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【03】マクスウェルの悪魔たち(下)
03 残業はさせませんでした
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――出撃当日まで、〈新型〉で寝泊まりしながら操縦訓練を続けたい。
セイルがそう訴えると、スミスは大きく唸って両腕を組んだ。
「その気持ちはよくわかるし、俺は別にかまわないんだが、大佐が何て言うかなあ……」
「ああ、『平時の残業は〝しない、させない、したくない〟』だもんな」
セイルの左隣に座っている、褐色の髪と明褐色の瞳をした平凡顔の男――オールディスが笑って茶々を入れる。
「え? でも、今は平時じゃないだろう?」
セイルを間に挟んで、黒髪と褐色の瞳をした生真面目そうな男――ラッセルが、外見どおり生真面目にオールディスに訊ねる。だが、それに対してオールディスが答える前に、ラッセルの右隣にいた、彼と同じ黒髪だが瞳は橙色のディックが割って入った。
「いや、そもそもここ、二年前からずっと〝戦時〟だろ? 〝平時〟じゃないだろ?」
「大佐的には、戦闘中以外は〝平時〟なんじゃないのか?」
セイルの次に年長という理由だけで艦長席に座らされた金髪碧眼のバラードが、個人的見解を述べる。
「ああ、たぶんそうだな」
バラードと同じ金髪だが緑眼のスターリングが、じゃんけんでディックに敗れたために座ることになった通信席で同意する。
「でも、出撃するための訓練は〝残業〟には該当しないんじゃ?」
「おいおい。ここで大佐の定義について論じあう前に、大佐本人に訊いちまったほうが早いだろ」
その発端を作ったのは自分のくせに、オールディスは呆れ返ったように眉をひそめた。
「スミス教官。スターリングんとこにある地上用電話使って、六班長の代わりに大佐に訊いてやれよ。軍艦ん中からじゃ携帯使えないからさ」
「あ、ああ……そうだな」
口には出していなかったが、スミスも頭の中で〝残業〟の定義について考えていたのか、はっと我に返ったように腕組みを解くと、スターリングのそばに歩み寄った。
「……本当に仲がいいんだな」
セイルは言葉を選んでオールディスに話しかけた。スミスが言っていたとおり、彼は遊ぶことも多いが、いちばん頼りになる。この数時間だけでよくわかった。
「いやあ、こんなに話すようになったの、こっち来てからだよ」
オールディスはからから笑ってそう応じた。
「まあ、俺らが班長してた頃は、こんなに長く一箇所にいることもなかったしな。今は会話するのが楽しくて、ガキみたいにはしゃいじまってる状態だ。うざいだろうが、落ち着くまで聞き流しててくれ」
「いや、別に、そんなことは……」
ずばり本音を突かれて、セイルは狼狽した。この男のこういうところが、少し怖い。
そんなセイルを、オールディスは興味深そうに眺めていた。が、突然、何の脈絡もないことを言い出した。
「ここの隊の軍艦は、みんな新米向けにできてるんだそうだ」
「は?」
セイルは面食らったが、オールディスはまったく気にもかけない。
「つまり、コンピュータの指示に従ってれば、ある程度のことはすぐにできるようになるってことだ。でも、〝無人艦のふりをする〟っていうのは〝ある程度〟の中に含まれない。だから、あんたやスミスは〈ワイバーン〉の操縦士よりも、きっと苦労することになる。まあ、スミス先輩は最初からここにいるから、あんたよりはずっと有利だろうが」
「……それで?」
冷静に促したつもりが、つい冷淡になってしまう。しかし、オールディスはそれも気にしたふうもなく、きっぱり言いきった。
「最低限、無人艦の〝誘導〟ができればそれでいいんだよ。無理して無人艦になりきる必要はない。少なくとも、今回だけは。今回、あんたが最優先で考えなくちゃいけないことは、どこに無人艦の群れを固めておくのがいちばん〈ワイバーン〉にとって都合がいいか、だよ」
「……それもまた難しいな」
我知らず、セイルは苦笑いを漏らす。
「ますます自信がなくなってきた」
「でも、それができなきゃ、ダーナ大佐隊に送り返されるぞ。せっかくまたフォルカスくんと同じ隊になれたのに」
