」
二人に習い腕を組むエマ。
「単に自分のことしか考えてねぇんだよ・・・」
ヴィックも腕を組み、溜め息を吐いて項垂れた。
〔いい度胸だ小僧。まずはお前から潰してやろう〕
機械巨人は重厚な駆動音を唸らせて拳を振り上げた。
「来るぞ!ボバ!」
キッドは体を反転、機械巨人に背を向けて一目散にボバの方へ走り出した。
「わかったよ、まったくもう・・・」
ボバはゆったりとした足取りで歩き出し、ポケットから一本のカロリーバーを取り出すと包装を破いて一口齧った。すると、ボバの身体から蒸気が吹き出し服を破いて肥大化していく。やがてボバは体長四メートルの筋肉巨人へと変貌した。
ボバは振り下ろされた機械巨人の巨拳を受け止めた。
〔このガキ!!お前“巨人”か!?〕
「今時珍しいでしょ?希少種だよ、もっと丁重に扱ってよね」
機械巨人は拳を引き戻そうとするがボバは機械巨人の拳を掴んで離さない。
「離すなよボバ!」
ヴィックは両手に鎖分銅を握り締めて前へ出た。
鎖を振り回すヴィックの両手から陽炎と黒煙が立ち上ぼり、みるみる鎖が赤い熱光を帯びていく。
高温に熱され、遠心力を存分に帯びた二つの鎖分銅が機械巨人の左脇腹に叩き込まれた。
機械巨人の脇腹がひしゃげ、パーツと油が飛び散った。
〔くそっ!!このガキ!!〕
機械巨人は鎖分銅の一方を掴み取って振り上げた。
「うおぁっ!!?」
ヴィックは鎖に引っ張られて宙を舞い、路上のゴミ捨て場に叩き付けられた。
〔お前もだ!!〕
機械巨人は巨拳を抑えているボバをもう片方の拳で殴り飛ばした。
「ぐあぁ!!!」
すぐ近くのコンクリート壁に激突し、クレーター状のヒビを作るボバ。
〔調子に乗りやがってガキ共が・・・!〕
機械巨人は体勢を建て直し、ダリーとキッドの二人に向き直った。
〔・・・小娘はどうした?〕
「ヤッホ~♪」
エマは機械巨人の右肩の上に立っていた。
〔このガキ!!いつの間に!?〕
「ビックリしたっしょ?驚いたっしょ?ねぇ?ねぇ?ねぇ?」
機械巨人の顔に当たる部分を覗き込んで挑発するエマ。
〔鬱陶しい!!〕
機械巨人は身体を揺すって肩に乗るエマを振り落とした。
「あ~れ~~」
おどけた様子で落下していくエマを機械巨人は羽虫を殺すように両手で叩き潰した。金属製の手の隙間から霧状の血飛沫が飛び散る。
〔小娘がっ・・・〕
「いくらなんでもそれはひどくないっすか?」
機械巨人が振り返ると、今度は左肩の上にエマが乗っていた。
〔お前っ!?〕
慌てて手を開くが、当然そこにあるはずの潰れた死体は無い。
「イエ~イ♪イリュ~ジョ~ン♪」
エマはおどけながら、どこからともなく二丁のサブマシンガンを取り出し、機械巨人の顔目掛けて乱射し始めた。
〔くそっ!!このっ!!小娘っ!!〕
機械巨人は身体や腕を振り回し、エマを叩き潰そうとするが、どれだけ振り落とし、殴りつけようとしてもエマは真っ赤な霧と共に消え、次の瞬間には左右どちらかの肩の上に立っていてサブマシンガンを乱射する。
〔“瞬間移動”か!?くそっ!!鬱陶しい!!〕
「ダリーは行かねぇのか?」
ふと、そんな様子を腕を組んで眺めるダリーにキッドが問い掛けた。
「ん?うん。だって、ほら、見ろよ、金属の巨人だぜ?俺の出番は無ぇよ」
ダリーは苦笑して顎を擦った。
「あぁ、まぁ、それもそうか」
言ってキッドは前へ踏み出し、サバイバルナイフを機械巨人の顔目掛けて投げつけた。
ナイフは機械巨人の右目に見事命中、割れたレンズの破片が飛び散った。
それと同時にエマも左目をサブマシンガンで撃ち抜いた。
「おっと、部屋に飾るのに目ぇ潰しちゃったよ。ま、いっか」
そう呟いてキッドはブーツからもう二本ナイフを取り出し機械巨人に投げつけた。
二本のナイフは真っ直ぐに飛び、一本は胸部から露出するパイプに穴を空け、もう一本は股間に相当する部位に突き刺さった。ナイフが刺さったパイプから緑色の液体が漏れ出す。
〔このクソガキ共がぁっ!!!〕
機械巨人が叫ぶと、両肩から飛び出している噴射口から凄まじい量の排気ガスが噴き出した
「熱っつぅーー!!!!」
そばにいたエマは軽々と吹き飛び、ゴミ捨て場に倒れているヴィックの真上に落ちた。
機械巨人はそのまま力任せに両拳を振るい、アスファルトを抉りながら突き進む。
「Fuck!!!」
「やべぇ!!!」
キッドとダリーはアスファルトの礫と共に吹き飛ばされ、二人してコンクリート壁に叩き付けられた。
「痛ってぇ・・・、Fuck・・・」
「ぐっ、うぅ・・・。いや、案外勝てねぇもんだな」
痛みに身をよじるキッドとダリー。
〔クソガキ共がっ・・・!舐めやがって・・・!ちょっとお灸を据える程度で許してやるつもりだったが、もう勘弁ならねぇ!!二度と大人に逆らえねぇようにしてやるぞ!!具体的に言うと殺す!!〕
怒りを顕にガスを噴き出し液体を撒き散らす機械巨人。
「はい、殺す宣言出たぞ・・・」
呟きながらエマごと身をおこすヴィック。
「ったく、アタシの卵肌に火傷でもできたらどうすんだ、鉄くずゴリラが・・・」
ヴィックに寄りかかった状態で悪態を吐くエマ。
「あの小物店長の友達らしい程度の低さだ、類友だね・・・」
コンクリート片の山から抜け出し、小さな身体に付いた砂ぼこりを払うボバ。
「相手がロボットじゃ俺は役に立たないので、みんな頑張ってくれ・・・」
コンクリート壁に寄りかかって座ったまま溜め息を吐くダリー。
「Fuck・・・、ちょっと頭に来たぜ・・・。もうあんなガラクタいらねぇ・・・。頭も全部スクラップ行きだ・・・!」
キッドはそう言って立ち上がり、ポケットから青緑色の粉末が入った小袋を取り出した。さらに腰の革鞘からサバイバルナイフを取り出すと小袋を歯で食い破って粉末を刃の上に空け、おもむろに鼻から吸い上げた。
「・・・ッハァ!!フゥッ!!んっ・・・だぁっ!!」
キッドは鼻をおさえて首を振り、目をしばたたかせてよろめきながら立ち上がった。
「ふぅ・・・、行くぞディセプティコン・・・!」
勢い良く踏み出し、ナイフを投げるキッド。ナイフは高速で真っ直ぐに飛び、機械巨人の頭部を貫通した。
〔うぉっ!!?なんだっ!!?〕
衝撃によろめく機械巨人。
貫通したナイフは機械巨人の背後、空中で一瞬停止し反転、軌道上にあった機械巨人の首の付け根を通るパイプを切り裂きキッドの手元に戻って行く。
「ハッハー!!どうだ!?チタンより硬くてアルミより軽い、超硬超軽量金属〝ワンデリウム〟製ナイフだ!!メタルボディでも簡単に突き破るぜ!!こんな風になっ!!」
ナイフを投げて機械巨人の頭を撃ち抜いては、引き戻して装甲板や露出しているパイプを切り裂いて行く。
キッドがナイフを投げるのに合わせて、挑発的に機械巨人の周りを消えては現れ飛び回りサブマシンガンを乱射するエマ。
「オラオラ、とっととくたばれ鉄くずゴリラ!!」
キッドのナイフとエマのサブマシンガンで徐々に装甲を削られて行く機械巨人。
〔このガキがぁっ!!!〕
飛び回るエマを振り切り、目の前のキッド目掛けて右拳を振り下ろす機械巨人。
だが、巨拳がキッドを押し潰す直前で再び巨大化したボバがそれを受け止めた。
「ナイス!ボバ!」
キッドはボバの陰から飛び出し、機械巨人へナイフの投擲攻撃を再開する。
〔クソッタレェ!!!!〕
怒りを露に左拳を振り上げる機械巨人。が、振り上げた拳は即座に背後から赤熱化した鎖に絡め取られてしまった。
〔なんだ!?〕
「俺だ・・・!」
両手に赤熱化した鎖を握り締め、機械巨人の左拳を引き寄せるヴィック。
機械巨人も腕を引っ張るが、すぐにまたヴィックに引き戻されてしまう。
〔クソッ!!どうなってる!?左腕に力が入らない・・・!!〕
「やっぱりだ!脇腹からそんだけ油が漏れてんだ、左半身の油圧機関が機能しないだろ!その馬鹿デカい腕を電子機関だけで動かすのは重過ぎる!ただの力比べなら、俺でも勝てるぞ!」
ヴィックがさらに強く引っ張ると、赤熱化した鎖は徐々に機械巨人の左腕の装甲を溶かして食い込んで行く。
「死ね!オラァ!」
笑いながら怒声を上げてナイフを投擲するキッド。
キッドの投げたナイフは機械巨人の胸へと真っ直ぐ向かう。
