無冠の皇帝

有喜多亜里

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【02】マクスウェルの悪魔たち(上)

22 七班長がキレました

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「大佐。元マクスウェル大佐隊の七班長から電話です。今からこの執務室でお会いできるかどうかと」

 週明けにしろと言われるのではないかと予想しながらマッカラルが訊ねると、執務机で事務仕事をしていたダーナはその手を休め、まるでその電話が来ることを予期していたかのように口元をゆるめた。

「会えると伝えろ。ただし、なるべく急ぐようにと」
「は、はい……」

 マッカラルは意表を突かれたが、ダーナに言われたとおりに伝えて電話を切った。

「七班長のほうが先にかけてきたか。……用件については何か言っていたか?」
「はい……訊ねてはみましたが、大佐殿にはおわかりのはずですとの一点張りで……おわかりになりますか?」
「たぶん、これだろうという見当はついている。七班長は怒ってはいなかったか?」
「そうですね。そう言われてみれば少し不機嫌そうだったような気もしますが……いったい何の用件なんですか?」
「おまえはここで聞いていたはずだが……わからないか?」
「申し訳ありません。まったく」
「そうか。では、七班長がここに来るまで待っていろ。同じ説明は二度したくない」

 ダーナはそっけなく言って、中断していた仕事を再開した。

「はい……」

 ここでわからないとしか答えられない自分は副官失格だろうかと思いつつも、わからないものはわからない。しいて言うなら、いったい何のためにそんなことをさせるのかと奇異に思った命令が一つあったが、それは〝極秘〟だったはずである。

(それにしても、大佐はここの七班長と六班長をずいぶん気に入っているようだな)

 昨日、ここで六班長――セイルに言われるままにサインをしてやったときには声を立てて笑っていたし、今日、セイルが来る前に七班長――ヴァラクと話をしていたときには、終始面白がっていた。

(確かに、二人ともうちの隊にはいないタイプだ)

 漆黒の髪と赤茶色の目をしたヴァラクは、小柄ではないがダーナよりも背は低く、まだ二十代前半に見えるほど童顔だ。はっきり言って、元マクスウェル大佐隊どころか、どこの隊(ただし、ドレイク大佐隊は除く)の班長にも見えない。
 一方、濃茶色の髪と青い目をしたセイルは、ダーナよりも長身で、妬ましくなるほどのじょうだ。こちらもヴァラクとは違った意味で班長には見えない。
 そんな二人が並んで立つと、同僚同士というよりは主従同士――ヴァラクが若様で、セイルがその従者――のように見えた。セイルは軍艦を降りても、ヴァラクの援護役に徹しているらしい。その点でも、各班横並び状態のダーナ大佐隊とは異なっている。
 結局、ヴァラクがこの元マクスウェルの執務室への入室許可を求めてきたのは、彼の電話を切ってから約三十分後のことだった。
 いったいどこから電話をかけてきたのかはわからないが、待機室からだったとしたら時間がかかりすぎるな、などとマッカラルが思っていると、ヴァラクだけでなくセイルも一緒に入室してきた。
 マッカラルは驚いたが、それもダーナには予測済みだったようで、これから先の展開を楽しみにしているような気配もあった。

「遅くなりまして、大変申し訳ありません」

 と、敬礼したのはセイルだけで、ヴァラクは敬礼どころか、ふてくされたようにそっぽを向いていた。

(おいおい。いくら気に入られてても、その態度はまずいだろ)

 自分の執務机でマッカラルはあせっていたが、ダーナはまったく気にも留めていなかった。

「いや、かまわん。……七班長がここに確認の電話を入れてきたとき、おまえたちは一緒にはいなかったのだな」
「はい。私は所用でこちらを離れておりました。お会いしたかったのは私のほうなのに、七班長を通してご都合を訊ねてしまい、申し訳ありませんでした」
「訊ねさせたわけではあるまい。七班長に連絡を入れたら、自分が私の都合を訊ねると言い出したのではないか? 七班長も私に用があるようだからな」
「え?」
「とにかく、おまえの用件のほうを先に聞こう。……何だ?」

