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第壱章:室戸/ミサキの事情*

#029:既出な(あるいは、名は体)

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「ちょいと休憩入れるぜ」

 東北道、那須高原SAまで車は快調に飛ばしてきた。

 深夜2時。昼なら山々に囲まれた雄大な景色が望めるだろうけど、今は当然とはいえ暗闇が全方位から迫るかのようで。でも空気はひんやりとして気持ちいい。いや、寒いくらいか。

 僕はジョリーさんから借りた真っ赤なダウンを羽織ってひとまずトイレに向かう。個室で座ってふーっとひと息。揺れる車内でずっと手元を凝視していたから結構疲れた。瞼をぎゅっと瞑ってから、両手指でゆっくりと眼球をマッサージする。ジョリーさんに筋がいいと言われて悪い気はしてないけど。

「ムロっちゃぁぁぁん。コーヒー買っといたわよぉぉ」

 用をたして表に出た僕に声がかかる。派手なパールホワイトのロングコートは、遠目からでもすぐわかるな。僕は小走りでそちらに向かい、ジョリーさんに礼を言うと、差し出された湯気の立つ紙カップに口をつけた。ふう、あったまる。

「おうおう、なーんか腹に入れとかなくていいのかよぉ、まだまだ先は長いぜぇ」

 丸男はすでにラーメンを立ったまますすっていたが、車中でもいろいろ食べてただろうが。食い続けてないと死ぬのか?

「もうちょいと休んでいっていいか? そこのテーブルにでも」

 一服してきたらしいアオナギがジョリーさんからコーヒーを受け取り、屋外に設置された丸テーブルを示す。異論はない。

「おっと皆の衆、ちょいと聞いておくれよぉ……重大なことを忘れてたぜぇ」

 安っぽい作りの椅子に腰掛けて一息ついていると、めずらしく真剣な表情で丸男が切り出してくるけど。何だ?

「名前だよ、名前。メイドの格好すんなら、そんでアイドルならば、それなりの名前を名乗らずばなるめえ」

 椅子からこけそうになった。どんな発想だよ。そして非常にいやな予感が僕の脳髄を貫いた。

「……そいつはぁ言われてみればだな。少年には『ミサキ』っつー立派な源氏名があるからいいとして」

 アオナギがふんふんと頷きながら同意する。まあもう好きにしてください。源氏名ではないけどな!

「兄弟は『碧薙アオナギヨリヨシ』……俺なんか『藤堂トウドウヨシヒデ』。ヨシがかぶっている上にこんな重い名前じゃ、やっぱそぐわねえわなぁ」

 いや、立派な名前持ってるじゃないか。意外に古風だし。

「『碧薙』……『ヘキカリ』って読めるよな。『へキカリ』……『ペキカリ』……『ペッカリ』!!」

 言いつつアオナギは丸男とこれだ! といった感じに指と指とで差し合うが、いやどんなセンス。

「決めた。俺はペッカリちゃんでいく」

 そう毅然と言い放つアオナギだが、何ていうか、いやな既視感。

「『佳秀ヨシヒデ』は『カシュウ』。『カシュウ』……『カシュウ』……」

 丸男も考えを巡らせているようだが、もうわかったよ。僕の負けだ。

「『かしゅうなっつ』なんてどうでしょう。何て」

 諦めがちな真顔でそうつぶやいた僕に、差される「それだ」の指三本。

「かしゅぅぅぅぅぅ、なっつどぇぇぇぇぇぇぇす!!」

 そしてその場で内股の謎ポーズを決める丸男。認めよう、あれは予知夢だった。こうなることは運命だったのだと。脱力感に包まれた僕を乗せ、車は再び北へ向けて走り出すのであった。
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