無冠の皇帝

有喜多亜里

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【01】連合から来た男

21 ワイバーン初出撃しました

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 指定された配置に〈ワイバーン〉をつけた後、独り言のようにマシムが言った。

「ああ……今、外からこの軍艦ふねを見てみたい……」

 そんなマシムに、今日はまだ艦長席に座っていたドレイクが応える。

「もしかしたら、殿下が撮影してるかもよ」
「えっ?」

 マシムだけでなく、他の隊員もドレイクに注目した。

「いや、『〈ワイバーン〉の本当の姿を見てみたい』って言ってたくらいだからさ、どっかから見てて、さらに録画もしてるんじゃないかって。そもそもこれの外装も、元祖〈ワイバーン〉の映像持ってなきゃ絶対造れるわけないし」
「確かに……でも、どうやって撮ったんだ、元祖〈ワイバーン〉」
「〝違いは高難度間違い探し級〟って大佐が言ってるくらいだから、舐めるように接写してるぞ」
「可能性としては、無人艦かねえ。あれにカメラをつけてるだろうから、それを利用すれば、見れるし、撮れる」
「あ、なるほど。その手があったか」
「大佐……」

 マシムは前に向き直ると、やはり独り言のように、ぼそぼそと呟いた。

「もし殿下が撮ってるんなら、あとでその映像、ダビングさせてもらえませんかね……」
「マシム……おまえ、そんなにこの軍艦ふねのデザインが好きなのか……?」

 マシムの右隣から、ギブスンが引き気味に訊ねる。

「というより、宇宙空間で動いてるとこが見たいんだ」

 前を向いたまま、マシムは淡々と答えた。

「デザインだけなら、ドックの中でいくらでも見られる」
「そりゃそうだ」

 真剣にドレイクはうなずいた。

「よし、戦闘終了後、隊の資料として使いたいから、撮影してたらその映像くださいって殿下に頼んでみよう。この理由なら殿下もばっくれられまい」

 おおっと隊員たちがどよめく。

(結局、みんな〈ワイバーン〉マニアなんだな)

 だが、その気持ちはイルホンにもわかる。ということは、自分も同類なのだろう。

(そういえば大佐、〈ワイバーン〉の〝本当の姿〟は何か、答えは出したのかな)

 あれから立ち消えのような状態になってしまったが、きっととっくの昔に答えは出していて、それにのっとって今回の作戦を立てたに違いない。
 ドレイクは今回も八人すべて乗艦させた。あの三人組は自分たちが設置した〝サブシート〟ではなく〝メインシート〟に全員座ることができた。今〝サブシート〟にいるのは、ティプトリー、イルホン、シェルドンである。しかし、ドレイクは艦長席の横に立つと、〝サブシート〟を振り返った。

「シェルドン。もうここに座っとけ」

 乗艦前から青い顔をしていたシェルドンは、大仰なくらい肩をすくませたが、ドレイクの命令どおり、艦長席に腰を下ろした。

「大佐……本当にやるんですか?」

 おそるおそるドレイクを窺う。ドレイクはにこりともしないで答えた。

「もちろん、本当にやるんだ」
「うまくいくんですか?」
「うまくいくかどうかはわからんが、できることは訓練でわかってる。おまえの出番は第二段階だけだ。それまでは、ここで好きなだけ怯えてろ」
「……大佐は、どうして俺にこれを?」
「おまえがいちばん適任だと思ったからだ。自分は信じられなくても、このおっさんの勘なら信じられるだろ?」

 ドレイクににやりと笑われて、シェルドンはまだ多少こわばり気味ながらも、ほっとした笑みをこぼした。

「いいか。最後にもう一度言っておく。俺たちは後ろのウェーバー大佐隊じゃなくて、前の無人艦群に属してる。ウェーバーが何を言ってきてもオール無視シカト。キメイス、適当にあしらえ」
「イエッサー」

 キメイスは苦笑いして、自分のインカムの最終調整をする。

「俺らの仕事は、無人艦の犠牲と努力を無駄にしないこと。敵艦艇を一隻でも多く撃ち落とすこと。最後に、これがいちばん大事だが、生きて基地に帰ることだ。殿下にせっかく〈ワイバーン〉撮ってもらってても、生きて帰らにゃ見られねえぞ」
「殿下、本当に撮ってるかな」