 セイルは小脇に抱えていた分厚い書類袋から一枚の書類を取り出すと、ダーナの前に静かに置いた。

「昨日もお願いいたしましたが、今日はこちらにサインをお願いいたします」

 その一言で顔色を変えたのは、ダーナではなくヴァラクのほうだった。ダーナの机上からその書類を奪い取ると――マッカラルには絶対にできない――ざっと目を走らせて、セイルに向かって叫んだ。

「セイル、おまえ、何考えてる! こいつはおまえが書いたもんじゃねえだろ!」

 しかし、セイルはそれを完全に無視して、あくまでダーナを見つめつづけた。

「実は、ドレイク大佐に呼び出されて、先ほどまで大佐の執務室にお邪魔しておりました。この中にある調査結果は、大佐の執務室にメール添付で送信されてきたものです。しかし、大佐はこの調査結果を公表するつもりはまったくないとおっしゃいました。これをどうされるかは、ダーナ大佐殿のご判断に委ねます」

 セイルは一礼すると、ダーナの手元に書類袋を置き、呆然としているヴァラクの手から書類――例の転属願を奪い返して、その書類袋の脇に置き直した。
 すぐに書類袋の中から書類を引き抜いたダーナは、幾枚か拾い読みしてから言った。

「六班長。おまえは当然、この調査結果をすべて読んでいるな」
「はい。読みました」
「それでもなお、私には、ただこれにサインしろと言うのだな」
「はい。それは確かに私の転属願です。ですから……どうか追及はなさらないでください」

 ――まさか……同僚をかばったのか?
 マッカラルが奇異に思ったダーナの命令――このセイルの転属願を勝手に作成し、総務部に提出することを唯々諾々として遂行した同僚たちを?

「もし、私がこれにはサインしない、おまえの転属は認めないと言ったらどうする?」
「かまいません。転属願を書いて、今度は直接ドレイク大佐にお渡しします。ドレイク大佐なら、それで私をここから転属させることができるでしょう」
「……そうだったな。あの男だけは、それができるのだったな」

 元ウェーバー大佐隊の班長五人のことを思い出したのか、ダーナは苦笑いした。

「大佐殿。短い間でしたが、大変お世話になりました。大佐殿の指揮下でなら、この元マクスウェル大佐隊もようやくまともな隊になれると思います」

 セイルはそう言ってから、無言で自分を見上げていたヴァラクと目を合わせた。

「ヴァラク。今までおまえ一人にマクスウェル大佐隊を背負わせてすまなかった。それでも、この隊をまとめられるのは、やはりおまえしかいないと思う。改めて頼む。元マクスウェル大佐隊員を死なせないでやってくれ」
「セイル……」