〔クソっ!!!〕
機械巨人は慌ててなんとかボバを振りほどき、ヴィックに引かれてバランスを崩しながらもナイフを回避した。
「おっ?弱点そこかぁ?」
キッドは戻って来たナイフをキャッチし、ニヤリと笑った。
「ヴィック!ボバ!抑えとけ!」
「わかった!」
「了解!」
キッドが叫ぶと、ボバは機械巨人の右腕に掴みかかり、ヴィックは左腕に巻き付けた鎖を引いた。
「そのままだぞ!」
キッドは身動きが取れない機械巨人の胸部に向かって両手をかざした。すると、機械巨人の胸部の装甲板が歪み、隆起し、ギシギシと音を立て始めた。
「ハッハーハハハ!!今日、調子良いぞ、俺!!フォースと共にある感じだ!!」
キッドが高笑いしながらかざした両手を握り締めて引き戻すと、激しい破壊音を上げて機械巨人の胸部装甲板が剥がれ、キッドの頭上を通って背後に停車していた車に激突した。
装甲板の剥がれた下にはスモークの張られた車のフロントガラスのような物があり、続いてキッドはそのガラスに向かって手をかざした。
「・・・あれ?」
しかし、装甲板と打って変わってフロントガラスはピクリともしない。
「ダメか、調子悪い」
呟くキッドの横から嘲るような笑みを湛えたエマが飛び出した。
「マジ使えねぇな、テメェは」
エマはキッドに背を向け、目の前でサブマシンガンを構え、見せ付けるかのように機械巨人のフロントガラスを撃ち破壊した。
割れたガラスの向こうでは、欧州系の白人の男がコックピットに乗っていた。
「ハッハー!ワオ!見ろよヴィック!人乗ってるぜ!操縦できる巨大ロボットだ!」
「なんとなくそんな気はしてた」
コックピットの男を指差して喜ぶキッドにヴィックは溜め息混じりに肩をすくめた。
「クソッ!!このガキ共!!」
コックピットの男は焦りと怒りを顕にハンドルとシフトレバーを握り、なんらかの操作を始める。
「ふざけやがって!!鶏冠に来たぞ!!」
男がシフトレバーを『R』に入れると、機械巨人の肩と背中から五本の消火器ほどのサイズの誘導ミサイルが現れた。
「ウソだろ!?ミサイルかよ!?」
鎖を手繰りながら叫ぶヴィック。
「冗談でしょ!?ここ街中だよ!?」
機械巨人の拳を支えながら怒鳴るボバ。
「ハッハー!!ロボットで、操縦できて、おまけにミサイル搭載とかかっこよ過ぎかよ!!」
手を叩いて大はしゃぎするキッド。
「大丈夫、心配すんなって。発射のタイミングに合わせて消えればアタシは逃げられる」
敵の攻撃に対して逃走に備えるエマ。
「バーガー屋の依頼なんざもうどうでもいい!!全然まとめて吹き飛べ!!」
男はハンドルの横のハザードボタンに指をかけ、9inchの小型モニターに映る四人の標的を確認した。
「・・・ん?もう一人は?」
男はモニターを操作し、五人目の標的を探した。が、周囲に反応は無し。
「思ったより広いな、ここ」
男は背後からの声に振り返った。
「なっ!?お前・・・!!」
「あ、チーッス」
コックピットには男の座る操縦席の後ろに後部座席が設けられており、そこにダリーが座っていた。
「お前っ!!なんで・・・っ!?いつからそこにいた!?」
「ついさっき。ガラスが割れてアンタが出てきた辺りから」
焦りと驚愕から喚き散らす男に対し、ダリーは飄々とした態度で応える。
「いやね、ロボット相手じゃ俺の出る幕はねぇなぁ、とか思ってたんだけどね。中に人間がいるなら俺にも出番があるわけよ」
そう言ってダリーはおもむろに上着とその下に着ていたティーシャツを脱いだ。
ダリーの上半身にはビッシリとタトゥーが彫られており、仰々しいトライバルに紛れてアルファベットで『BLADE』『SPIKE』などの文字が無数に刻まれている。
「せっかくだから、俺の“能力”を教えてやろう。陰陽道の護符呪言とブードゥー魔術の死霊呪術を掛け合わせたオリジナル魔術、“呪言・死霊呪術”、刻まれた文字通りに肉体を変貌させる人体改造の外法、それが俺の〝パワー〟だ。どういうことかっつうと、要するに、こういうことだ・・・」
ダリーの身体に彫られた文字が紫色に発光し始め、次の瞬間、『BLADE』の文字から刃が飛び出し、『SPIKE』の文字からトゲが飛び出した。
コックピットから男の断末魔と血飛沫が散る。
コックピット真正面にいたキッドとエマは頭からその血を被った。
「ぷえっ!ぺっ!きったねぇな!」
キッドは顔を袖で拭いながら口に入った血を吐き捨てた。
「・・・うん、悪くねぇ」
エマは口元や手に付着した血を舐め取ってほくそ笑んだ。
「イエーイ♪とどめ刺してやったぜぇ!」
血塗れのダリーがコックピットから顔を出した。
「Fuck!テメェ、もうちょっと気ぃ使えよ!ボケ!」
ヘラヘラ笑うダリーに向かって怒鳴りつけるキッド。
「わりとナイス」
対して、エマはダリーに向けて親指を立てる。
少しした後、機械巨人は力無く膝から崩れ落ち、仰向けに倒れた。
ヴィックとボバは避け、ダリーはコックピットから飛び出して退避した。
「しっかし、スゲーなぁ、このロボット。日本製か?」
「ロシア製かも知れないぜ。最近ロボット技術に力入れてるって聞いたし」
完全に活動を停止した機械巨人に歩み寄るキッドとダリー。
「いや、ボディパーツのほとんどに“トリステッツァ・インドゥストリア”の製造車の部品が使われてるな。“カンミナーレ”っていうSUVだ。・・・ミサイルも“トリステッツァ”製だぞ」
機械巨人の残骸に興味津々なヴィック。
「エンジンだけ特殊だな。ほぼ〝カンミナーレ〟のエンジンだけど、改造されてる。・・・いや、この造りは、これで純正なのか?」
「はいはい、マシンオタク発揮すんのは後にして。今は警察が来る前にここを離れるべきじゃない?」
元の小ささに戻ったボバがヴィックの膝を軽く小突いた。
「店長にも話があるしね」
ボバは苛立ちを見せつつ破れた衣服の端切れを羽織った。
「・・・ちょっと待った」
男子四人を制止し、エマは周囲を見渡した。
「どした、エマ?」
キッドが尋ねると、エマは険しい表情で通りの向こうを指差した。
四人がエマの指し示す方を見ると、数十メートル先から先ほどの物と似たような機械巨人が新たに二体、こちらへ歩いて来る。
「「「「・・・マジか」」」」
四人はまったく同時に呟いた。
〔おいおい見たか、今の〕
〔サルディーニのヤツ、こんなガキ共に負けたってのか?〕
五人の背後、左右のビルの影からさらにもう二体の機械巨人が軽口を叩きヘラヘラと嗤いながら現れた。
五人は左右をビルの壁に挟まれ前方と後方を二体ずつ、計四体の機械巨人に囲まれた。
キッドは四体の機械巨人を順繰りに見渡してから、四人に向き直った。
「俺、クスリ抜けたっぽい。で、もう持ってないんだけど、みんなはどう?」
「俺のチェーンはアイツの下敷きだ」
ヴィックは先ほど倒したロボットの左腕の下から覗く鎖分銅を指差した。
「カロリーバーは全部食べちゃったよ」
ボバはポケットを裏返して両手を広げた。
「アタシ弾切れ」
エマはサブマシンガンの空弾倉を外して地面に捨てた。
「メタル、相手じゃ、俺は、無力だ」
ダリーは自身の体に彫られた『BLADE』『SPIKE』『SPEAR』『SWORD』の文字を順に指差した。
キッドは苦笑して頷き、両手を広げて見せた。
「オッケー、打つ手無し、逃げ場無し。八方塞がりってやつな」
「アタシは逃げれるけど、逃げていい?」
「その気になりゃ俺も逃げれるよ」
エマは両手を広げて肩をすくめ、ダリーは胸元に彫られた『INVISIBLY』というタトゥーを指差した。
〔お喋りはそこまでだガキ共〕
四体の中でも一回り大きな青いボディの機械巨人が五人を指差した。
〔死んでもらう・・・〕
青い機械巨人がそう言った直後、その隣の緑の機械巨人が飛び上がり、真正面の機械巨人に激突した。二体は数十メートル後方へ吹き飛び、激しい轟音と共に地面に激突、爆発した。
「なんだ!?」
〔なんだ!?〕
キッドと青い機械巨人は同時に叫んだ。
残り二体の機械巨人を含むその場にいる全員が炎上する二体の残骸を眺めていた。
「あの、こっちですこっち」
今度はその場にいる全員が声の主の方を見た。
