22 / 169
【01】連合から来た男
21 ワイバーン初出撃しました
しおりを挟む
指定された配置に〈ワイバーン〉をつけた後、独り言のようにマシムが言った。
「ああ……今、外からこの軍艦を見てみたい……」
そんなマシムに、今日はまだ艦長席に座っていたドレイクが応える。
「もしかしたら、殿下が撮影してるかもよ」
「えっ?」
マシムだけでなく、他の隊員もドレイクに注目した。
「いや、『〈ワイバーン〉の本当の姿を見てみたい』って言ってたくらいだからさ、どっかから見てて、さらに録画もしてるんじゃないかって。そもそもこれの外装も、元祖〈ワイバーン〉の映像持ってなきゃ絶対造れるわけないし」
「確かに……でも、どうやって撮ったんだ、元祖〈ワイバーン〉」
「〝違いは高難度間違い探し級〟って大佐が言ってるくらいだから、舐めるように接写してるぞ」
「可能性としては、無人艦かねえ。あれにカメラをつけてるだろうから、それを利用すれば、見れるし、撮れる」
「あ、なるほど。その手があったか」
「大佐……」
マシムは前に向き直ると、やはり独り言のように、ぼそぼそと呟いた。
「もし殿下が撮ってるんなら、あとでその映像、ダビングさせてもらえませんかね……」
「マシム……おまえ、そんなにこの軍艦のデザインが好きなのか……?」
マシムの右隣から、ギブスンが引き気味に訊ねる。
「というより、宇宙空間で動いてるとこが見たいんだ」
前を向いたまま、マシムは淡々と答えた。
「デザインだけなら、ドックの中でいくらでも見られる」
「そりゃそうだ」
真剣にドレイクはうなずいた。
「よし、戦闘終了後、隊の資料として使いたいから、撮影してたらその映像くださいって殿下に頼んでみよう。この理由なら殿下もばっくれられまい」
おおっと隊員たちがどよめく。
(結局、みんな〈ワイバーン〉マニアなんだな)
だが、その気持ちはイルホンにもわかる。ということは、自分も同類なのだろう。
(そういえば大佐、〈ワイバーン〉の〝本当の姿〟は何か、答えは出したのかな)
あれから立ち消えのような状態になってしまったが、きっととっくの昔に答えは出していて、それにのっとって今回の作戦を立てたに違いない。
ドレイクは今回も八人すべて乗艦させた。あの三人組は自分たちが設置した〝サブシート〟ではなく〝メインシート〟に全員座ることができた。今〝サブシート〟にいるのは、ティプトリー、イルホン、シェルドンである。しかし、ドレイクは艦長席の横に立つと、〝サブシート〟を振り返った。
「シェルドン。もうここに座っとけ」
乗艦前から青い顔をしていたシェルドンは、大仰なくらい肩をすくませたが、ドレイクの命令どおり、艦長席に腰を下ろした。
「大佐……本当にやるんですか?」
おそるおそるドレイクを窺う。ドレイクはにこりともしないで答えた。
「もちろん、本当にやるんだ」
「うまくいくんですか?」
「うまくいくかどうかはわからんが、できることは訓練でわかってる。おまえの出番は第二段階だけだ。それまでは、ここで好きなだけ怯えてろ」
「……大佐は、どうして俺にこれを?」
「おまえがいちばん適任だと思ったからだ。自分は信じられなくても、このおっさんの勘なら信じられるだろ?」
ドレイクににやりと笑われて、シェルドンはまだ多少こわばり気味ながらも、ほっとした笑みをこぼした。
「いいか。最後にもう一度言っておく。俺たちは後ろのウェーバー大佐隊じゃなくて、前の無人艦群に属してる。ウェーバーが何を言ってきてもオール無視。キメイス、適当にあしらえ」
「イエッサー」
キメイスは苦笑いして、自分のインカムの最終調整をする。
「俺らの仕事は、無人艦の犠牲と努力を無駄にしないこと。敵艦艇を一隻でも多く撃ち落とすこと。最後に、これがいちばん大事だが、生きて基地に帰ることだ。殿下にせっかく〈ワイバーン〉撮ってもらってても、生きて帰らにゃ見られねえぞ」