セイルは硬直し、自分の隣に座る一見平凡そうな男を、おそるおそる見た。
「あんた……いったい何をどこまで知って……?」
だが、そのとき、ドレイクとの電話を終えたスミス――オールディスとの会話に集中しすぎていて、何を話しているかはまったく耳に入ってこなかった――が、何やら複雑そうな表情をしてこちらに戻ってきた。対元同僚用にすばやくモード切り替えしたオールディスは、にやにやしながらスミスを見上げた。
「よう、教官。大佐の許可は出たか?」
「まあ、出たには出たが……条件つきだ」
そう答えてから、スミスはセイルに向き直った。
「結論から先に言うと、出撃当日まで泊まりこみで操縦訓練するのはかまわない。でも、寝るのはここじゃなくてドックの仮眠室。……宿直扱いなら許可するそうだ」
「宿直……」
想定外の言葉をセイルは無意識に繰り返す。宿直。なぜわざわざそんな扱いにしなければならないのか。しかし、彼のその疑問は、スミスの愉快な元同僚たち(オールディスだけは別枠にしたい)が間接的に解消してくれた。
「残業ではなく宿直! 本当に意地でも〝平時〟の残業はさせないな、大佐!」
「ここじゃいくら残業したって手当つかないから、残業したくもないしさせたくもないんだろ」
「ああ。手当つくんだったら、大佐は間違いなく執務室に住みこんでるな」
「……ここの宿直はどうしてるんだ?」
理由は何となくわかったので、現実的なことをスミスに訊ねる。
「何しろ〝少数精鋭〟だからな。原則、隊員一人が日替わりでドックに泊まってる。今日の帰りにでも、掃除当番と合わせてそれも決め直そうと思ってたが……今度の戦闘終了まで、保留にしといたほうがいいな」
「掃除当番……」
「ここじゃ大佐以外、みんな〝下っ端〟なんだよ」
スミスは苦笑したが、そのことを嫌だとは思っていないようだった。
「ただし、イルホンは副官だから、ティプトリーは身長制限に引っかかるから、宿直は免除されてる」
「身長制限?」
「……ということにしてるんだ」
おどけてスミスは肩をすくめてみせる。
「あれをここに一人で泊まらせるのは、いろんな意味で危険だろ。でも、本当の理由は言いにくいから、身長のせいにしたんだ。大佐が」
「噂以上に部下思いの人なんだな」
「部下思い……まあ、考えようによっては、宿直名目で自主練許可するのも部下思いか……」
それには多少反発はあるようだったが、スミスは改めてセイルに確認した。
「そういうわけで、宿直扱いでもかまわないか?」
「まったくかまわない」
セイルは言下にうなずく。
「まあ、あんたならそう答えるだろうとは思ったが、一応保留にしておいた。今からまた大佐に電話する」
スミスはそう言い残し、再びスターリングのいる通信席に向かった。
「宿直と言えば」
スミスが離れたのを見計らったように、オールディスが口を開く。
「出撃の前後は、必ずフォルカスくんが宿直することになってるんだそうだ」
「……え?」
またフォルカス関係で何か言われるのではないかと身構えていたセイルは、予想とはややずれた内容に拍子抜けした。オールディスはモニタを眺めながら、のんびりとした口調で話を続ける。
「あんたの場合と同じで、宿直名目で整備してるんだそうだよ。訓練生トリオが言うには、肝心要なところは自分一人で集中して整備してるんだそうだ。だから、そういうときに声かけられたりすると、思いきりぶち切れる」
と、オールディスはセイルと目を合わせ、にこりと笑った。
「六班長。くれぐれも注意してね。自分のメンタルを守るために」
――それなら、これからこのオールディスとは会話しないほうがいいだろうか。
曖昧にうなずきつつも、セイルは真剣にそう考えた。
* * *
「六班長、必死ですね」
スミスとの電話を終え、またソファへと戻っていったドレイクに、イルホンは必死で平静を装い、執務机から声をかけた。
「イルホンくん。笑いたいなら素直に笑いなさいよ」
ソファの背もたれに腕を載せたドレイクが、呆れたような笑顔をイルホンに向ける。〈ワイバーン〉の艦長席にいる時間も短いが、この執務室で執務机に座っている時間のほうがはるかに短い。
「君がここでいくら六班長を嘲笑っていても、俺は決して誰にもバラしたりはしないから」