「わぁっ!ビックリした!・・・ははは、急に注目されるとビックリする」
そこにいたのは、全身に金色の甲冑を纏った小柄な人物。声は兜でくぐもっているが、やけに高い。
その人物を目にしたほぼ全員が唖然としていた。
キッドだけが満面の笑みで、胸の前で両拳を握り締め、目を輝かせてその人物を見詰めていた。
「スゲー!!!ヤベー!!!“ジャガーノート”じゃん!!!!うーわっ!!俺『SMILE-PUNK』幹部ん中で一番好きなんだよ!!ほらほらほら!!これ!!」
大はしゃぎのキッドは右腕の袖を捲った。そこにはトライバルに紛れてジャガーノートの鎧を模したタトゥーが彫られていた。
「ジャガーノートのタトゥー!!ダリーに入れてもらった!!ユーチューブでも動画観まくってる!!ケンカ売ってきたヒーローとか敵対組織の犯罪者とかをボッコボコにしてるのを野次馬が撮ったやつ!!もう、マジでカッケー!!!ハッハー!!ジャガーノート、生で見ちゃったよぉ!!!」
手を叩き、飛び跳ね、ぐるぐる回りながら大喜びのキッド。
「えっと、熱烈なファンの方がいるみたいで素直に嬉しいです。けど、え~っと、なんだっけ?あぁ、そうだ・・・、この街を仕切ってる『SMILE-PUNK』の幹部として、えぇ、この騒ぎを治める義務?があるので、えぇ、とりあえず原因っぽいロボットの方々をぶっ壊したいと思います。以上」
そこまで言い切ってジャガーノートは構えを取った。およそ戦闘の構えとしては奇妙な、徒競走のスタンディングスタートのポーズと似ている。
そしてそこへ来てようやくキッド以外の者が口を開いた。
「ジャガーノート!!?なんでこんなとこに!!?」
驚きのあまり両手で口元をおさえるヴィック。
「やばっ!!え!?YouTubeで観るより小さいね!?」
自分のことを棚に上げて身長のことを指摘するボバ。
「アタシらなんも悪くないっすよ!!メタル共が襲って来たんす!!むしろアタシら一体倒してそちらに貢献さしてもらったくらいで!!」
媚び引きつった笑みを浮かべて早口に捲し立てるエマ。
「そうそうそう!!なんなら俺らこれから『SMILE-PUNK』に入るんすよ!!貴方の仲間!!忠実な部下!!とにかくこっち五人は敵じゃないです!!」
同じく早口で喋りながら自分含む五人を両手で囲う動作をするダリー。
〔どうなってる!!?ジャガーノートがこんな小競り合いを収拾しに来るだと!?〕
〔あり得ない!!『SMILE-PUNK』の最高幹部が来るようなことじゃないはずだ!!〕
青い機械巨人はドタドタと慌てながらもう一体の機械巨人の側へ回った。キッド達はビル際に寄ってそれを避けた。
「別に来たくて来たわけじゃないですから。たまたま近くにいたから仕方なくですよ。こういうの放っとくとスマイリーさんが後でうるさいから・・・。今日は夕方までオフだったのにぃ・・・、もうホントめんどくさい・・・」
ジャガーノートは構えを解いて気怠そうに腰に手をあてた。
「なので、さっさとあなた方をぶっ壊します」
ジャガーノートは兜越しに二体の機械巨人を睨み付けた。
完全に顔を隠しているジャガーノートの表情はこちらからはまったくわからない。が、その声の重みから、その場にいた全員が言い知れない威圧感を感じ取っていた。
〔・・・うっ、うわあああああああああああああああ!!!!〕
青い機械巨人の横にいた機械巨人が敵の気迫に耐えかね、叫び声をあげながらジャガーノートに殴りかかった。
〔な!?バカお前・・・!!〕
慌てて制止しようとする青い機械巨人だが、時すでに遅かった。
がむしゃらに振り抜かれた金属の拳はジャガーノートを捉えている。
金属の巨拳と金色の甲冑が接触した瞬間、ビルに挟まれた通りに凄まじい破壊音が反響した。
機械巨人の拳から肩にかけてがアコーディオンのように潰れ、パーツの残骸とオイルを辺り一面に撒き散らしている。
ジャガーノートはと言うと、潰れた機械の陰で無傷。金色に輝く鎧には擦り傷一つついていない。
〔んな、アホな・・・〕
機械巨人が弱々しく呟いた直後、ジャガーノートは推定2tはあろう機体を片手で軽々と持ち上げた。そのまま機体はジャガーノートの頭上で弧を描き、後方へ数十メートル飛んでアスファルトに激突、爆発した。
キッド達五人と青い機械巨人は、その様を呆然と眺めていた。
そんなキッド達をよそにジャガーノートはゆったりとした足取りで青い機械巨人の方へ歩き出した。
アスファルトに響くジャガーノートの足音を聞き我に帰った青い機械巨人は慌てて身構える。
〔クソッ!!この、化物め!!〕
青い機械巨人の両肩の装甲が展開し、片方に二丁ずつ、計四丁のミニガンが飛び出した。
「あ!それカッコいい!」
嬉々とした表情でそれを指差すキッド。
〔死ねええええええええ!!!!!!〕
青い機械巨人が怒声を上げると、四丁のミニガンが唸りを上げながらジャガーノート目掛けて7.62mm弾の一斉掃射を始めた。
全ての砲身は正確に標的を捉え、秒間四百発の弾丸の雨がジャガーノートを撃ち付ける。
が、全ての弾丸は金色の鎧に当たった先から弾かれて飛び散り、ジャガーノートの周囲に潰れた弾が塵のように積もっていく。
キッドは弾丸を雨粒のように弾くジャガーノートの姿を目を輝かせて見詰め、他の四人は惜し気もなく対軍兵器を駆る機械巨人を唖然としながら眺めていた。
数十秒後、機械巨人に搭載されていた全ての弾丸が撃ち尽くされ、ミニガンの砲身からカラカラと乾いた金属音が鳴る頃には、三万発以上の潰れた弾丸が辺り一面に転がっていた。
ジャガーノートの鎧にはやはり傷一つ付いていない。
「カッコよ過ぎる・・・」
キッドは手を叩き、眉間にシワを寄せて噛み締めるように呟いた。
〔くぉ・・・、こぉのぉ・・・!!〕
怒りと恐怖に打ち震える機械巨人は後方へ飛び退き、ジャガーノートと距離を取る。
そして上体を落として両手を付き、四つん這いの姿勢になった機械巨人の背中から展開した六連装対戦車ミサイルがジャガーノートを捉えた。
〔消し飛べ、化物ぉ!!!〕
怒号と共に六発全てが発射され、ミサイルは弾道を描きながらジャガーノートへ向かっていく。
六発のミサイルは同時に着弾、直径30mに及ぶ大爆発がビルの壁を焼き、窓を割り、潰れた弾丸を吹き飛ばした。
燃え上がる爆炎を、青いボディを紫色に染めながら眺める機械巨人。
炎が弱まり、黒煙が漂い始めると、焼け焦げたビルのそばに高さ4mほどの茶褐色の塔が現れた。塔には様々な文字やトライバル模様が刻まれており、その中でも『RAMPART』という文字が紫色に光っている。
煙が少し晴れた頃、塔が縮み、展開し、中からキッドとボバとエマが出て来た。
塔はどんどん縮み、やがて人の形になり、ダリーになった。
「助かったよ・・・。ありがと、ダリー」
溜め息を吐き、そっと胸を撫で下ろすボバ。
「ったく、乱暴な野郎だ。街中でミサイルとか・・・、何考えてんだ」
文句を言いながら身体に着いた煤を払うダリー。
「危ねぇ~、さすがに火はマズい」
煙を吸わぬよう腕で口元を覆い、額に滲む汗を拭うエマ。
「えほっ・・・、俺なら大丈夫だぞ、ダリー・・・」
一人だけ塔に入れられなかった煤だらけのヴィックは、心底不満げな顔でダリーを睨んでいる。
「しょうがねぇだろ、お前身体デケーし、定員オーバーだ。それにお前〝耐火能力〟だろ?」
「あぁ・・・、だから俺は大丈夫だ・・・」
「わぁかったよ、悪かったよ。顔拭けよ」
ダリーは詰め寄って来るヴィックを押し返した。
「ジャガーノートは!?ジャガーノートどうなった!?」
キッドは煙を手で払いのけながら周囲を見回した。
ミサイルの直撃を喰らったジャガーノートのいた辺りは、未だ燃え上がる炎と濃い黒煙と砂埃に覆われている。
爆心地から約80m離れた場所で青い機械巨人はミサイル発射時の体勢のまま、立ち上る炎と煙を見詰めていた。
〔フ・・・、フハハ・・・。やったぞ・・・!『SMILE-PUNK』四天王を殺したぞ・・・!!この俺が!!まさに大・金・星!!!フハハハハハ!!!〕
そんな機械巨人の笑い声を打ち消すように、地鳴りのような足音が辺りに響いた。
