YOCOHAMA-CITY

富田金太夫

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SMILE-PUNK/Smiley brothers

ep.3:Diamond Jack.

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ヨコハマ・シティ、セントラルバラの外れにある酒場を改装したタトゥーとバーガーの店『ゴールデン・キッド』。
平日の昼過ぎ、客は疎ら。
ウェイトレスのエマはカウンターで違法煙草ドラッグの煙を燻らせ際どいホットパンツから伸びる白い脚を無意味に組み替えては客達の視線を弄んでいる。
厨房ではシェフのボバがタコスを頬張り遅めの昼食を摂っていた。
吹き抜けの二階テラスを改装したタトゥー・ショップから安っぽい鉄骨の螺旋階段を伝ってダリーが降りて来た。
「ボバ~、俺にも昼飯作ってくれ~」
「タコスならたくさんあるから分けてあげるよ」
ダリーがエマの隣に座るとボバが大量のタコスが乗った大皿を出した。
ダリーがタコスを手に取った瞬間、店のドアが凄まじい勢いで開かれた。
ボバ、エマ、ダリーと店内の六人の客が一斉に入り口を見た。
そこには一人の少年が立っていた。
少年は浅黒い肌を持つヒスパニック系。黒い髪を後ろへ撫で付け後頭部で一つ結びにしている。右の眉尻には傷があり、左の眉尻に金のピアスを着けている。派手なシャツの上に安物のジャケットを羽織り、服の上からでもわかるほどに筋肉質。金縁の威圧的なサングラスとシワの寄った眉間が少年の厳めしさを増長させている。
「・・・どう思う?」
ボバは口の中のタコスを飲み込んで小声で言った。
「・・・客じゃなさげ~」
赤紫色の煙を吐きながらエマが答えた。
「・・・どっかで見たことあるような」
ダリーはタコスを皿に戻して呟いた。
少年はサングラス越しに店内を見渡した。一通り眺めた後、少年は真っ直ぐにカウンターへ歩いて行きダリーの席から一つ空けた席に座った。
少年がカウンターに置いた右手拳には指の付け根に“DAMN地獄行き”の文字の刺青が彫られている。さらに少年のシャツの襟から覗く首筋にも仰々しいトライバル・タトゥーが入っているのがわかる。
少年は黙ってうつむき、自分の手元を眺めている。
ダリーは少年の拳と首筋を睨んだ後、わざとらしく咳払いをした。
「なぁ、用件はなんだ?新しいタトゥー入れに来たなら上に行け。飯食いに来たなら注文しろ。ここはタトゥーとバーガーの店だ」
ダリーが声を掛けると少年はサングラス越しにダリーを一瞥し、すぐにまた手元に視線を戻した。
「・・・キッド・ジョー・スマイリーに会いに来た。土曜日はいつもここにいるって聞いて来た」
「あぁ?なんだ、K.Jのファンかなんかか?生憎、うちのオーナーは夕方になんねぇと来ねぇぞ」
「そうか。ならそれまでここで待つ」
「用件は?」
「キッド・ジョー・スマイリーに会いに来た」
「だからK.Jになんの用なんだよ?」
「・・・K.Jってのは、・・・キッド・ジョー・スマイリーのことか?」
「おう」
「そうか」
「で、用件は?」
「キッド・ジョー・スマイリーに言う」
少年が言い終えるが早いかダリーは席を立ち少年の肩を掴んだ。
「よぉ、テメ、舐めんのも大概にしろ。用が無ぇなら帰れ」
少年はゆっくり首を回し、サングラス越しにダリーを睨んだ。
「だから用があんのはキッド・ジョー・スマイリーだ。テメェじゃねぇ」
少年はダリーの手を振り払って立ち上がった。立って並ぶとダリーよりやや上背がある。
