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燈の婚約者 雲丹亀玄静登場
陸震杖の力 その2
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かつての主・皇大地の下で共に戦った軍師。雲丹亀壕。
後世においては最高の軍師とたたえられているその軍略を支えたのは、まさに話題に上がった陸震杖だ。
「壕は陸震杖で四方の地形を正確に読み取り、さらに地面に伝わる振動から敵がどこにいるのか把握できた。戦場全体を、つまり敵の位置と自らの位置、地形を頭に入れ、持ち前の頭脳で戦略を立てる。陣形から主力と伏兵を見分け、撤退の経路や集合場所の決定を迅速に行えた」
深い軍略を巡らせるに情報はあればあるほどいい。その点において陸震杖は無類の強さを発揮したのだ。
「で、陸震杖最大の能力は、波動を大地に流し込むことで、地形そのものを変化させることだったんだ」
これにより一気に戦況が覆ることも珍しくなかった。地面に大穴を開け、そこに敵を誘導して生き埋めにする。火山のマグマをあふれさせ、敵の一団をまとめて焼き払う。壕のおかげで命拾いした例は枚挙にいとまがない。
軍を展開した周囲の地形を巧みに利用し、相手を思い通りに動かす。
これが地形戦の基本だ。
陸震杖の能力はその基本を根底から覆すものだ。なにせ自身に有利な地形をあらかじめ作り出すことができるのだから。
一通り話を聞き終えた燈はうんうんと満足げにうなずいた。
柔軟な思考で地形を操り、先を見通す戦術眼で部隊を動かし、最小の損失で最大の利益を得る。まさに最高の軍略家だ。
「ふふ」
「ん?」
「なんでもないわ。大臣の策にはまったみたいで悔しいけど、宗次郎と玄静の決勝戦は楽しくなりそうだって思ったの」
「気が早いなあ」
「……宗次郎は楽しくないの?」
気乗りしない返事をしたせいか、燈に顔を覗き込まれた。
「まぁ、考えたこともなかったしな」
燈から目を逸らすように宗次郎は再び夜空を見上げる。
宗次郎は剣士だ。戦士だ。己の全力を出さねば勝てないような強敵のとの戦いに享楽を見出す人間だ。
かといって、強ければ誰でもいいかと言われるとそれは否だ。
「壕は仲間だ。同じ主の元で戦ってきた戦友だ。考え方や作戦の方針でしょっちゅう喧嘩したけど、命を助け合いながら肩を並べて共に戦った。だからどちらが強いのかなんて考えもしなかった」
「そうなの? てっきりライバルだと思っていたわ」
「なんでさ」
「それはそうでしょう」
宗次郎の目の前に躍り出て、くるりと一回転する燈。
「偉大なる初代国王、皇大地。その武を担った王の剣と、智略を担った雲丹亀壕。『王国記』を読めばライバルだって思うわよ」
「……一体どんなふうに書かれているんだよ、俺たちは」
現代に戻ってからも、千年前に行く前も、宗次郎は王国記を読んでいない。活字は苦手だし、体を動かしている方が好きだ。
記憶を取り戻してからはより一層、読むのは憚られた。
宗次郎の記憶は完全に戻っていない。読めば欠落した記憶の記憶が戻るとしても。
本を読んで思い出すのは、何か違う気がした。
「そうね。『王国記』はあなたの活躍が重点的に描かれているわ。読み物として面白い分、歴史書としての評判はあまり高くないの」
「なるほど」
「それに、初代大臣である雲丹亀壕についてはあまり詳しく書かれていないのよね」
物欲しげな雰囲気を漂わせ、目を細くしながら意味ありげにこちらを見つめる燈。
宗次郎はため息をついて燈の要望に応えることにした。
「今だから正直に話すと、俺は壕に感謝してるんだ」
「感謝?」
「あぁ」
意識を過去に向け、宗次郎は言葉を選ぶ。
「千年前の時代に飛んで、俺は大地と出会った。それからはずっと妖と戦う日々だった。来る日も来る日も。そんな中俺は━━━正直、調子に乗っていた。一人で戦えるってうぬぼれていたんだ」
「波動の属性が強力だから?」
「あぁ。大地の軍も最初は規模が小さくて、メンバーも弱かった。最年少の俺が一番強かったんだ。俺は一人で戦って、勝ててた。……勝利が続けばみんな笑顔になるし、うわさを聞きつけて連中を仲間にして、軍の規模は大きくなって。……俺がいるから勝てるんだって思ってた」
自分の意を重くする黒歴史をはねのけるように、宗次郎は大きく息を吐いた。
「加えて、初代王の剣に憧れていた俺は、自分が英雄本人になるんだって意気込んでた。恐れるものは何もない。時間と空間を操る波動があるし、俺は将来、天修羅を倒すんだって」
「思春期特有の勘違いね。本当に痛々しいわ」
死ねばいいのに、と冷ややかな視線に宗次郎は項垂れる。
「全くだ。そうやってどんどん天狗になっていた十四歳のとき、壕は俺が自惚れていると気づかせてくれたんだ」
壕は宗次郎たちに合流する前、別の軍にいた。そこで燻っていたところを、ある作戦でたまたま宗次郎たちと共同戦線を張ったことで知り合いになり、大地が仲間に引き入れたのだ。
見てくれは最悪で、肩まで届く長髪を無造作にまとめ、痩せこけていた。目は窪んでいて生気もなく、表情から何を考えているのかまるで読めない。
「あいつは容赦ないぜ。初対面で、『お前たちが強いのは認めるが、それだけだ。むしろそのせいで兵士が無駄に死んでいる』って言ってきたんだ」
