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【04】始まりの終わり(上)
09 特攻されました(後)
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「帝国」皇帝軍護衛艦隊において、護衛は置物とよく揶揄される。
そもそも、護衛艦隊は、出征した皇帝を護衛するために作られた艦隊である。
だが、護衛艦隊内の護衛の護衛対象は、皇帝ではなく、護衛艦隊の司令官レクス公だ。
そして今、護衛艦隊で最も戦闘力が高い船は、そのレクス公の私物である〈フラガラック〉だった。
つまり、この艦隊の護衛は、〈フラガラック〉を護衛するどころか、逆に護衛されているようなものなのだ。その証拠に、「連合」の襲撃が始まって以降、護衛担当の大佐隊で戦死者は一人も出ていない。
ゆえに、〈オートクレール〉のブリッジにいるときのモルトヴァンは、いつも余所事のように戦局を傍観していたのだが、今回ばかりは戦闘開始前から緊張しつづけていた。正直言って吐きそうだ。
モルトヴァンの隣席にいる副長も、これまで見たことがないほど青い顔をしている。おそらく今、自分もこんな顔色をしているに違いない。モルトヴァンの席からは顔が見えないブリッジクルーたちもきっと。
「君が言ったとおり、ドレイク大佐は中央を開けたね」
しかし、右翼の護衛担当の大佐であるパラディンの声は、むしろいつもより楽しげだ。
思わず艦長席を振り返ると、声のとおりパラディンが愉快そうに艦長席のモニタを眺めていた。
「〈ワイバーン〉も左翼に行ったよ。アルスター大佐隊の穴埋めをしに」
パラディンが話しかけている相手は、もちろんモルトヴァンではない。今回も強制乗艦させられた上、パラディンの左隣に立たされているエリゴールだ。
相変わらず無愛想だが、この戦況でまだ通常運転しているあたり、パラディンといい勝負である。
「今回、アルスター大佐隊は戦力外ですから」
その顔でパラディン以上に辛辣なことを言う。とモルトヴァンは思ったが、それはまだパラディンが自分の考えを口に出していなかっただけのことだった。
「まったく君の言うとおりだ。あんなに遠回りをしていたら、得意の背面撃ちもできないだろう」
「うちの突撃艦群が、円錐の先を潰している間が、唯一最大のチャンスでした」
「そこを逃さなかった右翼はやはりさすがだね。布陣も含めて、誰が今、指揮しているのかな?」
「……それはもちろんダーナ大佐殿でしょう」
「君、実は嘘をつくのは苦手だよね」
――この状況で、どうしてあんなに冷静に解説していられるんだ……
確かに、彼らまでモルトヴァンたちと同じ状態になられても困るが、それでもつい胡乱な眼差しを向けてしまう。
もともと砲撃担当の大佐隊にいて、班長までしていたエリゴールはまだわかる。だが、パラディンは護衛担当の大佐で、「連合」と直接交戦した経験もない。
彼は怖くはないのだろうか。今、自分たちの前方にある壁は、無人艦三〇〇隻分しかないのに。
しかも、あれは流れ弾避けみたいなものだろうとパラディンは言った。だからこそ、〈フラガラック〉をあそこまで後退させた(のはドレイクだと、パラディンとエリゴールの間ではすでに確定していた)。
戦闘開始直後、無人突撃艦群一二〇〇隻の突入と自爆により、「連合」の円錐陣形は一時的に穴のないドーナツのような形状になった。
しかし、それはあくまで一時的だった。突撃艦の文字どおり捨て身の攻撃を受けている間でも、「連合」の前進できる艦艇は前進しつづけていた。そして、突撃艦がすべて自爆した後には、数は半分近く減ったものの、再び円錐陣形を編制していたのである。
パラディンたちの見解によると、円錐陣形にこだわってもらっていたほうが、こちら側としては有利だそうだ。パラディンいわく、散開されるほうが迷惑らしい。
そもそも月二ペースの攻撃自体が大迷惑だと言いたいところだが、ここに出撃させられる「連合」の人間たちにとっては迷惑どころの話ではないだろう。
だが、こちらも負けるわけにはいかない。
あの〝ゲート〟の監視者として。〝帝都〟を守る最初の盾として。
さらに、この第一宙域では、相手を撤退させただけでは勝ったことにはならない。
〝全艦殲滅〟。それを達成して、初めて勝利したことになる。
今のところ、「連合」の円錐陣形は順調に縮小されている。
左翼も右翼も、円錐陣形の進行方向に艦首を向け、並走しながら側面攻撃をしているのだが――それだけに、その進行方向の先にいるモルトヴァンたちは生きた心地がしない――驚くべきことに、いつもは右翼の後衛を務めている元マクスウェル大佐隊が、下から円錐陣形を攻撃していた。確かに、レーザー砲は上方に向かっても撃てる。しかし、そういう攻撃方法を、モルトヴァンは今回初めて見た。