「戦んのか?」
ダリーが凄むと少年は静かに拳を握った。
「・・・上等だ」
少年はサングラスを外した。その顔を見たダリー、ボバ、エマの三人は唖然とした。
「お前・・・、何者だ・・・?」
たじろぐダリーをよそに、少年は拳を構えて踏み出した。
「行くぞ・・・!」


セントラルバラヤマテ・ストリートの一等地にそびえる高層タワーマンション“スマイル・ヒル”。その屋上に立つ超高級ペントハウス。キッド・ジョー・スマイリーが父バリーと弟ビリーの三人で暮らす大豪邸だ。
キッドの自室。キッドはその小柄な体躯には分不相応なほどの巨大なベッドで眠っていた。
すると突然キッドのベッド際に置いてあった携帯端末がけたたましい電子音を発し始めた。
キッドは呻きながら寝返りを打ち毛布にくるまって音から逃れようとする。が、次に室内に響いた勢い良く開かれたドアの音でたまらず飛び起きた。
「FUCK!!!!なんだってんだ!!?」
寝ぼけまなこをしばたたかせてドアの方を見ると、キッドの弟ビリーが立っていた。
「兄さん、端末鳴ってますよ」
ビリーがしれっとした態度で呼び掛けるとキッドは再び毛布にくるまった。
「知ってるよ・・・。お前もうちょい静かにドア開けろよ・・・」
「すみません、寝てるかと思ったので」
「・・・寝てるとわかっててなんでそんな『バーーン!!』ってドア開けんだよ」
「そうすれば起きるかな、と」
キッドはそれ以上何も言わず、耳障りな電子音から逃れるため深く毛布に潜り込んだ。
ビリーはその様子を見届けると、つかつかとキッドのベッド際まで行き端末を手に取った。
「もしもし、これはキッド・ジョー・スマイリーの端末ですが、僕はビリーです。あぁ、ボバさん!こんにちは!・・・・・・兄さんなら寝てますよ。・・・・・・はい。・・・はい。・・・・・・・・・はい。・・・はい」
ビリーは端末を一度耳元から遠ざけた。
「兄さん、ボバさんが大至急店の方に来て欲しいそうです」
「なんで・・・?」
「兄さんに用のあるお客が来ているとかで」
「客って・・・?」
「よくわからないんですが、今ダリーさんと殴り合ってるそうです」
「なんで・・・?」
「よくわからないそうです」
「・・・電話代われ」
キッドは毛布の中から手を伸ばした。ビリーは言われるまま端末をキッドに手渡した。キッドは毛布の中でブツブツと通話し、時折呻いたかと思えばモゾモゾと身動ぎした。
そして、暫し沈黙した後、毛布をはねのけて飛び起きた。
「・・・ビリー、店に行く」
「はい!兄さん!」
「お前も来い。準備しろ」
「もちろん!お供します!」


~二時間後~
キッドとビリーはリムジンを停め『ゴールデン・キッド』の目の前に降りた。店のドアには“CLOSE”の札が掛けてある。
キッドとビリーはかまわずドアを開いた。
入店直後、キッドは顔をしかめ、ビリーは呆然とした。
店内が散らかりに散らかっている。
テーブルが割れ、イスが折れ、床には割れたグラスが散乱し、ドア真横のコンクリート壁にはクレーター状のヒビが入っている。
キッドはビリーを伴ってガラス片を踏み潰しながらカウンターへ向かった。
「遅いよ!どんだけ時間かかってるわけ!?キッドん家から車なら10分ぐらいでしょ!?」
ホウキ片手にボバがキッドを睨み付けた。
「朝シャンして髪型決めてた」
キッドはふてぶてしく応える。
「朝じゃねぇだろ。もう3時過ぎだぞ」
上半身裸でカウンター席に座るダリーが呟いた。
キッドはふてぶてしく首を傾げた後、カウンター脇に置いてあるソファーに視線をやった。
「んで、この顔面ボコボコの色黒くんが俺に用のある客か?」
