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【05】始まりの終わり(中)
20 お礼参りされました(中)
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ヴァラクがドレイクの執務室の前に現れたのは、午後二時少し前だった。
実はイルホンも昨日の副官たちのように、駐車場で出迎えようと思っていたのだが、『前に一度来てるんだし、案内の必要もないだろ』というドレイクの一言により、いつもと同じ対応をすることになった。
おそらく、コールタンが来るときには『執務室の先は進入禁止になってるんだし、案内の必要もないだろ』とドレイクは言うのではないだろうか。思えば、グインたちと面接したときにも、誰一人迷わずに執務室に来ていた。
「大佐ー、来ましたー」
自動ドアが開くと、昨日会ったばかりの童顔の〝大佐〟は、相変わらず愛想よく微笑んだ。
どんな手を使ったかはわからないが、ダーナの承諾は得て来たのだろう。イルホンは執務机の椅子から立ち上がり、敬礼はできないので会釈した。何はともあれ、今のヴァラクはドレイクの同僚なのだ。当然、イルホンよりも格上である。
「おう、よく来た。……今日は自分の副官連れてるな」
自動ドアの前で待っていたドレイクが、ヴァラクの背後を見て冷やかした。
「副官というか、運転手兼荷物持ちです」
しれっとヴァラクは訂正したが、その背後に立っていた灰褐色の髪の大男――やはりヴァラクの副官に任命されていたクロケルは、恐縮したように肩をすくめた。
「どうも。敬礼できなくて、申し訳ありません」
短く謝罪したクロケルの大きな両手は、黒いトランクケースを一つずつ提げていた。
しかし、そもそもドレイクは敬礼を好まない。ヴァラクもそれを知っていたから、クロケルを荷物持ちにしたのだろう。
「いや、敬礼はしなくてもいいけど。まあ、とりあえず入れや」
案の定、ドレイクはまったく気にせず、ヴァラクとクロケルを促した。
「はーい。お邪魔しまーす。……うーん、相変わらず殺風景」
「班長ッ!?」
「これが普通だ。おまえんとこがアットホームすぎるんだよ」
「アットホーム?」
「とにかく、こっち来て座れよ。副官くんがかわいそうだろ」
「大佐はほんとに目下に優しいね。……座れ。慎み深く」
「……はい」
クロケルは神妙にうなずくと、ヴァラクがソファに座ってから、トランクケースを床に置き、ヴァラクの右隣にそっと腰を落とした。
――この副官も、ヴァラクとダーナの関係の変化には気づいていないのだろうか。
イルホンはふとそんなことを思ってしまった。
「言っとくが、ここにはおまえの大嫌いなコーヒーしか置いてないぞ」
一方、ドレイクはにやにやしながら、ヴァラクの対面のソファに腰を下ろした。
「それは先刻承知ですよ。砂糖もミルクも置いてないんでしょ? だから、自分の分は持参してきました」
ヴァラクがそう言い終えたときには、クロケルは左手に提げていたトランクケースをローテーブルの上に置き、すばやくロックを解除して開けていた。
イルホンがドレイクの後ろからトランクケースの中を覗くと、隙間なく詰めこまれたコーヒー豆のパックと共に、赤・青・黄のマイボトルが三本入っていた。ヴァラクはそのうちの赤いマイボトルを自分で取り出し、両手で持って得意げに笑った。
「中身はアイスティーです! もちろんガムシロップ入り!」
「あー、それは持参してもらわないと無理だなー」
ドレイクも暢気に笑って受け流す。
――この二人、本当に〝生き別れの兄弟〟かもしれない。
クロケルとイルホンは、追従笑いを浮かべることもできず、ただ黙っていた。
「で、このコーヒー豆が礼のブツです。どうぞお納めください」
「おまえが言うと、何か、ヤバいもの取引してるみたいだな」
「失礼な。ただのちょっとリッチなコーヒー豆じゃないですか」
「それは有り難いが、まさか、こんなに大量に持ってくるとは思わなかった」
「ちなみに、これは俺の分のお礼です。ついでに、ダーナ大佐の分も持ってきました」
「え? ダーナ?」