本来、宇宙空間に上下左右の区別はないが、やはり人間はどうしてもそうした方向感覚に縛られてしまう。そのため、有人艦は下方と後方からの攻撃にはおおむね弱い。ゆえに、これまでアルスター大佐隊は、「連合」の背後に回って攻撃するという背面攻撃をしつづけてきた。
今回の円錐陣形の場合、円錐の内側にいる艦艇は攻撃ができない――ともすれば、同士打ちになってしまう――が、円錐の外側にいる艦艇はもちろん攻撃できる。この攻撃を回避するため、今回もアルスター大佐隊は大きく迂回したわけだが、目指す先が〈フラガラック〉一点である円錐陣形の速度は、アルスターの想像以上に速かった。結果、円錐陣形の速度についていけず、置いてけぼりにされてしまった「連合」の一部のような状態になってしまっている。
普通の大佐だったら背面攻撃は諦め(そもそも、普通の大佐だったら最初から背面攻撃はしないが、そこはひとまず置いておいて)途中でUターン、他の大佐隊と同様、並走して側面攻撃に切り替えるところだが、アルスターはどこまでも背面攻撃にこだわるつもりのようだ。
下方からよりも後方からのほうが、確実に反撃はしにくい。だからこそ、有人艦は敵に背後をとられないようにするが、あの円錐陣形の目的の一つは〝外側を犠牲にして内側を生かす〟ことにある。たとえアルスター大佐隊が背面から円錐陣形を攻撃できるようになったとしても、撃ち落とすことができるのは、そのために並ばされた哀れな艦艇たちだけだろう。
(大佐たちに解説されなくても、そんなことは俺にだってわかるのに……)
本当に、あの最古参の〝大佐〟はどうしてしまったのだろう。
しかも、皮肉なことに、アルスター大佐隊の余計な背面攻撃がないおかげで、他の大佐隊は――特に左翼の元ウェーバー大佐隊は、自由闊達に(と言っては不謹慎だが)攻撃できているのだ。
(大佐は、そこまでわかって『今回だけは背面攻撃は大いに結構』って言ったんだろうか)
モニタを眺めつつにやにやしているパラディンを盗み見ながら考える。
モルトヴァンがパラディンの副官に任命されたのは二年前、今の司令官が護衛艦隊の人員整理を敢行した後のことだが、当初パラディンは砲撃を希望していたそうだ。〝栄転〟したウェーバーとマクスウェルが知ったら、何を好き好んでと呆れるどころか怒り出しそうだが――口には出さないが、モルトヴァンもそう思っている――何やかんやいろいろあって、今の右翼の護衛担当になったらしい。パラディンにとっては非常に不本意だったらしく、このあたりの経緯は今でも決して話そうとしない。
出撃のたびにエリゴールをこの〈オートクレール〉に強引に乗艦させるのも(ちなみに今回で四回目)、彼が砲撃隊出身だから――と思いかけたが、今は十二班にいる元三班長ヴァッサゴの存在を思い出して、あ、違うなと自分で否定した。
「それにしても、エリゴール中佐」
モニタを見ていたときよりもさらににやにやしながら、パラディンはエリゴールを見やった。
「君が今回、九班と十班の代わりに十一班と十二班を出撃させたのは、この事態を予期していたからじゃないのかい?」
「まさか!」
エリゴールは鼻で笑って一蹴した。先日、退役願を郵送で返却されて以降、彼のパラディンに対する態度はよりいっそう悪化した。
それでも、エリゴールがパラディンの命令には従うのは(さすがにパラディンも、一緒に食事をしろという命令はしていない。今のところ)、十一班と十二班という〝人質〟をとられているからなのかもしれない。
カスだ馬鹿だと貶してはいるが、エリゴールは元マクスウェル大佐隊員たちに強い身内意識を持っているように思える。現に、彼がパラディン大佐隊に転属されなければ、元マクスウェル大佐隊員たちは今でも飼い殺し状態にされていただろう。
「自分は予言者ではありません。今回は本当にたまたまです。ですが、いざというときには砲撃にも戻れます。必要だと思われたら、そうご命令ください」
――いや、もうそれ、完全に〝平隊員〟の発言じゃない。
だが、本人はあくまでも〝平隊員〟だと言い張り、どんなに拒否されても退役願を提出しつづける。
モルトヴァンには言動が矛盾しすぎているように思えるが、これは本人だけのせいではないだろう。肩書ではエリゴールより上でも、エリゴールの命令には逆らえない、十一班長ロノウェと十二班長ザボエスにも大いに責任がありそうだ。
「それはとても心強い。しかし、この先もそうならないことを私は祈りたいね」
本気でそう思っているのだろう。パラディンは苦笑してモニタに目を戻した。
それを横目で眺めてから、エリゴールは軽く頭を下げた。
「自分も祈っております。……我々が、大佐殿のお役に立てないことを」
「帝国」の砲撃の輪によって大幅に数を減らされながらも、円錐陣形はひたすら前に向かって進みつづける。
前へ。前へ。――〈フラガラック〉のいる前へ。
射程に入れば、今度はあの無人砲撃艦の壁が、正面から円錐陣形を攻撃するだろう。
