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第壱章:室戸/ミサキの事情*

#011:意外な(あるいは、アオナギの過去)

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 その後もDEPのネタになりそうなことを犯罪にならない程度にひと通りやってみた。けど、本当に意味あるかは不明。

 そうこうする内に、辺りは薄闇に包まれようとしていた。やってみて初めてわかったことだけど、ここ井の頭公園には様々なパフォーマーのみなさんがいて、我々が突飛なことをやっていても案外目立たない。どころか、ほぼ無視されていた。おそるべし。

「ま、やるだけのことはやったってことでよう、そろそろ飲みに繰り出すとしねえかい、相棒、室戸ちゃん」

 大して動いていないが汗だくの丸男が、地べたにぺたりと尻をつけながら言う。

「そうだな、今日は『レビーズ』に行くかね」

 アオナギが駅前のバーレストランの名前を挙げる。そしてしゃがみこんで煙草に火をつけると、そのままの姿勢でふかし始めた。

「ちょっと気になっていたんですけど」

 僕も結構疲れたので、その隣に腰を下ろす。下は土がむき出しだが、まあ構わない。この人らに付き合っていると、細かいことがどうでもよく感じられてくる。そしてこの際だから聞いてみることにした。

「お二方は、何でこの業界に入ろうと思ったんですか?」

 まあ聞くだけ無駄&野暮かも知れないけど。と思っていたら、意外なことをアオナギは語り始めた。

「入ろうと思って入ったわけじゃねえよーう」

 池の方に目をやりながら、ため息をつくようにアオナギはつぶやく。鼻と口から紫煙が力無くたなびく。

「今でこそ自由を謳歌する一介の倚士きしだが、その昔は小さい商社で営業をやってた。金属系に強い……まあもう大手に吸収されちまったようだが」

 意外。ちなみに「倚士《きし》」とは、ダメを生業にする者のことだそうです。いらん知識とは思いますが。

「……どうやってもソリが合わなかった。客とも、上司とも。そして一回ダメのレッテルを貼られちまったら、もうそいつは会社人としてはおしまいよ。どうでもいい部署に回されたが、一年も経つ前にやめちまった。その後も色々勤めてはみたものの、ことごとくダメだった。決定的に社会人として俺はダメだったんだ」

 言いつつアオナギはジャージのポケットから携帯灰皿を取り出すと、そこに吸殻を押し付け収めた。そういうとこは妙に常識人ですね。

「そんな時、この相棒に誘われたんだ。『天下を獲りやせんか』ってな」

 丸男がこちらを向いて汚いウインクをしつつ親指を立ててくる。ダメキャリアはアオナギが上かと思ってた。そして口調は昔から定まっていないな。

「最初の対局で俺は震えた。クソみたいな自分の過去をさらけ出しただけで、万雷の拍手が振って来やがったからだ。金も名誉も振って来たんだ。そんなの信じられるか? 予選を通過する勝ちが決まった時、俺は恥ずかしい話だが号泣しちまったよ。こんな世界も、こんな俺を受け入れてくれる世界もあるんだってな」

 何だろう、ちょっとグッと来る話だ。「恥ずかしい」「号泣」というワードで脳内検索すると、先だってのボイヤスでの丸男の狼藉がヒットしてしまうけど。

「そろそろ行こうぜ、体冷えてきちまあよぅ」

 その丸男がぶるぶる体を震わせる仕草で立ち上がる。じゃあ羽織るものでも持ってこいよ、とは思うが、何だろう、もしかして妙な間を避けようと気を遣った体なのかいやそんなこともないか!

 僕らはほうほうと駅前のレビーズに向かうのだった。

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