「クロケル」
「はい」
と、返答したときには、クロケルはもう一つのトランクケースをローテーブルの上に置いていた。先ほどと同じように手早く開ける。
やはり、こちらにもコーヒー豆のパックが詰まっていたが、マイボトルは一本も入っていなかった。
「こっちもちょっとリッチなコーヒー豆ですけど、種類は違います。お好みでどうぞ」
「そいつはどうも。で、買ってきたのはどっちの副官だ?」
意地悪くドレイクが問えば、ヴァラクは決まり悪そうに笑った。
「やっぱり、バレちゃいました?」
「バレるも何も、コーヒー大嫌いのおまえには、どれが〝ちょっとリッチ〟かもわかんないだろ?」
「おっしゃるとおりです。あと、買ってきたのはダーナ大佐の副官です。俺はこのクロケルに買ってこさせようと思ってたんですけど、ドレイク大佐にちょっとリッチなコーヒー豆をあげたいって言ったら、昼前に持ってきてくれちゃったんですよねー。まあ、断る理由もないので、そのまま受け取りました」
「なるほどな。ってことは、ダーナは今、おまえの執務室にいるのか」
「よくわかりましたね」
「あいつが自分の副官だけをおまえんとこに行かせるはずがないだろ」
「さすが、ダーナ大佐をよくわかってますね」
「正直、あのクッキー缶とまったく釣り合ってないが、もらえるものはもらっとくよ。……副官くん。悪いけど、コーヒー豆を取り出して、テーブルの上に置いといてもらえる?」
「あ、はい!」
クロケルはあわてて答えると、トランクケースの中からコーヒー豆のパックを取り出して、ローテーブルの上に並べ出した。
厳つい大男だが、所作は丁寧で、要領もいい。しかし、事務仕事は苦手そうな気がする。何となく。
「じゃあ、俺はアイスティー飲んでもいいですか?」
「ああ、好きなだけ飲んでろ。俺はさっきまで飲んでたからいいや」
そう言って、ドレイクはイルホンを振り返り、目だけで執務机に戻るよう命じた。
コーヒーが大嫌いな人間の前でわざわざコーヒーを飲むほどドレイクは無神経ではない。イルホンは軽く頭を下げてから、自分の執務机に着席した。
「それで?」
喉を鳴らしてマイボトルを飲んでいるヴァラクに、ドレイクはからかうように訊ねた。
「こんなに早く〝お礼参り〟に来た理由は何だ?」
一瞬、クロケルの手が止まった。
だが、それは本当に一瞬だった。ドレイクに目を向けることもなく、空になった二つのトランクケース――一つにはヴァラクのマイボトルがまだ二本入っているが――を閉じ、ローテーブルの上から床に下ろす。
「理由というほどの理由はないですよ」
マイボトルから口を離すと、ヴァラクは屈託なく笑った。
「ただ、お返しするなら、一日でも早いほうがいいんじゃないかと思っただけです。できれば……殿下が配置図を発信する前に」
「ああ、そういやまだ送られてきてないな。いつもどおりなら、来週には出撃なのに」
「たぶん、殿下は待ってるんだと思いますよ。大佐が動いた結果、出した答えを」
「答えねえ。……七班長。おまえの答えは?」
問われたヴァラクは、待っていましたとばかりに赤茶色の目を細めた。
「大佐が動くんなら、俺も動きますよ。まだあちらのお礼をしてませんから」
「へえ。そちらはあのチョコでチャラにしたのかと思ってた」
ドレイクが真顔で茶化す。イルホンもそう思っていたので、顔には出さずに驚いていた。
ちなみに、現在のイルホンは、事務仕事を続けているふりをしながら、ドレイクたちの会話を端末に打ちこんでいる。録音はしない。再生して聞くのが二度手間だからだ。
「まさか。あれは単なる手土産ですよ。昨日、大佐がくれたクッキー缶と同じです」
「それなら、話をする前に渡すだろ。……おまえは無理にいいぞ。ダーナのお守りで大変だろ?」
「別に大変ではないですよ。ちょっと面倒なときもありますけど」
「あいつ、中途半端に勘がいいからな」
「まさにそれ! さすが大佐!」
「でも、指揮官としてはアルスター大佐より上だ。おまえも、そう思ってるんだろ?」
「やっぱり、昨日の挨拶回りの目的はそれでしたか。……同志はお一人で二〇〇隻指揮されてる方ですか?」
「ほんとにおまえは怖いよな」