そうとわかっているのに、なぜか落ち着いて見ていられない。
(やっぱり、〈フラガラック〉が遠くにいるからか……)
――護衛艦隊の護衛は置物。
確かにそのとおりだと自嘲しながらも、モルトヴァンは十一班と十二班も置物で終わることを心から祈ったのだった。
* * *
「まさか、アルスター大佐とじゃなくて、ドレイク大佐と共闘する日が来るとは、夢にも思わなかったよな……」
艦長席のモニタを眺めながらフィリップスがしみじみと呟けば、今のブリッジクルーの中では手隙の通信士に遠慮がちに意見された。
「あの……共闘と言うより、指導されているような気がしますが……自ら手本になって」
「安心しろ。それはまったく気のせいじゃない。……でも、共闘は共闘だろ!? アルスターみたいに戦闘放棄はしてないだろ!?」
やけくそで叫び返したフィリップスに、通信士以外のクルーもあわてて振り返る。
「副長! 副長は偉いです! 戦闘開始前に中央放棄を決めました!」
「とにかく〈ワイバーン〉の真似をしろって言ったのも副長だし!」
「頑張ってる! 副長、頑張ってる!」
「慰めありがとう。おまえらもよく頑張ってる。でも、今は前を向いていろ」
そもそも悪いのは自分だが、フィリップスは苦笑いして、クルーたちを仕事に戻らせた。
今回はドレイクも中央から左翼に移動するだろう。そこまではフィリップスも予想していた。右翼ではないのは、右翼に手助けはまったく必要ないからだ。むしろ、お邪魔だろう。
しかし、あの円錐陣形に対してどう攻撃するのが最適かまでは、残念ながらフィリップスにはわからなかった。
基本的に戦闘は質より量だ。艦艇数が「連合」より多ければ、どんな陣形をとっていようが、数で潰せる。
だが、司令官はあえて出撃数を「連合」と同じ三〇〇〇隻にとどめている。たとえ同数でも〝全艦殲滅〟できることを証明しつづけるために。
おそらく今回も、アルスターたちがあさっての方向に飛んでいなければ、もっと速くこの円錐陣形を縮小させられていたはずだ。
(でも、減れば減ったで、今度は攻撃しにくくなるんだよな)
今はまだ、〈ワイバーン〉が身をもって示してくれた、並走しつつ側面攻撃を続行している。しかし、これ以上数が減れば、「連合」を撃ちそこねたレーザーが、右翼にいる艦艇に当たってしまう恐れが出てくる。これは右翼も同じだ。
そう考えると、元マクスウェル大佐隊による下方からの攻撃は、狡猾と言いたくなるほど優れた攻撃方法だ。
「連合」の上方に友軍はいない。いくら撃っても、味方に当たる可能性はほぼゼロに近い。
(あれもダーナ大佐の指示……ではなさそうだな。うちの元マクスウェル大佐隊員の話からすると)
この第一号のブリッジには入れていないが、アルスターから押しつけられた元マクスウェル大佐隊員たちから、〝七班長〟ことヴァラク中佐のことは聞いている。
彼らは〝七班長〟を悪魔と言って恐れていた。が、こんなことを思いつき、部下にやらせることができる悪魔なら、正直、フィリップスも雇用契約を結びたい。
現在、「連合」の残存戦力は約七〇〇隻。〈フラガラック〉の粒子砲を使えば簡単に一掃できる数だが、いかなる考えがあってか、司令官は粒子砲を封印している。粒子砲の助けは期待しないほうが精神衛生上いいだろう。
(側面攻撃できなくなっても、俺らが並走をやめたら、向こうも円錐陣形をやめるだろうしなあ……そうなると、今度は〝七班長〟があの攻撃をしにくくなる……)
あちらを立てればこちらが立たずだ。ここでアルスターがいつもの背面攻撃をしてくれれば、これまでのことを帳消しにしてもいいくらいなのだが、モニタを見るかぎり、アルスターの射程圏に「連合」が入る前に、「連合」の射程圏にあの無人砲撃艦の壁が入ってしまいそうだ。
(射程圏に入れば、あの壁も攻撃してくれるだろうが……俺だったら、その前に円錐陣形をやめるな)
それとも、やはり円錐陣形のまま、無人艦の壁に突っこむのか。
フィリップスには自殺行為としか思えないが、そこは〈フラガラック〉への近道でもある。
〝お手本〟ドレイクはどうするつもりなのか。フィリップスがモニタ上の〈ワイバーン〉に注視したとき、オペレータの一人が律儀に前を向いたまま報告した。
「副長! 無人艦群の一部が背面攻撃開始しました!」
「何!?」
フィリップス以外のクルーもそう叫び、それぞれのモニタを確認した。
確かに、「連合」の尻にとりつくようにして、無人砲撃艦約一〇〇隻が砲撃している。こちらも元マクスウェル大佐隊の場合と同じだ。前方には「連合」しかいない。おまけに、「連合」からの反撃はまったくない。文字どおりの撃ちっぱなし状態だった。
「左翼の……うちの担当の無人艦群のようです……これで、左翼・右翼・下方、ほぼ同数になりました……」
オペレータが呆然と報告を続ける。フィリップスは無言で自分の右頬を叩いた。
(その手があったか!)