機械巨人は押し黙り、煙と炎の中から現れた金色の鎧を凝視した。
ジャガーノートは炎に照らされ橙色に輝く鎧に着いた煤と顔の周りの煙を払いながら無機質な兜の奥の眼で機械巨人を見据えた。
「・・・熱い」
一言呟き、再びスタンディングスタートの構えを取った。
〔・・・Cazzo(クソ)〕
その姿を目の当たりにした機械巨人は弱々しい声を漏らして後退って行く。
そんな機械巨人をよそに、地面を蹴り走り出すジャガーノート。踏み込んだアスファルトが砕け、その下のコンクリートごと抉れて破片が飛び散る。その後も一歩踏み出すごとに地鳴りが響き、コンクリート片が飛ぶ。ジャガーノートはトップアスリート級のスピードで機械巨人に向かって行く。
〔この・・・、クソがああああああああっ!!!〕
ヤケクソ気味に叫び、バック宙で後方へ飛び退く機械巨人。瞬間、機械巨人の身体が展開し、形を変えて着地、トリステッツァ製大型トラック“リノチェロンテ”へと姿を変えた。
「変形ロボットぉ!!!!」
リノチェロンテを指差して飛び跳ねるキッド。
キッド達の目の前を通り過ぎ、リノチェロンテ目掛けて突き走るジャガーノート。
リノチェロンテの運転席にはスキンヘッドに刺青を入れた壮年の白人男。
「死ねええええええ!!!!バケモノおおおおお!!!」
男は怒号を上げながらトラックのアクセルを踏み込む。トラックは猛獣の雄叫びのようなエンジン音を轟かせて急発進、ジャガーノート目掛けて猛スピードで突っ込んで行く。
ジャガーノート推定時速40km、リノチェロンテ推定時速80km。双方が接触した瞬間、通りには凄まじい破壊音が響き渡り、周囲の建物の窓は全て粉砕、爆炎はビルより高く巻き上がり、燃え盛る大型トラックは宙を舞いながらバラバラに砕け散って行く。
通り一帯は黒煙と火柱が立ち上る地獄絵図と化していた。
ジャガーノートは炎に照らされる兜の奥からそんな様を眺めて深く溜め息を吐いた。
「・・・やり過ぎたぁ」
が、すぐに踵を返し、地獄絵図に背を向けて歩き出す。
「ま、いいよね」
地鳴りのような足音を響かせながらジャガーノートはその場を去った。
火の手が弱まり、煙が少し晴れた頃、『RAMPART』と化したダリーが変身を解いた。
中に入っていたのはキッドとボバとエマ。ヴィックは『RAMPART』の外で再び煤だらけになっていた。
「・・・俺のことなら心配するな、ダリー」
咳き込みながら再びダリーを睨むヴィック。
「だぁかぁらぁ、定員オーバーなんだってば」
苦笑気味に詰め寄って来るヴィックを押し返すダリー。
「ヴィックならコントの爆発オチで済むけど僕らはシャレにならないんだ。これぐらい我慢しなよ」
「アタシらはデリケートなんだよ。お前も図体デケェくせに器チッセェこと言ってんなよな」
ダリーの陰に隠れてヴィックを煽るボバとエマ。
キッドはそんな四人をよそに未だ残り火や煙が燻る通りを見回している。
「ジャガーノートは?」
「どっか行ったよ」
ポケットティッシュで顔を拭いながらヴィックが答える。
「は!?どこに!?」
「知らねぇよ。『スマイル・ランド』じゃねぇの?」
そう言ってからヴィックは慌ててポケットから携帯端末を取り出した。
「よく無事だな、それ」
ダリーはヘラヘラしながらヴィックの携帯端末を指差した。
「ズボンが耐熱素材だ。ってか、俺ら午後五時に『スマイル・ランド』に行かなきゃ行けないんだ!車が無いから急がなきゃ間に合わないぞ!」
大焦りで携帯端末に表示された時刻を四人に見せるヴィック。
「そこまで時間通りじゃなきゃダメなの?」
「ちょっとぐらい遅れても大丈夫だろ?」
「アタシらが悪いわけじゃねぇしな」
ボバ、ダリー、エマの三人はめんどくさそうに腕を組んだ。
「何言ってんだ、お前ら!!」
キッドは自身の携帯端末を操作しながら他の四人を怒鳴りつけた。
「急いで『スマイル・ランド』行くぞ!」
キッドは四人に向けて急かすように手招きする。
「急ぐって、お前、まさか徒歩じゃねぇだろうな?アタシやだぞ、徒歩」
「バーカ、徒歩で間に合うわけねぇだろ!迎えが来る!大通りに出るぞ!」
キッドは携帯端末の操作を終え、ポケットにしまって走り出した。
ヨコハマ・シティ旧山下埠頭港湾地帯『スマイル・ランド』。
その最奥に構える『スマイル・ランド』の最上級ホテル『HOTEL VILE SMILE』。
贅の限りを尽くしたきらびやかなカジノと一泊五百万円の超高級スイートルームが売りの地上百五十階建ての高層ビルだ。
午後四時五十分、『HOTEL VILE SMILE』のバスロータリーに一台のキャデラックDTSリムジンが停まった。
後部座席のドアが開き、キッドが勢い良く飛び出した。
「おら、お前ら!行くぞ!」
のそのそと車を降りてくる四人を急かすキッド。
「アタシ、たまに忘れんだけど、キッドってめちゃくちゃボンボンなんだな」
「最初からリムジンだったら俺のダッジ・ラム無事だったんじゃね?」
ぼんやりとリムジンを眺めながら呟くヴィックとエマ。
キッドら五人は『HOTEL VILE SMILE』の広大なエントランスに足を踏み入れた。
入って右手側には百色絵の具をぶちまけたような色鮮やかな熱帯魚達が泳ぐ巨大水槽があり、左手側には洋の東西問わず絵画や彫像などの美術品が無数に展示されている。向かって正面には受付があり、モデル級の美形な男女が十人体勢で客の応対にあたっている。
エントランス中央には高級牛革ソファーがコの字に並べられており、そこに座っていた青年が一人、キッドらに気付いて立ち上がった。
青年は精悍な顔立ち、ヴィックと並ぶ長身に服の上からでもわかるほどに筋骨隆々とした肉体を持つ欧系白人。
「やぁ、君たち!待ってたよ!」
フレンドリーな笑みを浮かべて手を振りながら近付いて来る青年。
「おい“エドウィン・ヒコックス”だぜ・・・!」
青年の顔を確認するなりダリーが四人に耳打ちした。
“エドウィン・ヒコックス”はIQ470の頭脳を持ち、若くしてシティにある大学の名誉教授、九十二個の特許と八つのシンクタンクを所有し、ある科学誌に曰く『世界の科学を百年進めた男』であり、ヨコハマ・シティが世界に誇る天才だ。
「イケメンじゃん・・・!」
エマは口元を綻ばせ、髪型を整え、居住まいを正した。
「よく来たね、キッド、ヴィック。そちらの三人ははじめましてだよね。よろしく、エドウィン・ヒコックスだ。エドでいい」
エドウィンはキッド、ヴィック、ダリー、ボバと握手を交わし、エマには右手を胸に当て左手を背中に回してお辞儀をした。
「やばっ!超背高いんだけど!しかもイケメン!さらに紳士!」
お辞儀をしてもなお自分より目線の高く紳士的な対応のエドウィンに対し明らかに色めき立つエマ。
「さっそくだが、ボスと幹部達が待ってる。行こうか」
エドウィンは上を指差してからエントランス奥のエレベーターホールを指差した。
『HOTEL VILE SMILE』最上階へ向かうエレベーターの中。
「キッドとヴィックは知ってると思うが、僕は『SMILE-PUNK』の幹部の一人“サード・アイ”だ」
「サード・アイ!?」
「マジかよ!!」
エドウィンを凝視するボバとダリー。エマは無言でエドウィンを見詰めている。
「ありがとう。で、だ。『SMILE-PUNK』で働いてもらうにあたって、君らにも別の名前が必要だ。キッドの身辺調査により、君らのことはリサーチ済みだったから勝手ながら既にゴッドファーザーから名前を頂いて来たよ」
そう言ってエドウィンは懐から四通の封筒を取り出し、キッド以外の四人にそれぞれ配った。
「これから君らはボスに会う。そこで組織に加入するための儀式のようなものをしてもらう。と言ってもそんなに格式ばったものじゃない。本名、フルネームと今渡した名前をボスに名乗り、杯を交わす。やり方はわかるかい?」
「まぁ、それぐらいは」
封筒の中身を確認しながら小さく頷くヴィック。
「ボバのなんて書いてある?」
「ちょっとダリー、勝手に覗かないでよ」
「エドさんて彼女いるんですか?」
ダリー、ボバ、エマの三人はエドの話を聞いていない。