「殿下、本当に撮ってるかな」
隣のティプトリーに囁かれて、イルホンは断言した。
「撮ってる。間違いない」
「大佐。ゼロ・アワーです」
マシムの左隣に座っているスミスが、厳かに告げた。
「おう。それじゃあ、まずは第一段階。どこよりも早く〝旗艦〟をとれ」
「イエッサー」
* * *
二年前、「帝国」皇帝軍護衛艦隊司令官に就任して以来、アーウィンがこれほど楽しげに艦長席のモニタを眺めているのを、ヴォルフは見たことがなかった。
(無人艦のカメラをそんなことに利用するとは……おまえもどんだけあの軍艦が好きなんだよ)
ヴォルフは親友でもある主人を呆れて見下ろしたが、彼の尊厳を守るため、あえて沈黙を通した。
今回の異様ともいえる編制に、アルスターとパラディン、そして間接的にドレイクの三人は、作戦会議の申請など何らかの形で反応を見せた。だが、アーウィンは作戦会議の申請を却下し、幹部会議も行わなかった。
人員整理のために作戦会議を行わせないなど、他の艦隊ではありえないだろう。しかし、ここではありえる。その気になれば、この艦隊は無人艦とこの〈フラガラック〉だけで戦える。ただ、リスクとコストを考えて実行していないだけだ。
「キャル」
モニタを見つめたまま、ふいにアーウィンが口を開いた。
「一瞬でもいい。確実に通せる〝穴〟を作ってやれ。それさえできれば、今日のおまえの仕事はほとんど終わりだ。あとは、邪魔をしないように。させないように」
ヴォルフには理解不能な命令だったが、定位置に控えていたキャルは、前を向いたままいつものように従順に答えた。
「はい、マスター」
* * *
今回は三隊に分割された無人艦群は、それぞれほぼ正面をめざして突っこんでいった。
〈ワイバーン〉が配置されている中央は、敵艦隊の守りがいちばん堅い。しかし、ドレイクは言いきった。
「キャルちゃんなら、必ず〝旗艦〟までの道を作ってくれる。でも、その道は長くは持たない。チャンスは一回。あっても二回。しかし、〈ワイバーン〉なら一回でとれ」
「イエッサー」
ギブスンが低く答える。と、マシムは前方の無人砲撃艦の後を追って〈ワイバーン〉を発進させた。無人艦の後をつけるのは、前回の出撃で学習済みだ。マシムはドレイクの指示なく〝乗替〟もこなした。
「シェルドン。ギブスンが撃ったら同時にだ。……わかってるな?」
スクリーンを見つめたまま、ドレイクが言った。
「……はい」
シェルドンの声はかすかに震えていたが、その表情にもう迷いはなかった。
「まもなく、射程圏内に入ります」
スミスが冷静に報告する。
「畜生、有人艦が俺らだけだったらなあ。無人艦、全部回してもらえるのに」
悔しそうにドレイクが呟いた、そのとき、スミスがあせった声を上げた。
「大佐! 後方からウェーバー大佐隊の軍艦が! このままだと十秒後に追い抜かれます!」
ブリッジ内にざわめきが起こったが、ドレイクは驚かなかった。
「想定の範囲内。うちの真似して、旗艦とりにいこうとしてるんだ」
「しかし、それでは」
「大丈夫。たぶんキャルちゃんは、というか、殿下は奴らは守らない」
スミスの予告どおり、ウェーバー大佐隊の砲撃艦が数隻、〈ワイバーン〉を追い抜いていく。だが、無人艦は彼らの盾になることは拒否し、砲撃艦は次々と敵に撃墜されていった。
「どうして……」
呆然と呟くスミスに、ドレイクは苦笑いした。
「旗艦とれない奴らを守るのは、無人艦の無駄。……そう判断されたんだろ」
転属前はウェーバー大佐隊にいたスミスは息を呑んだ。
――無人艦が、どの有人艦でも無条件に守ってくれるものではなくなった。
イルホンはぞっとしたが、同時にこの〈ワイバーン〉に乗っていてよかったと心の底から思った。
「後ろは気にするな。俺らは前の敵にだけ集中する。今、敵艦艇数は?」