言葉とは裏腹に、ドレイクの表情は楽しげだったが、イルホンは心の中で何度も首を縦に振っていた。――本当に。怖すぎる。
「昨日も、そうやってニコニコ笑ってクッキー食いながら、今頃俺らがどんな話してるかって考えてたんだろ?」
ヴァラクは否定も肯定もせず、ただにっこり笑ってマイボトルを傾けた。
ダーナの前ではまだ猫を被っているようだ。そして、それをドレイクにも指摘されたくない。
「同志とのお話は楽しかったですか?」
「うん、楽しかった。直接交流解禁してもらって、本当によかった。やっぱり連携は必要だよね」
「連携して、具体的に何を?」
「それを現在模索中。まあ、殿下に本当に〝栄転〟にしてもらったらどうかっていう案は出たんだがな。〝栄転〟理由で行き詰まった」
ヴァラクは呆れたような眼差しをドレイクに向けた。
「優しいですね、大佐は」
「それは褒め言葉じゃないな」
「昨日、大佐はアルスター大佐に助けを求められたんじゃないですか?」
「ああ。『自分はこれからどうしたらいい?』ってさ」
「それに大佐は何と答えたんですか?」
「『ご自分ができることを続けられたらどうですか』」
「それに向こうは何と?」
「『なるほど。もっともだ』。ついでに、『とても参考になったよ。ありがとう』」
「アルスター大佐が欲しがってた答えをくれてやったわけですか。残酷な優しさですね。本当にできることだけ続けてたら、確実に〝栄転〟になりますよ。パラディン大佐はもうアルスター大佐隊なしで戦うことを選択してるんですから」
「さすが〝弟〟。よくわかってるな」
「自分を変えられないなら、潔く退役したらいいのに。そしたら俺、少しは尊敬してやりますよ」
「挫折したベテラン軍人の気持ちも少しはわかってやれよ」
「挫折はともかく、ベテラン軍人じゃないのでわかりません。……〝栄転〟理由ねえ。確かに思いつきませんね」
「だろ?」
「やっぱり、〝左遷〟な〝栄転〟にするしかないんじゃないですか? わざとこれまでと同じことはできないようにして」
「たとえば?」
マイボトルを一口飲んでから、ヴァラクは思いつきのように軽く答えた。
「そうですね。左翼の前衛と後衛、入れ替えたらどうですか?」
実はイルホンも昨日の副官たちのように、駐車場で出迎えようと思っていたのだが、『前に一度来てるんだし、案内の必要もないだろ』というドレイクの一言により、いつもと同じ対応をすることになった。
おそらく、コールタンが来るときには『執務室の先は進入禁止になってるんだし、案内の必要もないだろ』とドレイクは言うのではないだろうか。思えば、グインたちと面接したときにも、誰一人迷わずに執務室に来ていた。
「大佐ー、来ましたー」
自動ドアが開くと、昨日会ったばかりの童顔の〝大佐〟は、相変わらず愛想よく微笑んだ。
どんな手を使ったかはわからないが、ダーナの承諾は得て来たのだろう。イルホンは執務机の椅子から立ち上がり、敬礼はできないので会釈した。何はともあれ、今のヴァラクはドレイクの同僚なのだ。当然、イルホンよりも格上である。
「おう、よく来た。……今日は自分の副官連れてるな」
自動ドアの前で待っていたドレイクが、ヴァラクの背後を見て冷やかした。
「副官というか、運転手兼荷物持ちです」
しれっとヴァラクは訂正したが、その背後に立っていた灰褐色の髪の大男――やはりヴァラクの副官に任命されていたクロケルは、恐縮したように肩をすくめた。
「どうも。敬礼できなくて、申し訳ありません」
短く謝罪したクロケルの大きな両手は、黒いトランクケースを一つずつ提げていた。
しかし、そもそもドレイクは敬礼を好まない。ヴァラクもそれを知っていたから、クロケルを荷物持ちにしたのだろう。
「いや、敬礼はしなくてもいいけど。まあ、とりあえず入れや」
案の定、ドレイクはまったく気にせず、ヴァラクとクロケルを促した。
「はーい。お邪魔しまーす。……うーん、相変わらず殺風景」
「班長ッ!?」
「これが普通だ。おまえんとこがアットホームすぎるんだよ」
「アットホーム?」
「とにかく、こっち来て座れよ。副官くんがかわいそうだろ」