まさに盲点だった。背面からも攻撃したければ、背面攻撃をする隊を作ってしまえばいい。有人艦しかいない艦隊では難しいかもしれないが、無人艦が八割を占めるこの艦隊なら、司令官さえその気になれば簡単に作れる。今ここというタイミングで。
(しかし、下から後ろから……まるで串刺しだな)
特に、背面攻撃をしている無人砲撃艦群が容赦ない。さながら憂さ晴らしをしているかのようだ。無人艦だから感情もないはずなのに、フィリップスは思わず寒気を覚えた。
背面攻撃までされても、「連合」は円錐陣形をやめなかった。
否。もうやめようがなかったのかもしれない。唯一の逃げ道である上方も、背後から無人砲撃艦群に撃たれて封じられていた。
先頭にいた「連合」の艦艇が、断末魔のように前方に向けてレーザー砲を放つ。だが、無人砲撃艦の壁に達する前に、宇宙空間に吸いこまれるようにして消えた。まだ射程には入っていなかったのだ。
(確かに、あちらからしたら、ここは〝死刑場〟だな)
しかし、この宙域に侵入した以上、こちらも生きて帰すことはできない。
ここに送りこまれた人間たちに、たまたま「連合」領内で生まれた以外の〝罪〟がなかったとしても。
「副長……『連合』の残存戦力がゼロになりました……」
どこか信じきれていないような声で、オペレータが〈フラガラック〉からの通達を読み上げる。
ゼロとなっても、即戦闘終了にはならない。生き残った無人艦がさらに確認をして、初めて戦闘終了が宣言されるのだ。
「そうか。しかし、今回は一つに固まってた分、『連合』の艦艇がアステロイドベルトみたいになってるな……」
正確には艦艇の残骸だが、まるでかたつむりが通った跡のように連なって、宇宙空間を漂っている。
と、警告音が鳴り響いた。被弾したときなどに聞く音だ。まだ戦闘終了となっていなかったとはいえ、完全に気抜けしていたブリッジ内は一瞬にして張りつめた。
「何だ! どうした!」
フィリップスがオペレータに問うと、オペレータはモニタを見つめたまま絶叫した。
「〈フラガラック〉から緊急通達! 死にたくなければその場から絶対に動くな!」
「はぁ!?」
フィリップス以外もそんな声を上げたとき、中央スクリーンが白く光り輝いた。
この光には見覚えがある。それどころか、二ヶ月前までは頻繁に見ていた。
「何でまた……」
わけがわからず呟いたが、光が消え去った後、中央スクリーンとモニタを見たフィリップスは、何となく理由を察した。
「連合」の残骸が、きれいさっぱり消え去っている。
ついでに言うなら、その「連合」と戦って散っていった無人艦たちも。
(粒子砲、一本にまとめたら、こんなに威力あるんだ……)
改めて恐ろしい船だと思ったが、その持ち主である司令官にとって今回の「連合」は、欠片もこの世に残したくないほど忌々しいものだったのだろうか。
ちなみに、〈フラガラック〉の前方にあった無人艦の壁三枚と、「連合」を背面攻撃していた無人砲撃艦群は、〈フラガラック〉の通達より前に退避していた。当然と言えば当然だが、彼らに感情があったとしたら、フィリップスたち以上にあせったことだろう。
「通達出ました。戦闘終了です」
はっと我に返ったオペレータが報告を上げる。いつもなら安堵の溜め息をついているところだが、粒子砲の衝撃はあまりにも大きすぎた。フィリップスたちはただ真顔でうなずいた。
「どうせ撃つなら、戦闘中に撃ってくれればいいのに」
通信士が小さく愚痴ったが、今はあえて聞き流す。
心の中ではもちろん同意だ。だが、今回の戦闘は、粒子砲を使わず、かつアルスター大佐隊と無人艦二〇〇隻がいなくても〝全艦殲滅〟できたことに、最高の価値がある。
「よし、じゃあ、誰か医務室行ってきて、大丈夫そうだったら、ここに班長連れてきてくれ」
フィリップスがそう命じると、クルーたちは皆、不思議そうな顔をした。
「もう戦闘終了したんですから、基地に帰るまで寝かせといてあげても……」
代表する形でオペレータの一人が反論する。
凡人でも、うちの奴らはやっぱり優しい。そう思いつつも、フィリップスは苦笑する。
「結局、アルスター大佐は通信入れてこなかったが、これから入れてくるかもしれないだろ? 俺が班長迎えにいってる間に入れられたら、おまえら、なんて言い訳するんだ?」
全員が顔色を変えて息を呑む。ハワードの代理としてもっともらしい嘘もつけるのは、確かに副長のフィリップスだけだ。彼以外にそのような〝大役〟は荷が勝ちすぎる。
「でもまあ、今回は入れられないとは思うけどな。まともな神経してたら、恥ずかしすぎる」
アルスター大佐隊は今、超高速でこちらに引き返している最中だ。
今頃、〝栄転〟を覚悟しているだろう。まともな神経をしているならば。
