あちらとこちら

紫乃秋乃

文字の大きさ
上 下
1 / 2

絵梨と、私

しおりを挟む
なんて酷い仕打ちをしてきたのか、私は今日やっと気がついた。
親友だと思っていた関係が、実は彼女の我慢と忍耐でやっと成り立っていたもので、私は彼女に支えられていただけだったのだと、私はやっと知ったのだ。
謝りたくても、もう消えてしまって二度と現れない彼女にどう伝えられるというのか。
それに、たとえ彼女がもう一度現れたとしたって、きっと私は彼女の支えになることなんてやはりできないに違いない。
私は私で精一杯だったのだ。
私は私でこの上なく不幸だったのだから、彼女が私より不幸だとしたって、きっと話など聞いてやれなかったし、支えにもなれなかった。
もし私が彼女のようにひたすら我慢して抱えきれない苦悩を億尾にもださず微笑んで相手を慰めていたなら、きっと私の方が死んでいた。
けれど、やはり私みたいな女が生き残るより、彼女のような清らかな人が、私なんかよりずっと努力していた人が生き残った方がよほど良かったのに、とも思う。
そもそも本当は、友達になどならないほうが良かったのだろう。
私たちはどう転んでも親友などにはなれない運命だったのだ。
でも、出会ってしまったのなら、私が傷ついて利用されたほうが余程ましだった。
「清水は知ってたの?」
屋上の手すりに体を傾けて空を見上げている彼に私は問いかけた。
暗い顔をしている私とは違って、彼は涼しげな表情をしていた。
「あぁ」
「じゃあなんで教えてくれなかったわけ。なんで、放ってほいたの」
「俺はカウンセリングじゃねぇから」
「でも、恋人でしょ」
酷い裏切り方をされたと思った。
昔から清水は無愛想でやる気が無くて最低だった、大嫌いだった、だけど影で彼女のことだけは大切にしているんだと信じていた。
じゃなきゃ、絵梨があんなに嬉しそうに清水のことを話せるはずがないと思った。
なのに、清水は彼女を酷く惨めにする。
「死んだ奴のこと思い出すなんて時間の無駄だろ」
「昨日までいた人が消えたのに何も感じないわけ?」
私はこの動揺をどうにか分かってもらいたかった。
一人じゃ耐えきれない不安感を同じ程度に分かち合ってもらいたかった。
この感じは、悪口を言い合う時と酷く似ていた。
「あぁ」
「私達、絵梨の一番近くにいたのになんの力にもなれなかったんだよ。申し訳ないとか思わないの」
清水は笑った。
清水は笑うと長い睫毛がふるふると揺れて、表情の窺えない不気味で真っ黒な瞳も細められて、美しかった。
それが彼の唯一の取り柄だった。
でも今は、清水の嫌味を込めて笑っても優しげに見えてしまう笑顔が、逆に気味悪かった。
「別に」
「でも絵梨のこと、愛してたんじゃないの?」
一言で良かった。
なんなら無言でもよかった。
否定さえされなければ私は肯定だと自分勝手に決めつけようと思っていた。
なのに、清水は呆れた風に笑った。
「別に」
「じゃあ、なんで付き合ってたの」
「一人じゃやりきれねぇ夜があるから」
絵梨は幸せそうだったのに、こんな奴のために命を捨ててしまったんだろうか。
「あんたのせいじゃん」
「あいつ、虐待されてたから。実の父親が出てって、新しく来た母親の愛人に処女奪われて。俺が抱く時だってそいつに付けられた跡が残ってたりしてた。そんな女好きになれないだろ」
急に、目がチカチカとして倒れそうになった。
絵梨が虐待をされていたなんて聞いたことなかった。
あまりお金はないんだろうと思ってたけど、まさか、そんな、酷いことをされてるだなんて考えもしなかった。
呆然としている私を見て、また清水はどこか優しげで奇妙な笑顔をした。
「あいつだって俺を利用してただけだよ」
「でも、でも、いつだって絵梨はあんたのこと自慢してたんだよ。口を開けば京平京平って、優しくしてくれるって、大好きだって、いっつも」
許せないと怒鳴る私とは別に、何を声を荒げているんだと馬鹿にする私がいた。
自分でも、何故この二人の仲をとり持ちたいのか分からなかった。
ただ、私の知ってる絵梨のままで、世界であって欲しかった。
「絵梨は誰よりいい子だったじゃない。天使みたいな子だった。そういういい所知ろうともしないでやることだけやって、死んだら少しも悲しまないなんて自己中だよ」
私が怒鳴ってまくしたてると奴は眉を潜めて私を見た。
瞳で私を見下し非難する。
静かな相手に一方的に怒ってる図は、酷くかっこ悪い。
怒らせたのはお前じゃないか、悪いのも全部お前らじゃないか。
こういうところが、二人は似ていた。
私には分からない、深い孤独に共鳴しあっているとでも言いたげな高尚な雰囲気を出して、いつもいつも私を馬鹿にしていた。
「お前さ、あいつの親友だっていうんならあいつの死を話題作りのつまみにすんのやめろよ」
私は岩で頭を殴られたみたいな気分になって、確かな痛みを残して頭が真っ白になった。
「何言ってんの」
声が震えたのは、怒りのせいだと思うのに私はなんだか怖かった。
私を軽蔑するような目が強くて、今すぐこの場から立ち去りたいとさえ思った。
でも本当に逃げたらそれがまるで真実になってしまうような気がして、立つという概念を考えだしてしまって、急に足元がぐらつく感じをこらえて清水を見つめ返した。  
「小沢絵梨に縋たって死人はもう助けちゃくれねぇし、かといってお前が絵梨になり変われるわけでもねぇんだよ」

ーーーさゆみは、私の真似ばっかりしなくていいんだよ。私とは違うんだから。

本当に、二人は似ている。
清水は気づいていないかもしれないけど、やっぱり二人は酷い。
私を惨めなミミズにして、塩水をかけて自分の優越感を得るための道具にする。

しおりを挟む

処理中です...