「大佐はほんとに目下に優しいね。……座れ。慎み深く」
「……はい」
クロケルは神妙にうなずくと、ヴァラクがソファに座ってから、トランクケースを床に置き、ヴァラクの右隣にそっと腰を落とした。
――この副官も、ヴァラクとダーナの関係の変化には気づいていないのだろうか。
イルホンはふとそんなことを思ってしまった。
「言っとくが、ここにはおまえの大嫌いなコーヒーしか置いてないぞ」
一方、ドレイクはにやにやしながら、ヴァラクの対面のソファに腰を下ろした。
「それは先刻承知ですよ。砂糖もミルクも置いてないんでしょ? だから、自分の分は持参してきました」
ヴァラクがそう言い終えたときには、クロケルは左手に提げていたトランクケースをローテーブルの上に置き、すばやくロックを解除して開けていた。
イルホンがドレイクの後ろからトランクケースの中を覗くと、隙間なく詰めこまれたコーヒー豆のパックと共に、赤・青・黄のマイボトルが三本入っていた。ヴァラクはそのうちの赤いマイボトルを自分で取り出し、両手で持って得意げに笑った。
「中身はアイスティーです! もちろんガムシロップ入り!」
「あー、それは持参してもらわないと無理だなー」
ドレイクも暢気に笑って受け流す。
――この二人、本当に〝生き別れの兄弟〟かもしれない。
クロケルとイルホンは、追従笑いを浮かべることもできず、ただ黙っていた。
「で、このコーヒー豆が礼のブツです。どうぞお納めください」
「おまえが言うと、何か、ヤバいもの取引してるみたいだな」
「失礼な。ただのちょっとリッチなコーヒー豆じゃないですか」
「それは有り難いが、まさか、こんなに大量に持ってくるとは思わなかった」
「ちなみに、これは俺の分のお礼です。ついでに、ダーナ大佐の分も持ってきました」
「え? ダーナ?」
「クロケル」
「はい」
と、返答したときには、クロケルはもう一つのトランクケースをローテーブルの上に置いていた。先ほどと同じように手早く開ける。
やはり、こちらにもコーヒー豆のパックが詰まっていたが、マイボトルは一本も入っていなかった。
「こっちもちょっとリッチなコーヒー豆ですけど、種類は違います。お好みでどうぞ」
「そいつはどうも。で、買ってきたのはどっちの副官だ?」
意地悪くドレイクが問えば、ヴァラクは決まり悪そうに笑った。
「やっぱり、バレちゃいました?」
「バレるも何も、コーヒー大嫌いのおまえには、どれが〝ちょっとリッチ〟かもわかんないだろ?」
「おっしゃるとおりです。あと、買ってきたのはダーナ大佐の副官です。俺はこのクロケルに買ってこさせようと思ってたんですけど、ドレイク大佐にちょっとリッチなコーヒー豆をあげたいって言ったら、昼前に持ってきてくれちゃったんですよねー。まあ、断る理由もないので、そのまま受け取りました」
「なるほどな。ってことは、ダーナは今、おまえの執務室にいるのか」
「よくわかりましたね」
「あいつが自分の副官だけをおまえんとこに行かせるはずがないだろ」
「さすが、ダーナ大佐をよくわかってますね」
「正直、あのクッキー缶とまったく釣り合ってないが、もらえるものはもらっとくよ。……副官くん。悪いけど、コーヒー豆を取り出して、テーブルの上に置いといてもらえる?」
「あ、はい!」
クロケルはあわてて答えると、トランクケースの中からコーヒー豆のパックを取り出して、ローテーブルの上に並べ出した。
厳つい大男だが、所作は丁寧で、要領もいい。しかし、事務仕事は苦手そうな気がする。何となく。
「じゃあ、俺はアイスティー飲んでもいいですか?」
「ああ、好きなだけ飲んでろ。俺はさっきまで飲んでたからいいや」
そう言って、ドレイクはイルホンを振り返り、目だけで執務机に戻るよう命じた。
コーヒーが大嫌いな人間の前でわざわざコーヒーを飲むほどドレイクは無神経ではない。イルホンは軽く頭を下げてから、自分の執務机に着席した。
「それで?」
喉を鳴らしてマイボトルを飲んでいるヴァラクに、ドレイクはからかうように訊ねた。
「こんなに早く〝お礼参り〟に来た理由は何だ?」
一瞬、クロケルの手が止まった。
