かみさまの星

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惑星45号

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 直径おおよそ千メートルに満たない小さな小さな惑星は、船をのせたちょっとの振動だけで小刻みに揺れた。
 まるで水の上に浮かぶ木の椀の様だ。不安定でおぼつかない。
「かなり廃頽している。生体反応はないようだが、誰かが手を振っているね」
 いつものように数秒で辺りをサーチした船がそういうと降りますか? と聞いてきた。
 操舵モニターを見ると大写しになっているのは白い髪のとても美しい青年だった。
 ラゥは彼の動力はなんだろうと思った。
「おそらくアンドロイドの類かと思うがね。熱源は人で言う心臓の辺りに感知できる」
「降りてみようよ。ドールなら僕と一緒。連れて行こうよ」
 モニターをじっとみつめながらリゥはそう言った。


(アンドロイドの死に方)


 船の勧めで生体置換を行いリゥと二人、例のアンドロイドのいる場所に投影してもらった。
 生身で降りても支障のない環境だとは言うが、相手はアンドロイドなので不測の事態があってもいけない。サーチの結果からは珍しい成分も検知されなかったのでアヴァンとガイヤは船に残った。
  青年のアンドロイドは明るい笑顔で手を振る。
「やあ! 僕はプリン。アンドロイドさ。君たちは人間だね。観光かい?」
「はじめまして、プリン。僕はラゥ。弟のリゥだよ。今は神様の星へ行く途中なんだ」
 目を丸くして驚いた顔をしたプリンは、まるで人そのものだった。よく表情の学習された賢い機体だ。
「どこにあるか分かるのかい?」
「ふふ、答えは勿論ノーさ。探していると言えばよかったね」
「なんだ、そうかい。びっくりしちゃった。神様の星なんて御伽噺でしか聞いたことがないから。見つかるといいね」
「ありがとう。君は一人かい。随分教育された機体のようだけど」
「うーん、アクセスが出来ないだけで一人ではないのだけれど、まあ実質一人のようなものだね。もう三千年以上になるよ。正確には三千と二年二か月と三日かな」
「……ここには人がいたのかい?」
 視界の右の方に大きなシェルターのような建物が見える。ここでリゥが身を乗り出した。
「実質一人とはどういうこと? 寂しくない?」
「リゥ。君はアンドロイド?」
「いいや。僕はドール。人工知能ではないんだ」
「ドールか。兄弟仲がいいのだね。リゥ、勿論寂しいけれど、僕はここから離れては暮らしていけなんだ」
 プリンはシェルターを指さした。
「あそこにはね、かつてのここの住人達の精神世界に繋がるシステムがあるんだ。ここはシーサイドラインで連なる惑星四十五号地点。といっても、もうほとんどの地点が隕石嵐で滅んでしまってライン上にはないんだけどね。昔はドライブコースで栄えた遊楽街だったんだ」
「彼の言う通り、シーサイドラインはエデンからもそれほど遠くない歓楽街の連なりで、三千年前までは有名な航路だった。だが、隕石嵐に巻き込まれて全壊してからは復興の目途もたたずそのまま衰退してしまった。今でこそ隕石嵐は事前に察知され切り取ることが出来るようになったが、当時は星間会議にまで発展した」
 船の注釈に悲しい顔で笑ったプリンはまったくその通りだ、と頷く。
「僕はその隕石嵐の起こったあとに、ある技術者によってプログラムされたんだ。彼には次の肉体のストックがなく、食べる者も飲むものもほとんどなくなっていたこの星でおよそ三年生きた。見ての通りすごく小さい星だけど、あのシェルターの中には精神世界と呼ばれるバーチャル空間が存在していたんだ。いや、しているんだ、と言った方がいいのかな」
「まさかまだ機能しているというのかい?」
 思わずラゥが訝し気に尋ねても、プリンはまるで堂々と再度頷いた。
「している。正確には僕が保守している。僕は彼の死後、彼の知識スロットを引き出してインプットした。肉体は当然替えがきくものだけれど本当に万が一のために重要な情報を体内チップというところに貯めている。その情報を使って今日までシステムを動かし続けているんだ」
「そもそも惑星四十五号は、かつて誰でも簡単に参加できる広大な仮想空間を構築していたことで有名だった。一人の精神につき肉体は常に複数個ストックがされていてもし何等かの理由で現実の肉体が朽ちても精神は仮想空間に収容されているので精神データを保っているシステムが破壊されない限り永久的に自我を保てる、つまり不死になれるというものだ。だが、これには」
「物知りな船だね。そう、船の言う通りで、このシステムには様々な疑問を呈された。中でもデータバンク内にあるという精神は本当に存在しているものなのかどうかについてはかなり長い間議論が繰り返された。恒久的に続く命などこの宇宙にはありえない。神族や魔法族や星ですら有限なのに肉体と切り離された精神には在処などあるわけもない。従ってこのシステムの中に蓄積しているのはただの過去の記録でしかないってね」
「おおむねその通りの結論と当時はみなされた。ゆえに肉体の存在しない状態での仮想空間へのアクセスは危険と判断され制限されていた」
「外部からの人間の場合はね。僕達にそんな制限はなかったよ。だから実際は何千何億人という人々が移住してきてはあの箱の中で精神体になって何百年も生きていた。これは事実だし今も尚そうである、と……僕は信じてるのさ」
 船はそれ以上の応答をやめあたりはシンと静かになった。プリンもはにかんだまま黙る。