「一応、念には念を入れとこう。今日が最後の一回だ。……あ、班長には戦闘終了になったことだけ伝えればいいぞ。三角コーンのことは回復してから俺が話す。いま話したら、再起不能になりそうだ」
そもそも、護衛艦隊は、出征した皇帝を護衛するために作られた艦隊である。
だが、護衛艦隊内の護衛の護衛対象は、皇帝ではなく、護衛艦隊の司令官レクス公だ。
そして今、護衛艦隊で最も戦闘力が高い船は、そのレクス公の私物である〈フラガラック〉だった。
つまり、この艦隊の護衛は、〈フラガラック〉を護衛するどころか、逆に護衛されているようなものなのだ。その証拠に、「連合」の襲撃が始まって以降、護衛担当の大佐隊で戦死者は一人も出ていない。
ゆえに、〈オートクレール〉のブリッジにいるときのモルトヴァンは、いつも余所事のように戦局を傍観していたのだが、今回ばかりは戦闘開始前から緊張しつづけていた。正直言って吐きそうだ。
モルトヴァンの隣席にいる副長も、これまで見たことがないほど青い顔をしている。おそらく今、自分もこんな顔色をしているに違いない。モルトヴァンの席からは顔が見えないブリッジクルーたちもきっと。
「君が言ったとおり、ドレイク大佐は中央を開けたね」
しかし、右翼の護衛担当の大佐であるパラディンの声は、むしろいつもより楽しげだ。
思わず艦長席を振り返ると、声のとおりパラディンが愉快そうに艦長席のモニタを眺めていた。
「〈ワイバーン〉も左翼に行ったよ。アルスター大佐隊の穴埋めをしに」
パラディンが話しかけている相手は、もちろんモルトヴァンではない。今回も強制乗艦させられた上、パラディンの左隣に立たされているエリゴールだ。
相変わらず無愛想だが、この戦況でまだ通常運転しているあたり、パラディンといい勝負である。
「今回、アルスター大佐隊は戦力外ですから」
その顔でパラディン以上に辛辣なことを言う。とモルトヴァンは思ったが、それはまだパラディンが自分の考えを口に出していなかっただけのことだった。
「まったく君の言うとおりだ。あんなに遠回りをしていたら、得意の背面撃ちもできないだろう」
「うちの突撃艦群が、円錐の先を潰している間が、唯一最大のチャンスでした」
「そこを逃さなかった右翼はやはりさすがだね。布陣も含めて、誰が今、指揮しているのかな?」
「……それはもちろんダーナ大佐殿でしょう」
「君、実は嘘をつくのは苦手だよね」
――この状況で、どうしてあんなに冷静に解説していられるんだ……
確かに、彼らまでモルトヴァンたちと同じ状態になられても困るが、それでもつい胡乱な眼差しを向けてしまう。
もともと砲撃担当の大佐隊にいて、班長までしていたエリゴールはまだわかる。だが、パラディンは護衛担当の大佐で、「連合」と直接交戦した経験もない。
彼は怖くはないのだろうか。今、自分たちの前方にある壁は、無人艦三〇〇隻分しかないのに。
しかも、あれは流れ弾避けみたいなものだろうとパラディンは言った。だからこそ、〈フラガラック〉をあそこまで後退させた(のはドレイクだと、パラディンとエリゴールの間ではすでに確定していた)。
戦闘開始直後、無人突撃艦群一二〇〇隻の突入と自爆により、「連合」の円錐陣形は一時的に穴のないドーナツのような形状になった。
しかし、それはあくまで一時的だった。突撃艦の文字どおり捨て身の攻撃を受けている間でも、「連合」の前進できる艦艇は前進しつづけていた。そして、突撃艦がすべて自爆した後には、数は半分近く減ったものの、再び円錐陣形を編制していたのである。
パラディンたちの見解によると、円錐陣形にこだわってもらっていたほうが、こちら側としては有利だそうだ。パラディンいわく、散開されるほうが迷惑らしい。
そもそも月二ペースの攻撃自体が大迷惑だと言いたいところだが、ここに出撃させられる「連合」の人間たちにとっては迷惑どころの話ではないだろう。
だが、こちらも負けるわけにはいかない。
あの〝ゲート〟の監視者として。〝帝都〟を守る最初の盾として。
さらに、この第一宙域では、相手を撤退させただけでは勝ったことにはならない。
〝全艦殲滅〟。それを達成して、初めて勝利したことになる。
今のところ、「連合」の円錐陣形は順調に縮小されている。
左翼も右翼も、円錐陣形の進行方向に艦首を向け、並走しながら側面攻撃をしているのだが――それだけに、その進行方向の先にいるモルトヴァンたちは生きた心地がしない――驚くべきことに、いつもは右翼の後衛を務めている元マクスウェル大佐隊が、下から円錐陣形を攻撃していた。確かに、レーザー砲は上方に向かっても撃てる。しかし、そういう攻撃方法を、モルトヴァンは今回初めて見た。
本来、宇宙空間に上下左右の区別はないが、やはり人間はどうしてもそうした方向感覚に縛られてしまう。そのため、有人艦は下方と後方からの攻撃にはおおむね弱い。ゆえに、これまでアルスター大佐隊は、「連合」の背後に回って攻撃するという背面攻撃をしつづけてきた。
