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第壱章:室戸/ミサキの事情*

#033:厳正な(あるいは、殺しの仮免許証)

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「は? 何と?」

 上っ面笑顔を保ちつつも怪訝な表情を見せる為井戸に、思い切り聞き返された。

「え、えーとですね、自分とその、ダメ勝負を一局お手合わせというか……」

 少し勢いを削がれてしまった僕だが、アオナギが助け舟を出してくれた。

「この少年は俺らと組んで『溜王』に出る室戸だ。実戦はまだだが、対峙してその才気は伺えるだろ? そして……落ちてるカネは拾う主義だそうだ」

 まあ……まあ大体そんな感じですが。

「ふっ、は! ……七段、あなた相当ヤキが回っているようですね。ド素人連れて『溜王』? そんなドリームを真に受けて本当にやろうとでも? 面白いヒトだぁ」

 でもこいつの喋り口はどうにも気にいらない。

「少年の凄さが判らないたぁ、お前さんもエセなんだろう。……こっちからも十万出す。次の対局に勝った方が総取り。それでどうだい、為井戸『新』四段」

 いやに冷静にアオナギが切り出す。いやいやいや、責任重大じゃないですか。落ちてるカネどころじゃなーい。

「……いいでしょう。私も先ほど対局を受けてもらいましたし、落ちてるカネは拾う主義ですからね。それに私こそが王道。エセではない。そこの認識を間違えるな」

 最後、気に障ったのか? 少し本性を覗かせた為井戸は席に座りなおすと、僕にもそう促してくる。

「……少年。例のフォーメーションデルタで行け」

 席を代わり際に耳元でそうアオナギに囁かれた僕だが、そんな打ち合わせ毛頭してませんよね? そのことを告げかけると、おおーまあ適当にやっといて、よろしくーと無責任な中間管理職のように手刀を切って隣のボックスへ移っていった。どうする?

「さっさと始めますよ。バングルをしてください」

 少し苛ついた様子の為井戸が、タブレットを操作し先ほどの対局画面を表示させる。為井戸が打ち込んだのか、<muroto  0勝0敗 R1000>と、僕の方にはそっけない文字数字が現れていた。

<レート差こんなにあっても対局組まれんのかー>
<タメイド瞬殺じゃねww>
<これリアル対局だから??これもこれでオモシロ>

 何か、注目されているとなると少し緊張する。そしてリアルではのっぴきならないカネが賭かっている不穏な状況なのだよ、チャット欄の諸君。

「テーマ:『恋の話 略してコイバナ』」
 
 テーマ本当にランダムなのか? いささか偏ってる気が……

「……先手どうぞ」

 さっきの対局とは違い、まるでやる気の失せている為井戸。僕は先ほどの二人がやっていたようにタブレットの「着手」ボタンに触れた。まあ、とりあえずあの事を話しておくか。

「『告白したらその日の内にLINEで晒されて、クラスの主だった女子達による<ムロトをどうにかする会>というグループが立ち上げられ、自分の知らないところで朝まで討論会が続いた』」

 だらだらと喋ってしまった。そして有段者の二人と違って何かキレが無いな。自分でやって初めてわかることだった。これも勉強の内と思うことにしよう。だが、

「え……がっ……!!」

 ふと前に座る為井戸に目をやると、なぜか真っ青になってがたがた震えていた。先ほどよりも大量で粘りがありそうな汗が顔面を滴り落ちている。どうした? その目線の先にあるタブレットの画面を僕も目で追う。

<先手、12,672pt>

 そこに示された数字は五桁。あれ、さっきは600とかだったような……急にしんとなった周りを見渡すと、丸男とジョリーさんも目を見開いてがたがた震えだしていた。アオナギ一人、笑いを噛み殺しているけど。なにこれどういうこと?

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