闇獣シリーズ【R18】

有喜多亜里

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淫獣(いんじゅう)

02 ファミレス

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 皓一がコーヒーと一緒にラーメンを注文したとき、男は信じられないような顔をした。

「なぜ、ここでラーメンなんだ?」
「日本では、小腹が空いたらラーメンっていうのが定番なんだよ。だいたい、ここでラーメン食おうがパフェ食おうが、俺の勝手だろ」
「まあ、確かにな」

 男は小腹は空いていなかったのか、コーヒーだけを注文した。
 時間帯のせいか価格帯のせいか、そのファミリーレストランに客は数組しかいなかった。黒ずくめの外国人(サングラスつき)とブレザー姿の高校生の二人組は、周囲にはさぞかし奇異に見えていたことだろうが、皓一はまったく気にも留めていなかった。

「俺はあえて自己紹介はしないけど、あんたは何者なんだ?」

 先に届けさせたコーヒーを飲みながら訊くと、男は苦笑いして自分もコーヒーを飲んだ。

「名前を答えても無意味だな。……俺ははぐれ使い魔専門の〝回収屋〟だ。ほとんどの場合、魔道士のギルドから依頼を受けて回収してるが、ギルド以外から依頼を受けることもある。たとえば、ギルドに属してる魔道士から直接とかな」
「ギルド……組合みたいなもんか?」
「そんなもんだ。ただし、他にも同じようなギルドはある」
「じゃあ、あんたはこれヽヽを回収しにきたのか?」
「いや? 俺ははぐれ専門だって言っただろ。飼い主に従っている使い魔は対象外だ」
「俺はこいつを飼った覚えはないんだけどな」
「経緯はどうあれ、今はあんたのところでおとなしくしてるだろ」
「おとなしくはしてないぞ。毎日うるさい」
『いつまでマキノと話をしている! 対象外ならさっさと帰れ!』
「ほらな。……人目があるから、ここにいる間は黙ってろ」
『……わかった』
「さっきも思ったが、ずいぶん流暢に人語を話すな。それだけ話せる使い魔に会ったのはこれが初めてだ」

 ――そう言うあんたも、ずいぶん流暢に日本語話すよな。
 皓一は思ったが、今は話を先に進めたかったので、口には出さなかった。

「最初はこいつも片言だった。こいつの本当の飼い主が回収しにきたら、いきなりこんなに人並みにしゃべれるようになってた」

 皓一が〝奴〟――名前はあったのだろうが、皓一は知りたくなかったし、奴もいまだに名乗ろうとしない――と初めて会ったのは、今から約二ヶ月前の夜、自分の部屋の中でだった。
 たまたま雨戸を閉めていたため、部屋の中は完全な暗闇状態になっていた。その中で奴はファミレスではとても言えないことを皓一にしようとしたが、皓一が苦しまぎれにベッドライトをつけたところ、即座に退散した。
 ところが、それから一ヶ月以上も経った夜、奴は再び現れた。しかも、今度は救い主として。
 普段は通らない土手っぷちで、偶然行きあってしまった中学時代の先輩(男)に、やはりファミレスではとても言えないことを皓一がされかけたとき、実はあの日から皓一の陰に潜んでいたという奴が出現し、その先輩にファミレスでなくても言えないことをして、結果的に自殺へと追いこんだ。
 それからまもなく、奴の創造主にして本当の飼い主である魔道士が、いっこうに戻ってこない奴を回収すべく、皓一の通う高校に潜りこんできた。いったい何のつもりだったのか、可愛らしい女子高生の姿をして。
 そして、どうしても皓一から離れたがらない奴に業を煮やし、自分の他の使い魔を使って皓一を殺そうとした。

「本当の飼い主か。自分の意思で別の飼い主を選んで、その飼い主を守るために元の飼い主を殺した使い魔に会ったのも、これが初めてだな」
「そこまで知ってるのか」
「単純な推定だ。……主をなくした使い魔は、弟子か後事を託された魔道士が引き取るのが慣例だが、あんたの使い魔は困ったことに〝兄弟〟たちにも自由を与えてやっていた。まあ、何とか全部回収されて、今はギルドの特別製の檻の中に入れられてるがな」
「最終的に、その使い魔たちはどうなるんだ?」
「あの魔道士には、弟子も仲間もいなかったからな。たぶん、そのままギルド専属の使い魔にされちまうだろ」
「その場合、誰が飼い主に?」
「しいて言うならギルド長だが、実際は使い魔専門の〝飼育員〟かな。ただし、そういう使い魔の全部が全部、ギルドの思いどおりになるとは限らない。ギルドに従わない使い魔は、たとえどれほど優秀でも処分される」

