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第6話 タツトラと合気柔術(1)

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 都内にある武道場。「風間流合気柔術道場かざまりゅうあいきじゅうじゅつどうじょう」では一般会員向けに合気術あいきのじゅつの稽古を行っていた。

 畳の道場で初老の師範が、10人近い生徒達に順番に技をかけていた。
 師範の手に触れた瞬間、生徒達は力を失って転ばされていく。

 「こんにちはー。見学したいんですけどー」

 予約はなかったはずだが、見学者が来たようだ。道場内に若者達が入って来る。

 若者達は3人。
 1人はネクタイだけが真っ赤な、黒ずくめのスーツ姿。金髪ロングヘアの青年で、棒を手に持っている。
 2人目は黒髪のツーブロックで、普通のスーツを着ている青年だ。
 3人目はスーツの下にパーカー姿。金髪の白人女性で、髪を後ろにまとめている。

 チンピラの道場破りか?師範は警戒する。しかし、3人は大人しく見学している。
 
「こんにちは~。どうぞ、お茶でも~」

 チンピラ達にお茶を出す女性がいる。事務員さんだろうか?ふわふわの栗色のロングヘアでモコモコの白いボアジャケットにロングスカートのおっとりお姉さんだ。お盆に湯呑みが3つ乗っている。

「ありがとう、おねえさん!」 「どうも」 「サンキュー!」

 黒ずくめのチンピラ達が立ったままお茶を飲んでいる。シュールだ。

「お姉さん、これは何やってんの?触ってるだけにしか見えないんだけど」

 師範はただ触っているだけなのに、生徒は派手に飛んで受け身を取る。

「あ~、これはですねえ。私も良くわからないんですけど~、接触の瞬間に技をかけてるので~、受けた人が自分から転がってるように見えるんですよ~」
 不思議ね~。と、お姉さんは笑う。

「えー、嘘くせえ! 後で俺にもやってもらおう! 絶対ぜってー効かねーよ!」

「ふふふっ。 嘘くさいですよね~」 くすくすと笑っている。

 3人はお茶を飲み干して。お姉さんの持つお盆に湯呑みを返す。


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 お昼になり、一般の部の生徒さん達が帰っていく。

 金髪のチンピラは残った師範に話しかける。

「どーも! 俺は鞍馬龍虎くらまたつとら!『枝打ち』の参加者だ!あんたが風間流の代表者か?」

「い、いや。私は……」

 師範はなんだか気まずそうだ。


「ああ~!」

 後ろから、頓狂とんきょうな声がかかる。

「あらあら~。 あなたが鞍馬流居合術くらまりゅういあいじゅつ龍虎たつとらくん?」

 タツトラは後ろを振り返る。お姉さんが少し驚いた表情でお盆を持っている。

「私が風間流の代表。風間愛利須かざまありすです。アリスって呼んでね~」

「ああ!?」 「え?」 「おぉー!!」 3人がそれぞれ驚いている。


「先生、午前の部はありがとうございました~。後は私が対応します~」

「は、はい。 ではアリスさん、私はこれで失礼します」

 初老の師範は道場から出ていく。


「あんたが風間流の代表!? 本気か?」 信じられない表情のタツトラ。

「はーい、本気ですよ~。 んしょ、んしょ」 アリスは服を脱ぎ始める。

「……何やってんだ? こんなところで」

「戦うんですよね? 着替えなくちゃ、スカートは動きにくいんですよ~」

「更衣室行ってこいよ。 待っててやるから」

「いえいえ~。 着替えを下に着て来てるんですよ~」

 アリスが服を脱ぐと上はTシャツで、スカートの下にはジャージを履いていた。脱いだ服を鞄にしまい。カバンからジャージの上を出して着る。髪を後ろで結ぶ。

「はい! お待たせしました~!」 にこーっと笑ってやってくる。


「油断を誘っているのかもしれんがな、俺には意味がねーぞ!俺は真のフェミニストだからよお、たとえ女でもキッチリぶっ殺してやるぜえ!」

 タツトラは獲物がまんまとやってきたような、殺気に満ちた表情になる。

「あ!」

 アリスが何か思い出したような声を出す。全く、意に介していない。

「タッちゃんは、棒を使うのねえ。じゃあ私もじょうを使わせてね~」

「タッちゃん!? まあ、いいぜ!好きに呼べよ。もう喋れなくしてやるからな!」

 タツトラからアドレナリンの匂いがして来そうな闘志を感じる。アリスのペースには付き合わない。

「タッちゃんこそ、どうして居合なのに棒なの?」 アリスが杖を持ってくる。

「お前は面白いから教えてやる。『居合とは文字の如くにして剣を抜くにはあらず。
敵と居を合はする時、 心機しんき応じて発勝はっしょうするの神気しんきを言う。』ってやつだ」

「へえ!タッちゃん、えらい人なのね。 『さやうち』だったかしら?」

「まだまだ! これから偉くなるんだよ!」
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