上 下
35 / 100
第壱章:室戸/ミサキの事情*

#035:美麗な(あるいは、どえらけねゃあ)

しおりを挟む

 そんなこんなでファミレスを後にした我ら一行は、仙台市内、新幹線の駅からはやや東に行ったところの海鮮居酒屋(ジョリーさん推薦)にて魚市上がりの新鮮な魚介をたらふく食したわけで。為井戸から奪った万札を惜しげもなく切りまくり、最高級の中トロなどをしこたまいただいたおかげで、僕らはかなりこの旅の目的を忘れかけているのであった。

 そして案の定、面々は朝からこれでもかというくらい酒をカッくらい始め、昼過ぎまで浴びるように飲みに飲んでぐずぐずに酔っぱらった後、わいは温泉に入るんや、温泉つかってパクイチ(一泊のことらしい)決めるんや、というアオナギの駄々に付き合い、駅から徒歩9分の温泉旅館に腰を落ち着けたのだった。

 水曜午後四時。貴重な半日が浪費され、今まさにそれが丸一日に伸びようとしていたのであった。

 足元の覚束無いアオナギと丸男を何とか引きずるように旅館の一室に運び込んだ僕とジョリーさん(相当量を飲んだはずだが、全くのザルだそうで)は、せっかく広いスペースが確保出来たこともあり、衣装を広げて仕上げをしましょうということにしていた。

 小体な庭が望める座敷間は十五畳くらいあり、開放感がこの上ない。その隅の方にぐだりと体を投げ出すように寝ている酔っ払い二人を尻目に、僕らは車から運んできた荷物をせっせと解いて支度を始めたわけで。何かもう僕の方も手馴れてきた感がある。

「ムロっちゃんはほんと筋がいいわぁん。『溜王』終わったらアタイの店、手伝いにきてほしいくらぁい。バイト代はずむわよぉん」

 喋りながらもジョリーさんの手さばきは早い。ちゃっちゃか布と布をミシンで縫い合わせていく。ものの一時間くらいで、ワンピースの形になってきた。すごい。

「ま、ざっとだけどこんな仕上がりぃー。あとは体に合わせて調整してくわぁん。ムロっちゃん、ちょっと着てみてよぉん」

 え。ここで着るんですか?

「恥ずかしがることないわよぉん、同性同士、ね?」

 はは、同性同士、ね。でもせっかくだから体にぴったりの衣装で戦いには臨みたい。僕は思い切ってタンクトップ・ボクサーブリーフ姿になると、出来上がったばかりのワンピースを身につけた。背中のファスナーをジョリーさんが締めてくれると、収縮性が少しあるそのワンピースは、僕の体に吸い付くようにジャストフィットした。おお。

「ばっちりねぇん。見立て通り。せっかくだから一式、着けてみたらどおぉん?」

 ジョリーさんの勧めで、エプロン・ウィッグ・カチューシャ・シューズを身につけていく僕。こんな服着るの初めてだけど、何か自分が変身していく感じ……悪くないな。

「いいぃーんじゃなぁい? 何かそこらのコスプレ女よりいけてるぅぅ」

 ぱちぱちと手を叩くジョリーさん。姿見の前に連れてこられ、変貌を遂げたと思われる自分の全身と対峙する。

「……!!」

 これが……ワタシ? と思わずつぶやいてしまうほど、変わりに変わった僕がいた。これはもう本当に変身だ。赤毛ショートカットのメイドがそこにはいた。ワンピースの布地の質感もやはりこれしかないといった感じのハマりかただ。決して安っちくない。イメージ通り。まさかここまでの出来にしてくれるとは。

「仕上げはメイクね。ムロっちゃん肌きれいだしぃ、ノリよさそげぇぇ」

 ジョリーさんが何やらメイク道具か? 一式取り出してくるけど、ええー化粧なんて初めてだ。初めてづくし。

「下地で毛穴つぶせば、いいぃ感じになると見たわぁん。……こうして、こうと」

 メイクさばきも鮮やかだ。僕はされるがまま。顔面に感じる新鮮な刺激に、おおぅおおぅと驚くばかりだ。

「人間、目の印象でがらりと変わるものよぉん。ムロっちゃんは一重でちょっと細めだけど、そういう方が激変するの、さぁて、盛るに盛るからねぇん」

 腫れぼったいとよく言われる目ですが、大丈夫でしょうか。ジョリーさんの手で、目元・まぶたに筆が入れられ、何とつけまつげまでが施される。どうなってしまうんだー僕の顔。

「……!! こ、こいつは、こいつはどえらいもんが仕上がったやでぇぇぇぇぇ」

 んまあ、と口を開いたまま、ジョリーさんの驚愕の顔。この人たちの興奮すると出るエセ関西弁は何なんだろう、と思いつつ、促されるまま再び姿見の所に移動する。

「……」

 一瞬固まってしまった。誰だこの美少女は。ぱっちり目にちょんとした鼻、愛らしい口許。こ、これは、これはどえらいことになったのやでぇぇぇぇぇぇぇ!!

しおりを挟む

処理中です...