「……それはひどいわね」
「そう思うだろう? でも事実だったんだよ」
顔をしかめる燈に宗次郎は一息ついた。
後世においては最高の軍師とたたえられているその軍略を支えたのは、まさに話題に上がった陸震杖だ。
「壕は陸震杖で四方の地形を正確に読み取り、さらに地面に伝わる振動から敵がどこにいるのか把握できた。戦場全体を、つまり敵の位置と自らの位置、地形を頭に入れ、持ち前の頭脳で戦略を立てる。陣形から主力と伏兵を見分け、撤退の経路や集合場所の決定を迅速に行えた」
深い軍略を巡らせるに情報はあればあるほどいい。その点において陸震杖は無類の強さを発揮したのだ。
「で、陸震杖最大の能力は、波動を大地に流し込むことで、地形そのものを変化させることだったんだ」
これにより一気に戦況が覆ることも珍しくなかった。地面に大穴を開け、そこに敵を誘導して生き埋めにする。火山のマグマをあふれさせ、敵の一団をまとめて焼き払う。壕のおかげで命拾いした例は枚挙にいとまがない。
軍を展開した周囲の地形を巧みに利用し、相手を思い通りに動かす。
これが地形戦の基本だ。
陸震杖の能力はその基本を根底から覆すものだ。なにせ自身に有利な地形をあらかじめ作り出すことができるのだから。
一通り話を聞き終えた燈はうんうんと満足げにうなずいた。
柔軟な思考で地形を操り、先を見通す戦術眼で部隊を動かし、最小の損失で最大の利益を得る。まさに最高の軍略家だ。
「ふふ」
「ん?」
「なんでもないわ。大臣の策にはまったみたいで悔しいけど、宗次郎と玄静の決勝戦は楽しくなりそうだって思ったの」
「気が早いなあ」
「……宗次郎は楽しくないの?」
気乗りしない返事をしたせいか、燈に顔を覗き込まれた。
「まぁ、考えたこともなかったしな」
燈から目を逸らすように宗次郎は再び夜空を見上げる。
宗次郎は剣士だ。戦士だ。己の全力を出さねば勝てないような強敵のとの戦いに享楽を見出す人間だ。
かといって、強ければ誰でもいいかと言われるとそれは否だ。
「壕は仲間だ。同じ主の元で戦ってきた戦友だ。考え方や作戦の方針でしょっちゅう喧嘩したけど、命を助け合いながら肩を並べて共に戦った。だからどちらが強いのかなんて考えもしなかった」
「そうなの? てっきりライバルだと思っていたわ」
「なんでさ」
「それはそうでしょう」
宗次郎の目の前に躍り出て、くるりと一回転する燈。
「偉大なる初代国王、皇大地。その武を担った王の剣と、智略を担った雲丹亀壕。『王国記』を読めばライバルだって思うわよ」
「……一体どんなふうに書かれているんだよ、俺たちは」
現代に戻ってからも、千年前に行く前も、宗次郎は王国記を読んでいない。活字は苦手だし、体を動かしている方が好きだ。
記憶を取り戻してからはより一層、読むのは憚られた。
宗次郎の記憶は完全に戻っていない。読めば欠落した記憶の記憶が戻るとしても。
本を読んで思い出すのは、何か違う気がした。
「そうね。『王国記』はあなたの活躍が重点的に描かれているわ。読み物として面白い分、歴史書としての評判はあまり高くないの」
「なるほど」
「それに、初代大臣である雲丹亀壕についてはあまり詳しく書かれていないのよね」
物欲しげな雰囲気を漂わせ、目を細くしながら意味ありげにこちらを見つめる燈。
宗次郎はため息をついて燈の要望に応えることにした。
「今だから正直に話すと、俺は壕に感謝してるんだ」
「感謝?」
「あぁ」
意識を過去に向け、宗次郎は言葉を選ぶ。
「千年前の時代に飛んで、俺は大地と出会った。それからはずっと妖と戦う日々だった。来る日も来る日も。そんな中俺は━━━正直、調子に乗っていた。一人で戦えるってうぬぼれていたんだ」
「波動の属性が強力だから?」
「あぁ。大地の軍も最初は規模が小さくて、メンバーも弱かった。最年少の俺が一番強かったんだ。俺は一人で戦って、勝ててた。……勝利が続けばみんな笑顔になるし、うわさを聞きつけて連中を仲間にして、軍の規模は大きくなって。……俺がいるから勝てるんだって思ってた」
自分の意を重くする黒歴史をはねのけるように、宗次郎は大きく息を吐いた。
「加えて、初代王の剣に憧れていた俺は、自分が英雄本人になるんだって意気込んでた。恐れるものは何もない。時間と空間を操る波動があるし、俺は将来、天修羅を倒すんだって」
「思春期特有の勘違いね。本当に痛々しいわ」
死ねばいいのに、と冷ややかな視線に宗次郎は項垂れる。
「全くだ。そうやってどんどん天狗になっていた十四歳のとき、壕は俺が自惚れていると気づかせてくれたんだ」
壕は宗次郎たちに合流する前、別の軍にいた。そこで燻っていたところを、ある作戦でたまたま宗次郎たちと共同戦線を張ったことで知り合いになり、大地が仲間に引き入れたのだ。
見てくれは最悪で、肩まで届く長髪を無造作にまとめ、痩せこけていた。目は窪んでいて生気もなく、表情から何を考えているのかまるで読めない。
「あいつは容赦ないぜ。初対面で、『お前たちが強いのは認めるが、それだけだ。むしろそのせいで兵士が無駄に死んでいる』って言ってきたんだ」
「……それはひどいわね」
「そう思うだろう? でも事実だったんだよ」
顔をしかめる燈に宗次郎は一息ついた。
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