「……プリンは、中に入らないのかい」
 リゥがぽつんと問うた。答えは分かっていたはずだった。
「リゥ。意地悪を言わないでくれよ。それは事実上無理でしょう? 僕はアンドロイドだから肉体もなければ精神もなにもない。それに、僕の愛しい人はあの中にはいないのだから」
「……すまないねプリン。リゥは君を連れ出したいと思っているんだ」
「なるほど。心の優しいドールらしい。でも僕は行かない。理由はさっきの通りだよ。お友達になってあげられなくてごめんねリゥ。ところで、僕からラゥに、若しくは船にひとつ聞きたいことがあるんだ」
 それを聞いたリゥは何も言わずに換装を解くと投影から姿を消した。
 船は黙って質問を待ち、また、ラゥも同じように黙って視線でプリンの言葉を促した。
 するとプリンは穏やかな表情でこう言った。
「アンドロイドの電源スイッチの切り方を知っている?」
「…………え……?」
「型にもよるので一概には答えられないが、一般的にアンドロイドは瞬きをしない。その理由としては主にまぶたの開閉がオンオフの役割を果たしているからだ」
 戸惑ったラゥの一方で船からの簡潔な答えにプリンの表情はぱっと明るくなった。
「わお、考えもしなかった。言われてみればアンドロイドは瞳が全然乾かないんだ。そういうことだったのか。僕はねラゥ。幾度も人の死に方を真似た時期がある。もう随分昔さ。でも、人の死に方では絶対に死ねなかった。お陰で君たちに会えた。今日僕はアンドロイドの死に方にやっとたどり着くことができた」
「プリン……!」
「うん。僕はとても孤独だったんだ。アンドロイドには必要ないはずの様々な感情というやつは全部博士から三年のうちにインプットされてしまった。僕に精神はないのに博士は僕を愛した。愛を理解してしまった僕は博士が好きでたまらなくなった。元々隕石嵐で失った僕そっくりの恋人の精神データを探しているうちに博士は僕と恋人との境目がわからなくなっていってしまったんだ。でも僕はひっくり返っても人にはなれない。博士が好きな彼なんかじゃない。分かっていたけど僕は博士が死んだとき涙が出たんだ。博士はやっとして恋人のもとに行ったんだと思ったら悔しくて悲しくて、僕だって博士のことを心から愛していたのに」
 プリンは無表情のまま漏れ出したようにして目からどろどろと透明な涙を流した。
「僕、こう見えて博士と愛し合っていたんだよ。本当だよ。抱き合ったし愛してると囁き合った。キスもセックスもした。抱かれている間はとても幸せだった。みてよ。アンドロイドに幸せなんて感情を埋め込めるぐらいすごい人なんだ博士は、天才なんだ、簡単に死んでいいわけない、どうして誰も助けてくれなかったんだ、寂しい、寂しいよ博士、せめて僕を壊してからいなくなってくれたらよかったのに、無責任だよ、ねえ? ねえ……」
 堪えきれずに膝から崩れるそのさまは、傍から見たら普通の人間に見えただろう。三千年前の破滅以降、シーサイドラインには度々大きな隕石嵐が吹いた。それを分かっていながら航路として選ぶ船など頑なにいなかった。長い間大きく膝関節を曲げてこなかった代償か、地面に膝をついたプリンの全身からはガキゴキと固い音が鳴り響いた。
 言われて見れば、確かにこの時代のアンドロイドは戦闘用にも用いられていた。耐久性に優れておりメンテナンス作業も最低限でよく動くことで評判が良かった。
  でもいくらそれでも、三千年も長い間それを証明してやる必要はないのではなかろうか。ラゥは急にこのアンドロイドが酷く哀れに思えた。
「プリン、落ち着いて。君はもうアンドロイドの枠を超えているよ。保護を求めよう。君のように苦しむアンドロイドを生まない為の規則が今はあるんだ。通常感情を知ったアンドロイドはショートする仕組みに最初から作られるのが今の決まりだけれど、きっと昔はそういったルールがなかったんだね。僕達と行こう。自死とは感情のあるものにとってはとてもつらく悲しいことだよ。君がそんなことをする必要はないんだ」
 手を伸ばしたラゥの投影をすり抜けて、生身の身体でプリンに触れたのはリゥだった。
 驚いたラゥが見つめる中、リゥはプリンの側に膝をついて目から溢れる錆びの交じった透明を指で拭った。
「リゥ…………?」
 リゥは無言でプリンの顔のあちこちに口をつけた。性的なにおいは微塵もしない、まるで親が子をあやすような優しい啄みだった。困惑するグレージュの瞳をじっと永くみつめてからリゥは言った。
「僕が君を殺してあげる。さよなら、プリン」
「……リゥ……!」
 ラゥの咄嗟の制止の言葉も聞かず、リゥは小さな手の平でプリンの目元をそっと覆った。
 プリンは小さくつぶやく。
「…………真っ暗」
「暗闇は初めてでしょう。目を閉じていいよ。きっと博士のところへ行けるよ」
「……博士、僕のことを覚えているかな」
「そりゃそうさ。だって愛し合っていたんだもの」
「…………」
 そうだよね。吐息でそう零したプリンはリゥの手の内でとうとうまぶたを閉じたらしい。電源の切れたプリンはがくんと前に首が折れ、目を覆っていたリゥにかぶさるようにして倒れてしまった。
 身体が小さいリゥはその下敷きになってじたじたとしながらもがくと、船を見上げた。
「ねえ船? アンドロイドの起動メッセージはハローとネームで良かった?」
「その通りだ」
 船がそう答えると、リゥはラゥが何かを言う前にと、間髪入れずにまだ温かいままのプリンをぎゅっと抱きしめた。
「ハロー、ミレー! 僕の可愛い弟!」