 名前を呼ぶことしかできないヴァラクから逃れるように、セイルは再びダーナに向き直った。

「このようなお願いを申し上げるのは、大変おこがましいのですが。……大佐殿。このヴァラクを――七班長をよろしくお願いいたします」

 深々とセイルが頭を下げた、その次の瞬間。
 ヴァラクは奇声を発してセイルにしがみついた。

「セイルッ! おまえ、俺を捨てるのかッ! やっぱりフォルカスがいいのかッ!」

 マッカラルはもちろん、さすがのダーナもこれには驚倒したが、セイルはまったく表情を変えていない。

「俺はもう自分の班以外の奴らの面倒見るの嫌だぁ! おまえのいない元マクスウェル大佐隊なんか嫌だぁ!」
「……頭は恐ろしく切れる男なのですが」

 ヴァラクに思いきり抱きしめられながら、セイルは生真面目に説明した。

「このように、感情も恐ろしく切れやすく……」
「確かに、感情は感情だが、極めて特殊な感情ではないか?」

 何とか冷静さを取り戻したダーナが、もっともな反論をする。

「それを託されても、私も困る」
「お手に余るようでしたら、この男の副長をしているクロケルという男を六班長にしてください。あいつならこいつをうまくお守りしてくれると思います」
「嫌だぁ! おまえじゃなきゃ嫌だぁ! てめえ、かっこつけて同僚かばったふうして、ほんとはフォルカスんとこに行きたいだけだろ! そんなにいいのか、あの恩知らずが! ここまで追っかけてきやがったって、絶対うざがられるに決まってんだろうが! そんくらいわかれ、この馬鹿ぁ!」
「大佐殿。申し訳ありませんが、早急にサインを」
「……どうしてもしなければならないのか」
「ドレイク大佐にそう指示されましたので」
「嫌がらせとしか思えん……」

 そう呻きながらも、ダーナは自らの命令で作成させた転属願の欄外に、昨日と同じようにサインをした。

「ありがとうございます」

 セイルは頭を下げると、ヴァラクの拘束を簡単に振りほどき、すばやく転属願を折りたたんで懐にしまいこんだ。あっというまの早技だった。

「くそう、力が欲しい、力が!」

 半泣きになりながら悔しがるヴァラクに、ぼそりとセイルは言った。

「その分、脳のほうに回ったんだろう」
「てめえなんかっ、てめえなんかっ! ……とっとと振られて帰ってこいっ! 俺のの操縦士にしてやるっ!」
「……本当にそれを置いていく気か?」
「申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします。こいつの班員は優秀なので、どうにかしてくれると思います」
「希望的観測だな」
「頭は切れる男なので、それ以外の部分では、どうか大目に見てやってください」
「大目に見る部分のほうが多そうだが、仕方あるまい。自業自得だ」

 ダーナが嘆息したのを見て、セイルは少し笑った。

「おっしゃるとおりですよ。転属願一枚で人の心を試されたからです。それにしても、なぜ転属希望先を〝ドレイク大佐隊〟にされたのですか? あの隊ではちょうどあと一人、操縦士を探していたそうです。……もしかして、知っていらっしゃいましたか?」
「私がそんなことを知るはずもないだろう。しかし、言われてみればそうだな。アルスター大佐隊でもよかったのに、なぜよりにもよってあの隊にしてしまったのか。本当に、魔が差したとしか言いようがない」
「ドレイク大佐隊と自分には、ずいぶんと都合のいい〝魔〟です」

 セイルは複雑な笑みを漏らすと、部下として最後の敬礼をした。

「それでは、失礼いたします。……ありがとうございました」
「ふむ。皮肉のようにも聞こえるが。……こちらこそ」
「セイル!」

 本当に泣き出しそうな顔をしているヴァラクの頭を、セイルは大きな手で軽くぽんぽん叩いた。

「これからは本気出してやれ。……ちゃんと見てるぞ」
「え?」

 だが、ヴァラクが呼び止めようとしたときには、セイルは執務室を退室してしまっていた。

(……つまり、七班長と六班長はそういう関係だったのか?)

 それにしては、セイルのほうはつれない――ヴァラクの発言を信じるなら、ドレイク大佐隊に、フォルカスというセイルの〝本命〟がいるらしい――などとマッカラルが首をかしげていると、セイルが出ていった自動ドアを見ていたヴァラクが、くるりとダーナのほうを向いた。

(ひいいっ!)