ソファーには先ほどの少年が気絶して横たわっていた。少年は顔や身体中に複数の殴打の跡がある。
キッドはボロボロの少年を一通り眺めてからダリーを見た。
「・・・ダリーがやったのか?」
「あぁ。ただ、結果だけなら俺が勝ったように見えるけど、そいつかなり手強かったぜ」
「そんな感じだな」
キッドは店内の様子を見渡して溜め息を吐いた。そして、再びソファーに横たわる少年に視線を戻した。
「そんで、なんなんだこいつは?」
「なんでもいいですよ。兄さんの店を荒らした奴なら万死に値します。今すぐ殺しましょう」
ビリーは左手の手袋を外してC.Pの拳を握り締めた。
「ちょ~い、待ちなよビリ~」
ニタニタと笑うエマがビリーの背後に忍び寄り、ビリーの肩に顎を乗せ、左手に指を這わせた。
「なんです?」
ビリーはエマの手と顔を交互に見比べ眉根を吊り上げた。
「そこの醜男くんは今でこそボッコボコなツラしてっけど、腫れが引いたらめっちゃイケメンなんだぜ~♪」
「それがなんだと言うんですか?」
「イケメンを殺すのはもったいないと言うことです♪」
エマは人差し指でビリーの左腕C.Pをなぞり上げながら耳元で囁いた。
「・・・やめてください」
ビリーは顔を少し赤らめてエマを押し退けた。
「照れちゃって~♪可愛い♡」
「・・・ラリってるんですか?」
ビリーはエマが右手に持つ違法煙草ドラッグを見て溜め息を吐いた。
「おぉ、キッド、ビリー。やっと来たのか」
地下ガレージからの金属ドアが開いてヴィックが現れた。
「なんだよヴィック。お前がいてこの有り様か?」
キッドは荒れ果てた店内を顎でしゃくった。
「俺もボバに呼ばれてさっき来たんだ。今は地下で監視カメラの映像を確認してた」
「監視カメラ?」
キッドは片方の眉尻を吊り上げた。
「あぁ、こいつが何者なのか、とりあえず元の顔を見てみようと思って」
「この店、監視カメラなんてあったんだ」
店内をキョロキョロと見回しすキッド。
「改装する時に付けて貰ったんだ」
ヴィックは天井四隅に取り付けられた小型監視カメラを順に指差した。
「さすがヴィック」
「お前はもう少しセキュリティに気を遣え、一応オーナーなんだから。っと、そうだった」
ヴィックは思い出したように手に持っていたタブレットを差し出した。
「これが、コイツの元の顔だ」
キッドとビリーはタブレット画面を覗き込んだ。
そこに表示された少年の素顔を見たビリーは顔をしかめ、キッドはタブレット画面とビリーの顔とを交互に見比べた。
少年の顔はビリーと、延いては若い頃のバリー・ジョー・スマイリーと瓜二つだった。
「・・・お前の兄弟か?」
キッドはしかめっ面のビリーの横顔をまじまじ見詰めた。
「だとするなら兄さんの兄弟でもあるかと・・・」
ビリーは溜め息を吐いて腕を組んだ。
「つまりビリーと同じパターンってことか?」
ヴィックも同様に腕を組み、横たわる少年を見下ろした。
「他人の空似ということはないですかね?コイツと僕らとでは人種が違います」
「ビリーの母親はイギリス系だったな。キッドのお袋さんはロシア系だ。だから髪の色も違うだろ。コイツも母親が違うだけなのかも。ビリーの時にバリーさんも身に憶えはいっぱいあるって言ってたし」
ヴィックの意見を聞き、ビリーは小さく唸りながら少年を睨んだ。
「とにかく、コイツが何者なのかは本人に聞いてみんのが一番早いだろ」
そう言ってキッドは少年が寝ているソファーを蹴った。
「っだぁっ・・・!!」
少年はすぐに目を覚まして飛び起きた。
「あれ・・・?」
