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酒池肉林の坊主

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『男はアソコで物事を考える』なんていうけれど、まさか本当にそうなるとは……

 酒池肉林。
 俺の一度目の人生を表すには、このたった四文字だけで事足りていた。
 性欲、睡眠欲、食欲。それらを一切我慢することなく日々の生活を謳歌していたのだ。
 好きな時間に女を抱き、好きなものだけを好きなだけ喰らう。そして眠たくなれば、睡眠をとり、そしてまた女を抱く。
 傍から見ると羨ましいと思われるかもしれないが、ちょっと待ってほしい。
 俺だって欲望に正直過ぎたとは思うし、それがダメなことだとも理解していた。でもどうしても、どうしても我慢できなかった。
 頭が勝手に道行く女を裸にして、欲望を湧かせるんだ。俺だけの問題ってわけじゃないだろう? 人一倍欲が強いのが問題なんだ。
 例え、由諸正しい寺の坊主と言っても欲が強ければどうしようもない。坊主だってアソコが勝手にさ、勃っちゃうんだもん。俺のせいじゃないって、絶対。
 親父が死んで、金と権力だけ残って、好きなことできるってなったら、誰でもそうなるって。
 それなのに、俺だけが悪いなんてそんなことある?
 そんなことない。俺だけが悪いわけじゃない。
「ね?」
「『ね』じゃないわ、たわけが!」
 今、俺の前には仏がいた。そう誰しもが想像するような仏。どこぞの雲に乗っていたずらをした猿みたいな状況に俺は陥っているのだ。
「坊主として仏に仕えるお前が、なにをしておるんだ全く」
「いやでも」
「また言い訳でもするつもりか?」
「だって俺のせいじゃないし。それに……」
「いやもうよい。お前の心の声を聞くのはうんざりだ。聞くに堪えん」
 イメージしていた仏よりもフランクな仏だな。
「私はお前のイメージを元にここにいるんだ! 本来はもっと高貴な姿だ!」
 ん? 俺のイメージ? ということは……おお、おおー
 ぐにゃりと姿を変えた仏は、俺のイメージ通りの見事な巨大な女体に変化した。
「いいじゃん。仏様。俺、仏様好きだぜ」
「うるさいわ!」
 イメージ通りの少し大人びた声で叱られるのも、また沸き立つものがあるなぁ。
「貴様は本当にどうしようもない奴だな」
 『貴様』と呼ばれるのも、中々良い。いやとても良い。
「これ以上貴様が私の世界で暴れられると不愉快。だから貴様には一度死んでもらった。しかし貴様の魂をまた輪廻に返すことも憚られる。貴様の魂は非常に不純なのでな」
「魂が不純ってなんだよ。俺だって綺麗な魂になれるならなりたかったわ」
「だからお前の汚い魂を、他の世界に送り、その過程で不純物を取ることにした」
「え、俺綺麗な魂になれるの? 俺違う世界で綺麗な魂として生き返るの? それはそれでありだな。綺麗な俺になって、女を……ぐへへへ」
「というわけで、お前の魂に分別をつけさせてもらう」
「よし、来い! 異世界に行って綺麗な俺になるとも」
「次は綺麗なだけの魂と、ここで会うことになるであろう」
 そう言い残すと、仏は眩い光となって俺の視界を埋め尽くした。
 
『う、うぅ……』
「よくぞ参られた勇者様!」
 歓喜に満ち溢れた声、辺りから漏れだす感嘆の声。俺の耳に確かに聞こえた勇者という単語。
 俺は本当に異世界に来たようだ。
 だが、なんだか身体がおかしい。動きにくいというか、何かが変だ。 
『え、えええええぇぇぇぇ!!』
 辺りを見渡すと、俺を囲んでいたのは巨人だった。デカい、デカすぎる。こんな巨人の世界で俺が勇者? 無理無理。どうゆうことだこれ!
 俺が呆気に取られていると、聞きなれた声が大音量で聞こえてきた。
「勇者? 私がですか?」
 紛れもない俺の声だ。でも俺はそんなこと一言も言ってないぞ? どうゆことだ。
「我が国は魔物の脅威に怯え、生活してきました。どうか、どうか勇者様にはそのお力をお貸しいただきたいのです!」
 綺麗な声を持つ、女? らしい巨人はいかにもな言葉を述べた。
『いやでも、こんな巨人が叶わない魔物なんか、俺闘いたくないんだけど』
「お任せください。私が必ずやその脅威を取り除いて見せます!」
『言ってない。俺そんなこと言ってない。待って、待って嫌だよ。俺。絶対嫌だ』
「あぁ。勇者様。本当にありがとうございます」
「困っている方を助けるのは当たり前のことです。私でできることであれば、なんなりと言ってください!」
 俺の声でそういう何かに俺の声は届いていないらしい。
「ではこちらにある聖剣エクスカリバーを」
 女の巨人がそう言いながら横にずれると、その先には台座に突き刺さった剣があった。
 アレが聖剣エクスカリバー。アレがあれば、俺もなんとかなるのかな。いやでもどう見ても巨人用だけど。え? 俺アレ持つの? 無理なんだけど。ていうか俺のさっきの言葉本当に聞こえてないのかな。
 もう一回大きな声で言ってみるか、無理って。
 俺がもう一度、声を出そうとした瞬間、すぐ隣から巨大な何かが動きだした。
 聖剣エクスカリバーに近づいていくにつれて、何かの後姿が見えてくる。
 それは聖剣エクスカリバーに手を掛けると、勢いよく引き抜いた。
 そしてこちらを振り返り、意気揚々と剣を掲げ、宣言した。
「私が勇者です!!」
 それは俺だった。紛れもなく、俺の姿をしていた。
 だが少し違うのは、溢れんばかりの爽やかさを身に纏っていたことだ。
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