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【05】始まりの終わり(中)
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パラディンは〝荷物をまとめる〟と軽く言ったが、さすがに半日程度では無理だった。
それは本人もわかっていたらしく、とりあえず執務室から最低限のものを持ち出して、〝大佐〟用の銀色の送迎車のトランクに積みこんだ。
運転手はもちろん、自ら名乗り出たエリゴールである。
エリゴールによると、元ウェーバー大佐隊――正確にはもうこちらが〝パラディン大佐隊〟なのだが便宜上――への十一班と十二班の転属願は、朝一で総務部に提出したそうだ(おそらく、委任状も作り、代表者がまとめて提出した)。しかし、以前のように司令官の介入でもなければ、即日転属は不可能である。
そのため、今日のエリゴールは、あくまでコールタン大佐隊からの〝出向〟という形で随行する。が、非公式には違いないので、元ウェーバー大佐隊の前で自己紹介はしないそうだ。
「まあ、転属手続きが完了するまでは、そうしたほうが無難だろうね」
当然のように助手席に座ろうとしたが、上官は後部座席とエリゴールにすげなく拒否されたパラディンが、モルトヴァンの隣で渋々うなずく。
「それにしても、こんな時間に外出なんて、本当に久しぶりだなあ……」
やはり寝不足なのか、パラディンは眠たげに車窓の外を見やった。
植民地時代、「連合」によってテラフォーミングされたコクマーの空は今日も青く、地平線は緑に覆われている。
暦の上ではもう真夏なのだが、護衛艦隊の中央基地は、年間を通して気温変動の少ない〝温帯区域〟内にある。というより、俗に〝常春〟とも呼ばれるほど過ごしやすい区域だからこそ、護衛艦隊の中央基地がある。
「そうですね……私も久しぶりです……」
おまけに、目的地が他の大佐隊の軍港なんて、生まれて初めてではなかろうか。意図的に横のつながりを断たれているこの艦隊では、他国に行くのと大差ない。
出発してからのエリゴールは、完全に運転手に徹してしまい、モルトヴァンたちの会話にも口を挟まなかった。
基地内の道路は広く、信号機もほとんどない。さらに、この送迎車は高級車だけあって、乗り心地も抜群によかった。
エリゴールも睡眠不足のはずだ。パラディンはともかく、自分まで寝てしまっては申し訳ないと睡魔に抗っていたモルトヴァンだったが、エリゴールに着きましたよと声をかけられたとき、確実に意識を失っていた。
あわてて隣を見てみれば、パラディンはしっかり起きていた。〝いい性格〟でもやはり〝大佐〟だとひそかに見直していたモルトヴァンだったが、たまたまモルトヴァンより先に目が覚めただけだとは、エリゴールもパラディンもあえて言わなかった。
今日は初日ということもあり、パラディンは元ウェーバー大佐隊の班長十名だけを作戦説明室に招集していた。
どこの軍港も、建造物の種類も配置も共通している(ただし、ドレイク大佐隊が使用している軍港は除く)。そのため、案内は必要ないと断っていたのだが、エリゴールが作戦説明室のある〝中央棟〟の駐車場に車を停めると、元ウェーバー大佐隊員と思しき男が一人、どこからともなく駆け寄ってきた。
エリゴールがいち早く降り、後部座席のドアを侍従のように開ける。
パラディンは至極ご満悦の様子だったが、これ見よがしに差し出した右手はエリゴールに華麗に無視された。
「案内はいらないと言ったはずだが?」
敬礼している元ウェーバー大佐隊員に答礼することなく、冷ややかにパラディンは言った。完全に八つ当たりである。自分でドアを開けて外に出たモルトヴァンは、そんな上官に蔑みの目を向けた。
「承知いたしております」
しかし、その隊員は意に介したふうもなく、にこやかに笑った。
金髪碧眼で中肉中背。若干そばかすのある、どこにでもいそうな若い男だが、制服で〝中佐〟だということはわかる。
この艦隊で〝中佐〟は、艦艇の艦長クラスである。したがって、班長もほとんどが〝中佐〟だが、この男は班長章は身につけていなかった。
「ただ、〝大佐棟〟の名義変更は殿下がされているでしょうが、この〝中央棟〟のほうはどうかと。現段階では、我々以外入れないのではないでしょうか?」
「あ……」