少年は自分を取り囲む面々を見渡し、自身の置かれた状況を理解したのか、うつむき深く溜め息を吐いた。
「よお、俺キッド。お前誰だ?」
キッドがもう一度ソファーを蹴り上げながら尋ねると少年は咄嗟に顔を上げ、キッドのことをまじまじと見詰めた。
「キッド!?あんたキッド・ジョー・スマイリー!!?キラー・キッドか!!!?」
「兄さんのことをキラー・キッドであると知りながら店に殴り込みとは、死ぬ覚悟があると見ていいですよね?」
「お前っ・・・!?」
少年は凄んで来たビリーの顔を見て目を見開いた。
「おいビル、兄ちゃんは今とってもマジメな話をしてるんだ。邪魔すんなら帰れ」
「・・・すみません、兄さん」
キッドに窘められビリーは小さく唸りながら後ろへ退さがった。
「・・・で?」
ビリーをじっと眺めていた少年はキッドに問いかけられて我に返った。
「あっ!そうだっ!えっと・・・、あんたがキッド・ジョー・スマイリー・・・なんだよな・・・?」
「そうです、僕がキッド・ジョー・スマイリーです。テメェは誰?」
キッドに聞き返され、少年は即座にソファーを降りて正座し両手を床に着いた。
「申し遅れてすんません!俺の名前はジャック・ジョー・ディアマンテス!バリー・ジョー・スマイリーの息子で、キッド・ジョー・スマイリー・・・、あんたの腹違いの弟だ!!」
それを聞いたキッド達は、皆一様に腕を組み、溜め息を吐いた。
「・・・あ、えっと」
ジャックは床に手を着いたまま、自分を取り囲む面々の顔を見回した。
「意外とリアクション薄いっすね・・・?」
「まぁ、予想通りの内容だったんでな」
ヴィックは腕組みしたまま肩をすくめた。
「んで、その俺の腹違いの弟がなんだって俺の店をメチャクチャにすんのか・・・、お前の用件って奴を聞こうか?」
キッドに威圧されたジャックは店内の様子を省みて黙り込み下を向いた。
「キッド、そのことだけど・・・」
「ん?どしたボバ」
「店がメチャクチャになったのはダリーのせいだよ」
「は?」
「おい、ボバ・・・」
ボバの指摘にキッドは眉間にシワを寄せ、ダリーは顔を手で覆った。
「彼は・・・ジャックだっけ?ジャックは普通に店に来たんだ。で、キッドに用があるからキッドが来るまで待つって言ったんだ。そしたらダリーがジャックに絡んでケンカを吹っ掛けたんだよ。そっから殴り合いに発展したわけだけど、店の備品を壊したのはほぼほぼダリーだよ」
「おい、ダリー・・・」
キッドは鋭い視線でダリーを睨んだ。
「へへへ・・・、いや、ちょっと、その・・・、新しいタトゥー入れたから試したくてさ・・・」
ダリーは苦笑気味に左肘の“Morning Starモーニング・スター”の文字のタトゥーを指差した。
「へぇ。使い心地は?」
「・・・良好です」
「店かたづけろよな」
キッドはボバからホウキを取り上げてダリーに突き付けた。
「うぃっす・・・」
ダリーは粛々とホウキを受け取り店内の掃き掃除を始めた。
その様子を眺めて溜め息を一つ吐いてからキッドはジャックの方へ向き直った。
「・・・さて、ジャック。改めて用件を聞こうか?」
「・・・うす。あの、俺は・・・」
ジャックは少し言葉を詰まらせると一度深呼吸し、頭を床に叩きつけた。
「俺を!『SMILE-FUCKERSスマイル・ファッカーズ』に入れてくれ!!」
「・・・は?」
「俺を・・・、キッド・ジョー・スマイリー!あんたの部下にしてくれ!!」
「・・・なんで?」
「俺は・・・!あ、ちょっと、こっから身の上話を含む長台詞に入るけどいいすか?」
ジャックは頭を上げて周囲の面々の顔を見渡した。
キッドは周りのメンバーと顔を見合わせてからジャックに手を差し向けた。
