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第壱章:室戸/ミサキの事情*
#017:珍妙な(あるいは、ナイトメア・ビフォア・ザ・スクリーム)
しおりを挟む「ミサキぃぃぃぃ」
波打ち際。僕は素足で白い砂浜に立っている。エコーを伴って響いてくる呼び声。誰だろう、僕を呼んでいるけど。もしかしてお母さん?
「こっちよぉぉぉ」
眩しい。海面も、砂の粒も、瞬くように輝いて見えている。うまく焦点を合わせられないよ。僕はなぜか重く感じる自分の体を何とか動かし、こっちと呼ばれた方に顔を向けて、その声の主の姿を見ようと目を凝らしてみる。
「ミサキぃぃぃ」
女性のようだ。長い髪、そして細身の体には、何というかギリシャっぽい、神々とか天使が来ていそうな白く長い布を巻きつけたような服を纏っている。母ではない。でもいったい誰だ?
「ぺ……ぺ……」
しきりに「ぺ」、と繰り返しているけど何が言いたいんだ? 水しぶきと砂埃を巻き上げつつ駆け寄ってくるその謎の女性の顔にやっとのことでピントが合った。その瞬間、
「ぺぺぺぺ、ぺぺぺ、ペッカリちゃん、よっ!」
どぎついメイクを施したアオナギの顔が間近にあった。人間不思議なもので驚愕と嘔吐感を同時に感じると叫び声は出ない。半歩後ずさると、僕はその衝撃的なビジョンに倒れ込みそうなところを危うく踏みこたえた。
「な……」
何ですか、と問おうにも声は出ない。何かというのを聞きたくもないこともあるけど。
目を逸らしたいが逸らすと何が起きるかわからないので硬直のままでいた僕の左肩を何かがつつく。何だ?
「かしゅぅぅぅぅ★なっつどぇぇぇぇぇぇぇぇっす」
いきなり眼前に迫る丸い凶悪面。丸男だった。いや正確に言うと、丸男のような何かだった。巨大な顔面はピンクをベースに彩られ盛大なお祭り騒ぎが催されている。首から下の巨体は、何故かフリルとリボンがふんだんにあしらわれた美少女戦士のようなセーラー服に包まれていた。
「うわあああああああああああああああああああ!!」
ついに出た絶叫。と共に体が起き上がる。あれ? 寝てたのか、僕の体は。
「あああああ……」
絶叫の余韻のまま、ようやく現世と思われる場所に覚醒した僕は、そこが一瞬どこかわからなかった。物のあまりないシンプルな部屋。しかし広い。クリーム色の壁紙に黒いソファ。大きな窓からは日の光が差し込んできていて、その前に立つ人の輪郭を神々しく照らし出していた。
「どうした? 悪い夢でも見たか?」
カワミナミさん……だった。下着に何か羽織っただけの姿でコーヒーと思われるものが入った白いカップを手にしている。ここは彼女の部屋? 一瞬後、僕は自分がパンツ一丁の姿であることを自認した。カワミナミさんはそれを見て、
「昨日はずいぶん激しかったな」
そう言った。
僕の、二度目の絶叫は、いろいろな感情が入り混じっていて自分でも説明できそうにない。
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