言われて、モルトヴァンはパラディンと顔を見合わせた。
〝中央棟〟とは文字どおり、〝大佐棟〟と〝隊員棟〟――独身者かつ下っ端専用の宿舎――の中央にある施設である。ドックはその〝中央棟〟を境にして、六つずつ立ち並んでおり、〝大佐棟〟にいちばん近いのが第一班のドックだ。
通常、〝大佐〟は自分の隊の施設には生体認証だけでも入れるが、その登録作業は〝大佐棟〟で〝大佐〟が行わなければならない。司令官はそこまで親切ではないのだ。
「確かに……これはうっかりしていたな」
パラディンは感心したように自分の細い顎を撫でた。
他の大佐だったら、副官のくせになぜ気づかなかったとモルトヴァンを叱責しているだろう。だが、こういう場合、パラディンは自分の判断ミスで片づけてしまう。それだけ自分に厳しいとも言えるが、他人を責める時間があったら解決策を講じたほうがいいと考えているからでもある。そして、そこに司令官につけこまれている……ような気がする。本人には決して言わないけれども。
「大佐。申し訳ありません」
しかし、ここには元ウェーバー大佐隊員がいる。モルトヴァンは端的に謝罪した。
「いやいや。こんなことは滅多にないからな。……もう二度とないと思いたいが」
小さく本音を呟いてから、パラディンは元ウェーバー大佐隊員をまっすぐに見た。
「こちらから断っておいて何だが、君の指摘どおりだよ。おかげで無駄な時間を遣わずに済んだ。ありがとう」
モルトヴァンはもうすっかり慣れてしまっていたが、これほど気軽に礼を言う〝大佐〟はやはり珍しいのだろう。元ウェーバー大佐隊員は大きく目を見張ってから、お役に立てて幸いですと嬉しげに一礼した。
「では、さっそく案内してもらおうかな。あ、ところで君の名前は?」
単なる案内役なら後で訊けばいいが、初対面の〝大佐〟相手でも自然体なところがパラディンも気になったのだろう。
すでに〝中央棟〟のエントランスに向かいかけていた元ウェーバー大佐隊員は、ばつが悪そうな顔をして足を止めた。
「自己紹介もせず、たいへん失礼いたしました」
いや、あそこで自己紹介を優先していたら、あれほど早くパラディンの機嫌は直らなかった。
モルトヴァンはそう思ったが、それはこの元ウェーバー大佐隊員もわかっているに違いない。見た目はいたって普通だが、如才ない男のようだ。
「今さらですが、お初にお目にかかります。自分は第一班第一号の副長、フィリップスと申します。本来なら第一班班長であるハワードがご案内すべきところ、本日検査入院したため、不肖ながら自分が案内役を仰せつかりました。ハワードは後日、改めてご挨拶に伺います。何とぞご容赦を」
よどみなく口上を述べて一礼する。
前もって考えてはあったのだろう。隊名には触れず、所属している班名とその班長の不可避の不在理由をさらっと言うところが、本当に如才ない。
だが、フィリップスという名前を聞いて、モルトヴァンは思わず声を上げた。
「では、午前中に、一班長の代理として電話に出たのは……」
男――フィリップスは、モルトヴァンに視線を向けると、にこりと笑った。
「はい。自分です」
これにはさすがにパラディンも呆れた表情を隠さなかった。
「おまえは……声でわからなかったのか?」
「すみません……まったくわかりませんでした……すみません……」
「いえ、自分の声など、何の特徴もありませんから」
むしろ、特徴がなくてすみませんとでもいうようにフィリップスが苦笑いする。
わからなかった自分が言うのも何だが、特徴がないわけではない。
耳当たりのよい聞き取りやすい声で、失礼ながら、顔には合わない気がする。
モルトヴァンがわからなかったのは、こちらの話す量のほうが圧倒的に多くて、フィリップスはあまり話さなかったからだ。そういうことにしておきたい。
「では、改めてご案内いたします」
フィリップスは〝中央棟〟を手で指すと、パラディンとモルトヴァンを目で促した。
運転手だけでなく護衛もしてくれるつもりなのか、エリゴールは少し遅れて後をついてきたが、フィリップスはまともに彼を見なかった。
* * *
元ウェーバー大佐隊の班長たちは、作戦説明室の最前列に横並びに座っていた。
パラディンが入室すると、彼らは一斉に起立して振り返り、号令もなしに敬礼した。
元ウェーバー大佐隊は元マクスウェル大佐隊よりプライドが高い。エリゴールはそう評していた。
しかし、モルトヴァンにはそのようには見えなかった。何というか……ピュアだ。まるでどこかの新入生のように、期待で瞳が輝いている。
その表情を見ただけで、彼らがどれだけアルスターに苦しめられてきたか窺い知れた。同時に、彼らの期待にパラディンが応えられるかどうか、とても不安になった。
「うーん……とりあえず、座ろうか?」
彼らの熱意に圧倒されたのか、登壇したパラディンの笑顔も多少引きつっていた。
初顔合わせは、自己紹介から始まった。
向かって右から、二班長キャンベル、三班長プライス、四班長ワンドレイ、五班長ロング、六班長ラムレイ、七班長カットナー、八班長ブロック、九班長ビショップ、十班長ヒールド。六班長から十班長は、班長にしては若すぎる気がしたが、元ウェーバー大佐隊では戦死者が出ているから、その関係もあるのかもしれない。
事前に知らされていたとおり、一班長ハワードはいなかったが――かなり前から胃を悪くしていたらしい。原因は間違いなくアルスターだろう――フィリップスがいたので、何の支障もなかった。ただし、彼は自分は班長ではないからと、椅子には座らなかった。
それでも、一班の影の班長はフィリップスだ。そして、この隊のまとめ役も。そう思ったとき、モルトヴァンは作戦説明室の隅で自分と並んで立っていたエリゴールをつい見上げてしまったが、彼はただの護衛のように素知らぬ顔をしつづけていた。
自己紹介の後、パラディンは今後の予定をつらつらと話した。この頃にはもう通常運転に戻っていて、班長たちも落ち着いてきたようだったが、パラディンがドレイクの助言①――この隊にいる元マクスウェル大佐隊員は、希望すれば元マクスウェル大佐隊(正式にはダーナ大佐隊だが実質的に)に戻れることを口にすると、にわかに騒然となった。
「あの……なぜそのようなことを?」
戸惑ったようにそう問うキャンベルに対して、パラディンは屈託なく微笑んだ。
「彼らはここに来たくて来たわけじゃないだろう? でも、アルスター大佐隊には返せないから、ダーナ大佐に打診してみたんだ。そうしたら、希望者は全員引き取ってくれるって。君らもそのほうが都合がよくないかい?」
――ああ……〝いい性格〟が出ちゃったよ……
固まってしまった班長たちを見て、モルトヴァンは自棄笑いをしたが、誰かが一人拍手をした。
「大佐殿のおっしゃるとおりです!」
はちきれんばかりの笑顔でそう絶賛したのは、影の一班長(もう確定)フィリップスだった。
「この後、さっそく話してみます! 希望者には転属願も書かせておきますので!」
「うん! そうして! 明後日には回収して、まとめて総務に出しておくから!」
――この隊は、この副長を〝大佐〟にしたらいいんじゃないかな……
テンション高く会話するパラディンとフィリップスを見ながら、モルトヴァンはそんなことを思ったが、気を取り直した班長たちが賛同すると、フィリップスはさりげなく話の輪から外れていった。
自己主張が激しいようで出しゃばらない。実に不思議な存在である。
そんなフィリップスの取り持ちもあり、初顔合わせは三十分ほどでつつがなく終了した。
班長たちの見送りは固辞し、しかし〝中央棟〟から出るのにも生体認証が必要なためフィリップスと一緒に退室したが、モルトヴァンの背後で自動ドアが閉まったとたん、地響きのような歓声が湧き起こった。
「うおおおお! 若いいいい! 美形いいいい!」
「やっぱ護衛の〝大佐〟は品があるよな! 砲撃とは全然違う!」
「あの暗黒微笑もたまらない! 殿下! 本当にありがとうございます!」
「……申し訳ありません」
フィリップスが真顔で謝罪した。
「今、このドアの向こうから聞こえる声は、聞き取れなかったことにしていただけませんでしょうか?」
「君がそう言うなら、そういうことにしておくけど」
爽やかにパラディンは笑った。
「ここの作戦説明室の防音設備は壊れているのかな? 私はそちらのほうが心配だよ」
「そうですね。この後、すぐに粛正……いえ、確認いたします」
防音設備より班長たちの精神状態を心配したほうがいいのではないかとモルトヴァンは思ったが、これからパラディンに慣れていけば改善するだろう。というか、改善してもらわないと困る。
宣言どおり、自己紹介はいっさいしなかったエリゴールも、眉間に皺を寄せていた。そして、たまたま近くにいたモルトヴァンにしか聞こえない声量で独りごちた。
「うちよりひでえ……」
それは本人もわかっていたらしく、とりあえず執務室から最低限のものを持ち出して、〝大佐〟用の銀色の送迎車のトランクに積みこんだ。
運転手はもちろん、自ら名乗り出たエリゴールである。
エリゴールによると、元ウェーバー大佐隊――正確にはもうこちらが〝パラディン大佐隊〟なのだが便宜上――への十一班と十二班の転属願は、朝一で総務部に提出したそうだ(おそらく、委任状も作り、代表者がまとめて提出した)。しかし、以前のように司令官の介入でもなければ、即日転属は不可能である。
そのため、今日のエリゴールは、あくまでコールタン大佐隊からの〝出向〟という形で随行する。が、非公式には違いないので、元ウェーバー大佐隊の前で自己紹介はしないそうだ。
「まあ、転属手続きが完了するまでは、そうしたほうが無難だろうね」
当然のように助手席に座ろうとしたが、上官は後部座席とエリゴールにすげなく拒否されたパラディンが、モルトヴァンの隣で渋々うなずく。
「それにしても、こんな時間に外出なんて、本当に久しぶりだなあ……」
やはり寝不足なのか、パラディンは眠たげに車窓の外を見やった。
植民地時代、「連合」によってテラフォーミングされたコクマーの空は今日も青く、地平線は緑に覆われている。
暦の上ではもう真夏なのだが、護衛艦隊の中央基地は、年間を通して気温変動の少ない〝温帯区域〟内にある。というより、俗に〝常春〟とも呼ばれるほど過ごしやすい区域だからこそ、護衛艦隊の中央基地がある。
「そうですね……私も久しぶりです……」
おまけに、目的地が他の大佐隊の軍港なんて、生まれて初めてではなかろうか。意図的に横のつながりを断たれているこの艦隊では、他国に行くのと大差ない。
出発してからのエリゴールは、完全に運転手に徹してしまい、モルトヴァンたちの会話にも口を挟まなかった。
基地内の道路は広く、信号機もほとんどない。さらに、この送迎車は高級車だけあって、乗り心地も抜群によかった。
エリゴールも睡眠不足のはずだ。パラディンはともかく、自分まで寝てしまっては申し訳ないと睡魔に抗っていたモルトヴァンだったが、エリゴールに着きましたよと声をかけられたとき、確実に意識を失っていた。
あわてて隣を見てみれば、パラディンはしっかり起きていた。〝いい性格〟でもやはり〝大佐〟だとひそかに見直していたモルトヴァンだったが、たまたまモルトヴァンより先に目が覚めただけだとは、エリゴールもパラディンもあえて言わなかった。
今日は初日ということもあり、パラディンは元ウェーバー大佐隊の班長十名だけを作戦説明室に招集していた。
どこの軍港も、建造物の種類も配置も共通している(ただし、ドレイク大佐隊が使用している軍港は除く)。そのため、案内は必要ないと断っていたのだが、エリゴールが作戦説明室のある〝中央棟〟の駐車場に車を停めると、元ウェーバー大佐隊員と思しき男が一人、どこからともなく駆け寄ってきた。
エリゴールがいち早く降り、後部座席のドアを侍従のように開ける。
パラディンは至極ご満悦の様子だったが、これ見よがしに差し出した右手はエリゴールに華麗に無視された。
「案内はいらないと言ったはずだが?」
敬礼している元ウェーバー大佐隊員に答礼することなく、冷ややかにパラディンは言った。完全に八つ当たりである。自分でドアを開けて外に出たモルトヴァンは、そんな上官に蔑みの目を向けた。
「承知いたしております」
しかし、その隊員は意に介したふうもなく、にこやかに笑った。
金髪碧眼で中肉中背。若干そばかすのある、どこにでもいそうな若い男だが、制服で〝中佐〟だということはわかる。
この艦隊で〝中佐〟は、艦艇の艦長クラスである。したがって、班長もほとんどが〝中佐〟だが、この男は班長章は身につけていなかった。
「ただ、〝大佐棟〟の名義変更は殿下がされているでしょうが、この〝中央棟〟のほうはどうかと。現段階では、我々以外入れないのではないでしょうか?」
「あ……」
言われて、モルトヴァンはパラディンと顔を見合わせた。
〝中央棟〟とは文字どおり、〝大佐棟〟と〝隊員棟〟――独身者かつ下っ端専用の宿舎――の中央にある施設である。ドックはその〝中央棟〟を境にして、六つずつ立ち並んでおり、〝大佐棟〟にいちばん近いのが第一班のドックだ。
通常、〝大佐〟は自分の隊の施設には生体認証だけでも入れるが、その登録作業は〝大佐棟〟で〝大佐〟が行わなければならない。司令官はそこまで親切ではないのだ。
「確かに……これはうっかりしていたな」
パラディンは感心したように自分の細い顎を撫でた。
他の大佐だったら、副官のくせになぜ気づかなかったとモルトヴァンを叱責しているだろう。だが、こういう場合、パラディンは自分の判断ミスで片づけてしまう。それだけ自分に厳しいとも言えるが、他人を責める時間があったら解決策を講じたほうがいいと考えているからでもある。そして、そこに司令官につけこまれている……ような気がする。本人には決して言わないけれども。
「大佐。申し訳ありません」
しかし、ここには元ウェーバー大佐隊員がいる。モルトヴァンは端的に謝罪した。
「いやいや。こんなことは滅多にないからな。……もう二度とないと思いたいが」
小さく本音を呟いてから、パラディンは元ウェーバー大佐隊員をまっすぐに見た。
「こちらから断っておいて何だが、君の指摘どおりだよ。おかげで無駄な時間を遣わずに済んだ。ありがとう」
モルトヴァンはもうすっかり慣れてしまっていたが、これほど気軽に礼を言う〝大佐〟はやはり珍しいのだろう。元ウェーバー大佐隊員は大きく目を見張ってから、お役に立てて幸いですと嬉しげに一礼した。
「では、さっそく案内してもらおうかな。あ、ところで君の名前は?」
単なる案内役なら後で訊けばいいが、初対面の〝大佐〟相手でも自然体なところがパラディンも気になったのだろう。
すでに〝中央棟〟のエントランスに向かいかけていた元ウェーバー大佐隊員は、ばつが悪そうな顔をして足を止めた。
「自己紹介もせず、たいへん失礼いたしました」
いや、あそこで自己紹介を優先していたら、あれほど早くパラディンの機嫌は直らなかった。
モルトヴァンはそう思ったが、それはこの元ウェーバー大佐隊員もわかっているに違いない。見た目はいたって普通だが、如才ない男のようだ。
「今さらですが、お初にお目にかかります。自分は第一班第一号の副長、フィリップスと申します。本来なら第一班班長であるハワードがご案内すべきところ、本日検査入院したため、不肖ながら自分が案内役を仰せつかりました。ハワードは後日、改めてご挨拶に伺います。何とぞご容赦を」
よどみなく口上を述べて一礼する。
前もって考えてはあったのだろう。隊名には触れず、所属している班名とその班長の不可避の不在理由をさらっと言うところが、本当に如才ない。
だが、フィリップスという名前を聞いて、モルトヴァンは思わず声を上げた。
「では、午前中に、一班長の代理として電話に出たのは……」
男――フィリップスは、モルトヴァンに視線を向けると、にこりと笑った。
「はい。自分です」
これにはさすがにパラディンも呆れた表情を隠さなかった。
「おまえは……声でわからなかったのか?」
「すみません……まったくわかりませんでした……すみません……」
「いえ、自分の声など、何の特徴もありませんから」
むしろ、特徴がなくてすみませんとでもいうようにフィリップスが苦笑いする。
わからなかった自分が言うのも何だが、特徴がないわけではない。
耳当たりのよい聞き取りやすい声で、失礼ながら、顔には合わない気がする。
モルトヴァンがわからなかったのは、こちらの話す量のほうが圧倒的に多くて、フィリップスはあまり話さなかったからだ。そういうことにしておきたい。
「では、改めてご案内いたします」
フィリップスは〝中央棟〟を手で指すと、パラディンとモルトヴァンを目で促した。
運転手だけでなく護衛もしてくれるつもりなのか、エリゴールは少し遅れて後をついてきたが、フィリップスはまともに彼を見なかった。
* * *
元ウェーバー大佐隊の班長たちは、作戦説明室の最前列に横並びに座っていた。
パラディンが入室すると、彼らは一斉に起立して振り返り、号令もなしに敬礼した。
元ウェーバー大佐隊は元マクスウェル大佐隊よりプライドが高い。エリゴールはそう評していた。
しかし、モルトヴァンにはそのようには見えなかった。何というか……ピュアだ。まるでどこかの新入生のように、期待で瞳が輝いている。
その表情を見ただけで、彼らがどれだけアルスターに苦しめられてきたか窺い知れた。同時に、彼らの期待にパラディンが応えられるかどうか、とても不安になった。
「うーん……とりあえず、座ろうか?」
彼らの熱意に圧倒されたのか、登壇したパラディンの笑顔も多少引きつっていた。
初顔合わせは、自己紹介から始まった。
向かって右から、二班長キャンベル、三班長プライス、四班長ワンドレイ、五班長ロング、六班長ラムレイ、七班長カットナー、八班長ブロック、九班長ビショップ、十班長ヒールド。六班長から十班長は、班長にしては若すぎる気がしたが、元ウェーバー大佐隊では戦死者が出ているから、その関係もあるのかもしれない。
事前に知らされていたとおり、一班長ハワードはいなかったが――かなり前から胃を悪くしていたらしい。原因は間違いなくアルスターだろう――フィリップスがいたので、何の支障もなかった。ただし、彼は自分は班長ではないからと、椅子には座らなかった。
それでも、一班の影の班長はフィリップスだ。そして、この隊のまとめ役も。そう思ったとき、モルトヴァンは作戦説明室の隅で自分と並んで立っていたエリゴールをつい見上げてしまったが、彼はただの護衛のように素知らぬ顔をしつづけていた。
自己紹介の後、パラディンは今後の予定をつらつらと話した。この頃にはもう通常運転に戻っていて、班長たちも落ち着いてきたようだったが、パラディンがドレイクの助言①――この隊にいる元マクスウェル大佐隊員は、希望すれば元マクスウェル大佐隊(正式にはダーナ大佐隊だが実質的に)に戻れることを口にすると、にわかに騒然となった。
「あの……なぜそのようなことを?」
戸惑ったようにそう問うキャンベルに対して、パラディンは屈託なく微笑んだ。
「彼らはここに来たくて来たわけじゃないだろう? でも、アルスター大佐隊には返せないから、ダーナ大佐に打診してみたんだ。そうしたら、希望者は全員引き取ってくれるって。君らもそのほうが都合がよくないかい?」
――ああ……〝いい性格〟が出ちゃったよ……
固まってしまった班長たちを見て、モルトヴァンは自棄笑いをしたが、誰かが一人拍手をした。
「大佐殿のおっしゃるとおりです!」
はちきれんばかりの笑顔でそう絶賛したのは、影の一班長(もう確定)フィリップスだった。
「この後、さっそく話してみます! 希望者には転属願も書かせておきますので!」
「うん! そうして! 明後日には回収して、まとめて総務に出しておくから!」
――この隊は、この副長を〝大佐〟にしたらいいんじゃないかな……
テンション高く会話するパラディンとフィリップスを見ながら、モルトヴァンはそんなことを思ったが、気を取り直した班長たちが賛同すると、フィリップスはさりげなく話の輪から外れていった。
自己主張が激しいようで出しゃばらない。実に不思議な存在である。
そんなフィリップスの取り持ちもあり、初顔合わせは三十分ほどでつつがなく終了した。
班長たちの見送りは固辞し、しかし〝中央棟〟から出るのにも生体認証が必要なためフィリップスと一緒に退室したが、モルトヴァンの背後で自動ドアが閉まったとたん、地響きのような歓声が湧き起こった。
「うおおおお! 若いいいい! 美形いいいい!」
「やっぱ護衛の〝大佐〟は品があるよな! 砲撃とは全然違う!」
「あの暗黒微笑もたまらない! 殿下! 本当にありがとうございます!」
「……申し訳ありません」
フィリップスが真顔で謝罪した。
「今、このドアの向こうから聞こえる声は、聞き取れなかったことにしていただけませんでしょうか?」
「君がそう言うなら、そういうことにしておくけど」
爽やかにパラディンは笑った。
「ここの作戦説明室の防音設備は壊れているのかな? 私はそちらのほうが心配だよ」
「そうですね。この後、すぐに粛正……いえ、確認いたします」
防音設備より班長たちの精神状態を心配したほうがいいのではないかとモルトヴァンは思ったが、これからパラディンに慣れていけば改善するだろう。というか、改善してもらわないと困る。
宣言どおり、自己紹介はいっさいしなかったエリゴールも、眉間に皺を寄せていた。そして、たまたま近くにいたモルトヴァンにしか聞こえない声量で独りごちた。
「うちよりひでえ……」
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