「・・・どうぞ」
ジャックは居住まいを正して一つ咳払いをした。
「じゃあ・・・

俺は、サンティアゴ“ジャック”・ジョー・ディアマンテス。ザマ・シティの出身だ。
お袋はダリア・ディアマンテス。俺が四つの時に死んだ。
俺はお袋の親戚の所をたらい回しにされ、最終的に“リトル・パイン・フィールド養護院”に送られた。教育熱心で、優秀な子供がたくさんいる施設として有名だったが、その実態は地獄だった。従業員から子供達への虐待は日常茶飯事。勉強は椅子に縛り付けて鞭を使う方針だった。挙げ句、裏で人身売買組織と繋がってて時々施設の子供を売りさばく極悪非道な養護院だった。
十二歳の時、俺が闇オークションに掛けられることになったが、ちょうどその頃、能力パワーに目覚めていた俺は、院長と施設の職員五人を殺して仲間と一緒に逃げ出した。
俺達はグリーンズヒルのクラブズデール・パークっていうストリートチルドレンの大勢住む公園で暮らし始めた。半年に及ぶ勢力争いの結果、俺がその地域の不良フードラム達のトップに立ち、ストリートチルドレンをまとめる地位に就いた。
それから三年かけて、俺のチームはザマ・シティ最大の規模にまで膨れ上がり、メンバーの数は150人にまで登った。
調子づいた俺達はとうとうヨコハマ・シティ進出に乗り出した。だが、そこで地獄を見ることになる。
初日、俺はチームの精鋭30人を連れてセントラルバラに乗り込んだ。そこで俺達は、ヨコハマ・シティ最強組織『SMILE-PUNK』の当時の幹部序列第十二位“ブリッツ”に、そうとは知らずケンカを吹っ掛けちまった。
ブリッツは「三分間抵抗も反撃もしない。三分経ったら皆殺しにするから逃げるなら今の内に逃げろ」って言った。舐められてると思った俺達は一気にブリッツを殺そうとしたけど、速すぎて誰も触ることすらできなかった。
三分経って、ブリッツの虐殺が始まった。俺のチームの中でも最強だった30人がたった十秒で皆殺しにされた。俺は能力パワーのおかげで助かったけど、それでも完膚無きまでに叩きのめされて完全に戦う気力を削がれた。俺は仲間の死体を置き去りにして一人その場から逃げ出した。
そんな体たらくでザマにも帰れなくなった俺はノースポートバラの小さな違法賭博組織に身を寄せ、用心棒として細々と暮らしていた。
そんなある日、俺は手荷物の中にあったお袋の遺品から、俺の父親があのバリー・ジョー・スマイリーだと知った。
とは言え最初は、だからなんだ?と思ったよ。
俺がバリー・ジョー・スマイリーの・・・、スマイリー・フェイスの息子だからと言って、俺の実力がヨコハマ・シティの裏社会では通用しないってことに変わりは無い。
それからしばらくして『SMILE-PUNK』が五年振りの幹部昇格戦を開催した。俺は前回を知らなかったからあまり興味を持たなかったけど、周りの熱狂振りに流されて試合を観た。対戦カードは、入ったばかりの新人“キラー・キッド”と・・・、あの“ブリッツ”。
まぁ、キラー・キッドってのがブリッツの野郎にぶちのめされて終わりだろう、と思った。
試合開始後、動かない両者、何かを話してるブリッツ。
またあの舐めた制限時間か、と思った。
そしたら・・・、一発の銃声とともにブリッツの脚が吹き飛んだ。何事かと思った。あれよあれよという間にキラー・キッドが馬乗りになってブリッツを好き放題痛めつけて・・・。
ブリッツが降参しても、まだやめなかった。
周りのやつらの中には八百長だなんだとほざくバカもいたけど、俺にはわかった。