 隣のティプトリーに囁かれて、イルホンは断言した。

「撮ってる。間違いない」
「大佐。ゼロ・アワーです」

 マシムの左隣に座っているスミスが、おごそかに告げた。

「おう。それじゃあ、まずは第一段階。どこよりも早く〝旗艦フラッグ〟をとれ」
「イエッサー」

 * * *

 二年前、「帝国」皇帝軍護衛艦隊司令官に就任して以来、アーウィンがこれほど楽しげに艦長席のモニタを眺めているのを、ヴォルフは見たことがなかった。

(無人艦のカメラをそんなことに利用するとは……おまえもどんだけあの軍艦ふねが好きなんだよ)

 ヴォルフは親友でもある主人を呆れて見下ろしたが、彼の尊厳を守るため、あえて沈黙を通した。
 今回の異様ともいえる編制に、アルスターとパラディン、そして間接的にドレイクの三人は、作戦会議の申請など何らかの形で反応を見せた。だが、アーウィンは作戦会議の申請を却下し、幹部会議も行わなかった。
 人員整理のために作戦会議を行わせないなど、他の艦隊ではありえないだろう。しかし、ここではありえる。その気になれば、この艦隊は無人艦とこの〈フラガラック〉だけで戦える。ただ、リスクとコストを考えて実行していないだけだ。

「キャル」

 モニタを見つめたまま、ふいにアーウィンが口を開いた。

「一瞬でもいい。確実に通せる〝穴〟を作ってやれ。それさえできれば、今日のおまえの仕事はほとんど終わりだ。あとは、邪魔をしないように。させないように」

 ヴォルフには理解不能な命令だったが、定位置に控えていたキャルは、前を向いたままいつものように従順に答えた。

「はい、マスター」

 * * *

 今回は三隊に分割された無人艦群は、それぞれほぼ正面をめざして突っこんでいった。
 〈ワイバーン〉が配置されている中央は、敵艦隊の守りがいちばん堅い。しかし、ドレイクは言いきった。

「キャルちゃんなら、必ず〝旗艦フラッグ〟までの道を作ってくれる。でも、その道は長くは持たない。チャンスは一回。あっても二回。しかし、〈ワイバーン〉なら一回でとれ」
「イエッサー」

 ギブスンが低く答える。と、マシムは前方の無人砲撃艦の後を追って〈ワイバーン〉を発進させた。無人艦の後をつけるのは、前回の出撃で学習済みだ。マシムはドレイクの指示なく〝乗替〟もこなした。

「シェルドン。ギブスンが撃ったら同時にだ。……わかってるな?」

 スクリーンを見つめたまま、ドレイクが言った。

「……はい」

 シェルドンの声はかすかに震えていたが、その表情にもう迷いはなかった。

「まもなく、射程圏内に入ります」

 スミスが冷静に報告する。

「畜生、有人艦が俺らだけだったらなあ。無人艦、全部回してもらえるのに」

 悔しそうにドレイクが呟いた、そのとき、スミスがあせった声を上げた。

「大佐! 後方からウェーバー大佐隊の軍艦ふねが! このままだと十秒後に追い抜かれます!」

 ブリッジ内にざわめきが起こったが、ドレイクは驚かなかった。

「想定の範囲内。うちの真似して、旗艦とりにいこうとしてるんだ」
「しかし、それでは」
「大丈夫。たぶんキャルちゃんは、というか、殿下は奴らは守らない」

 スミスの予告どおり、ウェーバー大佐隊の砲撃艦が数隻、〈ワイバーン〉を追い抜いていく。だが、無人艦は彼らの盾になることは拒否し、砲撃艦は次々と敵に撃墜されていった。

「どうして……」

 呆然と呟くスミスに、ドレイクは苦笑いした。

「旗艦とれない奴らを守るのは、無人艦の無駄。……そう判断されたんだろ」

 転属前はウェーバー大佐隊にいたスミスは息を呑んだ。
 ――無人艦が、どの有人艦でも無条件に守ってくれるものではなくなった。
 イルホンはぞっとしたが、同時にこの〈ワイバーン〉に乗っていてよかったと心の底から思った。

「後ろは気にするな。俺らは前の敵にだけ集中する。今、敵艦艇数は?」
「約二四〇〇隻です」
「無人艦わけた分、今回は減りが悪いな」

 その間にも、ウェーバー大佐隊の砲撃艦は、〈ワイバーン〉を追い越しては撃ち落とされていく。自分たちが無人艦に嫌われていることを、ウェーバーはまだ理解できずにいるらしい。焦躁に駆られたイルホンとティプトリーは、〝サブシート〟を離れて艦長席のモニタの一つを覗きこんだ。
 当然のことながら、陣形は戦闘開始時から大きく変化していた。イルホンがいちばん驚いたのは、ミニ艦隊の旗艦とその護衛艦群にあたるコールタン大佐隊、ダーナ大佐隊、パラディン大佐隊が、無人護衛艦を間に挟んで、それぞれいつもの隊形で〈フラガラック〉を護衛していたことだった。つまり、ミニ艦隊の形態はすでに崩壊していたのだ。
 アルスター大佐隊は無人艦群と共に敵の右翼を攻撃していたが、マクスウェル大佐隊は左翼ではなくウェーバー大佐隊に合流するような形で中央を攻め上ろうとしていた。〝旗艦フラッグ〟が欲しいのはウェーバーだけではないらしい。陣形を一瞥して、ドレイクがぼそりと言った。