「何か、大佐にそう言われると、逆に俺は絶対バラすぞと宣言されているように感じてしまうんですが」
「ひねくれすぎだよ、イルホンくん。少なくとも、六班長本人には言わないよ」
「バラす気、満々じゃないですか」
「まあ、冗談はともかく、そりゃあ六班長も必死にもなるさ」
本当に冗談だったのかはともかく、ドレイクはニタニタして言った。
「出撃までに間に合わなかったら、フォルカスに合わせる顔がない」
「今だって、顔を合わせてもらえてないじゃないですか」
「だからこそ、間に合わせたら顔を合わせてもらえるようになるかもしれないだろ?」
「それが本当に六班長のモチベーションだったとしたら、俺はこれからどんな顔をして六班長を見ればいいのか……」
「かわいそうな生き物だなって哀れんであげなよ」
「かわいそう……」
「そう、かわいそう。俺の予想では、出撃はたぶん三日後だ」
イルホンは絶句して、まさに哀れむように笑っているドレイクを見つめた。
「三日後って……じゃあ、もう実質二日しか……!」
「だからさっき、明日からおまえも〈旧型〉で訓練始めろってスミスに言ったんだ。六班長はもちろん、スミスにも出撃前に航行訓練させてやりたかったんだけどな。出撃当日の〝現地集合〟のときにしてもらうしかないな」
「ハードですね……スミスさんは〈孤独に〉や〈ワイバーン〉を操縦してますから大丈夫でしょうが……まるで〝採用試験〟のときの大佐みたいですね、六班長」
「いやいや。あのときの俺より、六班長のほうがはるかにハードだよ。俺には同乗者は一人もいなかったし、他の軍艦と連携する必要もなかった。確かに無茶振りだったけど、その意味では気楽だった」
「あれが気楽……どんだけメンタル強いんですか」
半ば呆れてそう言えば、悪戯っぽくドレイクが笑う。
「いや、俺はメンタル弱いよ。弱いから考える。不測の事態が起こったときにあわてたくないから、いろんな可能性を考える。でも、どうしたって想定外のことは起きる。そのときには〝生きて帰る〟にはどうするのが最善かを最優先して考える。これは絶対にありえないことだけど、もし今、殿下に俺の隊だけであの二〇〇〇隻殲滅しに行けって言われたら、俺はクビにされてもいいから、またあの〈孤独に〉で〝孤独に〟行くよ。君らの命の心配をしなくてもいい分だけ、そっちのほうが俺には〝気楽〟だ」
イルホンにはドレイクの〝メンタルが弱い〟発言はどうしても信じられなかったが、絶望的な(とイルホンには思える)状況では自分一人のほうが〝気楽〟というのはわかる気がした。ドレイクの中での優先順位は、まず自分の部下を戦場から生きて帰らせることで、自分が生きて帰ることは二の次なのだろう。
「でも、きっと六班長ならびに〈新型〉は何とかなると思うよ。右翼だから」
自分の考えにふけっていたイルホンは、さりげなく付け加えられたその言葉の矛盾に気づくのに少し遅れた。
「右翼だからって……右翼だから心配だったんじゃないんですか?」
「うん。今朝、六班長からダーナに七班長を託してきたって聞かされるまでは。やり方はともかく、ダーナは元マクスウェル大佐隊から馬鹿を排除して、七班長を身軽にしてやった。勢いあまって六班長まで排除しちまったけど、ダーナにそこまでされて結果出せなかったら、〝七班長〟の名がすたるだろ。だから、今の俺の心配は左翼。元マクスウェル大佐隊とは真逆で、モチベーションだだ下がりするようなことばかりされてるみたいだからな、元ウェーバー大佐隊は。あくまでオールディス情報だけど」
「何と言うか……意外でしたね。あのアルスター大佐がそんなことをするなんて」
「イルホンくんには意外だったかい?」
ドレイクにしては珍しいことに、無精髭を絶やしたことのない顔には、皮肉げな笑みが浮かんでいた。
左目の下の古傷――ナイフで切ったような傷跡だが、何の傷かは訊かれても決して答えようとしない――はもう見慣れたせいで、普段はまったく気にならないが、たまにこんな表情をされると、イルホンでも思わず背筋を正したくなる。
「俺は驚かなかったよ。ベテランならいかにもやりそうなことだと思った。……やっぱり止めるべきだったかな」
「何をですか?」
今までドレイクが止めてよかったことはあっても、止めなくて悪かったことがあっただろうか。見当がつかず、すぐにそう訊ねたイルホンに、ドレイクは今度は苦く笑った。
