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砲撃のパラディン大佐隊編(【05】の裏)

259【挨拶回りの前後編11】最後の挨拶

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【パラディン大佐隊・第三班小会議室】

 副班長が出ていった後も、テーブルで頭を抱えていた三班長・プライス。
 突然、小会議室の自動ドアが開き、驚いて顔を上げる。

エリゴール
「本当にまだここにいたんだな。辞める前にやることはいくらでもあるだろうが」

プライス
「な、何で……!」

エリゴール
「俺がここを開けられるのか、か? 大佐が一時的に許可を出した。今の俺は、隊内にあるほとんどの施設は生体認証だけで出入りできる。ここみたいに、たとえロックがかけられててもな」

プライス
「……何をしに来た」

エリゴール
「ちょっと前に、大佐がメールを出したはずだが……携帯電話は充電切れか?」

プライス
「いや、電源を切っているだけ……大佐がまたメール?」

エリゴール
「今日の午前中、ドレイク大佐が大佐の執務室に来たのは知っているか?」

プライス
「いや……俺は聞いてない……」

エリゴール
「そうか。そういやあんた、今朝のミーティングは無断欠席してたっけな。じゃあ、結論から先に言うが、あんたが大佐の執務室に行く時間が変更になった。一時間繰り上がって十三時だ」

プライス
「え、ええっ!?」

 プライス、あわてて携帯電話の電源を入れて、メールを確認する。

プライス
「本当だ……どうして……」

エリゴール
「まったくもって大佐の勝手な都合だ。ドレイク大佐と直接会って、また何かろくでもないことを思いついたらしくてな。十四時から作戦説明室で班長たちに話をするそうだ。だから、あんたの件は前倒しでケリをつけたくなったらしい」

プライス
「そうか……でも、何であんたがここに……?」

エリゴール
「俺は大佐の使いだ」

 エリゴール、プライスの対面の椅子に座ると、小脇に抱えていたブリーフケースを開けて、書類をテーブルの上に並べ出す。

プライス
「これは……?」

エリゴール
「退役届だ。見本もある」

プライス
「え……?」

エリゴール
「簡単な二択だ。今ここで退役届を書いて大佐に渡すのと、大佐の目の前で退役届を書くのとどちらがいい?」

プライス
「……ここのがマシだな……」

エリゴール
「意見が一致して何よりだ。予備は何枚か用意したが、移動のことを考えるとあまり時間がない。できれば一発で書き上げろ」

プライス
「はあ……」

 エリゴールの勢いに押されて、白紙の退役届に手を伸ばすプライス。
 見本に書かれている退役理由は自己都合。退役の日付は今日。
 プライスは深い溜め息をついてから、自分の上着からペンを取り出し、退役届に書きこみはじめる。

プライス
「……少しだけ、無駄話をしてもいいか?」

エリゴール
「少しだけなら。あと、無駄かどうかは俺が判断する」

プライス
「そうか。……なら話すが、ウェーバーが〝栄転〟になる前、俺は三班第一号で副長補佐をしていた。と言っても、特に何の仕事があるわけでもない。しいて言うなら、雑用係みたいなもんだった。だから、あの出撃の日、たまたま風邪を引いて寝こんでいた俺に、這ってでも搭乗しろと言う人間は一人もいなかった。そして……三班第一号は乗組員ごと、基地には帰ってこなかった」

エリゴール
「……命拾いしたな」

プライス
「そうだな。命拾いした。でも、あのには、ウェーバーに反感を持っていた人間も少なからず乗っていたんだ。ただ、班長がウェーバー派だったばかりに、そのまま道連れにされちまった」

エリゴール
「副班長艦もそうか?」

プライス
「そうだ。今の副班長は、別ので副長をしていた。……二班、九班、十班も班長艦が戦死したが、副班長艦まで戦死したのはうちの班だけだ。……他の班よりも、圧倒的に人材不足なんだ」

エリゴール
「なるほどな。道理での練度がバラバラなわけだ」

プライス
「俺自身は本当に、班長としての悔いはない。そもそも、真の意味で班長じゃなかったしな。ただ、この先この班がどうなるか、多少心配ではある。まあ、俺がそんな心配しなくても、大佐やあんたが何とかしてくれるんだろうが……」

エリゴール
「……書き終わったか?」

プライス
「え? あ、ああ……」

エリゴール
「じゃあ、折りたたんで封筒に入れろ。封はしなくてもいい。これからまっすぐ大佐の執務室に行くぞ。ちなみに、昼飯はまだ食ってないのか?」

プライス
「あ、ああ……でも、食欲がない……」

エリゴール
「だったら、退役届を出した後、食欲が出たら好きなだけ食え」

 エリゴール、予備の退役届をブリーフケースの中に戻して、さっさと立ち上がる。
 プライスは、あわてて自分の退役届を上着の内ポケットにしまいこみ、椅子から腰を上げる。

