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果たされた約束

苦い思い出の場所

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 皇王国は歴史上、初めて大陸全土を統治した王国である。



 その発端は今より千年前に遡る。皇王国の初代国王となる皇大地、そして彼の剣と呼ばれた英雄が魔神・天修羅の討伐をきっかけに建国した国家だ。



 建国と統治はとてもスムーズに行われた。反発する派閥はなかったそうだ。



 魔神との戦いにおいて、犠牲者はのべ三百万人以上。大陸の七割は戦争により荒れ果てた。



 加えて、魔神が現れる以前から人間同士で争っていた。七つの国が互いに覇を競い合う戦国時代が続いていた。



 合計すれば数百年間、一つの大陸の中で争いが絶えなかった。



 当時の人々は疲れ切っていた。もう争いはしたくなかったのだ。



 かくして皇王国は誕生した。それから千年、大陸で戦争は起きていない。



 戦争に費やしていた労力を王国は繁栄のために費やした。おかげで千年前に比べ人口は倍に膨れ上がり、経済力も格段に増した。技術の進歩は生活に潤いを与え、人々に笑顔をもたらした。



 平和。そう、平和だ。人々は現状についてその単語を口にする。



「はぁ」



 装甲車の助手席に座っている少女はため息をついた。



 フロントガラスの向こう、遥か彼方にそびえる首都の外壁。そして外壁からチラリと覗く建造物。大陸の中心に位置する首都のさらに中心にある鎮座する城、大皇城。政治と経済の全てを決定する、文字通り皇王国の中心だ。



 巷では千年続く平和の象徴なのだとか。



 ━━━気に入らないわ。



 少女の名は皇燈。名前の通り王族であり、現国王の次女、第二王女である。大皇城はいわば実家だ。



 普通の人間にとって実家は心休まる場であるだろう。ある意味平和の象徴と言えるのかもしれない。



 楽しい思い出はある。母や妹と遊んだ記憶。花畑を走り回り、花と草を使って王冠を作り父にプレゼントしたり。兄弟たちと、なに不自由なく遊んでいた。



 それが、いつの間にか敵地のようになってしまった。



 兄弟たちとは王位継承権を争う間柄になり、彼らに付き従い甘い汁を吸おうとする貴族たちから露骨に敵意を向けられる。王城で顔を合わせていた人たちは、実は一癖も二癖もある上に一筋縄ではいかない者ばかりだった。



 彼らが織りなすドロドロの権力争いは密かな殺し合い、血で血を洗うような応酬に発展することも珍しくない。



 ゆえに、戦争がなければ平和、なんて安直にも程があるというものだ。



 ━━━む。



 ふと胸に寂しさを覚え、燈は内心口をへの字に曲げる。



 私、皇燈は一人きりだ。



 いつからだろうか。時折そんな孤独感を強く感じるようになったのは。



 人生の転機、母が死んだときからか。妹と距離を置いてからか。



 否。それ以前より感じていた。



 一人のときにはない。逆に大勢の人間、兄弟や貴族たちに囲まれていると感じてしまう。



 周りにどんな人間がいても、誰一人として自分自身を見ていないのではないか。



 そんな圧倒的に空虚な感覚。大人になるにつれ寂しさは消え、むしろそれでいいとさえ思えてきた。



 一人だと感じるのなら、それを逆手に自分に意識を向ければいい。自分の強みを磨き、弱さを補う。夢のために、人の上に立つのに恥ずかしくないように、自分を磨く。



 私には夢がある。偉大な国王にしてご先祖である初代国王、皇大地を超える王になるという夢が。



 夢を叶えるためなら命を懸ける。足を引っ張るだけの他人はいらない。邪魔をするなら排除する。



 問題はない。ないはず、なのに、



 ━━━はぁ。



 今更になって孤独感について考えている自分がいる。



 不安? 恐れ? 形容し難いマイナスの感情が胸に渦巻く。



 よくない傾向だ。マイナスの感情は敵に悟られれば付け入る隙を与えてしまう。



 ━━━ひどい顔ね。



 フロントガラスに薄く映った顔ではとてもじゃないが人前には立てない。負の感情と思考が全面に出ている。



 ━━━まぁ、いいわ。



 原因についてはなんとなく察しがついている燈は、脳内を感情から思考に切り替える。



 原因がわかっているのなら対処するまでだ。



「あー! もう無理!!」



 その原因の悲鳴が後部座席から上がる。



 助手席に座る燈はめんどくさげに振り向くと、一人の男が手足を投げ出して脱力している。



 ━━━もう、しょうがないんだから。



 世話の焼ける男こと穂積宗次郎に、燈は自然と笑みを浮かべた。
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