「無人艦がもったいねえ」

 おそらく、敵の左翼のことを言っているのだろう。それが聞こえでもしたかのように、左翼を攻撃していた無人艦群は攻撃目標を中央へと変更した。

「スミス、道はできそうか?」
「……守りは薄くなってきました。いけそうです」
「せっかく射程が長くなっても、これじゃ意味ねえな。……マシム、いったん無人艦の陰から出ろ。下にだ。ギブスン、今回は無理にブリッジを狙う必要はない。とにかく当てろ、ど真ん中に」
「イエッサー」

 マシムとギブスンは同時に答え、ドレイクの指示に従った。
 ――わずかに、ほんのわずかに、敵旗艦が姿を見せていた。
 ギブスンは一瞬で照準を合わせ、〝息吹ブレス〟の発射ボタンを押した。

「シェルドン、切替!」

 ドレイクが叫んだとき、シェルドンはすでにコンソールを操作して、砲撃用のコントローラーを上昇させ、右手で握っていた。

「ギブスンは左、シェルドンは右! 訓練どおり撃ちまくれ! スミス、カウンターチェック! 一〇〇〇隻切ったら離脱するぞ!」
「イエッサー!」

 〈ワイバーン〉が発した〝息吹ブレス〟は、敵艦艇を焼きながら一直線に伸びていき、敵旗艦を爆発させた。しかし、それを確認しても、〈ワイバーン〉の乗組員は一人も歓声を上げなかった。彼らにとって、それはもはや当たり前のことになっていた。

「第一段階はクリア」

 淡々とドレイクは言った。

「残るは第二段階。……スミス! 今何隻だ!」
「二〇〇〇隻切りました!」
「残存戦力、逐一ちくいち読み上げてやれ! ティプトリーもシェルドンに!」
「イエッサー!」

 ギブスンもシェルドンも、まるで〈ワイバーン〉と一体化したかのように、レーザー砲で周囲の敵艦艇を撃ち落としつづけている。特にシェルドンは、それまでの弱気な態度が信じられないほど、無表情にコントローラーを動かしていた。

 ――緊急モードにして、砲撃機能の半分だけを艦長席に移し、ギブスンは船体左側の砲列、シェルドンは右側の砲列を操作して、敵艦艇を砲撃する。しかも手動で。

 〝連弾〟とドレイクは称したが、彼は経験不足と持久力不足を補うために、第二段階の砲撃を二人の隊員に分担させた。まさにこの軍艦でしかできない、そして砲撃手が若いこの隊だからこそとらざるを得なかった〝奇策〟だった。

「ああ、それにしても、ウェーバーとマクスウェルが邪魔!」

 ドレイクは苛立って、艦長席のモニタを睨みつける。〈ワイバーン〉に〝旗艦フラッグ〟をとられたウェーバー大佐隊とマクスウェル大佐隊は、次はどうしたらいいのか途方に暮れているように、〈ワイバーン〉の後方に散開していた。

「そのままじっとしててくれりゃまだいいが、下手に前に出てこられたらこっちが迷惑だ。……よし、キメイス、〈フラガ〉に至急連絡して……」
「ちょっと待ってください!」

 あわててイルホンは割って入った。

「この前、〈フラガ〉にお願い通信したら、大佐だったら直接殿下とお話しくださいと怒られました!」
「え?」

 キメイスの顔が一瞬にして凍りつく。

「まあ、前に〈フラガ〉とインカム回線で話したことはあるけどさ。今日はどうなってんの? そのインカムでも〈フラガ〉と話せんの?」

 ドレイクにふてくされたように指をさされたキメイスは、無言でコンソールを操作し、自分がつけていたインカムをはずして、マイク部分だけをドレイクの顔の前に持っていった。

「お願いだけで、殿下とお話したいわけではないですよね? これに向かって、殿下に呼びかけてください」

 ドレイクはマイクに口を近づけると、真顔でこう〝お願い〟した。

「殿下ー、ドレイクですぅ。ウェーバー大佐とマクスウェル大佐が邪魔でーす。どうにかしてくださーい」
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