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第二王女との出会い

無能な青年と無情な姫 その8

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 子供の頃。英雄になりたいという夢を自覚し、夢のために己を鍛え始めた頃。

『あなた、おとなになったら私のつるぎになりなさい』

 岩の上に座った宗次郎を見下ろしながら、挑戦的に笑っている銀髪の少女。

 庭で稽古していたら、急に戦いを挑んできたのだ。全力を出して戦い、なんとか勝利をもぎ取った。

 宗次郎が第二王女を見て思い出しかけたのはこの少女だ。負けながらもなお勝気にそう言い放っていたおかげで、一度しか会わず名前すら聞いていなくても印象に残っていた。

『つるぎってなんだ?』

 質問する宗次郎。

『いいからなって。私はおとなになったら、つるぎを選ばなきゃいけないの。そういう決まりなの』

 なりなさいよ、と言わんばかりに詰め寄る少女。

 ━━━なんで自分が勝ったのに命令されなきゃいけないんだろう。

 宗次郎は困り果てる。

 宗次郎の様子を見て、少女まで困った顔をしてしまう。というか、よく見たら目に涙が浮かんでいる。

『……なってくれないの?』

 泣かれる、と宗次郎は直感した。このまま泣かれたらまずい。多分、いや確実に親に怒られる。友達にもからかわれるかもしれない。

 確かに自分は勝負に勝った。本気を出さなかったら負けていた。いや、女の子相手に全力を出してしまった時点で、宗
次郎は負けた気分だった。男のプライドだった。

『わかった。おとなになったら、きみのつるぎになるよ』

 観念するようにしぶしぶと答える。

 この子を泣かせたくないからではない。断じて。宗次郎は自分に言い聞かせた。

『本当!? ありがとう!』

 少女はよほど嬉しかったのか、満面の笑みで答える。間近でその姿を見た宗次郎は照れくささのあまり、思わず顔を
背けた。

『約束よ。私たちは大人になったら━━━』

 両手を握られ、約束を交わし合う。はたから見れば一方的にも見える行いも、宗次郎は嫌ではなかった。




「っぐう……」

 響き渡る金属音が宗次郎の意識を覚醒させる。

 体をふらつかせながらも立ち上がる。

 煙が充満しているうえ、爆発の閃光で目の機能が低下しているため何も見えない。頭は割れそうなほど痛く、体は鉛のように重い。

 しかし、

「動け」

 頭の中で声がする。

「助けろ」

 頭痛が少しずつ引いて頭の中がクリアになる。

 声が響くたび、体が軽くなる。もう一人の自分が体を動かしてくれるような感覚。

「思い出せ」

 宗次郎の視界に昔の記憶がフラッシュバックする。

 剣術の鍛錬。波動の覚醒。巨大な化け物。友との出会い。見知らぬ少女。挑まれた勝負。駆け抜けた荒野。

 そして、交わした約束━━━。

「ははっ」

 宗次郎はおもわず笑いをこぼした。

 記憶が戻る時、こんなに高揚したことはない。きっとこの先に、ずっと求めていた記憶がある━━━!

 自分の核心に触れられる確信を得ながら歩き続ける。そこへ一陣の風が吹いて煙を消し飛ばし、宗次郎の視界がひらけた。

「え?」

 二人の女性が戦っている。刀を構え、蓄えていた波動を解き放とうとしている。

 一人の女性は背を向けて顔が見えない。金髪の女性は知り合いにいないので、間違いなく初対面だ。

 もう一人はすぐにわかった。皇燈《すめらぎあかり》。第二王女だ。驚愕しながら宗次郎を見ている。

 なんとも間の悪いことに、戦闘中、それも大技を出そうというタイミングで飛び出してしまった。

 しかも位置まで悪い。宗次郎は燈の前方に位置している。つまり、燈が技を発動すれば宗次郎にも当たる。

「風刀の参 颪鎌《おろしがま》!」

 燈の隙をついて、シオンが波動を解放する。爆風が地面に叩きつけられ、竜巻となって周囲に吹き荒れる。

 燈は展開していた波動を氷柱に変え地面に突き刺す。壁となった氷柱は風を防ぐ防壁の役割を果たした。

 宗次郎は燈のようにはいかない。風の向くまま体は後方へ吹っ飛び、鈍い音を立てて大木と衝突した。

「ガッ!」

 頭を再び激痛が支配し、体が急に冷たくなる。指の先から感覚が徐々になくなっていく。

「ちぇっ。邪魔が入っちゃった」

 薄れゆく意識の中、遠くから聞き慣れない女性の声がする。痛みに耐えて顔を上げると、目の前に金髪の少女がいた。

「運が悪いわね、あんた。目撃者は消す━━━」

「ワン! ワフゥ」

 金髪の少女が刀を振り上げた途端、犬の鳴き声が響いた。

 ぼやけた視界にかろうじて映ったのは、老婆が連れていた犬が金髪の少女にじゃれついていた映像だった。

「ああん。もう邪魔!」

 金髪の少女は犬を押し退けてため息をついた。

 その声音がどこか優しげに聞こえたのは、何故だろう。

「興が削がれたわ。じゃあね。燈」

「待ちなさい!」

 燈の声も虚しく、少女は風をまとって疾走し階段へと消えていった。

「っ、なんで……なんでよ」

 視界が薄れる中、宗次郎はすすり泣く声を確かに聞いた。間違いない。燈の声だ。

「なんでよりによって貴方が、私の邪魔をするのよ!」

 悲しみがほとばしった叫びは宗次郎の心を抉る。

 泣かせてしまったのか。そう思いながら、宗次郎の意識は暗闇の中に消えていった。

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