「約二四〇〇隻です」
「無人艦わけた分、今回は減りが悪いな」
その間にも、ウェーバー大佐隊の砲撃艦は、〈ワイバーン〉を追い越しては撃ち落とされていく。自分たちが無人艦に嫌われていることを、ウェーバーはまだ理解できずにいるらしい。焦躁に駆られたイルホンとティプトリーは、〝サブシート〟を離れて艦長席のモニタの一つを覗きこんだ。
当然のことながら、陣形は戦闘開始時から大きく変化していた。イルホンがいちばん驚いたのは、ミニ艦隊の旗艦とその護衛艦群にあたるコールタン大佐隊、ダーナ大佐隊、パラディン大佐隊が、無人護衛艦を間に挟んで、それぞれいつもの隊形で〈フラガラック〉を護衛していたことだった。つまり、ミニ艦隊の形態はすでに崩壊していたのだ。
アルスター大佐隊は無人艦群と共に敵の右翼を攻撃していたが、マクスウェル大佐隊は左翼ではなくウェーバー大佐隊に合流するような形で中央を攻め上ろうとしていた。〝旗艦〟が欲しいのはウェーバーだけではないらしい。陣形を一瞥して、ドレイクがぼそりと言った。
「無人艦がもったいねえ」
おそらく、敵の左翼のことを言っているのだろう。それが聞こえでもしたかのように、左翼を攻撃していた無人艦群は攻撃目標を中央へと変更した。
「スミス、道はできそうか?」
「……守りは薄くなってきました。いけそうです」
「せっかく射程が長くなっても、これじゃ意味ねえな。……マシム、いったん無人艦の陰から出ろ。下にだ。ギブスン、今回は無理にブリッジを狙う必要はない。とにかく当てろ、ど真ん中に」
「イエッサー」
マシムとギブスンは同時に答え、ドレイクの指示に従った。
――わずかに、ほんのわずかに、敵旗艦が姿を見せていた。
ギブスンは一瞬で照準を合わせ、〝息吹〟の発射ボタンを押した。
「シェルドン、切替!」
ドレイクが叫んだとき、シェルドンはすでにコンソールを操作して、砲撃用のコントローラーを上昇させ、右手で握っていた。
「ギブスンは左、シェルドンは右! 訓練どおり撃ちまくれ! スミス、カウンターチェック! 一〇〇〇隻切ったら離脱するぞ!」
「イエッサー!」
〈ワイバーン〉が発した〝息吹〟は、敵艦艇を焼きながら一直線に伸びていき、敵旗艦を爆発させた。しかし、それを確認しても、〈ワイバーン〉の乗組員は一人も歓声を上げなかった。彼らにとって、それはもはや当たり前のことになっていた。
「第一段階はクリア」
淡々とドレイクは言った。
「残るは第二段階。……スミス! 今何隻だ!」
「二〇〇〇隻切りました!」
「残存戦力、逐一読み上げてやれ! ティプトリーもシェルドンに!」
「イエッサー!」
ギブスンもシェルドンも、まるで〈ワイバーン〉と一体化したかのように、レーザー砲で周囲の敵艦艇を撃ち落としつづけている。特にシェルドンは、それまでの弱気な態度が信じられないほど、無表情にコントローラーを動かしていた。
――緊急モードにして、砲撃機能の半分だけを艦長席に移し、ギブスンは船体左側の砲列、シェルドンは右側の砲列を操作して、敵艦艇を砲撃する。しかも手動で。
〝連弾〟とドレイクは称したが、彼は経験不足と持久力不足を補うために、第二段階の砲撃を二人の隊員に分担させた。まさにこの軍艦でしかできない、そして砲撃手が若いこの隊だからこそとらざるを得なかった〝奇策〟だった。
「ああ、それにしても、ウェーバーとマクスウェルが邪魔!」
ドレイクは苛立って、艦長席のモニタを睨みつける。〈ワイバーン〉に〝旗艦〟をとられたウェーバー大佐隊とマクスウェル大佐隊は、次はどうしたらいいのか途方に暮れているように、〈ワイバーン〉の後方に散開していた。
「そのままじっとしててくれりゃまだいいが、下手に前に出てこられたらこっちが迷惑だ。……よし、キメイス、〈フラガ〉に至急連絡して……」