「ま、わからなければヴィックに習ってくれ。着いたよ」
エレベーターのドアが開き、六人は広く薄暗い廊下に出た。
廊下の壁にはキッドの父バリー・ジョー・スマイリーがシティの実力者や芸能人やスポーツ選手などの著名人と一緒に写っている写真が豪奢な額縁に納められて飾ってある。
廊下の奥には黄色い金属製ドアがあり、ドアに貼られた純金のプレートには『BOSS'S OFFICE』と彫られている。
「それではみんな、我らがボス“スマイリー・フェイス”とご対面だ。ようこそ、『SMILE-PUNK』へ」
エドウィンがドアを開け、五人を中へ招き入れる。
ドアの向こうに広がっていたのは黄色と黒を基調とした酒場のような空間だった。
向かって右側にはビリヤード台やダーツ台やスロットマシンなどの娯楽が並び、左側にはバーカウンター、正面には黒革のソファーが半円を描くように並べられている。
ソファーにはボスでありキッドの父であるバリーが座っており、その両脇には二人の女性。一人は薄い緑色に染めた髪が特徴的な日系の女性、もう一人は鋭い切れ長の目の白人女性。二人ともバリーに寄り添い肩や膝に手を当てている。
「おっ、来たか、お前ら」
キッドらに気付いたバリーは葉巻を持った手を振ってみせた。
「あ♪キッドちゃ~ん♪」
バリーに寄り添う緑髪の日系女性がキッドに向かって手を振った。
「久しぶり」
同じくバリーに寄り添う切れ長の目の白人女性もキッドに向かって手を振った。
「あ、やっちゃんとニッキー」
二人に気付いたキッドも軽く手を振り返す。
「・・・キッドちゃん、お顔どうしたの?」
「話せば長くなるけど、ケン兄にボコられた」
「お、知り合いだったのかい?さすがボスのご子息。幹部とも既に顔見知りか」
キッドの顔を覗き込むエドウィン。
「あぁ、まぁ、よく家に来るんすよ。親父と寝てるんす、あの二人」
「・・・なるほどね」
「よぉ!待ってたぞ!」
ビリヤードをしていた二人の男達の内の一人、黒い髪を逆立てサングラスを掛けた東洋系の青年もキッドらに気付いて声を掛けた。
「あ、ケン兄」
キッドの従兄、ケンドリック・ルー・スマイリーはキューを壁に立て掛けて六人の元へやって来た。
「遅かったじゃねぇかよぉ。時間ギリギリだぜ?」
ケンはキッドの首を脇に挟みこんで乱暴に頭を撫で回し始めた。
「痛てぇよケン兄!」
「ハハハハハハ!」
もがくキッドの頭をなおも撫で回すケン。
「従兄弟同士じゃれ合うのは後だケン。紹介しないと」
「あいよ」
エドウィンに言われてケンはキッドの首を離した。
「よおぉぅこそぉぉ!!」
突如、バーの方からエドウィンに負けず劣らずの大男が諸手を広げてキッド達の方へ早足に近付いて来た。
男は神父のような服を来ており、白目を向いているような全頭マスクを被り、頭の上には天使の輪のような物が輝きながら浮いている。
大男はにこやかに笑いながらヴィックの目の前に立ち両肩を掴んだ。
「君がキッド君だね!いやあぁ、一目見てわかったよ!ボスに似てたくましい!顔はあまり似ていないが、まぁ、そんなことは些細なことだ!会えて嬉しいよキッド君!」
「あ・・・、いや・・・、違います・・・。俺、ヴィックです。キッド、こっち」
ヴィックは戸惑いを顕に横に立っているキッドを指差した。
「あっ!!ハッハッハッハッ!!すまない!!私としたことがぁ!!」
男は大袈裟な仕草で頭をおさえ、すぐにキッドの目の前に移ってヴィックと同様に肩を掴んだ。
「君がキッド君か!言われてみれば確かに!目がお父さんそっくりだ!聡明さが滲み出ている綺麗な瞳だ!あ、申し遅れたね!私は“レボルビエル・カーン“!お父さんには“レブ”と呼ばれている!君も気兼ね無く“レブおじさん”と呼んでくれて構わない!いや、君のお父さんは素晴らしい人だよ!私はとても尊敬・・・、いや崇拝していると言っても過言ではない!私は『SMILE-PUNK』の幹部をしていてとても・・・」
「レブさん、順番に紹介しますから、のちほど」
エドウィンが苦笑しながら割って入ると、レボルビエルは一瞬きょとんとした後、すぐにまた大袈裟に頭をおさえて笑い出した。
「あっ!!ハッハッハッハッ!!すまない、すまない!!私としたことがぁ!!ボスのご子息とお初にお目にかかれてテンションフルマックスで先走ってしまった!!いやあぁ、申し訳ない!!では、あとのことはエドウィン君に任せるとしよう!!」
そう言ってレボルビエルはバーの方へと帰って行った。
それを見届けると、エドウィンは一つ軽く咳払いをしてから、五人の顔を順に見た。
「では、まずは君らに紹介しよう。ここに集まっているのが『SMILE-PUNK』の幹部達だ」
エドウィンはまず、一人でダーツに興じていた短く刈り込んだ金髪に剃り込みを入れた欧米系の青年を指し示した。
「彼はサーク・ブリジストン。またの名を“ブリッツ”。幹部序列は第十二位だ」
サークはキッド達に一瞥くれると、無言でダーツに戻った。
「感じの悪ぃ野郎だ。ま、気にすんな」
冷淡なサークの態度にケンは肩をすくめた。
「“ブリッツ”だってよ・・・!“電光殺人鬼”だ・・・!」
ダリーが隣にいるエマに小声で耳打ちした。
「二十人の傭兵集団を五秒で皆殺しにしたっていう奴か・・・!?ヤバ・・・!」
エマも小声で応える。
「続いて彼女・・・」
エドウィンが次に指し示したのはバリーに寄り添う緑髪の日系女性。
「彼女は毒島泰子さん。通称“アルラウネ”。序列第十一位だ」
「よろしくね~♪」
紹介された泰子はキッド達の方を向きニコリと笑って手を振った。
「キッドの“常備薬”製造してる人だよね・・・?」
「あぁ・・・」
ヴィックのズボンの裾を引っ張って小声で尋ねるボバと同じく小声で答えるヴィック。
「次に、僕・・・、は、もう知ってるよね。幹部序列第十位の“サード・アイ”ことエドウィン・ヒコックスだ」
エドウィンは自分の胸に手を当て軽く会釈してからすぐに泰子と共にバリーのそばに着く欧系白人の女性を指した。
「彼女はニコレット・エグル。またの名を序列第九位の“イーグル・アイ”だ。」
ニコレットも鋭い切れ長の目で五人を順に見てから小さく会釈した。
「“イーグル・アイ”って、1000m先の標的、スコープ無しでヘッドショット決める、っていう、あの・・・?」
「『SMILE-PUNK』の“イーグル・アイ”なら、その“イーグル・アイ”だ・・・」
誰にともなく呟くエマにヴィックは生唾を飲んで応えた。
「続いて・・・」
エドウィンは今度は先ほどまでケンとビリヤードをしていたエドウィンやレボルビエル以上の大男を指した。
その体長は2mを優に超えているが、何を置いてもその風貌が異様だった。
暗い灰色の皮膚、歯が剥き出しの口は耳元まで延び、潰れた鼻の両脇から15cmほどの髭のような物が生えている。
「彼はナイゼル・ボーダン。ナマズの魚人だ。とても温厚な人だが、怒らせるとただでは済まないよ。“アースクエイク”と呼ばれている。幹部序列は第八位だ」
「よろしくな」
ナイゼルは無骨に応えて手を振った。
「なんで“アースクエイク”・・・?」
「拳一発でビルを揺らすから・・・」
ボバが問い掛けるとダリーが即座に答えた。
「で、彼女は・・・」
エドウィンが次に指し示したのはバーカウンターでグラスを煽っている小柄なメキシカンの女性。
「Hola♪」
「キッドとヴィックは知ってるね、タビーだ。またの名を“シャドー・チェイサー”。幹部序列は第七位」
「よろしくネ♪」
「おっぱいデカくね・・・?」
「褐色、いいね」
タビーを眺めながら呟きあうダリーとボバ。
「諸君、次に移るよ?」
エドウィンはダリーとボバの二人を見据えながら軽く咳払いをし、タビーの目の前、カウンターで飲み物を作っているマスクを着けた茶髪の女性を指した。
「彼女はリグ。幹部序列第六位の“シザーハンズ”だ」
「どうも・・・」
リグはキッドら五人に手を振って挨拶した。
「あのお姉さんに膝枕してもらったのかよ・・・!?」
「柔らかかった・・・!?いい匂いした・・・!?」
「うん・・・」
キッドはダリーとボバの追及に一つ頷くだけで答えた。