 マッカラルは思わず悲鳴を上げたくなった。
 今までしおらしかったヴァラクが、別人のように冷ややかにダーナを見下ろしている。

「大佐ぁ。あんたぁ、何てことしでかしてくれちゃったんですかぁ?」

 おまえこそ上官相手に何て口をきいているんだと、突っこみたくても突っこめない異様な迫力が今のヴァラクにはあった。

「あんたと違ってセイルはねえ、顔もものすごくいいけど、性格もものすごくいいんですよ? あんなことされちゃったら、あの男はああするに決まってんでしょう? しかも、転属希望先があのドレイク大佐隊? そりゃあ向こうから来てくれって言われりゃ、ほいほい喜んで行っちまいますよ! 何しろあそこにゃフォルカスがいるんですから! フォルカス! 知ってますか! 二ヶ月前まであいつの班にいた整備です! 白金プラチナブロンド青目ブルーアイズっていう、憎ったらしいほどキラッキラッした奴です! でも、何でかそいつはあいつを嫌ってましてね。それでもあいつは馬鹿みたいに尽くしてやってたんですが、ある日突然、ドレイク大佐隊に転属されちまいました。セイルはね、しばらく廃人でしたよ、廃人! それからやっとマクスウェル大佐が〝栄転〟して、やっとセイルがフォルカスをあきらめてくれて、さあこれからってときに、あんたって人は……! 俺のセイル、返してくださいよ! あんたのせいで、俺のモチベーション、ゼロ通りこしてマイナスですよ!」

 普段のダーナなら、一班長のこのような暴言に最後まで耳を傾けることなど絶対にありえないのだが、自分のあの命令のせいでこのような事態を招いてしまったという負い目があるのか、途中で一度も口を挟まなかった。

「まさか……ドレイク大佐があんな手に出るとは……」

 ダーナが小さくそう言い訳すると、ヴァラクはさらに声を張り上げた。

「だから! どんな手出されるかわかんないとこに、何でわざわざあんな転属願なんか出させるんですか! あの人はあんたよりはるかに頭いいんだから、今回みたいにいいように利用されるだけでしょうが! そのことがわからない時点で、あんたは馬鹿だ!」

 ――このダーナ大佐にそこまで……
 マッカラルは戦慄したが、怒鳴られている当のダーナのほうは、もう何も言えずにうつむいている。

「ほんとにこの馬鹿が! あいつら三人はどうだっていいが、セイルの心、傷つけやがって! 上官命令で一応同僚に偽の転属願出されたって知ったら、誰だって傷つくだろうが! そんな人の気持ちもわからねえのか? この馬鹿、馬鹿、馬鹿! 馬鹿大佐っ!」

 ――ついに敬語まで使わなくなった……
 いくら何でも、さすがにもう切れるのではないかとマッカラルは思ったが、ヴァラクの言っていることがあまりにも図星すぎたのか、ダーナは彫像のように固まっている。

「馬鹿大佐! さっき俺が渡した紙は!」

 ヴァラクに〝馬鹿大佐〟と呼ばれて、ダーナはすぐに顔を上げた。

「紙?」

 ――大佐……認めてしまうんですか? 〝浅はか野郎〟に続き、〝馬鹿大佐〟までも?

「班長・副班長のリスト! まさか、捨てちまったか!」
「い、いや、ここにある!」

 あわててダーナは執務机の引き出しからリストを取り出し、叩きつけるように机上に置いた。

「じゃあ、ペン持って修正! 九班、副班長を班長に繰り上げ! 新副班長はガミギン! 六班、班長は該当者なし! 副班長はそのまま! 六班は俺が面倒見る!」
「何?」

 反射的にペンを握ってしまったダーナは、手を止めてヴァラクを見た。

「セイル以外に六班長、名乗らせてたまるか! それに、いつかセイルが帰ってきたときのために、六班長のポストは空けておく! 元マクスウェル大佐隊は俺の隊だ、文句があるか、馬鹿大佐!」
「いや……別に」
「あと、今あんたの隊にいる例の四十六人、うちに一括返却しろ! セイルの穴埋めにはほど遠いが、いないよりはましだ! 三〇〇人の馬鹿はいらねえ! そのままそっちでずっと飼ってろ!」

 ――大佐! どうして何も言わないんですか! 相手は班長ですよ!
 そう思いつつも、そのヴァラクが怖くて口に出せないマッカラルだった。

「畜生、きっと今頃セイルの奴、にやにやしながら荷造りしてやがる! この馬鹿大佐、あんな何拍子もそろったいい男、叩き売りするような真似しやがって! セイル帰ってくるまで一生許さねえからな! ううっ、セイルーッ!」