「ちょっと待ってください!」
あわててイルホンは割って入った。
「この前、〈フラガ〉にお願い通信したら、大佐だったら直接殿下とお話しくださいと怒られました!」
「え?」
キメイスの顔が一瞬にして凍りつく。
「まあ、前に〈フラガ〉とインカム回線で話したことはあるけどさ。今日はどうなってんの? そのインカムでも〈フラガ〉と話せんの?」
ドレイクにふてくされたように指をさされたキメイスは、無言でコンソールを操作し、自分がつけていたインカムをはずして、マイク部分だけをドレイクの顔の前に持っていった。
「お願いだけで、殿下とお話したいわけではないですよね? これに向かって、殿下に呼びかけてください」
ドレイクはマイクに口を近づけると、真顔でこう〝お願い〟した。
「殿下ー、ドレイクですぅ。ウェーバー大佐とマクスウェル大佐が邪魔でーす。どうにかしてくださーい」
「ああ……今、外からこの軍艦を見てみたい……」
そんなマシムに、今日はまだ艦長席に座っていたドレイクが応える。
「もしかしたら、殿下が撮影してるかもよ」
「えっ?」
マシムだけでなく、他の隊員もドレイクに注目した。
「いや、『〈ワイバーン〉の本当の姿を見てみたい』って言ってたくらいだからさ、どっかから見てて、さらに録画もしてるんじゃないかって。そもそもこれの外装も、元祖〈ワイバーン〉の映像持ってなきゃ絶対造れるわけないし」
「確かに……でも、どうやって撮ったんだ、元祖〈ワイバーン〉」
「〝違いは高難度間違い探し級〟って大佐が言ってるくらいだから、舐めるように接写してるぞ」
「可能性としては、無人艦かねえ。あれにカメラをつけてるだろうから、それを利用すれば、見れるし、撮れる」
「あ、なるほど。その手があったか」
「大佐……」
マシムは前に向き直ると、やはり独り言のように、ぼそぼそと呟いた。
「もし殿下が撮ってるんなら、あとでその映像、ダビングさせてもらえませんかね……」
「マシム……おまえ、そんなにこの軍艦のデザインが好きなのか……?」
マシムの右隣から、ギブスンが引き気味に訊ねる。
「というより、宇宙空間で動いてるとこが見たいんだ」
前を向いたまま、マシムは淡々と答えた。
「デザインだけなら、ドックの中でいくらでも見られる」
「そりゃそうだ」
真剣にドレイクはうなずいた。
「よし、戦闘終了後、隊の資料として使いたいから、撮影してたらその映像くださいって殿下に頼んでみよう。この理由なら殿下もばっくれられまい」
おおっと隊員たちがどよめく。
(結局、みんな〈ワイバーン〉マニアなんだな)
だが、その気持ちはイルホンにもわかる。ということは、自分も同類なのだろう。
(そういえば大佐、〈ワイバーン〉の〝本当の姿〟は何か、答えは出したのかな)
あれから立ち消えのような状態になってしまったが、きっととっくの昔に答えは出していて、それにのっとって今回の作戦を立てたに違いない。
ドレイクは今回も八人すべて乗艦させた。あの三人組は自分たちが設置した〝サブシート〟ではなく〝メインシート〟に全員座ることができた。今〝サブシート〟にいるのは、ティプトリー、イルホン、シェルドンである。しかし、ドレイクは艦長席の横に立つと、〝サブシート〟を振り返った。
「シェルドン。もうここに座っとけ」
乗艦前から青い顔をしていたシェルドンは、大仰なくらい肩をすくませたが、ドレイクの命令どおり、艦長席に腰を下ろした。
「大佐……本当にやるんですか?」
おそるおそるドレイクを窺う。ドレイクはにこりともしないで答えた。
「もちろん、本当にやるんだ」
「うまくいくんですか?」
「うまくいくかどうかはわからんが、できることは訓練でわかってる。おまえの出番は第二段階だけだ。それまでは、ここで好きなだけ怯えてろ」
「……大佐は、どうして俺にこれを?」