ブリッツは驕りが過ぎた。自分のことを買い被り過ぎて、より悪性の強い相手に挑んで、それに飲まれたんだ。あの時、無様に敗けた俺と同じように。
そして、キラー・キッドはブリッツに刻み込んだ。死ぬより苦しい“惨め”を・・・。
俺は笑った。キラー・キッドの爽快なほどの悪辣さに。
さらに嗤った。ブリッツの惨め極まりない末路に。
腹の底から高揚して、胸の高鳴りに足が踊った。
それから俺は自分を鍛え直した。強くなるためにあらゆることをした。
次に組織の中での地位を上げた。何でもしたし、誰でも殺した。
そして一月ひとつきで幹部に昇格した。まぁ、もともと弱小組織だったからワケ無かったが。俺はボスに進言して積極的に組織間抗争を煽った。俺は常に前線に立ち、人の目に付くようにして戦った。
やがて勢力を拡大した俺達の所に“レッド・ドラゴン”が来た。
俺のいた組織は『SMILE-PUNK』に無許可で賭博事業を展開してた。それがさらに勢力を拡げてたからな。
レッド・ドラゴンの目的は二つ。『SMILE-PUNK』の縄張り内で調子こいてる俺の組織を潰すことと、組織間抗争で敵を殺しまくってた俺の勧誘だ。思った通り、俺の存在が『SMILE-PUNK』の目に留まったんだ。
俺はレッド・ドラゴンに俺のことを話した。レッド・ドラゴンは何でか少し呆れたような感じだったけど、わりとあっさり俺のことを信用してくれた。
レッド・ドラゴンと一緒に組織を潰した後、俺は“サード・アイ”に引き合わされた。DNA鑑定をして、結果やっぱり俺はバリー・ジョー・スマイリーの息子だった。
その後、親父に初めて会って、それで言ったんだ。
キラー・キッドに会わせて欲しい、って。
そこで俺は衝撃的な真実を知らされた。
キラー・キッドはキッド・ジョー・スマイリー、俺の腹違いの兄貴なんだ、って。
俺は一瞬何のことかわからなかったけど、理解した瞬間に感極まり、号泣した。
俺はおよそこの街で最も偉大な男の息子で、この街で一番カッコいい男の弟だったんだ。
いてもたってもいられず俺はキッド・ジョー・スマイリーがどこにいるのか聞いた。
土曜日はいつもこの店にいると言われて、すぐに来た。
そして・・・、カウンターに着くなり絡まれて、思わず俺もケンカ腰になっちまって、殴り合ってたんだけど、どんだけ殴っても再生するから、その内にどんどん体力無くなって、ボコボコにのされて、気付いたら今の状況ってわけで」
ジャックは正座の姿勢で膝に手を置きキッドを仰ぎ見た。
「ふぅん・・・」
キッドは至極つまらなそうに顎を撫でた。
「ちょっと二点、質問いいかな?」
ヴィックが横から小さく挙手をした。
「うす」
「バリーさんとの親子関係を示す遺品ってなんだったんだ?」
「お袋の記録素子に親父とのハメ撮り動画が入ってて・・・」
「あ、オッケー、わかった、もういい」
ヴィックはジャックの言葉を遮るようにして手を突き出した。
「じぁあ、もう一つ。お前の能力パワーだけど、聞いてもいいか?」
「俺の能力パワーすか?俺は“変質能力オルタレーション・ダイヤモンド”っす」

「「「「「ダイヤモンド!!?」」」」」

キッドとジャック以外の全員が声を上げた。
「・・・うす。お袋が“変質能力・炭素オルタレーション・カーボン”だったらしくて、それが親父の能力パワーの影響で変異したみたいっす」
「そんなことあるのか?ダイヤモンドの変質能力オルタレーションなんて聞いたことないぞ。身体がダイヤモンドになるってことだろ?」
ヴィックはジャックの爪先から頭のてっぺんまでをまじまじ眺めた。