「で、俺がケンドリック・ルー・スマイリー」
キッドの頭をガシガシと乱暴に撫でながらケンが前に出た。
「フルネームは長過ぎるから割愛だ。知ってるだろうが“レッド・ドラゴン”ってのが通り名だ。幹部序列は第五位な。よろしく」
ケンは愛想良く五人に笑い掛け、エマにだけ手を振った。
「で、次に紹介したいのが・・・」
ここへ来てキッドはハッと思い出したようにエドウィンを見た。その表情には期待の色が満ち満ちている。
「幹部序列第四位、最高幹部の一人“ジャガーノート”・・・なんだけど、まだ来てないみたいなんだよねぇ・・・」
「え!!?」
エドウィンはキッドの視線を避けばつが悪そうに頬を掻いた。
「遅刻魔なんだよな、時間通りに来たことねぇ」
キッドの頭を撫で回しながらケラケラ笑うケンに対し、キッドは横目で睨みながらつまらなそうに溜め息を吐いた。
「では、ジャガーノートは飛ばして・・・、そちらの・・・」
「やぁ!!キッド君!!また会ったね!!」
エドウィンの言葉を遮り、レボルビエルが大声でキッド達の前にやって来た。
「改めて、私は“レボルビエル・カーン”!!またの名を“アナザヘブン”!!幹部序列は第三位!!最高幹部と呼ばれる内の一人だ!!もはや君のお父さんの右腕であると言っても過言では無いと思っている!!」
レボルビエルの言葉に眉間を歪めて挙手をするキッド。
「なんだいキッド君!?」
「第三位が右腕ってなんか変じゃないすか?第二位と第一位は?」
「ハッハッハッハッ!!異なことを言うねキッド君!!君のお父さんは凄い人だ!!だから右腕が三本ぐらいあっても不思議ではないのだよ!!そう!!君のお父さんは凄い!!本当に凄い!!いや、ホントだよ?どれぐらい凄いか、って?難しいね!!とても難しいが、“凄く凄い”とだけ言っておこうかな!!」
レボルビエルは嫌そうに目を細めるキッドの肩をを掴んで揺さぶりながら大声でまくし立てる。
「私の業務は君のお父さんの素晴らしさを世に広めること!!とてもやり甲斐のある仕事だとも!!何故なら、君のお父さんは素晴らしいお人だからだ!!」
そう言ってキッドの肩を引き寄せながらソファーに座るバリーを指し示すレボルビエル。
当のバリーは呆れた様子で葉巻をふかしている。
「おやおや?キッド君!しかめっ面だね、いけないよ!お父さんのように常に笑顔を見せていないと!笑顔は余裕の証!ヨコハマ・シティの帝王の息子なのだから君も余裕の笑みを絶やさぬようにしなければ!私が受け持つ団体はまさにそう!“常に笑顔を絶やずに”をモットーとしている!君のお父さん、“スマイリー・フェイス”を崇める最高の団体!」
レボルビエルはキッドの肩から手を離すと、くるくると回転しながら部屋の中央へ移動し、両手を広げて天井を扇いだ。
「『オール・スマイル』!!!宗教法人だ!!」
「ありがとうございます、レブさん。では次に移ろう」
エドウィンが小さく拍手しながら止めに入った。
「エドウィン君、まだ彼のお父さんの素晴らしさを伝えきれていないのだが・・・」
「レブさん、キッドはバリーさんの息子だよ?」
エドウィンの言葉にレボルビエルは一瞬硬直し、すぐに頭をおさえて笑いだした。
「ハッハッハッハッ!!確かにそうだ!!ボスの息子さんにボスの素晴らしさを伝えようなど、釈迦に説法も良いところだ!!いやいや、とんだボケをかましてしまった!!ハッハッハッハッ!!めっちゃウケる!!」
「セニョール・レブ、あっち行ってよーネ。邪魔になるヨ」
タビーが大笑いするレボルビエルの腕を引いてバーの方へ連れて行った。
「では、気を取り直して、次は、彼女・・・」
エドウィンはレブが引っ張られて行ったバーの方を手で指し示した。
そこにいたのは、この場にいる誰よりも異彩を放つ人物。
赤紫色の派手なパーティードレスに身を包んだ桃色の肌の女性。眼球は赤く、頭には深紅の角が一対生えていて、その頭部より大きな両手、ピアスまみれの尖った耳。さながら悪魔のような風体。少なくとも人間にはとうてい見えない姿だった。
「ごきげんよう、坊や達。失礼お嬢さんもいたわね」
金色の歯を見せて気さくに笑う悪魔のような婦人。
「彼女は“エリザベス・アンドロマリア・スカーレット”卿。英国から来た悪魔のご婦人だ。またの名を“ネオン・デーモン”」
「よろしく」
エリザベスはキッド達に向けて恭しく巨大な手を振った。
「30年前の“ウェールズ大虐殺”ってあの人がやったんだっけ・・・?」
「そうだよ、よく知ってるね」
ヴィックが生唾を飲んで呟くと、エドウィンがにこやかに笑いながらそれに答えた。
「そして、次にご紹介するのが・・・」
エドウィンは一歩前へ出て、バリーの座るソファーの後ろに仁王立ちしているナイゼルに匹敵する大男を指し示した。
潰れた鼻に爛れた口、落ち窪んだ目が真っ赤に充血しているスキンヘッドの黒人の男。
「幹部序列第一位“ブギーマン”こと“ベンジャミン・ジョーンズ”さんだ」
エドウィンがベンジャミンを紹介すると、キッド、ヴィック、ボバ、エマの四人が一斉にダリーを見た。
「・・・俺を見るな、“あっち”を見ろ」
ダリーは四人の視線に対し嫌そうに首を振り、ベンジャミンの方を顎でしゃくった。
当のベンジャミンは腕を組み、無言でダリーを見据えている。
「だから、こっち見んなっての」
ダリーは明らかに苛立った様子でベンジャミンを睨み付けた。
「おっと、今度は君が知り合いかい?それもえらく親しげだね」
苛立つダリーの肩に手を置き、笑顔を向けるエドウィン。
「まぁ・・・」
ダリーは溜め息を吐きながら小さく頷いた。
「ま、その辺のゴタゴタは後で自分らで済ませろよ」
吸いかけの葉巻を灰皿に置き、バリーがソファーから立ち上がった。
「改めて言うまでもねぇと思うが、これも“しきたり”だ、俺が『SMILE-PUNK』のボス、“スマイリー・フェイス”、“バルサザール・ジョー・スマイリー”だ」
バリーは三歩前へ出てキッドら五人を手招きした。
「一人ずつ、自分の名前、ゴッドファーザーから貰った名前をボスに名乗って」
エドウィンが五人に前へ出るよう促した。
五人は部屋の中央に横一列に並び、バリーと向き合った。
「・・・誰から?」
真ん中に立つキッドが両脇に立つエマとヴィックを横目で見る。
「・・・背の順じゃね?」
エマが呟く。
「ヴィックか・・・?」
ダリーも呟く。
「いや・・・、ホントは一番デカいのはボバだ・・・」
ヴィックも呟く。
「え・・・!?」
すかさずヴィックを凝視するボバ。
「僕から・・・!?」
ボバはしばし戸惑った様子を見せたが、緊張を振り払うため深呼吸をしてバリーに向き直る。
「“ボニファシオ・バルビエリ”、ゴッドファーザーから貰った名前は“アックス・ジャイアント”です」
ボバが名乗ると、幹部勢の一部が騒然とした。
「“バルビエリ”・・・って、“ジャンゴ・バルビエリ”となんか関係あんのか・・・?」
ケンがサングラスの上の眉を歪めた。
「あぁ、彼は“皆殺しのジャンゴ”の息子だよ」
口元にのみ不敵な笑みを浮かべてケン同様眉間にシワを寄せるエドウィン。
「知ってたなら教えとけよ」
「サプライズは大事だろ?」
ボバは小さく咳払いをして隣に立つヴィックの膝を叩いた。
「あ・・・、えぇ、俺は“ヴィクトール・マクシモヴィッチ・ブラギンスキー”です。ゴッドファーザーから貰った名前は、“イグニッション”です」
「え?ダサ・・・」
キッドがぽつりと溢すと、ヴィックは横からキッドの肩を肘で小突いた。
ヴィックの名前を聞き再び騒然となる幹部達。
「“ブラギンスキー”?」
サークはダーツを投げる手を止め、ヴィックの顔をまじまじ見た。
「まさか“ファイアー・ストーム”の息子じゃねぇだろうな?」
ナイゼルが苦笑気味にエドウィンの方を見ると、エドウィンは笑顔で目を瞑り肩をすくめた。
「・・・マジかよ」
ナイゼルはビリヤードのキューを置いて腕を組んだ。
「次・・・、俺か」
ダリーは下唇を突き出しながら首を鳴らした。
「“ダライアス・ベンジャミン・アシアー”っす。ゴッドファーザーから貰った名前は“トゥームストーン”っす」