「おまえがいちばん適任だと思ったからだ。自分は信じられなくても、このおっさんの勘なら信じられるだろ?」
ドレイクににやりと笑われて、シェルドンはまだ多少こわばり気味ながらも、ほっとした笑みをこぼした。
「いいか。最後にもう一度言っておく。俺たちは後ろのウェーバー大佐隊じゃなくて、前の無人艦群に属してる。ウェーバーが何を言ってきてもオール無視。キメイス、適当にあしらえ」
「イエッサー」
キメイスは苦笑いして、自分のインカムの最終調整をする。
「俺らの仕事は、無人艦の犠牲と努力を無駄にしないこと。敵艦艇を一隻でも多く撃ち落とすこと。最後に、これがいちばん大事だが、生きて基地に帰ることだ。殿下にせっかく〈ワイバーン〉撮ってもらってても、生きて帰らにゃ見られねえぞ」
「殿下、本当に撮ってるかな」
隣のティプトリーに囁かれて、イルホンは断言した。
「撮ってる。間違いない」
「大佐。ゼロ・アワーです」
マシムの左隣に座っているスミスが、厳かに告げた。
「おう。それじゃあ、まずは第一段階。どこよりも早く〝旗艦〟をとれ」
「イエッサー」
* * *
二年前、「帝国」皇帝軍護衛艦隊司令官に就任して以来、アーウィンがこれほど楽しげに艦長席のモニタを眺めているのを、ヴォルフは見たことがなかった。
(無人艦のカメラをそんなことに利用するとは……おまえもどんだけあの軍艦が好きなんだよ)
ヴォルフは親友でもある主人を呆れて見下ろしたが、彼の尊厳を守るため、あえて沈黙を通した。
今回の異様ともいえる編制に、アルスターとパラディン、そして間接的にドレイクの三人は、作戦会議の申請など何らかの形で反応を見せた。だが、アーウィンは作戦会議の申請を却下し、幹部会議も行わなかった。
人員整理のために作戦会議を行わせないなど、他の艦隊ではありえないだろう。しかし、ここではありえる。その気になれば、この艦隊は無人艦とこの〈フラガラック〉だけで戦える。ただ、リスクとコストを考えて実行していないだけだ。
「キャル」
モニタを見つめたまま、ふいにアーウィンが口を開いた。
「一瞬でもいい。確実に通せる〝穴〟を作ってやれ。それさえできれば、今日のおまえの仕事はほとんど終わりだ。あとは、邪魔をしないように。させないように」
ヴォルフには理解不能な命令だったが、定位置に控えていたキャルは、前を向いたままいつものように従順に答えた。
「はい、マスター」
* * *
今回は三隊に分割された無人艦群は、それぞれほぼ正面をめざして突っこんでいった。
〈ワイバーン〉が配置されている中央は、敵艦隊の守りがいちばん堅い。しかし、ドレイクは言いきった。
「キャルちゃんなら、必ず〝旗艦〟までの道を作ってくれる。でも、その道は長くは持たない。チャンスは一回。あっても二回。しかし、〈ワイバーン〉なら一回でとれ」
「イエッサー」
ギブスンが低く答える。と、マシムは前方の無人砲撃艦の後を追って〈ワイバーン〉を発進させた。無人艦の後をつけるのは、前回の出撃で学習済みだ。マシムはドレイクの指示なく〝乗替〟もこなした。
「シェルドン。ギブスンが撃ったら同時にだ。……わかってるな?」
スクリーンを見つめたまま、ドレイクが言った。
「……はい」
シェルドンの声はかすかに震えていたが、その表情にもう迷いはなかった。
「まもなく、射程圏内に入ります」
スミスが冷静に報告する。
「畜生、有人艦が俺らだけだったらなあ。無人艦、全部回してもらえるのに」
悔しそうにドレイクが呟いた、そのとき、スミスがあせった声を上げた。
「大佐! 後方からウェーバー大佐隊の軍艦が! このままだと十秒後に追い抜かれます!」
ブリッジ内にざわめきが起こったが、ドレイクは驚かなかった。
「想定の範囲内。うちの真似して、旗艦とりにいこうとしてるんだ」
「しかし、それでは」