「単一元素の変質能力オルタレーションが変異を起こす場合、同素体への変異ってのはわりと一般的らしいっすよ。まぁ、炭素カーボンの場合はそのほとんどが黒鉛グラファイトになっちまうそうなんで、ダイヤモンドは確かに珍しいんすけど。あと、俺は全身に変質能力オルタレーションを掛けることができないんす。拳とか顔面とか、どっか身体の一部に厚めのダイヤモンドの膜を張る程度っすね」
「お前、見かけによらず頭良さそうな話しすんのな」
キッドは少し屈んでジャックの顔を覗き込んだ。
「さっき言った通り養護院が勉強をやたら強要するとこだったから、俺、理数系には結構強くて!」
ジャックは照れ笑いを浮かべて頬を掻いた。
「・・・まぁ、いいや。オーケーオーケー、入りたきゃ入れよ。俺、リーダーのキッド。以後よろしく」
キッドは一つ深く溜め息を吐いてから気だるげにジャックに手を差し出した。
ジャックは満面の笑みでキッドの手を両手で掴み、握手しながら立ち上がった。
「マジかっ!!やったぜ!!ハハハ!!ありがとう兄貴!!俺、必ず役に立てるよう頑張るから!!」
「おう、がんば」

「そこまでです」

突如、ビリーが間に割って入り二人の手を引き剥がした。
キッドは呆れたように首を傾け、ジャックはビリーの顔を見詰めた。
「・・・あのさ、気になってたんだけど、兄貴のこと兄さんって呼ぶし、顔も俺と似てるし。ひょっとしてお前も・・・」
「キミと一緒にされるのは困るな」
ビリーはジャックに対して冷たい作り笑いを向けた。
「・・・は?」
聞き返すジャックの表情が曇った。
「僕はキミみたいな見るからに育ちの悪い輩が嫌いでね」
「お前スラム育ちだったよな?」
キッドは横目にビリーを見て片眉を吊り上げた。
「でも見た目に出てないでしょ?」
ビリーはキッドに爽やかな笑顔を向けて小綺麗な身なりをアピールし、即座にジャックに向き直って指先を突き付けた。
「とにもかくにも、兄さんに弟はもう間に合ってるんだ。キミは必要無い」
「あぁ?」
ジャックはビリーを睨みながら距離を詰めた。
「んだテメェ?なんでそんなケンカ腰だよ?」
ジャックはビリーと並んでもやや上背がある。
「キミのことが気に入らないからさ」
ビリーもジャックを睨み返した。
「テメェ、俺と勝負しろ」
「バカだなキミは」
ビリーは低く凄むジャックを嘲った。
「キミの能力パワーは割れている上にキミは手負いだ。対して僕の能力パワーをキミは知らないし僕は万全の状態だ。今キミが僕と勝負するのは賢明とは言い難いね」
「関係無ぇ。ぶちのめしてやる・・・」
「ストップだ兄弟達ブラザーズ
二人の間にキッドが割って入った。
「お互い三歩後ろに退がれ」
ビリーとジャックは戸惑いつつも言われるまま三歩ずつ後ろへ退いた。
「これ以上店を散らかすな」
「そうだぞ」
額に手をあてて溜め息を吐くキッドの後ろを掃き掃除をしながらダリーが横切った。
「今日はこのあと由真さんが来るんだ。ジャック、お前ダリーと一緒に店片付けろ」
「あ、えっと・・・、うす」
ジャックは戸惑いつつも言われるまま壊れた備品を片付け始めた。
「ビル」
「はい」
「お前も手伝え」
「え?」
「由真さんが来んの・・・一時間後ぐらいか。この散らかりっぷりだと二人じゃキツいだろ。お前片付け手伝ってやれよ」
そう言ってカウンターに向かうキッド。
ビリーはすぐにその後を追った。
「ちょっと・・・、なんで僕がアイツとダリーさんの散らかしたのを片付けるんです!?ダリーさんだけならまだしも・・・、まるでアイツの尻拭いじゃないですか!?」
キッドは立ち止まり、食い下がるビリーの顔を見た後、再びカウンターに向かって歩き始めた。
「お前も口答えとかすんのな」