ダリーが名乗った瞬間、エドウィンとバリー以外の全員がダリーとベンジャミンを見比べた。
「・・・名付け親?」
ずれたサングラスを直しながらベンジャミンを凝視するケン。
「っていうか親子だ」
苦笑しつつ肩をすくめるエドウィン。
「だから知ってたなら教えとけよ」
「だからサプライズは大事だ」
「あと、まだなんかあんなら先に言えよ」
「真ん中の彼はボスの息子だ」
「うぜ」
ニヤニヤ笑うエドウィンと不機嫌そうに口元を歪めるケン。
「背の順・・・、ってことはぁ?あ!次アタシか!」
わざとらしく口元をおさえてニヤニヤと笑うエマ。キッドは何も言わず舌打ちだけしてそれに応えた。
エマは楽しそうに鼻を鳴らして気怠げに手を挙げた。
「はーい、“エマ・デリア・ナダスディ”でーす。貰った名前はぁ、“ブラッド・アウト”です。どうも」
手を下げ一瞬会釈をしてすぐに顔を上げるエマ。
エマの名前を聞いて反応を示したのはレボルビエルとエリザベスとリグの三人だけだった。
「“ナダスディ”・・・。ほう・・・」
レボルビエルは目を細めて頷いた。
「もしかしなくても“ブラック・ナイト”の孫娘ね」
エリザベスは目を見開いてエマを見据えている。
「・・・!」
リグは無言で目を輝かせてエマを見ている。
「誰だ?」
ケンはサングラス越しの横目にエドウィンを見た。
「元〝ヨコハマ十傑〟の一人さ。裏社会で処刑請負人をしてた人だ。独創的な処刑方法で有名だった。リグは彼の大ファン」
「“元”?今は何してんだ?」
「死んだ」
「あらら」
「ボスとベンジャミンさんとミズ・エリザベスとレブさんの四人がかりで殺したんだ。15年ほど前らしい」
「は!!?」
ケン、タビー、ナイゼル、ニコレット、泰子、サークの六人は一斉にエドウィンを見た。
「僕は関係無い」
エドウィンは目を瞑って首を振った。
「じゃあ、祖父の仇だらけの組織じゃねぇか。なんでまたそんなとこに?」
ナイゼルが疑問をこぼすと、エマは呆れた様子で鼻で笑った。
「いやぁ、物心つく前に死んだ爺さんに思い入れなんてねっすよ。記憶に無いジジイへの義理通すより『SMILE-PUNK』から給料貰う方がいいでしょ」
苦笑して肩をすくめるエマ。
「なるほど、合理的だな」
ナイゼルは腕を組んで深く頷いた。
「さて、次は一番背の小っちゃいキッドくんですねぇ」
ニタニタと笑いながら横に立つキッドを手で指し示すエマ。
キッドはエマの掌の上に中指を立てた手を置いた。
エマがそれを叩き落とすと、キッドは大きく咳払いをしてバリーと向き合った。
「“キッド・ジョー・スマイリー”、“キラー・キッド”」
キッドは必要最低限の名乗りだけに留めて口を閉じ、半ばふてくされた様子でポケットに手を突っ込んだ。
キッドの態度を見たバリーは軽く鼻で笑い、バーカウンターのリグに向けて指を鳴らした。
すぐにリグが六つのグラスの乗ったお盆を持ってやって来た。一つにはブランデー、他の五つにはジュースが入っている。
リグはブランデーの入ったグラスをバリーに渡し、ジュースの入ったグラスを五人に順に配ってからまたバーへと戻って行った。
バリーが五人へ向けてグラスを掲げ、五人も同じようにバリーに向けてグラスを掲げた。
バリーと五人は一斉にグラスを煽り中身を一息に飲み干した。
そして六人は空になったグラスを壁に投げつけ叩き割った。
バリーは五人に向き直り、諸手を広げて笑い出した。
「ハッハー!よーし、お前ら!歓迎するぞ!ようこそ『SMILE-PUNK』へ!」
バリーの言葉を合図とし、その場にいる幹部達がまばらな拍手を五人に送った。
と、拍手が始まった直後、部屋と廊下とを隔てる金属扉が開いた。
「わっ、遅刻したのにすごい歓迎。なんか悪いですね」
的外れなことを呟き、苦笑しながらオフィスへと入って来たのは日系の若い女性。
歳は二十代中頃、目測でも160cm前後と女性としては背が高く、長い黒髪に肌は白い、濃い茶色の瞳を持つ清楚な印象を受ける顔立ちの整った美人。
「あっ」
キッドはその顔を見て呆気に取られた。
「「あっ」」
ヴィックとボバも同じく呆気に取られた。
オフィスに入って来たのは、昼間ダリーとエマのもとへ向かう途中に見かけた女性その人だった。
「いやぁ、どうもぉ、えへへ」
女性は照れ笑いを浮かべて頭を掻きながら、早足気味に五人の横を抜けてバリーの少し後ろに立った。
すでに拍手は止み、オフィス内には沈黙が流れていた。
「・・・これ今なんの時間ですか?幹部の紹介しないんですか?」
周囲を見回し視線が自分に集まっているのを確認した女性がバリーにコソコソと囁きかけた。
「もう終わった。遅刻したお前以外な。俺も自己紹介して、新入り達も終わって、あとマジでお前だけ」
バリーは半身で女性の方へ振り返りコソコソと囁き返した。
「おっと・・・」
女性は眉間にシワを寄せ、目を瞑ってうつむいた。
「違うんですよ、ホントは間に合うはずだったんです。でも、来る途中、道端で巨大ロボット達に襲われてる人がいて、助けてたらバス乗り過ごして・・・」
「なんだそれ?」
怪訝な表情で女性を睨むバリー。
「や、マジですよ!100mくらいあるロボットが子供とか女の子とか黒人とかを襲ってたんですよ!」
「100mって、ゴジラぐらいだぞ?そんなデカいロボットがいたのか?」
「そんなには大きくなかったです」
普通に雑談を始めた二人を見兼ねたエドウィンが大きめの咳払いをし、オフィス内の注目を集めた。
「ではここで、遅ればせながらのご到着、『SMILE-PUNK』幹部最後の一人をご紹介しよう」
エドウィンは五人と女性との間に立ち、女性に軽く手招きをした。
女性は苦笑いしながらバリーより一歩前へ出て五人と向き合った。
ダリーとエマは無表情。ヴィックとボバは訝しげな面持ちで女性を見据え、キッドはソワソワしながら女性とエドウィンを向後に見ている。
「彼女が幹部序列第四位、最高幹部の一人、“ジャガーノート“こと“金剛寺由真”さんだ」
エドウィンが名乗り上げた瞬間からキッドは唇を噛み締めて身をよじり出した。
ヴィックとボバは唖然とし、ダリーとエマは様子のおかしいキッドを眺めている。
「あ、えっと、金剛寺由真です。よろしくお願いします」
由真は両手を前で揃えて軽くお辞儀をしながら、やはり様子のおかしいキッドを眺めている。
「えっと・・・」
苦笑してキッドを指差しバリーとエドウィンを見比べる由真。
「あぁ、コイツ、“ジャガーノート”の大ファンなんですよ、って、さっき会った時に言ってたんですけど」
キッドの肩を抑えて由真に苦笑いを返すヴィック。
「え?えっ!?あっ!!?」
五人に気付き口元をおさえる由真。
「あぁ!さっきの!あのタトゥーの子だ!」
咄嗟に笑顔になり手首の辺りを指差す由真に、キッドはジャージの袖を捲ってジャガーノートのタトゥーを見せる。
「それそれそれ!あはは!すっごい偶然!」
手を叩いて笑う由真。
「なんだ、お前ら、もう会ってたのか?」
バリーがキッドと由真の間に顔を突っ込んだ。
「さっき話したロボットに襲われてた子達ですよ」
「じゃあ、マジなのか?」
「マジですよ!マジに決まってるじゃないですか!ね!ね!」
バリーを睨み付けた後、五人に向かって同意を求める由真。
「はい、事実です。ロボットに襲撃されて、ジャガーノートに助けて貰いました」
由真の発言を端的に肯定するヴィック。
「でも・・・」
ヴィックは訝しげな顔で由真を見据える。
由真は傍目には女性として歳相応な華奢な体型をしていた。四体の機械巨人を一人で軽々破壊して見せたジャガーノート本人とはとても思えなかった。
「・・・ひょっとして、私がジャガーノートだって信用できない?」
由真は悪戯っぽい笑みを浮かべながらヴィックの顔を覗き込んだ。
「いえ!そんな・・・!」
ヴィックは慌てて首を振り一歩後退った。
「君、体重いくつ?」
「へ?えっ・・・と、97kgです」
ヴィックが言い終えるが早いか、由真はその場にしゃがみ込んだ。
「私の肩に手を置いて、片足上げてみて」
「・・・?」