「大丈夫。たぶんキャルちゃんは、というか、殿下は奴らは守らない」
スミスの予告どおり、ウェーバー大佐隊の砲撃艦が数隻、〈ワイバーン〉を追い抜いていく。だが、無人艦は彼らの盾になることは拒否し、砲撃艦は次々と敵に撃墜されていった。
「どうして……」
呆然と呟くスミスに、ドレイクは苦笑いした。
「旗艦とれない奴らを守るのは、無人艦の無駄。……そう判断されたんだろ」
転属前はウェーバー大佐隊にいたスミスは息を呑んだ。
――無人艦が、どの有人艦でも無条件に守ってくれるものではなくなった。
イルホンはぞっとしたが、同時にこの〈ワイバーン〉に乗っていてよかったと心の底から思った。
「後ろは気にするな。俺らは前の敵にだけ集中する。今、敵艦艇数は?」
「約二四〇〇隻です」
「無人艦わけた分、今回は減りが悪いな」
その間にも、ウェーバー大佐隊の砲撃艦は、〈ワイバーン〉を追い越しては撃ち落とされていく。自分たちが無人艦に嫌われていることを、ウェーバーはまだ理解できずにいるらしい。焦躁に駆られたイルホンとティプトリーは、〝サブシート〟を離れて艦長席のモニタの一つを覗きこんだ。
当然のことながら、陣形は戦闘開始時から大きく変化していた。イルホンがいちばん驚いたのは、ミニ艦隊の旗艦とその護衛艦群にあたるコールタン大佐隊、ダーナ大佐隊、パラディン大佐隊が、無人護衛艦を間に挟んで、それぞれいつもの隊形で〈フラガラック〉を護衛していたことだった。つまり、ミニ艦隊の形態はすでに崩壊していたのだ。
アルスター大佐隊は無人艦群と共に敵の右翼を攻撃していたが、マクスウェル大佐隊は左翼ではなくウェーバー大佐隊に合流するような形で中央を攻め上ろうとしていた。〝旗艦〟が欲しいのはウェーバーだけではないらしい。陣形を一瞥して、ドレイクがぼそりと言った。
「無人艦がもったいねえ」
おそらく、敵の左翼のことを言っているのだろう。それが聞こえでもしたかのように、左翼を攻撃していた無人艦群は攻撃目標を中央へと変更した。
「スミス、道はできそうか?」
「……守りは薄くなってきました。いけそうです」
「せっかく射程が長くなっても、これじゃ意味ねえな。……マシム、いったん無人艦の陰から出ろ。下にだ。ギブスン、今回は無理にブリッジを狙う必要はない。とにかく当てろ、ど真ん中に」
「イエッサー」
マシムとギブスンは同時に答え、ドレイクの指示に従った。
――わずかに、ほんのわずかに、敵旗艦が姿を見せていた。
ギブスンは一瞬で照準を合わせ、〝息吹〟の発射ボタンを押した。
「シェルドン、切替!」
ドレイクが叫んだとき、シェルドンはすでにコンソールを操作して、砲撃用のコントローラーを上昇させ、右手で握っていた。
「ギブスンは左、シェルドンは右! 訓練どおり撃ちまくれ! スミス、カウンターチェック! 一〇〇〇隻切ったら離脱するぞ!」
「イエッサー!」
〈ワイバーン〉が発した〝息吹〟は、敵艦艇を焼きながら一直線に伸びていき、敵旗艦を爆発させた。しかし、それを確認しても、〈ワイバーン〉の乗組員は一人も歓声を上げなかった。彼らにとって、それはもはや当たり前のことになっていた。
「第一段階はクリア」
淡々とドレイクは言った。
「残るは第二段階。……スミス! 今何隻だ!」
「二〇〇〇隻切りました!」
「残存戦力、逐一読み上げてやれ! ティプトリーもシェルドンに!」
「イエッサー!」
ギブスンもシェルドンも、まるで〈ワイバーン〉と一体化したかのように、レーザー砲で周囲の敵艦艇を撃ち落としつづけている。特にシェルドンは、それまでの弱気な態度が信じられないほど、無表情にコントローラーを動かしていた。
――緊急モードにして、砲撃機能の半分だけを艦長席に移し、ギブスンは船体左側の砲列、シェルドンは右側の砲列を操作して、敵艦艇を砲撃する。しかも手動で。