だが、それは本当に一瞬だった。ドレイクに目を向けることもなく、空になった二つのトランクケース――一つにはヴァラクのマイボトルがまだ二本入っているが――を閉じ、ローテーブルの上から床に下ろす。
「理由というほどの理由はないですよ」
マイボトルから口を離すと、ヴァラクは屈託なく笑った。
「ただ、お返しするなら、一日でも早いほうがいいんじゃないかと思っただけです。できれば……殿下が配置図を発信する前に」
「ああ、そういやまだ送られてきてないな。いつもどおりなら、来週には出撃なのに」
「たぶん、殿下は待ってるんだと思いますよ。大佐が動いた結果、出した答えを」
「答えねえ。……七班長。おまえの答えは?」
問われたヴァラクは、待っていましたとばかりに赤茶色の目を細めた。
「大佐が動くんなら、俺も動きますよ。まだあちらのお礼をしてませんから」
「へえ。そちらはあのチョコでチャラにしたのかと思ってた」
ドレイクが真顔で茶化す。イルホンもそう思っていたので、顔には出さずに驚いていた。
ちなみに、現在のイルホンは、事務仕事を続けているふりをしながら、ドレイクたちの会話を端末に打ちこんでいる。録音はしない。再生して聞くのが二度手間だからだ。
「まさか。あれは単なる手土産ですよ。昨日、大佐がくれたクッキー缶と同じです」
「それなら、話をする前に渡すだろ。……おまえは無理にいいぞ。ダーナのお守りで大変だろ?」
「別に大変ではないですよ。ちょっと面倒なときもありますけど」
「あいつ、中途半端に勘がいいからな」
「まさにそれ! さすが大佐!」
「でも、指揮官としてはアルスター大佐より上だ。おまえも、そう思ってるんだろ?」
「やっぱり、昨日の挨拶回りの目的はそれでしたか。……同志はお一人で二〇〇隻指揮されてる方ですか?」
「ほんとにおまえは怖いよな」
言葉とは裏腹に、ドレイクの表情は楽しげだったが、イルホンは心の中で何度も首を縦に振っていた。――本当に。怖すぎる。
「昨日も、そうやってニコニコ笑ってクッキー食いながら、今頃俺らがどんな話してるかって考えてたんだろ?」
ヴァラクは否定も肯定もせず、ただにっこり笑ってマイボトルを傾けた。
ダーナの前ではまだ猫を被っているようだ。そして、それをドレイクにも指摘されたくない。
「同志とのお話は楽しかったですか?」
「うん、楽しかった。直接交流解禁してもらって、本当によかった。やっぱり連携は必要だよね」
「連携して、具体的に何を?」
「それを現在模索中。まあ、殿下に本当に〝栄転〟にしてもらったらどうかっていう案は出たんだがな。〝栄転〟理由で行き詰まった」
ヴァラクは呆れたような眼差しをドレイクに向けた。
「優しいですね、大佐は」
「それは褒め言葉じゃないな」
「昨日、大佐はアルスター大佐に助けを求められたんじゃないですか?」
「ああ。『自分はこれからどうしたらいい?』ってさ」
「それに大佐は何と答えたんですか?」
「『ご自分ができることを続けられたらどうですか』」
「それに向こうは何と?」
「『なるほど。もっともだ』。ついでに、『とても参考になったよ。ありがとう』」
「アルスター大佐が欲しがってた答えをくれてやったわけですか。残酷な優しさですね。本当にできることだけ続けてたら、確実に〝栄転〟になりますよ。パラディン大佐はもうアルスター大佐隊なしで戦うことを選択してるんですから」
「さすが〝弟〟。よくわかってるな」
「自分を変えられないなら、潔く退役したらいいのに。そしたら俺、少しは尊敬してやりますよ」
「挫折したベテラン軍人の気持ちも少しはわかってやれよ」
「挫折はともかく、ベテラン軍人じゃないのでわかりません。……〝栄転〟理由ねえ。確かに思いつきませんね」
「だろ?」
「やっぱり、〝左遷〟な〝栄転〟にするしかないんじゃないですか? わざとこれまでと同じことはできないようにして」
「たとえば?」
マイボトルを一口飲んでから、ヴァラクは思いつきのように軽く答えた。
「そうですね。左翼の前衛と後衛、入れ替えたらどうですか?」
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