「あのとき、ウェーバーを〝栄転〟にするために、殿下がウェーバー大佐隊員を殺すのを」
セイルがそう訴えると、スミスは大きく唸って両腕を組んだ。
「その気持ちはよくわかるし、俺は別にかまわないんだが、大佐が何て言うかなあ……」
「ああ、『平時の残業は〝しない、させない、したくない〟』だもんな」
セイルの左隣に座っている、褐色の髪と明褐色の瞳をした平凡顔の男――オールディスが笑って茶々を入れる。
「え? でも、今は平時じゃないだろう?」
セイルを間に挟んで、黒髪と褐色の瞳をした生真面目そうな男――ラッセルが、外見どおり生真面目にオールディスに訊ねる。だが、それに対してオールディスが答える前に、ラッセルの右隣にいた、彼と同じ黒髪だが瞳は橙色のディックが割って入った。
「いや、そもそもここ、二年前からずっと〝戦時〟だろ? 〝平時〟じゃないだろ?」
「大佐的には、戦闘中以外は〝平時〟なんじゃないのか?」
セイルの次に年長という理由だけで艦長席に座らされた金髪碧眼のバラードが、個人的見解を述べる。
「ああ、たぶんそうだな」
バラードと同じ金髪だが緑眼のスターリングが、じゃんけんでディックに敗れたために座ることになった通信席で同意する。
「でも、出撃するための訓練は〝残業〟には該当しないんじゃ?」
「おいおい。ここで大佐の定義について論じあう前に、大佐本人に訊いちまったほうが早いだろ」
その発端を作ったのは自分のくせに、オールディスは呆れ返ったように眉をひそめた。
「スミス教官。スターリングんとこにある地上用電話使って、六班長の代わりに大佐に訊いてやれよ。軍艦ん中からじゃ携帯使えないからさ」
「あ、ああ……そうだな」
口には出していなかったが、スミスも頭の中で〝残業〟の定義について考えていたのか、はっと我に返ったように腕組みを解くと、スターリングのそばに歩み寄った。
「……本当に仲がいいんだな」
セイルは言葉を選んでオールディスに話しかけた。スミスが言っていたとおり、彼は遊ぶことも多いが、いちばん頼りになる。この数時間だけでよくわかった。
「いやあ、こんなに話すようになったの、こっち来てからだよ」
オールディスはからから笑ってそう応じた。
「まあ、俺らが班長してた頃は、こんなに長く一箇所にいることもなかったしな。今は会話するのが楽しくて、ガキみたいにはしゃいじまってる状態だ。うざいだろうが、落ち着くまで聞き流しててくれ」
「いや、別に、そんなことは……」
ずばり本音を突かれて、セイルは狼狽した。この男のこういうところが、少し怖い。
そんなセイルを、オールディスは興味深そうに眺めていた。が、突然、何の脈絡もないことを言い出した。
「ここの隊の軍艦は、みんな新米向けにできてるんだそうだ」
「は?」
セイルは面食らったが、オールディスはまったく気にもかけない。
「つまり、コンピュータの指示に従ってれば、ある程度のことはすぐにできるようになるってことだ。でも、〝無人艦のふりをする〟っていうのは〝ある程度〟の中に含まれない。だから、あんたやスミスは〈ワイバーン〉の操縦士よりも、きっと苦労することになる。まあ、スミス先輩は最初からここにいるから、あんたよりはずっと有利だろうが」
「……それで?」
冷静に促したつもりが、つい冷淡になってしまう。しかし、オールディスはそれも気にしたふうもなく、きっぱり言いきった。
「最低限、無人艦の〝誘導〟ができればそれでいいんだよ。無理して無人艦になりきる必要はない。少なくとも、今回だけは。今回、あんたが最優先で考えなくちゃいけないことは、どこに無人艦の群れを固めておくのがいちばん〈ワイバーン〉にとって都合がいいか、だよ」
「……それもまた難しいな」
我知らず、セイルは苦笑いを漏らす。
「ますます自信がなくなってきた」
「でも、それができなきゃ、ダーナ大佐隊に送り返されるぞ。せっかくまたフォルカスくんと同じ隊になれたのに」
セイルは硬直し、自分の隣に座る一見平凡そうな男を、おそるおそる見た。
「あんた……いったい何をどこまで知って……?」