言われるままヴィックは由真の肩に恐る恐る手を置き片足を少し浮かせた、直後、由真はヴィックの靴の下に人差し指を入れて持ち上げた。
「えうわっ!!!?」
100kg近いヴィックの巨体が風船人形のようにフワリと持ち上がった。
「なん!?え!?ウソウソウソウソ!!?」
焦り戸惑うヴィック。
ボバとダリーとエマは呆然としながらその光景を見ている。
キッドはと言うとヴィックには一切目もくれず、巨体を持ち上げて得意げな由真を目を輝かせて見詰めている。
自身の怪力っぷりを存分に見せ付けると、由真はヴィックをゆっくりと床に下ろし、指先に着いた汚れを軽く払った。
「ビックリした?」
「はい・・・」
悪戯っぽく笑う由真を真っ直ぐに見据えて冷や汗を垂らすヴィック。
「私がジャガーノート。信用できた?」
「はい・・・」
「ふふん、よろしくね」
満足げに頷く由真。
「あのっ!!」
由真がオフィスにやって来て以降、ずっと黙っていたキッドがとうとう口を開いた。
「俺、ジャガーノートの大ファンです!!!」
「ん、あ、知ってるよ。さっき聞いた」
とてつもない熱量の籠ったキッドをサラッと流して見せる由真。
「動画とか見ててもめちゃくちゃカッコ良くて、さっき直に戦ってるとこ見て最高にカッコ良かったです!!!」
「あはは、ありがと」
「鎧の下はどんな厳つい奴なのかなぁ、っていつも思ってたんすけど、まさかこんな美人が出てくると思ってなくて、もうギャップにやられました!!!」
「いやぁ、照れるなぁ」
「もう最っっっ高です!!!惚れました!!!付き合ってください!!!」
「・・・ん?ごめん、・・・ん?」
さすがに引っ掛かったのか、聞き返す由真。
「由真さんに惚れました!!!結婚を前提に付き合ってください!!!」
キッドは斜め45度の姿勢で頭を下げて右手を差し出した。
その場にいるキッド以外の全員が、真顔でキッドを眺めていた。
しばし静まり返ったオフィスの中、由真が沈黙を破った。
「あははは、スゴいねキミ。こんなに大勢の前でなんて、大胆と言うか、ね」
あまりに実直なキッドの態度に楽しげに笑う由真。
「でも、私と付き合うのは、キミにはまだ早いかなぁ」
キッドを含む全員の視線が、今度は由真に集まった。
「私の理想のタイプはね、“私を守ってくれる人”なんだけど、私より弱い人には無理だよね」
悪戯な笑みを浮かべる由真に、キッドは姿勢を直して真面目な表情で向かい会う。
「私は最高幹部の一人で、キミは入ったばかりの新人でしょ?でも、頑張ればキミでも幹部になれるよね?で、もっと頑張って私に勝てば最高幹部になれるの」
真っ直ぐにキッドを見据えて自らの胸に手を当てる由真。
「その時に、またこの話をしよう?」
そして笑顔でキッドに右手を差し出す。
「それまでは、じゃあ、友達ってことで、ね」
差し出された右手と由真の顔を向後に見て真面目な顔で由真を見詰めるキッド。
「じゃあ、俺が最高幹部になったら付き合ってくれるとして、ボスになったら結婚してくれますか?」
再び全員の視線を集めるキッド。
「ふふふ、ボスになったらね」
さらに再び全員の視線を集める由真。
キッドは由真の右手を握り締めた。
そして二人は見詰め合い、笑顔を向け合った。
「キッド・ジョー・スマイリーです」
「よろしくね、キッドくん」
直後、キッドの顔が苦痛に歪んだ。
由真の手の下からキッドの手の骨が軋む音が鳴る。
「えぁっ・・・!?」
戸惑うキッドに由真はやはり悪戯な笑みを見せ、そのままキッドの腕を引き、思い切り振り上げて投げ飛ばした。
キッドの身体は猛スピードで真っ直ぐ飛び、ニコレットと泰子の座るソファーを越えて壁に激突した。
鈍い激突音にその場にいる誰もが顔をしかめた。
そんなオフィス内の空気を尻目に由真は颯爽と金属扉へ向かって歩き始めた。
扉のノブに手をかけたところで振り返り壁からズルズルと落ちていくキッドを見た。
「これファンサービスね」
そう言い残して、由真はオフィスを後にした。
ゆっくりと閉まる金属扉を背に薄暗い廊下を歩く由真。
背後では閉まりかけた扉の隙間からキッドを心配するヴィックや泰子やレボルビエルの声とバリーの高笑いが響いている。
完全に扉が閉まり切り、薄暗い廊下が静寂に包まれると、由真はピタリと足を止めた。
そして、何の前触れも無しに壁を殴り付けクレーター状の凹みを入れた。
「・・・・・・・・・馬鹿じゃない?私、めっちゃ馬鹿じゃない?」
そのままその場に膝から崩折れる由真。
「なーんであんなこと言うかなぁぁぁ・・・、偉っそうに、“その時に、またこの話をしよう?”、”ふふふ、ボスになったらね”じゃないっつうの・・・!」
自分の言ったセリフを自虐的に反復する。
「ええやん、今付きおうても!けっこう可愛いし、全然好みのタイプやん!なんであんな虚勢張るかな、私って、本当にぃぃぃ!“理想のタイプは私を守ってくれる人”!?はい違いまーす!!理想のタイプは“年下の懐いてくる系白人男子”でーす!!金髪碧眼ならなお良しでーす!!・・・ドンピシャやないかっっ!!!」
今度は床を殴りクレーターを作る。
「いやね、あんなみんなん前で告られても、ってのも確かにあんのよ!でも、それをみんなん前であんな風に言ったら、みんなん公認で断ったみたくなるやん!“やっぱり今の無し”なんて言われへんしぃ!」
床に寝そべり、身悶え、のたうち回り始める由真。
「“私に勝てたら”って、我ながらハードル高過ぎんのよ!!私“超人”やで!?なんぼスマイリーさんの息子や言うても勝つまで何年かかんのよ!?見栄張って格好付けるとロクなこと無いってええ加減学習せぇや、私いぃぃぃぃ!挙げ句、恥ずかしくなっちゃって投げ飛ばすとか、馬鹿なん!?私って馬鹿なん!?馬鹿だやんね!!知ってる!!全然知ってる!!“これファンサービスね”やあるか!!ファン、シバくサービスて、いつん時代のプロレスラーやねん!!?キッドくん元気ですかー!!?」
その後も由真は床に寝そべったまま、一頻り喚き散らしのたうち回った後、ゆっくりと起き上がりエレベーターのボタンを押した。
「・・・帰ります」
エレベーターのドアが開き由真が乗り込みドアが閉じる。
薄暗い廊下には再び静寂が訪れ、エレベーターのモーター音が低く唸る音だけが小さく響いていた。
ヨコハマ・シティ、セントラル区の大通りを一台の高級リムジンが走っている。
「ふん、全身打撲だね。肩甲骨と鎖骨にヒビ、肋骨が二本折れてる。内出血が酷い。ごく軽微ではあるが、内臓への損傷もある・・・、重症だね」
エドウィンは自身の網膜に仕込んだ生体スキャナーでキッドの容態を診断した。
キッドは宛て木と包帯だらけの姿でエドウィンと対面する座席に横たわっている。
エドウィンの横で焦り貧乏揺すりをするヴィック。
「処置しなきゃ一生寝たきりになっちゃうね」
「じゃ!じゃあ、すぐ病院に!」
「いや、その必要は無い」
顔をしかめるヴィックをよそにエドウィンはキッドの方へ身を乗り出し、右手の薬指の先をキッドの腕の静脈の辺りに数秒間押し付けた。
「これで良し」
そして指を離すと元の座席にゆっくりと腰かけた。
「医療用ナノマシンを注入した。血管を通って七秒で全身に行き渡る。患部を一斉に治療し始め、完治したら汗や尿に混じって排出される。キッドの容態なら治るまで半日ってとこかな」
「・・・そっすか」
昨日から様々な出来事に見回れ、ヴィックはもはや疑問を抱くことにすら疲れきっていた。
ヴィックは背もたれに寄りかかり、包帯だらけで横たわるキッドをぼんやり眺めた。
「ったく、お前は馬鹿だ」
ポツリとヴィックが呟くと、キッドは無言で中指を立てた。
キッドはふと車窓に視線を移した。
包帯まみれで横たわる自分の姿が窓に映り、腹の上に置いてある右腕の手首に彫られたジャガーノートのタトゥーがこちらを見ていた。
キッドは窓に映ったジャガーノートをじっと見詰めると、家路を走る車に揺られ身体中の痛みも忘れて憧れの存在に想いを馳せながらそっと目を閉じ眠りに就いた。
応援ありがとうございます!
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