今回の円錐陣形の場合、円錐の内側にいる艦艇は攻撃ができない――ともすれば、同士打ちになってしまう――が、円錐の外側にいる艦艇はもちろん攻撃できる。この攻撃を回避するため、今回もアルスター大佐隊は大きく迂回したわけだが、目指す先が〈フラガラック〉一点である円錐陣形の速度は、アルスターの想像以上に速かった。結果、円錐陣形の速度についていけず、置いてけぼりにされてしまった「連合」の一部のような状態になってしまっている。
普通の大佐だったら背面攻撃は諦め(そもそも、普通の大佐だったら最初から背面攻撃はしないが、そこはひとまず置いておいて)途中でUターン、他の大佐隊と同様、並走して側面攻撃に切り替えるところだが、アルスターはどこまでも背面攻撃にこだわるつもりのようだ。
下方からよりも後方からのほうが、確実に反撃はしにくい。だからこそ、有人艦は敵に背後をとられないようにするが、あの円錐陣形の目的の一つは〝外側を犠牲にして内側を生かす〟ことにある。たとえアルスター大佐隊が背面から円錐陣形を攻撃できるようになったとしても、撃ち落とすことができるのは、そのために並ばされた哀れな艦艇たちだけだろう。
(大佐たちに解説されなくても、そんなことは俺にだってわかるのに……)
本当に、あの最古参の〝大佐〟はどうしてしまったのだろう。
しかも、皮肉なことに、アルスター大佐隊の余計な背面攻撃がないおかげで、他の大佐隊は――特に左翼の元ウェーバー大佐隊は、自由闊達に(と言っては不謹慎だが)攻撃できているのだ。
(大佐は、そこまでわかって『今回だけは背面攻撃は大いに結構』って言ったんだろうか)
モニタを眺めつつにやにやしているパラディンを盗み見ながら考える。
モルトヴァンがパラディンの副官に任命されたのは二年前、今の司令官が護衛艦隊の人員整理を敢行した後のことだが、当初パラディンは砲撃を希望していたそうだ。〝栄転〟したウェーバーとマクスウェルが知ったら、何を好き好んでと呆れるどころか怒り出しそうだが――口には出さないが、モルトヴァンもそう思っている――何やかんやいろいろあって、今の右翼の護衛担当になったらしい。パラディンにとっては非常に不本意だったらしく、このあたりの経緯は今でも決して話そうとしない。
出撃のたびにエリゴールをこの〈オートクレール〉に強引に乗艦させるのも(ちなみに今回で四回目)、彼が砲撃隊出身だから――と思いかけたが、今は十二班にいる元三班長ヴァッサゴの存在を思い出して、あ、違うなと自分で否定した。
「それにしても、エリゴール中佐」
モニタを見ていたときよりもさらににやにやしながら、パラディンはエリゴールを見やった。
「君が今回、九班と十班の代わりに十一班と十二班を出撃させたのは、この事態を予期していたからじゃないのかい?」
「まさか!」
エリゴールは鼻で笑って一蹴した。先日、退役願を郵送で返却されて以降、彼のパラディンに対する態度はよりいっそう悪化した。
それでも、エリゴールがパラディンの命令には従うのは(さすがにパラディンも、一緒に食事をしろという命令はしていない。今のところ)、十一班と十二班という〝人質〟をとられているからなのかもしれない。
カスだ馬鹿だと貶してはいるが、エリゴールは元マクスウェル大佐隊員たちに強い身内意識を持っているように思える。現に、彼がパラディン大佐隊に転属されなければ、元マクスウェル大佐隊員たちは今でも飼い殺し状態にされていただろう。
「自分は予言者ではありません。今回は本当にたまたまです。ですが、いざというときには砲撃にも戻れます。必要だと思われたら、そうご命令ください」
――いや、もうそれ、完全に〝平隊員〟の発言じゃない。
だが、本人はあくまでも〝平隊員〟だと言い張り、どんなに拒否されても退役願を提出しつづける。
モルトヴァンには言動が矛盾しすぎているように思えるが、これは本人だけのせいではないだろう。肩書ではエリゴールより上でも、エリゴールの命令には逆らえない、十一班長ロノウェと十二班長ザボエスにも大いに責任がありそうだ。
「それはとても心強い。しかし、この先もそうならないことを私は祈りたいね」
本気でそう思っているのだろう。パラディンは苦笑してモニタに目を戻した。
それを横目で眺めてから、エリゴールは軽く頭を下げた。
「自分も祈っております。……我々が、大佐殿のお役に立てないことを」
「帝国」の砲撃の輪によって大幅に数を減らされながらも、円錐陣形はひたすら前に向かって進みつづける。
前へ。前へ。――〈フラガラック〉のいる前へ。
射程に入れば、今度はあの無人砲撃艦の壁が、正面から円錐陣形を攻撃するだろう。
そうとわかっているのに、なぜか落ち着いて見ていられない。