だが、そのとき、ドレイクとの電話を終えたスミス――オールディスとの会話に集中しすぎていて、何を話しているかはまったく耳に入ってこなかった――が、何やら複雑そうな表情をしてこちらに戻ってきた。対元同僚用にすばやくモード切り替えしたオールディスは、にやにやしながらスミスを見上げた。
「よう、教官。大佐の許可は出たか?」
「まあ、出たには出たが……条件つきだ」
そう答えてから、スミスはセイルに向き直った。
「結論から先に言うと、出撃当日まで泊まりこみで操縦訓練するのはかまわない。でも、寝るのはここじゃなくてドックの仮眠室。……宿直扱いなら許可するそうだ」
「宿直……」
想定外の言葉をセイルは無意識に繰り返す。宿直。なぜわざわざそんな扱いにしなければならないのか。しかし、彼のその疑問は、スミスの愉快な元同僚たち(オールディスだけは別枠にしたい)が間接的に解消してくれた。
「残業ではなく宿直! 本当に意地でも〝平時〟の残業はさせないな、大佐!」
「ここじゃいくら残業したって手当つかないから、残業したくもないしさせたくもないんだろ」
「ああ。手当つくんだったら、大佐は間違いなく執務室に住みこんでるな」
「……ここの宿直はどうしてるんだ?」
理由は何となくわかったので、現実的なことをスミスに訊ねる。
「何しろ〝少数精鋭〟だからな。原則、隊員一人が日替わりでドックに泊まってる。今日の帰りにでも、掃除当番と合わせてそれも決め直そうと思ってたが……今度の戦闘終了まで、保留にしといたほうがいいな」
「掃除当番……」
「ここじゃ大佐以外、みんな〝下っ端〟なんだよ」
スミスは苦笑したが、そのことを嫌だとは思っていないようだった。
「ただし、イルホンは副官だから、ティプトリーは身長制限に引っかかるから、宿直は免除されてる」
「身長制限?」
「……ということにしてるんだ」
おどけてスミスは肩をすくめてみせる。
「あれをここに一人で泊まらせるのは、いろんな意味で危険だろ。でも、本当の理由は言いにくいから、身長のせいにしたんだ。大佐が」
「噂以上に部下思いの人なんだな」
「部下思い……まあ、考えようによっては、宿直名目で自主練許可するのも部下思いか……」
それには多少反発はあるようだったが、スミスは改めてセイルに確認した。
「そういうわけで、宿直扱いでもかまわないか?」
「まったくかまわない」
セイルは言下にうなずく。
「まあ、あんたならそう答えるだろうとは思ったが、一応保留にしておいた。今からまた大佐に電話する」
スミスはそう言い残し、再びスターリングのいる通信席に向かった。
「宿直と言えば」
スミスが離れたのを見計らったように、オールディスが口を開く。
「出撃の前後は、必ずフォルカスくんが宿直することになってるんだそうだ」
「……え?」
またフォルカス関係で何か言われるのではないかと身構えていたセイルは、予想とはややずれた内容に拍子抜けした。オールディスはモニタを眺めながら、のんびりとした口調で話を続ける。
「あんたの場合と同じで、宿直名目で整備してるんだそうだよ。訓練生トリオが言うには、肝心要なところは自分一人で集中して整備してるんだそうだ。だから、そういうときに声かけられたりすると、思いきりぶち切れる」
と、オールディスはセイルと目を合わせ、にこりと笑った。
「六班長。くれぐれも注意してね。自分のメンタルを守るために」
――それなら、これからこのオールディスとは会話しないほうがいいだろうか。
曖昧にうなずきつつも、セイルは真剣にそう考えた。
* * *
「六班長、必死ですね」
スミスとの電話を終え、またソファへと戻っていったドレイクに、イルホンは必死で平静を装い、執務机から声をかけた。
「イルホンくん。笑いたいなら素直に笑いなさいよ」
ソファの背もたれに腕を載せたドレイクが、呆れたような笑顔をイルホンに向ける。〈ワイバーン〉の艦長席にいる時間も短いが、この執務室で執務机に座っている時間のほうがはるかに短い。
「君がここでいくら六班長を嘲笑っていても、俺は決して誰にもバラしたりはしないから」
「何か、大佐にそう言われると、逆に俺は絶対バラすぞと宣言されているように感じてしまうんですが」
「ひねくれすぎだよ、イルホンくん。少なくとも、六班長本人には言わないよ」
「バラす気、満々じゃないですか」