 そのとき、皓一が注文していたラーメンが運ばれてきて、会話はいったん中断された。

「で、用件って何?」

 皓一がそう促したとき、ラーメンは三分の一ほど減っていた。

「ああ。単刀直入に言うと、あるはぐれ使い魔を回収するのを手伝ってもらいたい」
「は?」
「この使い魔には、飼い主の魔道士がいる。使いに出したが戻らないので捜してみたら、面倒なことになっていた。それで自分で回収はせずに、直接俺に依頼してきた」
「どこかで聞いたような話だな。自分で回収しようとしなかったところは違うが」
「そうだな。魔道士としては無責任かもしれないが、ある意味、良識があるとも言える。……その使い魔は、人間の子供を連れ歩いていた」

 箸で麺を持ち上げていた皓一は、そのままの体勢で固まった。

「何?」
「あんたのケースのように、その子供を気に入ったのか、それとも、俺たちに追われたときのために人質として連れ歩いているのか、そこまではわからない。その魔道士の話では、人語はしゃべれないが、中学生並みの知能はあるそうだ」
「中学生並みって……中学生にもピンからキリまであるだろ」

 そっけなく言い、ようやく麺をすすりこむ。

「確かにな。で、その人間の子供のほうだが、十歳前後の白人の少年らしいってことしかわからない。いつどこでどんなふうにさらわれたのか、いっさい不明だ。まあ、こう言っちゃ何だが、行方不明になる子供なんて、世界中いくらでもいる。だから、こちらがすべきことは、とにかくその使い魔から子供を引き離して警察に預け、使い魔はその魔道士のところに連れ戻すことだ。ただし、使い魔のほうは、回収が不可能なら殺してもいいと許可はとってある。……一度でも主の命令に逆らった使い魔は、その時点でもう〝使い魔〟とは言えないからな。どうせ処分することになるんなら、他人にさせたほうが楽だと考えたんだろ」
「……その使い魔が、子供を連れ歩いてることがわかってから、何日経ってる?」

 皓一がそう訊ねると、なぜか男は嬉しそうに口角を上げた。

「頭のいい訊き方をするな。……今日で十一日目。ちなみに、俺がその魔道士から依頼を受けたのは七日前だ」
「約十日か。それだけあったら、その使い魔が子供から離れたときもあったんじゃないのか?」
「え?」
「食事だよ」

 笑いながら、箸でラーメンの器を二回叩く。

「使い魔も子供も、食事はしなけりゃならないだろ。その使い魔が人型をしてないんなら、どこかに子供を閉じこめておいて、その間に外に食料を調達しにいかなきゃならないと思うんだがな。でも、それならその使い魔が出かけるのを待って、先に子供のほうを〝回収〟しちまえばいい。……いったい何が問題になってる?」

 男は唖然としていたが、また口元に苦笑いを浮かべた。

「なるほど。さすが、あれを飼い馴らしただけのことはあるな」
「だから、俺は飼っちゃいないって」
「確かに、その使い魔は人型をしていないし、人型もとれない。だが、たった一つだけ、普通の使い魔にはまずない能力がある」
「能力?」
「……主の召喚なしに、瞬間移動ができる」
「え? 使い魔って、召喚されないと瞬間移動できないのか?」

 メンマを口に入れようとしていた皓一は、思わず手を止めて問い返した。
 皓一が知っている使い魔は、奴とその兄弟と先ほどの黒猫くらいだが、自分の意思で瞬間移動できるものだと何となく思いこんでいた。

「基本的にはな。用が済んで帰還させるときも同じだ。一口に使い魔といっても千差万別だが、魔道士に使役されるような使い魔は、たいていその魔道士の家で、檻のような密閉空間に閉じこめられている。そこから出られるのは、主に召喚されたときと、主以上の魔力を持ったものに封印を解かれたときだ」
「ということは、その使い魔は、子供を連れて空き巣狙いを繰り返してるのか?」

 そう言って、メンマを口の中に放りこむ。

「高校一年生にしておくには惜しいほど察しがいいな。だが、その使い魔のほうが少しだけ悪質だ。……どの家が無人かもわかるらしくてな。留守の家から食料やら服やら必要な物を盗み出して、空き家に運びこんでいる。その空き家を突き止めるのにも時間がかかるし、何とか突き止めて踏みこもうとすれば、瞬間移動して逃げられる。子供連れだから、それほど遠くへは移動できないようだが、それでもどこに移動したかはすぐにはわからない」
「確かに悪質。悪い〝中学生〟だな」
「まったくだ。一応プロの俺が回収を手伝ってくれと頼みにきたのもわかるだろ、賢い高校生」

 自分でも情けないとは思っているのか、〝回収屋〟は自嘲するように笑った。

「闇の中でしか実体化できないが、闇から闇へと自由に移動できる。……そんな使い魔は、俺が知る限り、あんたの使い魔しかいない」
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