(やっぱり、〈フラガラック〉が遠くにいるからか……)
――護衛艦隊の護衛は置物。
確かにそのとおりだと自嘲しながらも、モルトヴァンは十一班と十二班も置物で終わることを心から祈ったのだった。
* * *
「まさか、アルスター大佐とじゃなくて、ドレイク大佐と共闘する日が来るとは、夢にも思わなかったよな……」
艦長席のモニタを眺めながらフィリップスがしみじみと呟けば、今のブリッジクルーの中では手隙の通信士に遠慮がちに意見された。
「あの……共闘と言うより、指導されているような気がしますが……自ら手本になって」
「安心しろ。それはまったく気のせいじゃない。……でも、共闘は共闘だろ!? アルスターみたいに戦闘放棄はしてないだろ!?」
やけくそで叫び返したフィリップスに、通信士以外のクルーもあわてて振り返る。
「副長! 副長は偉いです! 戦闘開始前に中央放棄を決めました!」
「とにかく〈ワイバーン〉の真似をしろって言ったのも副長だし!」
「頑張ってる! 副長、頑張ってる!」
「慰めありがとう。おまえらもよく頑張ってる。でも、今は前を向いていろ」
そもそも悪いのは自分だが、フィリップスは苦笑いして、クルーたちを仕事に戻らせた。
今回はドレイクも中央から左翼に移動するだろう。そこまではフィリップスも予想していた。右翼ではないのは、右翼に手助けはまったく必要ないからだ。むしろ、お邪魔だろう。
しかし、あの円錐陣形に対してどう攻撃するのが最適かまでは、残念ながらフィリップスにはわからなかった。
基本的に戦闘は質より量だ。艦艇数が「連合」より多ければ、どんな陣形をとっていようが、数で潰せる。
だが、司令官はあえて出撃数を「連合」と同じ三〇〇〇隻にとどめている。たとえ同数でも〝全艦殲滅〟できることを証明しつづけるために。
おそらく今回も、アルスターたちがあさっての方向に飛んでいなければ、もっと速くこの円錐陣形を縮小させられていたはずだ。
(でも、減れば減ったで、今度は攻撃しにくくなるんだよな)
今はまだ、〈ワイバーン〉が身をもって示してくれた、並走しつつ側面攻撃を続行している。しかし、これ以上数が減れば、「連合」を撃ちそこねたレーザーが、右翼にいる艦艇に当たってしまう恐れが出てくる。これは右翼も同じだ。
そう考えると、元マクスウェル大佐隊による下方からの攻撃は、狡猾と言いたくなるほど優れた攻撃方法だ。
「連合」の上方に友軍はいない。いくら撃っても、味方に当たる可能性はほぼゼロに近い。
(あれもダーナ大佐の指示……ではなさそうだな。うちの元マクスウェル大佐隊員の話からすると)
この第一号のブリッジには入れていないが、アルスターから押しつけられた元マクスウェル大佐隊員たちから、〝七班長〟ことヴァラク中佐のことは聞いている。
彼らは〝七班長〟を悪魔と言って恐れていた。が、こんなことを思いつき、部下にやらせることができる悪魔なら、正直、フィリップスも雇用契約を結びたい。
現在、「連合」の残存戦力は約七〇〇隻。〈フラガラック〉の粒子砲を使えば簡単に一掃できる数だが、いかなる考えがあってか、司令官は粒子砲を封印している。粒子砲の助けは期待しないほうが精神衛生上いいだろう。
(側面攻撃できなくなっても、俺らが並走をやめたら、向こうも円錐陣形をやめるだろうしなあ……そうなると、今度は〝七班長〟があの攻撃をしにくくなる……)
あちらを立てればこちらが立たずだ。ここでアルスターがいつもの背面攻撃をしてくれれば、これまでのことを帳消しにしてもいいくらいなのだが、モニタを見るかぎり、アルスターの射程圏に「連合」が入る前に、「連合」の射程圏にあの無人砲撃艦の壁が入ってしまいそうだ。
(射程圏に入れば、あの壁も攻撃してくれるだろうが……俺だったら、その前に円錐陣形をやめるな)
それとも、やはり円錐陣形のまま、無人艦の壁に突っこむのか。
フィリップスには自殺行為としか思えないが、そこは〈フラガラック〉への近道でもある。
〝お手本〟ドレイクはどうするつもりなのか。フィリップスがモニタ上の〈ワイバーン〉に注視したとき、オペレータの一人が律儀に前を向いたまま報告した。
「副長! 無人艦群の一部が背面攻撃開始しました!」
「何!?」
フィリップス以外のクルーもそう叫び、それぞれのモニタを確認した。
確かに、「連合」の尻にとりつくようにして、無人砲撃艦約一〇〇隻が砲撃している。こちらも元マクスウェル大佐隊の場合と同じだ。前方には「連合」しかいない。おまけに、「連合」からの反撃はまったくない。文字どおりの撃ちっぱなし状態だった。
「左翼の……うちの担当の無人艦群のようです……これで、左翼・右翼・下方、ほぼ同数になりました……」
オペレータが呆然と報告を続ける。フィリップスは無言で自分の右頬を叩いた。
(その手があったか!)