 機械技師のガイヤはミレーの身体を拭き上げながら横でその作業をじっと見つめるリゥの言い分には相当に嫌な顔をした。
「それでねガイヤ、電源を別にして欲しいんだ。つまり、まばたきが出来る仕様にしてほしいんだよ。あともう少し小さくできない?」
「お前、俺に何言ってるか分かってるのか? もとある起動スイッチを変えろって言ってるんだぞ。んな恐ろしい作業起動しちまってから出来るもんか。小さくするのも無理。足首からちょん切っていいなら別だけどな」
 リゥは神妙な表情をつくり作業台に横たわるミレーの側へと近づいて頬をそっと撫でる。
「ミレー……。ガイヤに難しいことは無理みたい……。僕夜は君と一緒に眠りたいんだ。だから、眠るたびに再起動することになるけど許してくれるかい?」
 ミレーは微笑んで頷いた。
「勿論。リゥがそう言うなら僕はそれに従うよ」
「ありがとう。ねえガイヤ、じゃあ再起動してもそれまでの学習を忘れないように記憶を溜め込む器官をちょちょいっと追加してそれから、……」
「だーーかーーらーーーーーーーーっ、あ~~~もう、スイッチシステム作ればいいのねっ……! その作業で起動不能になっても責任は負えないからな!」
「さすがガイヤだよ! ねえミレー!  楽しみだね、夜は眠るものなんだよ。一緒の夢を見ようね!」
「ったくとんでもねえドール様だよ……なあラゥ!」
「…………」
 ガイヤは口を尖らせたが、ラゥは黙ったまま穏やかな眼差しで、少し寂しそうにリゥとミレーを見つめた。
 航路はシーサイドラインの果てである惑星八十号を折り返し、再び四十五号を通過する。
 プリンはもう、あの星を忘れたのだろう。リゥはミレーの真っ白な髪を櫛で梳きながらちらっと窓の外を気にしたがミレーはまっすぐ前を向いたまま、そのグレージュの瞳が故郷を憂うことはなかった。





>>アンドロイドの死に方
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