プライス
「あんたはもう昼食は済ませたのか?」

エリゴール
「……さっき、クッキー三枚食った」

プライス
「ええ?」

 エリゴールが自動ドアを開けると、班員たちが立っていて、プライスは思わず驚きの声を上げる。

プライス
「おまえら……いったいどうした?」

第三号艦長
「いえ……元四班長に、ここで待っているように言われまして……」

第四号艦長
「ハミルトン……いや、二号の艦長以外は、全員そろっています」

プライス
「全員……?」

 怪訝に思ってプライスが班員たちの顔ぶれを見直すと、全員艦長。
 少し離れたところに、気まずそうな顔をした副班長・クライン(第六号艦長)と、まだ事態を把握できていない班長艦の副長・ホフマンが立っている。

エリゴール
「何だ、肝心なのが来てないのか。まあ、来てないものはしょうがない。……三班長。ここの班長として、最後に言うべきことをこいつらに言え。もう時間がないから端的にな」

プライス
「言うべきこと……」

 プライスは改めて艦長たちの顔を見渡し、覚悟を決めたように口を開く。

プライス
「今まで黙っていて悪かったが、俺は今日付で退役する」

艦長たち(副班長除く)・副長
「え……ええっ!?」

プライス
「退役理由は……俺がここにいたくないからだ。もうこれ以上、自分の無能を思い知らされたり、他人に無能だと思われたりしたくない。……それがすべてだ」

艦長たち(副班長含む)・副長
「班長……」

エリゴール
「というわけで、俺は今から三班長を大佐の執務室に連れていく。その後、どうするかは三班長しだいだ。それから、次の班長が決まるまでは、そこにいる副班長が班長代理ということになる。一応言っておくが、あくまで代理で班長じゃない。……忘れるなよ?」

副班長・クライン
「……はい。重々承知しています」

エリゴール
「では、もう行くか……」

 エリゴールがそう言いかけたとき、長身痩躯の男が一人、猛スピードでこちらに向かって駆けてくる。

第四号艦長
「あ、ハミルトン」

第五号艦長
「あいつがあんなに必死こいて走ってるの、初めて見たな……」

第二号艦長・ハミルトン
「ま、間に合ったーッ!」

第四号艦長
「いつもギリギリ」

第五号艦長
「崖っぷち人生」

エリゴール
「昼飯時に悪いな」

第二号艦長・ハミルトン
「いえ! そんな! お目にかかれて光栄です!」

 ハミルトン、プライスにはまったく見向きもせずに、エリゴールに対して敬礼をする。

第四号艦長
「わあ……まるで憧れの教官を前にした訓練生のような……」

第五号艦長
「あいつにもそんな純真なところが残ってたんだな……」

第七号艦長
「いつも思うが、班長隊のハミルトンに対する扱いがひどい」

第八号艦長
「たぶん、副班長隊にいたら、同じ扱いされてただろ……」

エリゴール
「じゃあ、三班長。第二号艦長にも言うべきことを言ってやれ。端的にな」

第二号艦長・ハミルトン
「え? 班長? いたんですか?」

プライス
「……すまなかったな」

第二号艦長・ハミルトン
「え? 何がです?」

プライス
「おまえが班長だったら、この班は二回も連続で〝留守番〟にはならなかった」

第二号艦長・ハミルトン
「それは班長の買いかぶりですよ。俺は誰かの下で好き勝手やってるほうがいいです」

 プライス、苦笑して。

プライス
「……それだけは本音だな」

第二号艦長・ハミルトン
「へ?」

プライス
「元四班長。言うべきことはもう言った。……あとは頼む」

エリゴール
「そうか。なら、行くぞ」

第二号艦長・ハミルトン
「え! 元四班長! もう行っちゃうんですか!」

エリゴール
「ああ、行く。昼時に悪かったな。もう戻っていいぞ」

副班長・クライン
「了解です! ……お疲れ様でした!」

 ハミルトン以外は、敬礼してエリゴールとプライスを見送る。

第二号艦長・ハミルトン
「えー、昼飯ほっぽり出して走ってきたのに……何だよ?」

 同僚たちの白い目に気づいて、不快そうな顔をするハミルトン。

第四号艦長
「おまえが部下だったら、俺でも退役考えるわ……」

第二号艦長・ハミルトン
「何でだよ。っていうか、元四班長が来てるって、もっと前に教えろよ! まともに自己紹介もできなかったじゃねえか!」

第五号艦長
「もう充分覚えられてるよ。……〝死んだふり〟してた艦長として」
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