「え・・・?」
「嫌ならいいぜ。ジャックに倍頑張らせるから」
「・・・・・・」
「ジャックは俺の役に立つために頑張るんだってさ」
「・・・・・・」

30分後。
「兄さん!片付け終わりましたよ!」
「兄貴!掃除終わったぜ!」
ビリーとジャックは同時にキッドへ掃除終了の報告をしに来た。
「おう、お疲れ。思ったより早かったじゃん」
キッドはカウンターで寛ぎコーラを飲んでいる。
「はい!僕がコイツの倍は頑張ったので!」
「あぁ!?ふざけんな!俺の方が先に掃除始めてたんだぞ!」
「もとはと言えばキミらが散らかしたんだ。僕はそれを片付けるのを手伝ってあげたんだろ。感謝して欲しいね」
「ほざいてんじゃねぇ!所詮は手伝い程度だろうが!テメェなんかいてもいなくても同じだバーカ!」
「言語能力が小学生並みだなキミは。ホントに、キミと血縁関係があると思うと吐き気がする」
「おいおい、掃除したばっかなんだ。吐くなら地元のゴミ溜めに行けよな。テメェ、スラムの出なんだろ?」
「そういうキミは元ストリートチルドレンだって?ようはホームレスだ。下水臭さが染み着いてるなぁ。鼻が曲がりそうだ」
「Damn・・・、マジでその鼻っ柱へし折ってやろうか?」
「Shit・・・、ホントにキミは品性に欠けるな」
そんな二人のやりとりを頭を抱えて聞いていたキッドがとうとうしびれを切らして右隣の椅子を蹴り倒した。
「Fuck!!!!テメェらいつまでケンカしてんだガキじゃあるまいし!聞いてて不愉快なんだよ!今日は由真さんが来るんだ!テメェら由真さんの前でもみっともなく今みたいに言い合ってみろ、二人まとめぶっ殺すからな!俺の役に立ちてぇと思うならおとなしくしてろ!わかったか!?」
ビリーとジャックは押し黙ってキッドのことを見詰めている。
「わかったか!?って聞いてんだよ!返事ぐらいしろ!」
キッドはさらに左隣の椅子を蹴り倒して怒鳴りつけた。
ビリーとジャックはようやく体を動かし、それぞれキッドが蹴り倒した椅子を元に戻し、二人で同時にキッドに頭を下げた。
「わかりました兄さん・・・」
「わかったよ兄貴・・・」
二人はそれぞれ自分が直した椅子に着席した。
「・・・なんで俺の両サイドに着くんだよ?」
「これならケンカしないかなぁ、と思いまして」
「あぁ、兄貴が間に入ってくれりゃあ問題無ぇ」
「・・・あっそ。ま、好きにしろ」

そんな三兄弟の様子をヴィック、ボバ、ダリー、エマの四人は少し離れた所から眺めていた。
「スゴいね。あのキッドがお兄さんしてるよ」
テーブルに腰かけるボバがニヤニヤと笑った。
「ビリーだけじゃ持て余してたけどジャックが来たことでバランスが取れたんだな」
ヴィックは腕を組んで安心したように深く頷いた。
「とりま、ビリーもジャックも両方アリだな♡」
エマは舌舐めずりをしながら脚を組み変えた。
「けどよ、どう思う?」
ダリーの言葉に他の三人が同時に振り向いた。
「ビリーが来て、ジャックが来た。二度あることはなんとやらだぜ。ボスも身に憶えはいっぱいあるって言ってたんだろ?」
他の三人は同時にキッド達兄弟を見た。
「これ以上増えるのもなぁ・・・」
ヴィックは少しだけ項垂れた。
「ね、さすがにくどいよね」
ボバは苦笑気味に溜め息を吐いた。
「アタシは全然いいけどな♪イケメンは何人いてもいい♡」
エマは少し身を乗り出してまた舌舐めずりをした。
「・・・ま、弟とも限らねぇと思うけどな」
ダリーは肩をすくめてポツリと呟いた。
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