まさに盲点だった。背面からも攻撃したければ、背面攻撃をする隊を作ってしまえばいい。有人艦しかいない艦隊では難しいかもしれないが、無人艦が八割を占めるこの艦隊なら、司令官さえその気になれば簡単に作れる。今ここというタイミングで。
(しかし、下から後ろから……まるで串刺しだな)
特に、背面攻撃をしている無人砲撃艦群が容赦ない。さながら憂さ晴らしをしているかのようだ。無人艦だから感情もないはずなのに、フィリップスは思わず寒気を覚えた。
背面攻撃までされても、「連合」は円錐陣形をやめなかった。
否。もうやめようがなかったのかもしれない。唯一の逃げ道である上方も、背後から無人砲撃艦群に撃たれて封じられていた。
先頭にいた「連合」の艦艇が、断末魔のように前方に向けてレーザー砲を放つ。だが、無人砲撃艦の壁に達する前に、宇宙空間に吸いこまれるようにして消えた。まだ射程には入っていなかったのだ。
(確かに、あちらからしたら、ここは〝死刑場〟だな)
しかし、この宙域に侵入した以上、こちらも生きて帰すことはできない。
ここに送りこまれた人間たちに、たまたま「連合」領内で生まれた以外の〝罪〟がなかったとしても。
「副長……『連合』の残存戦力がゼロになりました……」
どこか信じきれていないような声で、オペレータが〈フラガラック〉からの通達を読み上げる。
ゼロとなっても、即戦闘終了にはならない。生き残った無人艦がさらに確認をして、初めて戦闘終了が宣言されるのだ。
「そうか。しかし、今回は一つに固まってた分、『連合』の艦艇がアステロイドベルトみたいになってるな……」
正確には艦艇の残骸だが、まるでかたつむりが通った跡のように連なって、宇宙空間を漂っている。
と、警告音が鳴り響いた。被弾したときなどに聞く音だ。まだ戦闘終了となっていなかったとはいえ、完全に気抜けしていたブリッジ内は一瞬にして張りつめた。
「何だ! どうした!」
フィリップスがオペレータに問うと、オペレータはモニタを見つめたまま絶叫した。
「〈フラガラック〉から緊急通達! 死にたくなければその場から絶対に動くな!」
「はぁ!?」
フィリップス以外もそんな声を上げたとき、中央スクリーンが白く光り輝いた。
この光には見覚えがある。それどころか、二ヶ月前までは頻繁に見ていた。
「何でまた……」
わけがわからず呟いたが、光が消え去った後、中央スクリーンとモニタを見たフィリップスは、何となく理由を察した。
「連合」の残骸が、きれいさっぱり消え去っている。
ついでに言うなら、その「連合」と戦って散っていった無人艦たちも。
(粒子砲、一本にまとめたら、こんなに威力あるんだ……)
改めて恐ろしい船だと思ったが、その持ち主である司令官にとって今回の「連合」は、欠片もこの世に残したくないほど忌々しいものだったのだろうか。
ちなみに、〈フラガラック〉の前方にあった無人艦の壁三枚と、「連合」を背面攻撃していた無人砲撃艦群は、〈フラガラック〉の通達より前に退避していた。当然と言えば当然だが、彼らに感情があったとしたら、フィリップスたち以上にあせったことだろう。
「通達出ました。戦闘終了です」
はっと我に返ったオペレータが報告を上げる。いつもなら安堵の溜め息をついているところだが、粒子砲の衝撃はあまりにも大きすぎた。フィリップスたちはただ真顔でうなずいた。
「どうせ撃つなら、戦闘中に撃ってくれればいいのに」
通信士が小さく愚痴ったが、今はあえて聞き流す。
心の中ではもちろん同意だ。だが、今回の戦闘は、粒子砲を使わず、かつアルスター大佐隊と無人艦二〇〇隻がいなくても〝全艦殲滅〟できたことに、最高の価値がある。
「よし、じゃあ、誰か医務室行ってきて、大丈夫そうだったら、ここに班長連れてきてくれ」
フィリップスがそう命じると、クルーたちは皆、不思議そうな顔をした。
「もう戦闘終了したんですから、基地に帰るまで寝かせといてあげても……」
代表する形でオペレータの一人が反論する。
凡人でも、うちの奴らはやっぱり優しい。そう思いつつも、フィリップスは苦笑する。
「結局、アルスター大佐は通信入れてこなかったが、これから入れてくるかもしれないだろ? 俺が班長迎えにいってる間に入れられたら、おまえら、なんて言い訳するんだ?」
全員が顔色を変えて息を呑む。ハワードの代理としてもっともらしい嘘もつけるのは、確かに副長のフィリップスだけだ。彼以外にそのような〝大役〟は荷が勝ちすぎる。
「でもまあ、今回は入れられないとは思うけどな。まともな神経してたら、恥ずかしすぎる」
アルスター大佐隊は今、超高速でこちらに引き返している最中だ。
今頃、〝栄転〟を覚悟しているだろう。まともな神経をしているならば。
「一応、念には念を入れとこう。今日が最後の一回だ。……あ、班長には戦闘終了になったことだけ伝えればいいぞ。三角コーンのことは回復してから俺が話す。いま話したら、再起不能になりそうだ」
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