〝連弾〟とドレイクは称したが、彼は経験不足と持久力不足を補うために、第二段階の砲撃を二人の隊員に分担させた。まさにこの軍艦でしかできない、そして砲撃手が若いこの隊だからこそとらざるを得なかった〝奇策〟だった。
「ああ、それにしても、ウェーバーとマクスウェルが邪魔!」
ドレイクは苛立って、艦長席のモニタを睨みつける。〈ワイバーン〉に〝旗艦〟をとられたウェーバー大佐隊とマクスウェル大佐隊は、次はどうしたらいいのか途方に暮れているように、〈ワイバーン〉の後方に散開していた。
「そのままじっとしててくれりゃまだいいが、下手に前に出てこられたらこっちが迷惑だ。……よし、キメイス、〈フラガ〉に至急連絡して……」
「ちょっと待ってください!」
あわててイルホンは割って入った。
「この前、〈フラガ〉にお願い通信したら、大佐だったら直接殿下とお話しくださいと怒られました!」
「え?」
キメイスの顔が一瞬にして凍りつく。
「まあ、前に〈フラガ〉とインカム回線で話したことはあるけどさ。今日はどうなってんの? そのインカムでも〈フラガ〉と話せんの?」
ドレイクにふてくされたように指をさされたキメイスは、無言でコンソールを操作し、自分がつけていたインカムをはずして、マイク部分だけをドレイクの顔の前に持っていった。
「お願いだけで、殿下とお話したいわけではないですよね? これに向かって、殿下に呼びかけてください」
ドレイクはマイクに口を近づけると、真顔でこう〝お願い〟した。
「殿下ー、ドレイクですぅ。ウェーバー大佐とマクスウェル大佐が邪魔でーす。どうにかしてくださーい」
29
あなたにおすすめの小説
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
あなたの隣で初めての恋を知る
彩矢
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。
その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。
そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。
一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。
初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。
表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。
結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした
紫
BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。
実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。
オメガバースでオメガの立場が低い世界
こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです
強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です
主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です
倫理観もちょっと薄いです
というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります
※この主人公は受けです
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる