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【05】始まりの終わり(中)
09 ビシバシ調教されていたようです
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結局、「元マクスウェル大佐隊」は「ヴァラク大佐隊」とはならなかった。
護衛艦隊史上、前代未聞のことだが、ヴァラクは自隊の前身を忘れたくないからと、隊名に自らの名を冠することを拒んだのである。
さらに、ヴァラクは乗艦を〝大佐〟用の軍艦に替えることも辞退した。
理由は乗り慣れない軍艦では戦闘力が落ちるからだったが、〝大佐〟用の軍艦でなければ艦名もつけなくていいだろうとそれも拒否した。
――さすがあれが推しただけのことはあるな。まったくもって一筋縄ではいかない。
アーウィンは苦笑いしつつも、その言い分をすべて許した。
かくして、「元マクスウェル大佐隊」では、ヴァラクの階級以外、ほとんど何も変わらなかったのだった。
「ダーナが一日置きに〝七班長〟の執務室に通ってるのも変わらないよな」
アーウィンの背後から、艦長席のモニタを眺めつつヴォルフは言った。
ダーナの部下ではなくなったヴァラクだが、ダーナ大佐隊と元マクスウェル大佐隊の配置も以前と変わらない。あまりにも変わらなすぎて、ヴァラクを〝大佐〟にする意味があったのかと思ってしまうくらいだ。
「変わらないな。あれが直接交流解禁を希望していなかったら変わっていただろうが」
アーウィンが呆れたように薄く笑う。
元マクスウェル大佐隊がダーナの指揮下にあったときはともかく、今は元マクスウェルの執務室は名実ともにヴァラクのものだ。
しかし、アーウィンがあえて何も言わないのは、それで右翼はうまく回っているからだ。結果さえ出していれば、多少不自然な行動をしていても見て見ぬふりをする。というより、もともとあまり他人に興味はない。ドレイクは数少ない例外の一人だ。
(とは言うものの……あそこまで頻繁に会ってたら、やっぱり疑いたくなるよな)
決して口には出さないが、ひそかにヴォルフは苦笑する。
「帝国」において、同性愛は禁忌ではない。
だが、かつて宗主国であった「連合」――ザイン星系に対する反発から、〝帝都〟および「帝国」直轄領では、いまだに同性婚は法的に認められていない。
それは「帝国」軍護衛艦隊司令官の領地であるコクマーも同じで、もしどうしても同性婚がしたければ、同性婚が認められている他惑星に移住するか、養子縁組という古典的手段をとるかしかない。
ダーナとヴァラクが本当にそういう関係かどうかはヴォルフの関知するところではないが、今あの二人に護衛艦隊を抜けられるのは非常に困る。それくらいならダーナが隔日でヴァラクに会いにいっていることなどどうということもない。今のところは。
「問題は……やっぱり左翼か」
ヴォルフは安心の右翼から不安だらけの左翼に注目する。
「連合」の今回の司令官は、前回のような〝変わり者〟ではなかったようで、布陣は前々回までの恒例のものに戻っていた。
ならば、こちらの布陣も前々回までと同じになるはずだが、左翼の後衛――パラディン大佐隊という名の元ウェーバー大佐隊だけは、それ以前と異なっていた。
「パラディンは……自分の隊を二つに分けてるのか?」
アルスター大佐隊が左翼のいちばん外側を陣取っているのはもはやお約束として――やはり今回も「連合」を背面攻撃するつもりでいるのだろう――その内側にいる元ウェーバー大佐隊は、ほぼ等分に自隊を分けていた。ちなみに、パラディンの乗艦〈オートクレール〉がいるのは、そのうちの中央に近いほう――二つのうちのより危険なほうである。
「分けているな。おそらく、右翼が今二隊でしていることを一隊でしようとしているのではないか? すでにアルスターはいないものとして」
アーウィンは軽く答えたが、ヴォルフはあっけにとられて彼を見た。
「は?」
「考えてもみろ。せっかく大佐同士が自由に会えるようにしてやったというのに、今のところ、それを有効活用しているのは、右翼のダーナと〝七班長〟だけだろう。言い出した本人である変態でさえ、まだどことも接触していない。パラディンもその気になればいくらでもアルスターと〝交流〟できたというのに、結局一度もしなかった。同様にアルスターも。どちらも右翼のように連携する気はさらさらないらしい」
「らしいって、他人事みたいに言うなよ。いいのか? それで」
「それで〝全艦殲滅〟できるならいい。そもそも、〝大佐〟同士で連携することなど、これまでほとんどなかった。だが、これから先はそういうわけにもいかない。……と、あの変態は考えているのではないか?」
「これから先?」
「これから先、『連合』がこの宙域に送りこむ艦艇数を増やしてこないとは限らない」
淡々と言われて、ヴォルフは思わず息を呑んだ。
いつだったか、それはドレイクも言っていた。
今のところ「連合」は、あの〝ゲート〟を使って間断なく侵攻することにこだわりつづけている。そのため、この第一宙域に送りこまれる艦艇数は常に約三〇〇〇隻だ。
しかし、他の宙域に向かわせている艦隊と合流させれば、総数はたやすく増やせる。
もちろん、実際にそうなれば、こちらも艦艇数を増やすだろう。だが、この艦隊に三〇〇〇隻以上の敵と戦った経験はない。
「あれがよく言う『無人艦を無駄遣いするな』はまったくもって正論だ。しかし、無能な有人艦を守るために無人艦を使うのも〝無駄遣い〟とは言えないか?」
アーウィンは口角を上げてヴォルフを一瞥すると、モニタに視線を戻した。
今その目が見ている光点は、中央にいるドレイクの〈ワイバーン〉ではなく、左翼にいるアルスターの〈カラドボルグ〉を示す光点だろう。
(無能か……)
瞼を閉じてヴォルフは嘆息する。
ほんの少し前までは、アルスターは有能な大佐の一人と思われていた。
だが、前回の戦闘で、臨機応変に対応できないという弱点が完全に露呈してしまった。
きっと、アーウィンが戦い方を変えなければ、彼は有能なままでいられたのだろう。
この艦隊に、ドレイクが来なければ。
「マスター。ゼロ・アワーです」
いつものように定位置から、キャルが予定行動開始時刻の到来を平坦な声で告げる。
ヴォルフは目を開き、アーウィンはモニタを見すえたまま、一言命じた。
「動かせ」
命令と言うにはあまりにも簡潔すぎる命令。しかし、護衛艦隊旗艦〈フラガラック〉の専用オペレータは正面を向いたまま、詳細を問うことなくいつものように応じた。
「承知しました」
* * *
「まだ〝在庫〟があったんですね」
真顔でイルホンが呟くと、通信席のそばで腕組みをして立っていたドレイクが噴き出して笑った。
「いや、あれはもう〝在庫〟じゃないだろ。たぶん、それ専用に造ったんじゃないかな。やらせることは今までの突撃艦と同じだけど、もっと速度が出るようにして、もっと爆発の規模をでかくする。……飛び散った残骸は、それだけで武器になる」
どこか自嘲めいた推測を聞いてから、イルホンはブリッジの中央スクリーンに目を戻す。
そこに映し出されているのは、前々回まで繰り返されていたのと同じ光景だ。
「連合」の中央に突っこんでは自爆する、無人突撃艦群一二〇〇隻。
右翼の前衛は、すでに「連合」の左翼を砲撃しており、それに呼応するように、中央の無人砲撃艦群――うち一隻は有人の〈新型〉――も砲撃している。
中央にいるこの〈ワイバーン〉の最優先の仕事は、敵旗艦を一刻も早く消すことだ。
だが、無人突撃艦群一二〇〇隻が我が身を犠牲にして中央を削っている間は、下手に近づくことができない。彼らを迎撃している「連合」の〝流れ弾〟に当たってしまう可能性があるからだ。
だから、今の〈ワイバーン〉は、あらゆる情報を集積して、敵旗艦の位置を割り出そうとしている。それはイルホンの右隣、情報処理席に座っているティプトリーの仕事でもあり、彼の白くて細い指は、ピアニストのようにせわしなくコンソールを叩いている。
無人突撃艦群が自らの仕事をやり終えたときには、〈ワイバーン〉とティプトリーは〝答え〟を弾き出し、操縦士のマシムと砲撃手のシェルドンに転送しているだろう。
(しかし、左翼がこうなるとは思わなかったな)
通信席でも、概略ではあるが現況は把握できる。イルホンは自分の手元のモニタに目を向けた。
アルスター大佐隊は予想どおり、いつもと同じ背面攻撃をするようだ。〝在庫処分〟が始まると同時に、大きく迂回しはじめた。
だが、最初から自隊を二つに分けていたパラディン大佐隊は、一隊はアルスター大佐隊よりも内側に、もう一隊は左翼と中央との間に、それぞれ壁を作るがごとく展開した。
その速度は驚くほど速く、動きにも無駄がなかった。もともと元ウェーバー大佐隊は出来のいい隊だったが、今はまるで無人艦のようだ。
(すごいな、パラディン大佐……実質二週間もなかったのに……)
これもドレイクのアドバイスのおかげなのだろうか。
オールディスによると、元ウェーバー大佐隊内の空気は極めて良好だそうである。パラディンの異動に合わせて転属された元マクスウェル大佐隊員たちとも、今は仲よくやっているそうだ。
しかし、彼らが来たせいで、十班から十二班に増えてしまったため、出撃の際には二班が留守番をすることになってしまった。今回は元ウェーバー大佐隊で一班、元マクスウェル大佐隊で一班が留守番だという。
大変興味深いが、現在は他隊に在籍しているオールディスに誰がそこまで明かしているのか、そちらのほうがイルホンにはとても気になっている。
ドレイクが元マクスウェル大佐隊員たちも連れていけとパラディンに言った理由は今でも謎だ。
だが、彼らの乗艦は護衛艦のままだとオールディスから聞かされて、ふと思いついたことがある。
彼らは元砲撃でありながら、護衛の経験もそれなりにある。
ドレイクによると、護衛は軍艦を動かすのがうまい。それがダーナ大佐隊の強さの一因でもあるという。
――もしかしたら、護衛のお手本として元マクスウェル大佐隊員たちも連れていけと言ったのではないか?
そう思いつつもドレイクに訊けないのは、結果がまだ出ていないからだ。
今回、パラディン大佐隊の配置を見たドレイクは、『一隊二役、そう来たか』と面白そうに笑うと、インカムを介して〈旧型〉をパラディンの〈オートクレール〉のいる隊のほうに向かわせた。
予定は未定だが、今日は戦闘終了後、ソフィアで〈旧型〉と〈新型〉二号(仮)を入れ替えることになっている。予定どおりに行けば、今日が〈旧型〉の仕事納めとなるはずだ。
〈旧型〉の最後の仕事が、選択肢の一つだったアルスター大佐隊担当の無人艦を横取りすることにならなくて、良かったと言うべきか悪かったと言うべきか。いずれにせよ、今日もフォルカスはアルスターを罵倒して、〈旧型〉の乗組員たちに理不尽なストレスを与えるのだろう。彼らのためにもアルスターには早く〝栄転〟してもらいたいものである。
「大佐!」
そのとき、ティプトリーがドレイクを振り返って叫んだ。
続く言葉はなくとも、さも褒めてくれと言わんばかりに上気した顔を見ればわかる。
ドレイクは満足げに目を細めると、睨めつけるように中央スクリーンを見すえた。
「動け」
ドレイクが口にしたのはそれだけ。
しかし、それだけで、マシムとシェルドンには充分だった。
そして、非常事態が起こらないかぎり、戦闘中はほぼ手隙のイルホンもグインも、彼らと共に応答する。恐怖と緊張を軽く凌駕する高揚と共に。
「イエッサー!」
護衛艦隊史上、前代未聞のことだが、ヴァラクは自隊の前身を忘れたくないからと、隊名に自らの名を冠することを拒んだのである。
さらに、ヴァラクは乗艦を〝大佐〟用の軍艦に替えることも辞退した。
理由は乗り慣れない軍艦では戦闘力が落ちるからだったが、〝大佐〟用の軍艦でなければ艦名もつけなくていいだろうとそれも拒否した。
――さすがあれが推しただけのことはあるな。まったくもって一筋縄ではいかない。
アーウィンは苦笑いしつつも、その言い分をすべて許した。
かくして、「元マクスウェル大佐隊」では、ヴァラクの階級以外、ほとんど何も変わらなかったのだった。
「ダーナが一日置きに〝七班長〟の執務室に通ってるのも変わらないよな」
アーウィンの背後から、艦長席のモニタを眺めつつヴォルフは言った。
ダーナの部下ではなくなったヴァラクだが、ダーナ大佐隊と元マクスウェル大佐隊の配置も以前と変わらない。あまりにも変わらなすぎて、ヴァラクを〝大佐〟にする意味があったのかと思ってしまうくらいだ。
「変わらないな。あれが直接交流解禁を希望していなかったら変わっていただろうが」
アーウィンが呆れたように薄く笑う。
元マクスウェル大佐隊がダーナの指揮下にあったときはともかく、今は元マクスウェルの執務室は名実ともにヴァラクのものだ。
しかし、アーウィンがあえて何も言わないのは、それで右翼はうまく回っているからだ。結果さえ出していれば、多少不自然な行動をしていても見て見ぬふりをする。というより、もともとあまり他人に興味はない。ドレイクは数少ない例外の一人だ。
(とは言うものの……あそこまで頻繁に会ってたら、やっぱり疑いたくなるよな)
決して口には出さないが、ひそかにヴォルフは苦笑する。
「帝国」において、同性愛は禁忌ではない。
だが、かつて宗主国であった「連合」――ザイン星系に対する反発から、〝帝都〟および「帝国」直轄領では、いまだに同性婚は法的に認められていない。
それは「帝国」軍護衛艦隊司令官の領地であるコクマーも同じで、もしどうしても同性婚がしたければ、同性婚が認められている他惑星に移住するか、養子縁組という古典的手段をとるかしかない。
ダーナとヴァラクが本当にそういう関係かどうかはヴォルフの関知するところではないが、今あの二人に護衛艦隊を抜けられるのは非常に困る。それくらいならダーナが隔日でヴァラクに会いにいっていることなどどうということもない。今のところは。
「問題は……やっぱり左翼か」
ヴォルフは安心の右翼から不安だらけの左翼に注目する。
「連合」の今回の司令官は、前回のような〝変わり者〟ではなかったようで、布陣は前々回までの恒例のものに戻っていた。
ならば、こちらの布陣も前々回までと同じになるはずだが、左翼の後衛――パラディン大佐隊という名の元ウェーバー大佐隊だけは、それ以前と異なっていた。
「パラディンは……自分の隊を二つに分けてるのか?」
アルスター大佐隊が左翼のいちばん外側を陣取っているのはもはやお約束として――やはり今回も「連合」を背面攻撃するつもりでいるのだろう――その内側にいる元ウェーバー大佐隊は、ほぼ等分に自隊を分けていた。ちなみに、パラディンの乗艦〈オートクレール〉がいるのは、そのうちの中央に近いほう――二つのうちのより危険なほうである。
「分けているな。おそらく、右翼が今二隊でしていることを一隊でしようとしているのではないか? すでにアルスターはいないものとして」
アーウィンは軽く答えたが、ヴォルフはあっけにとられて彼を見た。
「は?」
「考えてもみろ。せっかく大佐同士が自由に会えるようにしてやったというのに、今のところ、それを有効活用しているのは、右翼のダーナと〝七班長〟だけだろう。言い出した本人である変態でさえ、まだどことも接触していない。パラディンもその気になればいくらでもアルスターと〝交流〟できたというのに、結局一度もしなかった。同様にアルスターも。どちらも右翼のように連携する気はさらさらないらしい」
「らしいって、他人事みたいに言うなよ。いいのか? それで」
「それで〝全艦殲滅〟できるならいい。そもそも、〝大佐〟同士で連携することなど、これまでほとんどなかった。だが、これから先はそういうわけにもいかない。……と、あの変態は考えているのではないか?」
「これから先?」
「これから先、『連合』がこの宙域に送りこむ艦艇数を増やしてこないとは限らない」
淡々と言われて、ヴォルフは思わず息を呑んだ。
いつだったか、それはドレイクも言っていた。
今のところ「連合」は、あの〝ゲート〟を使って間断なく侵攻することにこだわりつづけている。そのため、この第一宙域に送りこまれる艦艇数は常に約三〇〇〇隻だ。
しかし、他の宙域に向かわせている艦隊と合流させれば、総数はたやすく増やせる。
もちろん、実際にそうなれば、こちらも艦艇数を増やすだろう。だが、この艦隊に三〇〇〇隻以上の敵と戦った経験はない。
「あれがよく言う『無人艦を無駄遣いするな』はまったくもって正論だ。しかし、無能な有人艦を守るために無人艦を使うのも〝無駄遣い〟とは言えないか?」
アーウィンは口角を上げてヴォルフを一瞥すると、モニタに視線を戻した。
今その目が見ている光点は、中央にいるドレイクの〈ワイバーン〉ではなく、左翼にいるアルスターの〈カラドボルグ〉を示す光点だろう。
(無能か……)
瞼を閉じてヴォルフは嘆息する。
ほんの少し前までは、アルスターは有能な大佐の一人と思われていた。
だが、前回の戦闘で、臨機応変に対応できないという弱点が完全に露呈してしまった。
きっと、アーウィンが戦い方を変えなければ、彼は有能なままでいられたのだろう。
この艦隊に、ドレイクが来なければ。
「マスター。ゼロ・アワーです」
いつものように定位置から、キャルが予定行動開始時刻の到来を平坦な声で告げる。
ヴォルフは目を開き、アーウィンはモニタを見すえたまま、一言命じた。
「動かせ」
命令と言うにはあまりにも簡潔すぎる命令。しかし、護衛艦隊旗艦〈フラガラック〉の専用オペレータは正面を向いたまま、詳細を問うことなくいつものように応じた。
「承知しました」
* * *
「まだ〝在庫〟があったんですね」
真顔でイルホンが呟くと、通信席のそばで腕組みをして立っていたドレイクが噴き出して笑った。
「いや、あれはもう〝在庫〟じゃないだろ。たぶん、それ専用に造ったんじゃないかな。やらせることは今までの突撃艦と同じだけど、もっと速度が出るようにして、もっと爆発の規模をでかくする。……飛び散った残骸は、それだけで武器になる」
どこか自嘲めいた推測を聞いてから、イルホンはブリッジの中央スクリーンに目を戻す。
そこに映し出されているのは、前々回まで繰り返されていたのと同じ光景だ。
「連合」の中央に突っこんでは自爆する、無人突撃艦群一二〇〇隻。
右翼の前衛は、すでに「連合」の左翼を砲撃しており、それに呼応するように、中央の無人砲撃艦群――うち一隻は有人の〈新型〉――も砲撃している。
中央にいるこの〈ワイバーン〉の最優先の仕事は、敵旗艦を一刻も早く消すことだ。
だが、無人突撃艦群一二〇〇隻が我が身を犠牲にして中央を削っている間は、下手に近づくことができない。彼らを迎撃している「連合」の〝流れ弾〟に当たってしまう可能性があるからだ。
だから、今の〈ワイバーン〉は、あらゆる情報を集積して、敵旗艦の位置を割り出そうとしている。それはイルホンの右隣、情報処理席に座っているティプトリーの仕事でもあり、彼の白くて細い指は、ピアニストのようにせわしなくコンソールを叩いている。
無人突撃艦群が自らの仕事をやり終えたときには、〈ワイバーン〉とティプトリーは〝答え〟を弾き出し、操縦士のマシムと砲撃手のシェルドンに転送しているだろう。
(しかし、左翼がこうなるとは思わなかったな)
通信席でも、概略ではあるが現況は把握できる。イルホンは自分の手元のモニタに目を向けた。
アルスター大佐隊は予想どおり、いつもと同じ背面攻撃をするようだ。〝在庫処分〟が始まると同時に、大きく迂回しはじめた。
だが、最初から自隊を二つに分けていたパラディン大佐隊は、一隊はアルスター大佐隊よりも内側に、もう一隊は左翼と中央との間に、それぞれ壁を作るがごとく展開した。
その速度は驚くほど速く、動きにも無駄がなかった。もともと元ウェーバー大佐隊は出来のいい隊だったが、今はまるで無人艦のようだ。
(すごいな、パラディン大佐……実質二週間もなかったのに……)
これもドレイクのアドバイスのおかげなのだろうか。
オールディスによると、元ウェーバー大佐隊内の空気は極めて良好だそうである。パラディンの異動に合わせて転属された元マクスウェル大佐隊員たちとも、今は仲よくやっているそうだ。
しかし、彼らが来たせいで、十班から十二班に増えてしまったため、出撃の際には二班が留守番をすることになってしまった。今回は元ウェーバー大佐隊で一班、元マクスウェル大佐隊で一班が留守番だという。
大変興味深いが、現在は他隊に在籍しているオールディスに誰がそこまで明かしているのか、そちらのほうがイルホンにはとても気になっている。
ドレイクが元マクスウェル大佐隊員たちも連れていけとパラディンに言った理由は今でも謎だ。
だが、彼らの乗艦は護衛艦のままだとオールディスから聞かされて、ふと思いついたことがある。
彼らは元砲撃でありながら、護衛の経験もそれなりにある。
ドレイクによると、護衛は軍艦を動かすのがうまい。それがダーナ大佐隊の強さの一因でもあるという。
――もしかしたら、護衛のお手本として元マクスウェル大佐隊員たちも連れていけと言ったのではないか?
そう思いつつもドレイクに訊けないのは、結果がまだ出ていないからだ。
今回、パラディン大佐隊の配置を見たドレイクは、『一隊二役、そう来たか』と面白そうに笑うと、インカムを介して〈旧型〉をパラディンの〈オートクレール〉のいる隊のほうに向かわせた。
予定は未定だが、今日は戦闘終了後、ソフィアで〈旧型〉と〈新型〉二号(仮)を入れ替えることになっている。予定どおりに行けば、今日が〈旧型〉の仕事納めとなるはずだ。
〈旧型〉の最後の仕事が、選択肢の一つだったアルスター大佐隊担当の無人艦を横取りすることにならなくて、良かったと言うべきか悪かったと言うべきか。いずれにせよ、今日もフォルカスはアルスターを罵倒して、〈旧型〉の乗組員たちに理不尽なストレスを与えるのだろう。彼らのためにもアルスターには早く〝栄転〟してもらいたいものである。
「大佐!」
そのとき、ティプトリーがドレイクを振り返って叫んだ。
続く言葉はなくとも、さも褒めてくれと言わんばかりに上気した顔を見ればわかる。
ドレイクは満足げに目を細めると、睨めつけるように中央スクリーンを見すえた。
「動け」
ドレイクが口にしたのはそれだけ。
しかし、それだけで、マシムとシェルドンには充分だった。
そして、非常事態が起こらないかぎり、戦闘中はほぼ手隙のイルホンもグインも、彼らと共に応答する。恐怖と緊張を軽く凌駕する高揚と共に。
「イエッサー!」
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