「まあ、冗談はともかく、そりゃあ六班長も必死にもなるさ」
本当に冗談だったのかはともかく、ドレイクはニタニタして言った。
「出撃までに間に合わなかったら、フォルカスに合わせる顔がない」
「今だって、顔を合わせてもらえてないじゃないですか」
「だからこそ、間に合わせたら顔を合わせてもらえるようになるかもしれないだろ?」
「それが本当に六班長のモチベーションだったとしたら、俺はこれからどんな顔をして六班長を見ればいいのか……」
「かわいそうな生き物だなって哀れんであげなよ」
「かわいそう……」
「そう、かわいそう。俺の予想では、出撃はたぶん三日後だ」
イルホンは絶句して、まさに哀れむように笑っているドレイクを見つめた。
「三日後って……じゃあ、もう実質二日しか……!」
「だからさっき、明日からおまえも〈旧型〉で訓練始めろってスミスに言ったんだ。六班長はもちろん、スミスにも出撃前に航行訓練させてやりたかったんだけどな。出撃当日の〝現地集合〟のときにしてもらうしかないな」
「ハードですね……スミスさんは〈孤独に〉や〈ワイバーン〉を操縦してますから大丈夫でしょうが……まるで〝採用試験〟のときの大佐みたいですね、六班長」
「いやいや。あのときの俺より、六班長のほうがはるかにハードだよ。俺には同乗者は一人もいなかったし、他の軍艦と連携する必要もなかった。確かに無茶振りだったけど、その意味では気楽だった」
「あれが気楽……どんだけメンタル強いんですか」
半ば呆れてそう言えば、悪戯っぽくドレイクが笑う。
「いや、俺はメンタル弱いよ。弱いから考える。不測の事態が起こったときにあわてたくないから、いろんな可能性を考える。でも、どうしたって想定外のことは起きる。そのときには〝生きて帰る〟にはどうするのが最善かを最優先して考える。これは絶対にありえないことだけど、もし今、殿下に俺の隊だけであの二〇〇〇隻殲滅しに行けって言われたら、俺はクビにされてもいいから、またあの〈孤独に〉で〝孤独に〟行くよ。君らの命の心配をしなくてもいい分だけ、そっちのほうが俺には〝気楽〟だ」
イルホンにはドレイクの〝メンタルが弱い〟発言はどうしても信じられなかったが、絶望的な(とイルホンには思える)状況では自分一人のほうが〝気楽〟というのはわかる気がした。ドレイクの中での優先順位は、まず自分の部下を戦場から生きて帰らせることで、自分が生きて帰ることは二の次なのだろう。
「でも、きっと六班長ならびに〈新型〉は何とかなると思うよ。右翼だから」
自分の考えにふけっていたイルホンは、さりげなく付け加えられたその言葉の矛盾に気づくのに少し遅れた。
「右翼だからって……右翼だから心配だったんじゃないんですか?」
「うん。今朝、六班長からダーナに七班長を託してきたって聞かされるまでは。やり方はともかく、ダーナは元マクスウェル大佐隊から馬鹿を排除して、七班長を身軽にしてやった。勢いあまって六班長まで排除しちまったけど、ダーナにそこまでされて結果出せなかったら、〝七班長〟の名がすたるだろ。だから、今の俺の心配は左翼。元マクスウェル大佐隊とは真逆で、モチベーションだだ下がりするようなことばかりされてるみたいだからな、元ウェーバー大佐隊は。あくまでオールディス情報だけど」
「何と言うか……意外でしたね。あのアルスター大佐がそんなことをするなんて」
「イルホンくんには意外だったかい?」
ドレイクにしては珍しいことに、無精髭を絶やしたことのない顔には、皮肉げな笑みが浮かんでいた。
左目の下の古傷――ナイフで切ったような傷跡だが、何の傷かは訊かれても決して答えようとしない――はもう見慣れたせいで、普段はまったく気にならないが、たまにこんな表情をされると、イルホンでも思わず背筋を正したくなる。
「俺は驚かなかったよ。ベテランならいかにもやりそうなことだと思った。……やっぱり止めるべきだったかな」
「何をですか?」
今までドレイクが止めてよかったことはあっても、止めなくて悪かったことがあっただろうか。見当がつかず、すぐにそう訊ねたイルホンに、ドレイクは今度は苦く笑った。
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