 ヴァラクは体をひるがえすと、執務室の外に飛び出していった。
 ヴァラクが出ていって閉まった自動ドアを、ダーナとマッカラルはしばらく無言で見つめていた。

「……今日は人生最悪の失策を犯した日だ」

 悔しそうに言いながらも、ダーナはヴァラクの〝命令〟どおりにリストを修正した。

「え、最悪ですか?」
「七班長があれほど六班長に依存していたとは知らなかった」
「でも、七班長の片思いっぽいですよ?」
「片思いだろうが何だろうが、六班長は七班長のサポートをしていた」
「今にして思えば、完璧なサポートでしたね」
「しかし、あの隊への転属阻止は不可能だ。七班長の言うとおりなら、よほどのことがないかぎり、六班長は元マクスウェル大佐隊には戻ってこないだろう。私はきっとこれから毎日、七班長に六班長のことで責められつづける……」

 ――あれだけ言いたい放題言われても、七班長を処罰するつもりはないのか……
 驚きといえば驚きだが、事の発端は自分の読み違いにあるので、ダーナの性格的にヴァラクを罰する気にはなれないのかもしれない。

「あの……七班長とは毎日会う必要はないと思いますが。ここへも特に来る必要は」

 助け船のつもりでそう言うと、ダーナは少しの間考えこんだ。

「……来週は来る。このリストの回答をしなければならん」
「別にメールでも」
「直接会ったほうがすぐに修正できる」
「はあ……」

 もっともらしいことを言っているが、ようは責められるとわかっていても、ヴァラクには会いたいということなのだろうか。

(……大丈夫だろうか)

 何となくそんな不安を抱いたとき、唐突にダーナがこんなことを言い出してきた。

「ところで、ドレイク大佐隊のフォルカスの顔写真は見られるか?」

 ――え、なぜ?
 とっさに思ったが、上官に問われたからには、すぐに回答しなければならない。

「二ヶ月前までこの隊に所属していたなら、隊員名簿が残っているはずですが……」

 自分で整理しなおした書棚から、六班の隊員名簿ファイルを取り出したマッカラルは、すばやくフォルカスの隊員名簿を見つけ出した。

「ありました。こちらです」

 ファイルを持ったままダーナの前に差し出したが、彼はなぜか不可解そうな顔をした。

「どうかされましたか?」
「いや……確かに七班長が言っていたとおり、白金プラチナブロンド青目ブルーアイズだが……」

 そう前置きしてから、ダーナはマッカラルがひっくり返りそうなことを言った。

「正直言って、六班長にあの七班長を捨てさせるほどの男には私には見えない」
「捨てさせる……」
「私の感覚がおかしいのだろうか。マッカラル、おまえはどう思う?」
「どうと言われましても……」

 そちらの趣味はないのでわかりませんと答えたいところだが、マッカラルは副官の意地で答えをひねり出した。

「結局は好みの問題になるかと思いますが、顔の均整だけなら、こちらのフォルカス中尉のほうがとれているかと……」
「六班長は均整がとれているほうが好みだったということか?」
「いえ、それは六班長本人に訊いてみないことには何とも……」
「それはそうだな。しかし、マクスウェル大佐が〝栄転〟するまで、六班長が七班長やこのフォルカスを必死で守りつづけてきたのだろうということは想像がつく」
「はい……」

 これにはマッカラルも心から同意した。

「どうしたものかな、あれらを。今さら告発したところで、被害者たちにさらに傷を負わせることにもなりかねん。かといって、いつか大事な証拠になるかもしれないものを、そう簡単に処分もできん。まったく、厄介なものを残していってくれたものだ」

 ダーナは溜め息をついてから、再びフォルカスの隊員名簿に目を落とした。

「……やはり、納得できん」

 ――それが好みの問題ですよ。
 マッカラルはよほどそう言いたかったが、これ以上この問題に深入りしたくなかったため、あえて沈黙を守り通した。
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